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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
青年編後編 人間の戦い
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第114話 神の尖兵 / 歴史の矛盾

(何だ? 何が起きた?)


 気配が変わった。今までの荒々しい気から、清浄なのにどこか冷たい気へ。

 水牢をとてつもない魔力の爆発で破ったレオンハートの変化を警戒しつつ、俺は警戒心を露にする。何が起きたのかはわからないが、今まで磨いてきた危機感知センサーが言っているのだ。


 今俺は、死地にいると。元々この偽りの命をここで捨てる覚悟はしてきたが、これはそんな決意の話ではない。

 文字通りの緊迫――異常事態を前にしているからこその感覚だ。


「――魂への侵食を防御、神造英雄、起動完了」

(指輪の魔法は完全に弾かれた。成功したのに、失敗した……?)


 指輪の魔法による洗脳に成功した。その瞬間にレオンハートが変化し……アレになったわけか。


「覚醒融合の翼が変わっているぞ? それは鳥の翼か? それに……瞳の色まで変化しているじゃないか」


 俺は今のレオンハートの特徴を一つ一つ確認する。

 先ほどまでは白い竜の翼と黒い吸血鬼の翼にそれぞれの特徴が半々という様子だったが、今は白一色だ。

 しかも竜の翼ではなく、純白の鳥を思い起こさせる翼があるのだ。明らかに従来の覚醒融合とは違った変化を起こしている。

 この急激な変化は覚醒融合によるもので間違いないと思うんだが、一体何と融合しているんだ――ッ!?


「敵性反応を確認。識別……判定、悪。これより殲滅を開始する。有効な攻撃手段を検証」

「ムッ!!」


 レオンハートは手に光の魔力を集め、無数の玉を作り出した。

 それを俺に向かって次々と飛ばしてくる。基本的な攻撃魔法のようだが――クッ!


(お、重い! これは一撃でもまともに当たれば俺でも危険か……!)


 魔法の一つ一つに込められた魔力量が半端ではない。そしてそれ以上に――殺気がないのが恐ろしい。


(感情の無い人形兵でも相手にしているかのような不気味さ。されど目の前の男が生命体であることは間違いない。一体なにが起きている?)


 背の翼を盾に光弾を弾きつつ、俺は分析を始める。

 戦闘の中で未知に出合った場合、まずすべき事は観察と理解だ。敵の技を知り、活路を見出せるか否かが一流の戦士たる証よ――ッ!


「見切ったぞ!」

「……現状の攻撃有効性、小。更なる攻撃手段を検索……」


 光弾の放つタイミング、構成……その全ての分析を完了させ、俺は光弾の雨を切り抜ける。

 そしてそのまま華厳による一刀を放とうとするが、レオンハートの姿をした何かの眼には何も宿らない。そこには俺の剣に対する恐怖も覚悟も、そして敵意すら感じないのだ。


(こいつ、本当に何も感じていないのか……?)


 恐怖を飲み込むのは戦士として当然のことだ。

 生物として当然感じるべき恐怖とは、決して克服するものではない。生存本能の一つとしてむしろ鋭敏に研ぎ澄ませながらも乗り越える。本当に強い戦士の恐怖への付き合い方とはそういうものだ。

 だが、今のレオンハートには俺の剣への恐怖心が全く無い。恐怖を乗り越えたときに感じさせる勇気も覚悟も何も無い。ただ空虚に――まるで何も考えずに、ただ淡々と作業でもしているかのような無機質な眼を俺に向けてくるのだ。


「――舐めるなっ! 【華厳一刀】!」

「攻撃手段を決定。【裁きの槍】」


 華厳の力を高めた一刀を打ち込むと同時に、レオンハートも反撃に出た。

 やはり濃密な光の魔力による攻撃。先ほどの光弾を更に巨大化させた槍状の魔力弾にて俺の身体を射抜こうとしているのだ――自分の防御すら考えずに、な。


「グガッ!?」

「――肉体に損傷。損害――軽微。治癒可能と判断し、戦闘を続行」


 吸血鬼として再生している俺にとって、光の魔力は天敵に等しい。

 そんなものに――しかも単純な威力が恐ろしく高いものに貫かれて大きく吹き飛ばされたが、しかし確実に一太刀加えてやった。常人なら木っ端微塵。英雄だろうが確実にダメージを受けるだろう威力を持った一撃をな。

 だが――今の手ごたえは何だ?


(ま、まるで捉えどころが無い今の感触は……?)


 例えるのならば、スライム族でも切ったときの感触だろうか? それとも少し違うのだが、とにかく力を吸収される膜のような物越しに華厳はレオンハートを斬り裂いた感触があった。

 力を大きく減退させる防御魔法……だろうか? 正体不明の防御膜によって、どうも今の一撃は大したダメージにはならなかったらしいな。剣が命中した左肩から血を流しつつも全く気にせず構えを見せているのがその証拠だ。


「だが、英雄の領域――その先を行く者の力を見くびるなよ?」


 光の魔力による攻撃は吸血鬼の再生を阻害する。それどころか身体に滞在し、継続的に痛みを与えてくるほどだ。

 しかしそれを華厳の水の魔力で洗い流す。自らに不都合なものを洗い清めるのは水の魔力の得意とするところ。本番はこれからだぞ、レオンハート!


「――【龍尾双撃】!」


 傷を吸血鬼の能力ではなく自前の魔力で治癒した後、俺は尾と剣の連携攻撃を仕掛ける。

 剣先から水の魔力で作り出した巨大魔力刃を、尾からも同じく魔力刃を展開し左右から同時攻撃を仕掛けたのだ。

 どちらを受け止めても確実に真っ二つ。回避しようものなら更なる追撃を狙うところだが――


「対象からの攻撃を確認。行動検索……判定、撃墜」

「ム?」


 攻撃が命中する瞬間、やはり先ほどの謎の膜のようなものに邪魔されて威力が減退する。

 しかし気にせずその膜ごと斬り飛ばしてやろうと力を込めたとき――レオンハートは剣と尾に向けてそっと両の手を添えるのだった。


「【戒めの洗礼(パニッシュメント)】」

「ッ!? なにっ!」


 優しく添えられた両の手のひらから、突然膨大な魔力が放出され、俺の技を跳ね返した。

 その一撃だけで俺の尾は焼け、刃が震える。覚醒融合に至った今の俺に傷をつけるには、最低でも城壁を吹き飛ばすくらいの威力が必要なはず。特に融合によって生じた部分と根幹である刃の強度は最硬クラスのはずなのだ。なのにこの有様とは、一体どういう威力なのだ今の一撃は!


「クッ……!」

「有効な攻撃手段を再検索……判定、更なる高威力による殲滅」


 あまりのダメージに怯んだ瞬間、レオンハートは両腕を弓になぞらえるかのような構えをとった。

 いや、あれはまさしく弓と矢だ。前に突き出した手に集められた膨大などと言う言葉ではすまない光の魔力……あれを放つ気なのだろう。

 さて……直撃した場合、俺はどうなるのかな?


(……防御したとして、まあ死ぬな。溜めが必要のようだから今のうちに攻撃という選択肢もあるが、先ほどの攻防を思えばあまり取りたい手段ではない)


 今のレオンハートは自分へのダメージなど気にも留めていない。恐らくは、今からあの技を妨害すべく攻撃を仕掛けたとしても無視して放つことだろう。

 そうなればこちらが危ない。あの謎の防御膜の攻略ができていない以上、それは分が悪いギャンブルにしかならないな。

 ならば――


「こっちだ!」


 俺は翼を羽ばたかせ、空を舞う。弓矢による攻撃は空を舞う鳥すら落とすものだが、しかし動くものに命中させるのはそう簡単ではないのだ。

 しかも今の俺の速度はかなりのもの。鳥人族にすら負けるつもりはないと豪語できるほどのものだ。

 俺は自身の能力をそれほどのものだと信じ、レオンハートの頭上を飛ぶ。上を取るのは兵法の基本であるが、さあ当てられるか――ッ!


「【神の裁きホーリージャッジメント】」

(速い!)


 放たれた光の矢。その速度、雷の如し。

 しかも狙いは正確――このままでは、避けきれないな。


「――【加速法・8倍速】!」


 咄嗟に俺は加速法を発動させる。シュバルツの剣士のたしなみのような技だ。こうなってしまえば回避不能の光の矢も止まったハエ同然ということになるな。

 その加速によって得たスピードを使い、何とか俺は迫ってきた光の矢を回避する。どうやら追尾機能はなかったらしく、そのまま上空へと雲を吹き飛ばしながら光の柱となって消えていくのだった。


(だが、問題なのはこの後……!)


 加速法は非常に強力な自己強化スキルだが、そのリスクも大きい。

 使用後の数秒、速度が大きく落ちるのだ。コレばかりは覚醒融合にいたっても変わらぬ弱点よ。

 特に同じ加速法使いが相手ならば、そのタイミングで加速法を発動することで確実な追撃を決められる。あらゆる状況において、加速法対決は後だし有利なのだ……?


「……対象の能力情報を更新。修正……」

(……? 追撃してこない?)


 レオンハートは加速法に驚いているかのように手を休めた。

 しかし、シュバルツの剣士ならば加速法のことを知らないなどありえない。事実俺の集めた情報ではレオンハートもまた加速法の使い手であり、その弱点も熟知しているはずなのだ。

 つまり、今のレオンハートは自身本来の能力を使えなければ知識もないということか? 元々尋常ではないことはわかっていたが、まるで別人が乗り移っているようだな……。


(とはいえ、これで少し休める。今のうちに状況を分析するのだ……!)


 レオンハートの今の状態はわからないが、俺が考えるべきはそんなことではない。今すべきなのは状況の分析だ。

 まずこちらの攻撃は未知の防御膜によって弱められ、向こうの攻撃は俺の弱点を突く。なかなかに凶悪だ。更に一切感情を感じさせたいその態度のせいで、次の行動も読みづらい。

 総じて、こちらが不利であるのは間違いない。根本の魔力が強すぎて能力値でも水をあけられていることだし……どうしたものかな。


「フ……」


 俺は悩み、ついつい笑みを零す。心の中から湧き上がる衝動を抑えきれずに。

 実際……よもや一対一でこんな気分になるとは思っても見なかったな。初めから英雄級二人以上を同時に相手にする以外の状況で俺が窮地に陥るなど、想定もしていなかったからなぁ……!


「愉快……愉快である!」


 そう、俺はこの状況に喜びを感じている。強大な敵と刃を合わせるその瞬間……そこに喜びを見出せない者が剣を握るわけが無い!

 理屈はさっぱりわからんが、俺の前にいるのは過去例のない強敵。ならば楽しもう……どちらかが死ぬまでな!


「もう後のことなんて知るか……持ちうる全てをお前にぶつけよう!」

「判定、対象が対処しきれない広範囲攻撃を選択。【裁きの太陽】」


 俺はこの先にもやらなければならないことがある。謀略をめぐらし足止めしているクン家の英雄との戦い……そしてグレモリー老との戦いが。そのために俺はそれなりの余力を……少し休めば回復するだろうというくらいの消耗で抑えておく義務があった。

 だが、もういい。今俺が考えるべきなのは唯一つ。目の前の何かを叩き潰す――ただそれだけがあればいいのだ!


 と、意識して残しておいた虎の子の魔力まで開放して更に力を高めたそのとき、レオンハートは更なる攻撃に出た。

 この雲の上の高高度において、更に上へと魔力を飛ばしたのだ。


「何を……ッ!?」


 その行動に何を考えているのか一瞬戸惑うも、その答えはすぐに出た。

 天から降り注ぐ太陽の暖かな光。その前に、もう一つの太陽が立ちふさがったのだ。その源は先ほどの光の矢であり、今はなったのは上空で霧散した光の魔力を再利用するためのものだったわけだ。

 ……それを理解すると同時に、天から光が降り注ぐ。レオンハートの作り出した太陽の如き光の魔力の塊から放たれる、周囲の雲をなぎ払いながら進む光の波動がな!


「【水竜の守り】!」


 回避不能。流石の俺もそういわざるを得ない超広範囲攻撃。降り注ぐ陽光にそのまま攻撃力を与えたような技を回避する手段はない。

 そこで、俺はすぐさま自分を魔力の水で包むことで防御体制をとる。この水は俺に有害なものを洗い清める力を秘めており、攻撃だけではなく防御にも優秀な力を発揮する。

 そのまま光は俺に降り注ぐが、少々鱗に包まれた肌がひりひりする程度……ダメージというほどではないな。


(覚醒融合でなければ全身の皮膚が焼きただれていたかもしれないがな。っと、王都は大丈夫なのか?)


 攻め込んだ俺が心配するのも筋違いかもしれないが、俺は別に王都を滅ぼすつもりなどない。むしろ今後有効活用する予定であるため、可能な限り無傷での入手を望んでいるほどだ。

 この高さならば並大抵の攻撃ならば有効射程外となるはずだが、しかし今の広範囲攻撃は少々肝が冷えた。もっともレオンハート自身がそれを知らないはずが無いのだから、無用な心配なのだがな。


 今の奴に、その事実が理解できていればの話であるが。


「攻撃の有効性を確認……判定、軽微。更なる攻撃を検索。ならびに対象の意識の揺らぎを感知。眼下を検索……」

「……ん?」


 レオンハートはぶつぶつ呟きながら足元を見つめている。いや、何かを探しているのか?

 だが流石に肉眼では見えないが、今この空の戦場の下にあるのは王都しかない。今更何を探しているのだ……?


「複数の生命反応を確認。識別……判定、少数の善と多数の悪。行動を検索……判定」


 レオンハートは背の光の翼を大きく広げた。

 そして――冷淡に、冷酷に次の自らの行動を口にするのだった。


「殲滅を決定する。犠牲は許容範囲」


 翼が巨大化し、そこから一枚一枚羽が抜け落ちる。

 いや、落ちていないのか。光の羽はフワフワと空中を風と共に舞い、その数を増やし続ける。

 十枚二十枚という数ではない。百――千を超えるほどの膨大な数だ!


「救世を――【神々の裁断】!」


 光の羽は一つ一つが鋭利な刃と化し、地上を殲滅すべく降り注ぐ。もしこれの正体を知らなければ、あるいは綺麗な流星群だなとでも暢気に鑑賞しているかもしれない圧倒的な光景だ。

 もちろん俺にもその刃が向けられているのだが、このままでは――


「……フン。重要な拠点となる予定だったが、仕方がないか」


 ――王都は滅びるだろう。目の前の男が何を考えているのかは知らないが、こうなれば仕方がない。

 俺が命を賭けて盾にでもなればあるいは救えるかもしれないが、そんな非合理なことをする理由がない。

 地上の町も人も部下も――俺に匹敵する価値はないのだからな。


 俺は羽の光刃を水の盾で弾きつつ、冷静に判断する。

 この世で価値があるのは強者。弱者は強者のために生き、死ねばいい。そう――強者が自らを犠牲にするな非合理なのだからな。


(ガーライルだけは他者の手で殺されたくないが……もはや間に合わん。自力で何とかするのを期待しよう)


 光の刃の一つ一つが凄まじい威力を秘めている。おおよそ、英雄級でなければ一撃を防ぐことすらできないだろう。

 そんなものが無数に飛べば傷ついたガーライルでも危ないかもしれないが、まあそのときはそのときだ。命こそ取り損なったが、既に優劣はハッキリしている。今更命を賭けるほどのことではない……?


『やらせない!』

「ッ!? 人格形成に、干渉を確認。内部からの攻撃……!」

「だ、誰だ?」


 俺とレオンハートしかいないはずの空の戦場。そこに、突如聞き覚えの無い――いや、どこかで聞いたことのある声が響いた。

 一体何事かと慌てて周囲の気配を探ると、突如レオンハートから放たれていた冷たい魔力が霧散した。同時に、先ほどまでのレオンハートとはまた違った光の魔力の塊が物凄いスピードで地上へと飛んでいったのだった。


「【奥義・勇光壁(ブレイブウォール)!】」


 次の瞬間、空が輝いた。

 全てを滅ぼすかのような光の流星群の前に、全てを包み込むかのような暖かな光の壁が現れたのだ。

 しかしあの羽の刃の威力はあまりにも強すぎる。どこの誰があれを作り出したのかは知らないが、その貫通力を壁の一枚で防ぎきるなどほぼ不可能に近い……なにっ!?


「ふ、防いでいるだと!」


 信じがたいことに、あの羽の刃を一枚の壁が全て受け止めている。

 どう考えてもありえない強度……こんなもの、いったい誰が作り出した!


「まったく……本当に迷惑な存在だね。せっかくいい方に進んでいた歴史が最悪な方向に修正されるところだった。……でも、この身体を操る力で本人以外に負けるわけにはいかないんだよ」

「ぬっ!?」


 光の刃が全て防がれた瞬間、先ほどの声が聞こえてきた。

 光の壁も解除され、ついにその姿が明かされる。そう、そこにいたのは……


「レ、レオンハート……?」


 光の壁の向こうにいた……つまりあの光の壁を作り出していたのは、レオンハート……によく似た男だった。


 先ほどの冷淡な様子とはまた違う暖かな雰囲気を纏っているが、これは単純に外見が違う。

 髪の色こそレオンハートと同じ金髪だが、邪魔にならないようにか短髪であったレオンハートとは違い、この男は腰の辺りまで伸ばしている。それだけでも印象はかなり違うが、なんと言おうか……顔つきが違うのだ。


 本来のレオンハートよりも精悍な顔つきをしており、どこかキリッとしている。俺が言うと少々気持ち悪い話になるが、単純に男前なのだ。


 まあシュバルツの血筋は皆顔形は整っている相場が決まっているのだが、このレオンハートに似た男とレオンハートを並べて顔だけで選べといわれれば大半の婦女子はこの男を選ぶだろう。

 レオンハートには少々失礼な表現になるが、所作の一つ一つにも品があり、如何にもモテそうなオーラを放っていることといい……やはり別人だな。

 顔のパーツ一つ一つは同じなのに何故かそう確信させる。目の前の男を外見だけで判断すれば、そのような感じだろうか。


「……お前は何者だ? レオンハートはどこへ行った?」

「何者、か。そうだなぁ……何者なんだろうね?」


 目の前の男は名乗ろうとしない。何者であろうがあれほどの防壁を展開できるような強者のことを俺が知らないはずはないのだが、記憶にはない。

 放つ魔力の感じからして人間であるのは確かなようなのだが、本当に何者なのだ……?


「今の僕には名前なんてないかな。どうしても呼びたいのならそうだね……歴史の矛盾、とかかな?」

「歴史の矛盾……? まさか、それが名前だというつもりなのか?」

「自分でもどうかと思うんだけど、そうとしか言いようが無いんだから仕方がない。何せ、僕はこの歴史には存在しないんだから」

「歴史……?」


 何を言っているのかはわからない。わからないが……強いことだけはわかる。

 ならば、これ以上の問答は不要だ。レオンハートとの関係性は不明だが、先ほどまでのレオンハートが消えていることといい確実に何かあるのだろう。しかしそれを知る必要など無い。

 何故ならば、はっきりわかっていることがあるからだ。俺を見るこの男……歴史の矛盾とやらの目。そこに込められた、純粋な怒りと憎しみだけはな。


「どうやら随分恨みを買っているらしいな」

「まあね。でも知らないでいいよ。今のあなたには関係ないことだから」

「今の俺には? では過去に何かあったということか? しかしそれでも関係ないとはならないと思うが……?」

「そういうことじゃないさ。そもそも僕に今を生きる人に怒る権利なんてない。そんなもの、僕はとっくに失っているのさ」


 歴史の矛盾は手にした剣を一振りしながらそう断言した。

 怒る権利なんてもの、どうなろうが失われるものではないだろう。それこそ洗脳魔法でも喰らわない限りはな。

 そんなことを思いつつ、俺は奴の手にする剣を見る。あれは……レオンハートの剣か。


「……わかっているよ。君の主は僕じゃないんだろう?」


 歴史の矛盾は手にした剣に語りかける。一見ヤバイ奴のようであるが、実のところ魔法の剣を持つ者ならば理解できる話だ。

 明確なものではないが、魔力を有する道具には意思のようなものがある。会話できるというわけではないが、自分が持ち主と認めた者以外には力を貸そうとしないのだ。

 それを理解できずに金持ちが魔法武具で全身を固めて調子に乗り、そして何もできずに棒立ちになるのが一種の笑い話になるくらいにな。

 特に英雄級の愛剣ともなれば、まず持ち主以外に力を貸すことはない。強大な魔力によるつながりが深すぎる為だ。まして覚醒融合まで至ったとなれば、もう絶対に主人以外の命令など聞くわけがない。


 つまり、あのセリフは持ち主として認められてなかったということなのだろう。

 そこからも“歴史の矛盾”がレオンハートではない証明になるが、何か引っかかる……。


「んじゃ、行くよ!」

「ッ!?」


 速い!


「フッ! ハッ!」

「こ、この太刀筋は……!」


 俺は魔法の剣としての能力こそないものの、切れ味はそのままである剣を受け止めつつ驚愕する。その、あまりにも巧みな技の冴えに。

 一番近いのはガーライルだろう。奴の剣をベースに独自の改良を施したものと言ったところだろうか。

 つまりこの男が振るっているのはシュバルツ流の剣技。しかも決して付け焼刃ではなく、産まれた時から研鑽を積まねば到達できない領域にあるものだ。


「【聖騎士術・勇光陣(ブレイブフィールド)】!」

「移動阻害……舐めるな!」


 剣撃と剣撃の継ぎ目を補うように発動させるスキルもまた見事。その一つ一つが二手三手先を牽制し、確実に敵を追い込んでいく。

 先ほどまでのレオンハートが強大な一撃を武器にする“力”の超越者とするのなら、こちらは差し詰め“技”の超越者と言ったところだろう。

 覚醒融合に至ったレオンハート自身も十分超越者というべき存在なのだが……全く、愉快すぎて笑いが止まらんわ!


「ク、クハハハハハッ! いいぞ! もっとだ。もっと行くぞ!」


 奴が超越者であるというのならば、俺もまた超越者。

 本来、この俺こそが万物をねじ伏せる強者である。その事実、そろそろ教えてやろう!


「ソラソラソラソラァ!」

「クッ! 流石に強いね」


 防戦から一転し、俺は攻撃に出る。

 一太刀一太刀に光の魔力をこれでもかと練りこんでいるこの剣の嵐を受けるのは危険だが、それでもやる。

 何度斬られようが、こちらはそれ以上に斬ればいい。もとより無傷の勝利など、初めから期待しておらん!


「ガーランド・シュバルツ」

「あん?」

「あなたは確かに強い。でも――」

「ッ!?」


 瞬間、“歴史の矛盾”が消えた。

 今のは、まさか加速法――


「“唯一”!」

「チッ! 幻惑か!」


 一瞬視界から消え、しかし次の瞬間に再び姿を現し顔面突きを狙ってきた。慌てて首を捻り回避するが、これはあまりよろしくない体勢だな。


 今のは超スピードで視界から消えたのではなく、そう見えるように光を捻じ曲げ視界から消える魔法だ。本当に一瞬しか機能しない幻惑の魔法だが、その一瞬のフェイントに対応できてしまうこちらの能力を逆手に取った、対達人の技。

 この男、本当に何者――


「“双牙”!」

「がっ!?」

「“三日月”!」

「ズアッ!」

「“四肢断”!」

「ヌオォォ!」


 そのまま今度は本当に加速法を発動し、八王剣に入られた。

 技を知る俺を見事に嵌め、連続で斬り続ける歴史の矛盾。このままでは首まで取られると判断し、俺は勝負に出る。


「【融合術・水竜の逆鱗】!」

「おっと」


 全身から針のような水を放つ技。全身を華厳と一体化しているからこそできる“肉体”という武器を使った一撃。

 その奇襲を食らわせてやったというのに、歴史の矛盾は予知していたかのようにあっさり八王剣の連携を捨てて距離をとり、対処して見せた。

 本当に、何者だ……?


「クソ、今のでダメとはな……」

「一度見た技だ。避けられない方がどうかしている」

「一度? 何を言っている……?」


 今の技は自爆技の性質を持っている。何せ融合のための魔力で攻撃するのだ。おかげで溜めの類は一切不要なのが強みだが、融合が一時的に不安定になるリスクを背負っている。

 そんな技であるが故に、俺は今まで実戦の場で今のを使った事はほとんどない。それを見たことがある、などと……ん?


「融合……?」


 不安定になった華厳との融合を再度強めるために魔力をつなげたとき、俺は一つの事実に気が付いた。

 今俺がやっているように、覚醒融合は魔法の道具と自らの魔力を結合することで成立する。その力の流れは非常に独特であり、注意すれば感じ取れるものだ。

 その融合の流れを、俺は今歴史の矛盾の胸元から感じ取ってしまった。そう、あれは――


「聖騎士の紋章、だと……?」


 歴史の矛盾は覚醒融合を既に行っていた。 

 その融合対象とは、シュバルツの子供全員に与えられる“聖騎士の紋章”であった――!

神造英雄――それは本人的に悪と判断した全てを殲滅する存在である。

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