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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
青年編後編 人間の戦い
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第112話 新生冒険者連合

「……お、お前たち……?」


 私はダメージが抜けきらないまでも、私の救援に駆けつけた者達を見て唖然となる。

 いったい、何故こんなところに来たのだろうかと。


「失礼しますガーライル様。ワタクシ、マキシーム商会の長でありマキシーム家当主を務めているロクシーと申します」

「う、む。君の事は知っているが……いや、喋っている暇などない。早く逃げなさい」


 私に話しかけてきたロクシー君だが、今は世間話している場合ではない。

 我ながら、こんな大人数が近づいてきていることに気がつかなかったのか。その事実に自らの余裕のなさを実感させられたが、だからこそ危険なのだ。

 私と同じく突然のことに驚いて止まってこそいるが、もし兄がその気になれば彼らは皆殺しにされる。そんなこと、させるわけにはいかない――!


「残念ながら、そうはまいりません」

「何故だ? 死にたいのか? それとも状況がわかっていないのか?」

「いえ。今すぐ逃げ出す方が賢い危機的状況であることはわかっています。本音を言えば今すぐ逃げ出してしまいたいですね」


 ロクシー君は場違いにも優雅に微笑みながらそう語った。しかしよくよく見てみれば額からは汗が流れており、身体が小刻みに震えている。

 当然だろう。いかにやり手の商人であり貴族であるとはいえ、ロクシー君は戦士ではない一般人。こんな濃厚な殺気渦巻く戦場で平然としていられるわけがないのだ。

 しかしそれでもこの余裕を見せるとはな。なるほど、大した若者だ。明確な死の恐怖を感じながらも、引かない。口で言うのは容易いが、実行できる者など早々いるものではない。

 何が目的なのかはわからないが、どうやら彼女は自分の命を賭けの対象にしてでもやるべきことがあるらしいな。


「……おい、いつまで喋っているつもりだ?」

「あら? もう少しお待ちになってもよろしいでしょう? 随分お喋りが弾んでいたようですし、混ぜてくださいな」

「俺が用があるのはガーライル一人だ。その他大勢の首に興味はない。とっとと失せろ」

「神秘的なお姿の割には随分狭量なんですのね。では――」

「逃げるぜ!」


 ロクシー君が軽く手にした扇子を振って合図を出した瞬間、後ろで大勢構えていた冒険者一同が何かを投げた。

 すると、辺り一面白い煙で覆われたのだ。どうやら煙玉だったらしい……。


「ガーライルさん、一緒に!」

「あんまり時間はないぜ!」


 冒険者だと思われるガタイのいい男が二人、私を抱えて逃げ出そうと駆け出した。まあ、その選択肢は正しいな。

 ――だが、私はその力に抵抗する。本当に軽くでないと殺してしまうので、細心の力加減をもってな。


「私は逃げるわけにはいかない」

「いや、でも!」

「私は騎士だ。王都まで攻め込んでくるような敵に背を向ける選択肢は初めから存在しない。それに――初めから私を狙ってきている敵から逃げれば、その被害は無差別に拡散するだろう。そんなことを許容するわけにはいかんのだ」


 煙の中で逃げるように説得してくる彼らを前に、私ははっきり己の意志を告げる。

 ここで逃げれば、恐らく王都は落ちる。王族の方々が避難を終えているかも分からない状況で私一人が逃げることなどできるはずもない。


 そう、例え相手が実の兄であり、そして私も知らない『覚醒融合』という未知の領域に至っていようともだ。


「さあ、君達は早く逃げなさい。こんな煙でかく乱できるほど相手は弱くないぞ」


 私は多少回復したと強がり、後ろではなく前に出る。

 正直なところ、今の兄を相手に彼らではどうすることもできないだろう。私ですらどうにかするビジョンが見えないというのに、彼らでは逃げることすら困難だ。

 せめて、私が注意を引き付けていなければな。


「さあ、急いで――」

「お言葉ですがガーライル様。あなたが死ぬ。それ以上の損失はありません。ならばこそ、ここで死なせるようなことは絶対にするつもりはありませんの」


 だが、ロクシー君は私の忠告を無視して宣言した。私を絶対にこの場から逃がす、と。

 その決意はとても強く、そして清らかなものだ。場合が場合でなければ私も協力しようと無条件に言ってしまいそうな、そんな優しくも強い決意だ。

 それに頷く事は、できないのだがな。


「私がここで逃げてどうなる? アレを止める策が――倒す手段があるというのか?」

「では逆に聞きますが、ガーライル様がここで立ち向かって勝てるのですか? 正直なところ、旗色が悪いとお見受けしましたが」


 ロクシー君の鋭い一言に、思わず言葉が詰まる。

 はっきり言って、今の兄には勝てそうに無い。負けるつもりで戦うつもりはないものの、冷静に状況を分析すればどう考えても私が不利だろう。もしこれが試合であれば議論の必要もなく私の敗北が決まるほどにダメージの違いがあり、この先特に逆転の秘策があるわけではない。

 おおよそ、状況が許せば確かに逃走こそがもっとも賢いと言わざるを得ない状況なのだ。


「ここであなたが無駄死にするのだけはありえません。ワタクシはどんな手を使ってでもあなたの命を繋ぎます」

「だが、ここで逃げれば待っているのは最悪の結末だ。後手に回っている私達には、既に逃げるなどと言う選択肢は――」

「こんな小細工が今の俺に通用すると思うか! 【竜水閃】!」


 兄の声が響き、強い力の波動が肌をひりつかせる。それと同時に煙の壁もかき消された。

 どうやら、魔力波に伴う爆風で煙を吹き飛ばしたらしいな。煙を吹き飛ばすのが主目的だったせいか今の攻撃で被害者は出なかったようだが、それも時間の問題だ。

 これで戦場の視界は良好となってしまった。後は無慈悲な虐殺が待ち受けるのみだろう。


 もう、話している余裕はないな。


「早く逃げなさい。死んではならないというのなら、それは私ではなくキミ達未来を生きるものだ。若者の無駄死に以上の最悪はないと心に刻みなさい」


 紅蓮に魔力を通し、構える。さて、目の前の怪物に勝つ手筋は……と考えていたら、背後でパシッ! という音が響いた。

 どうやら、ロクシー君が手にしていた扇子を畳んだらしい。それも、音がなるほどの勢いで。


「生憎、賛同できませんわ。ワタクシ、強欲ですので」

「なに?」

「そして不快でもあります。ガーライル様、あなた……この状況下では、ワタクシ達の増援など何の意味も無いとお考えですわね?」


 ロクシー君の言葉に私は内心で頷く。この者達の力を借りたとしても、何も変わらないだろうと。

 傲慢なようだが、しかし真実だ。この領域の戦いに参加するのは無謀すら通り越して自殺に等しい。ロクシー君はそもそも一般人であるし、冒険者たち戦士にしてもそれは変わらない。はっきり言って、兄がその気になれば3秒で殺されることだろう。


「ならば、その勘違いを否定させていただきます。……総員、かかりなさい!」

「おうっ!」

「訓練を忘れるなよ!」

「忘れられるかあんな地獄!」


 ロクシー君の号令の下、まず冒険者達が一斉に兄に飛び掛かった。そもそも空を飛んでいる兄に何ができるのかという話なのだが、脚力による跳躍で攻撃を仕掛けに行ったのだ。

 このままでは、全員死ぬ。それを本能で理解した私はすぐに彼らの無謀を止めようと走り出そうとするも、ロクシー君の命令を受けた戦士たちが前に出たことで邪魔されてしまった。

 まさか彼らを吹き飛ばして行くわけにも行かないが、このままでは――!


「確かに、あなた方英雄の領域は遥か遠い場所にありました。三年――いえ、施設の準備などの期間を踏まえれば二年と少しですね。その期間、レオン様監修で訓練を積ませたくらいで届く場所ではありませんでした」

「当たり前だ。そんな数年努力したくらいでたどり着けるのならば誰も苦労はしない」

「ええ。正直言って、手加減したレオン様を相手に10秒、本気になられれば3秒以内に殺されるというのが評価です。数人がかりでも大した違いはない――それが現実でしょう」

「なら――」


 などと言っている内に、完全に見下した眼で構えている兄の元に冒険者達がたどり着いてしまった。

 私の見立てでは、適当に攻撃されただけで彼らは死ぬ。それも覚醒融合という脅威の力を前にしては、恐らくロクシー君の言うように3秒で死ぬことになるだろう。

 彼らの命を使って稼げるのは、その程度の時間。そんな無駄死にはさせたくなかった――


「彼らは3秒で死ぬ。ですが――」

「気合入れろ――」

「死ね」


 兄は、本当に適当にと言った様子で剣を振るった。その威力が大気をなぎ払い、冒険者達を蹂躙する。

 だが――


「2秒くらいは耐えられる。レオン様が言っておられましたよ、強くなるのに必要なのは、まず死なない生命力と耐久力であるとね」

「うごぉぉぉぉ!」

「交代だ! Bチーム行くぞ!」

「おう!」

「Cチーム魔獣隊、準備はいいか!」

「ギィ!」

「救護班Aチームを回復させろ!」

「承った!」


 なんと、驚くべきことに兄の一撃を受けた一団が見事な受けを見せた。

 全く耐えられずに吹き飛ばされているが、一撃では死なずに威力を利用して離脱。そのすぐ後時間差で別の冒険者達がまた飛び掛かり――そしてちょっと驚いた様子の兄が今度はやや本気でもう一撃放つ。

 だが、やはり死線を何百回と掻い潜ったものだけが達する境地とでもいうべき回避と受けを見せ、より強大な一撃ですら死なないどころか大怪我もせずに凌いで見せたのだ。やはり大きく吹き飛ばされてはいるが。


「敵を倒すのは英雄の仕事です。ワタクシが冒険者達に求めたのは勝利することではなく、生き残ること。英雄が心置きなく勝利を目指せる環境を作れる、仲間になることです」

「なんと……」

「総合力ではあなた方英雄には全くかないません。おおよそ、この場にいる全員でかかっても勝利はありえないでしょう。ですが――戦うだけならばできるのですよ、今の彼らならね」


 その言葉を証明するかのように、徐々に苛烈さを増す兄の剣を彼らは凌ぎ続ける。しかもそれなりに攻撃も交えているので無視するわけにもいかない、壁役としては最適な仕事だ。

 一体どんな鍛錬をしたのかはわからないが、彼らは確かに一撃に耐えている。二撃目には絶対に耐えられないだろうが、そこは巧みなコンビネーションで補って解決している。

 まさにこれは、個ではなく群。一人一人では3秒も持たない実力差を前にして、彼らは己の長所と集団という強みを活かすことで確かに兄を相手に“戦闘”を行っているのだ。


「ええい……鬱陶しい! 纏めて消えうせろ【落水】!」


 苛立ちを隠さない兄が剣を一振りすると、巨大な水の塊が複数出現した。

 水球は冒険者達を潰すべく高速で飛んでくる。あれは流石に受けきるのは難しいぞ――


「舞エ、死霊――【死者使役術・骸骨防壁(スケルトン・スクラム)】」


 と思ったら、今度は水球の前に多数のスケルトンが肩を組みながら現れた。

 スケルトン自体の耐久力は大して強くなく、一撃で粉々になる。だがそれは想定内であるというように次々と出現することで、兄の攻撃を見事に逸らして見せたのだった。


「範囲攻撃ニハ対処デキナイト思ッタカ? 我々ハアノ怪物ノ攻撃ヲ100%防ゲルヨウニ訓練サレテイル。ドンナ威力ノ、ドンナ範囲ノ攻撃ヲ受ケテモ一撃ハ耐エラレルヨウニナ」


 高らかに、そしてどこか誇らしげにそう語るのは如何にも邪悪なスケルトンだった。

 普通に見れば討伐対象であるが、あれは確かマエスだったか? レオンがどこからかスカウトしたといっていたスケルトン系魔法使いだったはずだが、まさかここまで腕を上げていようとは……。


「とまあ、このくらいのことはできます。彼らだけで勝利するのが不可能な事は変わりませんが、何もできないほど弱くはありませんよ」

「ウム……そのようだな」


 ロクシー君の言葉に、私は驚きを隠せないままに頷く。

 今の彼らは集団であると言う前提だが、防御能力だけなら英雄級と並ぶものがある。耐えるという一点に力を集中されればそう簡単に打ち破れない力を持っているのだ。

 だが――


「……しかし、これからどうするつもりなのかね? 確かに彼らは受けの技術こそ想像を遥かに超えるが、それだけでは決して勝てない。今の状況は、いわば薄氷の上を歩くようなもの。僅かでも読み違えれば一瞬で崩れることは間違いない」

「そうですわね。敵は軽い攻撃をしているだけでしょうけど、こちらは正真正銘、一瞬一瞬に命を賭けております。スタミナ面で考えればどう考えてもこちらが先に限界を迎えるでしょう。そうなれば……」

「皆殺しは避けられない。彼らの奮闘は、結局その確定した未来を先延ばしにする以上の意味はないのだよ。だから――動ける内に逃げた方がいい。休ませてもらえただけで私は満足だ。正直助かったよ」


 彼らは私の想像よりも遥かに強かった。それは確かな事実だ。

 だが、それでも届かないものは届かない。それもまた確かな事実であると改めて確信した私だったが、ロクシー君はどこか自信を感じさせる笑みで答えたのだった。


「ええ。ワタクシ達にできることは時間稼ぎだけです。ですが、ワタクシはこうも申し上げたはずですよ。勝利するのは英雄の仕事である、とね」

「……つまり?」

「ワタクシは、いえワタクシ達は初めから命をチップにしているのですよ。ワタクシ達が信じる、英雄にね」


 ロクシー君は天を仰ぎ、扇子を広げて妖艶に笑う。

 ……なるほど、これは中々に苦労しそうだな、レオンの奴も……。


「というわけで、もうしばらくワタクシの部下を信じてくださいねお義父さま」

「……その呼び方はまだ早いのではないかね? とは言えそうだな。元々若い世代に託した身だ。ならば、私も君たちの作戦に手を貸すとしよう」

「ありがとうございます」


 攻めるのではなく守る。それに徹すれば、今の身体でも十分な働きができるだろう。

 私はロクシー君を見て軽く笑いながら、気を練る。息子の将来を考えながらな。


(この戦地に飛び込んでくる勇猛さといい、部隊指揮能力といい素晴らしい女傑と言えるか)


 冷静になってみて町を見れば、全戦力をここに集めるのではなく今も続く動乱の鎮圧にも配置しているようだ。全体を見る頭脳もまた賞賛に値するものがあるな。


 肝の据わり方も文句なしだが、間違いなくこれは将来苦労する相手だぞ、レオンよ……。



「……なんかできたな」

「そう、だね。何かいろいろ予想外すぎて言葉に困るけど……」


 後ろから羽交い絞めにされたクルークが、どこか困った様子で俺の呟きに答えた。俺の左腕から伸びる魔力に胸を――心臓を貫かれながらな。

 と言っても本当に刺しているのではなく、魔力を伝えて心臓から闇の魔力を吸収しているのだ。試してみた結果手にした、闇吸収能力を使ってな。


 おまけとして、何か予想外のものも付いてきたけど……。


(俺大丈夫なんだろうか? 流石にこれは想像もしてなかったんだけど……)


 クルークから闇の魔力を引っ張り出しつつ、俺は内心で不安の声を上げる。

 とりあえず嵐龍の魔力と心臓の吸血鬼の魔力を全開にしてみた結果、俺の身体には大きな変化が起きた。理屈はさっぱり分からないが、何か変身したのだ。

 何とも驚くべきことに、左の背からは血を固めて作られた蝙蝠のような翼が、右の背からは竜を髣髴とさせる青みがかった白い翼が生えてしまったのだ。

 ついでにクルーク曰く、眼が変化しているらしい。左は吸血鬼としての真紅の瞳のままらしいが、右は爬虫類を思わせる縦長で黄金の瞳になっているというのだ。

 というか、身中線を境に左と右で別の生物になっている気がする。左は今までどおり吸血鬼っぽい性質が出ているのだが、右はドラゴンっぽい特性になっているんだよこれが。よく見ると右腕鱗で覆われているし……俺の種族は今どうなっているんだろうか……。


「クルークさ、自分のことキメラとか言ってたけど、俺のほうがよっぽどキメラじゃないか?」

「…………」

「……否定してくれない? ちょっと不安になるんだけど」


 俺の一応冗談だった言葉に対し、クルークはそっと顔を背けて沈黙した。その態度に何か不安が強まる。

 いやまあ、俺の目論見どおり闇の吸収能力は得たんだからいいんだけどね? 操られていて最低限反撃しなければならなかったクルークに一切の反応を許さないまま背後を取り、そのまま吸収できるほどの強さのおまけ付きでさ。

 しかし俺としてはこんな変身予想外だったわけで……ジジイに解剖されないか不安だよ本当に。


「……よし、これで全部取ったつもりだけど、どうだ?」

「……うん。確かに大丈夫そうだ。今までずっと胸の辺りにあった不快感が消えているよ」


 そんなことを喋っている内に、クルークの心臓を支配していた闇の魔力は全てとり終えた。そしてその魔力はそのまま俺の血肉に変わっていくのを感じる。この感覚は、あの時聖都で感じたのと同じものだな。

 あの時は変身とかなかったのに、何で今回はこうなったのかね? 目的は果たしたんだから別にいいんだけどさ。


「じゃあ、とりあえずこの不思議空間を解除してくれよ。もうできるだろ?」

「そうだね……よし、いくよ」

「おう」


 クルークは手にした杖を一振りする。すると、この炎の世界に大きな罅が入る。

 そのまま世界は罅を基点にどんどん縮小して行き――浮遊感と共に、俺は元いた薬物組織のアジトに戻っていたのだった。


「……ここは元いた地下施設か。無事に戻ってこられたみたいだけど……身体の方は問題はあるか?」

「大丈夫みたいだよ。コレと言って問題はない。どうやら完全に呪いは消え去ったみたいだ」


 辺りの確認をする俺の隣にはクルークがおり、どこか喜色を隠せない様子で自分の身体を調べていた。

 話によれば、産まれた時から呪いに縛られていたそうだからな。ある意味、クルークは今が初めての自由。そりゃ嬉しいか。


「あっ! 師匠……う?」

「ん? アレス君か?」


 クルークの自由にちょっと感動していたら、部屋に取り付けられているドアが勢いよく開かれた。

 その奥から出てきたのはアレス君。ちょっと息が上がっているようだが無傷である。無事だったみたいだな。

 が、そんなアレス君の顔には驚愕と困惑が浮かんでいる。どうしたんだろうか?


「えっと、その、師匠……ですよね?」

「ん? そうだけど……って、そういやそうか」


 何を驚いているのか一瞬分からなかったが、そう言えば俺変身したままだったわ。

 知り合いがいきなり翼生やしてたら誰だって驚くよなそりゃ。


 と言うわけで「何か全力出したら羽生えた」と俺はアレス君に説明する。

 するとアレス君の表情が困惑から驚愕、その後呆れから諦めの境地に移行するような百面相を見せた。今この子の頭の中で何が起きているんだろうな?


「まあ、師匠だから仕方がないですか。師匠なら翼の一つや二つその内生えてくると思ってましたよええ」

「なにか含みのある言い方だね?」

「他意はないですよ。……そちらは?」

「あ、えーと……上級騎士のクルークだよ」

「あ、そうでしたか。僕はアレス・ニナイ。よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね。キミの事は知っているよ」


 この場で事情を説明するとややこしいことになる気がしたので、アレス君への説明はとりあえず誤魔化した。クルークも同じ結論に至ったのかあわせてくれて、お互いに握手している。

 クルークの立場がどうなるのかはいろいろ複雑だし、その問題は未来に丸投げするとしよう……。


「あっと、報告します。このアジトの内部にいた人間は全員拘束しました。明らかに精神に異常を抱えている者が数多くいましたので、間違いなく薬物中毒でしょう。その薬物……えっと、転生丸の保管場所も発見しましたので他の皆はそっちにいます」

「そうか。ご苦労様。しかし全部片付いたのか? 結構数いただろ?」

「ええ、まあ。殺すのならともかく制圧はちょっと手間でしたよ。途中から援軍が来たのでスムーズになりましたけど」

「援軍? そんなのどこから――」

「あっ! 何その変な格好? 進化でもしたの?」


 クルークとの挨拶を終え、アレス君は部下としての表情となって現在の情況を説明してくれた。

 その報告を一通り聞き終えた辺りで、またドアの向こうから声がかけられた。今度は能天気な女の子の声だ。

 こんな場所でこんな緊張感のない感じを出している子といえば……まぁ、一人しかいないな。


「援軍ってカーラちゃんのことか。となると手下も一緒に?」

「ええ、まぁ。全体のほんの一部ですけど、ゴブリン兵達を連れてきてくれました」

「ねえ、何その翼? 美味しいの?」

「食べないでねお願いだから」


 カーラちゃんは相変わらずの様子だ。好奇心の赴くままに、俺の背中の翼を観察している。主に食事方面の欲求と共に。


 この子は三年前と変わらないな本当に。肉体的にも成長していないけど……まあ吸血鬼の特性のせいなのかね。

 しかし内情は大分変わっている。気まぐれに町の外に出ては周囲の魔物を支配下に置くことを繰り返した結果、もはや軍勢と呼ぶべき手下を従えているのだ。そいつらの身元引受人は俺なので結構ドキドキなのだが、意外なことに統率された魔物たちは下手な人間の組織よりも忠実に行動している。強者に従う本能があるからだろうけど、今では大分助けられているのが実情だ。

 ……カーラちゃん本人のことを考えれば、そもそもこの子はハクションさんとやらを探していたはずなんだけどね。もうそんなことは完全に忘れて魔物の王様を楽しんでいるみたいだけど。


「でも、何でカーラちゃんがこんなところに? 援軍要請なんてしていないし……」

「え? えっとね……あ、そうそう。ロクシーに頼まれたのよ」

「ロクシーに? なんて?」


 どうやらカーラちゃんはロクシーのお使いで来たようだ。その途中で何か戦ってたから参戦したってことかな、この様子だと。

 しかしロクシーが何の用だ? わざわざカーラちゃんを寄こすほどに切羽詰っていること……王都の方の話か?

 いや、でも王都親父殿いるしな。結局のところ、親父殿が負けるとか想像もできないんだけど……。


「えーと、ハイこれ」

「ん? ああ、手紙ね。どれどれ……」


 ロクシーの字で書かれた手紙をカーラちゃんから受け取り、ざっと眺める。

 が、そもそも眺める以上の事はできない内容だった。なにせ、たった一行で完結しているのだから。


「王都がピンチ、すぐに来い……だと?」


 ロクシーからのメッセージは至極単純。王都を助けに急いでもどれって話だった。

 ……そんなにやばいのか? カーラちゃんに伝言を託すなんて、早いけど信頼性に欠ける手段をとらなきゃいけないくらいに?


「そうだね。すぐに行ったほうがいいよ。並みの兵士が相手なら問題ないだろうけど、盟主だけは不味い」

「マジ?」


 側で黙って話を聞いていたクルークまでもが俺の手の中の手紙を横から見て忠告してきた。

 いや、でもあの親父殿がいるのに……ッ!?


『急げ!』

「え? 今の誰だ?」


 信じられなくて首を捻っていると、どこからか切羽詰った叫び声が聞こえてきた。

 でも、その声はクルークのものでもアレス君のものでもない。聞き覚えのない――でもどこかで聞いたことのある声なのだ。


「はい? どうしたんです?」

「ああ、いや……なんでもない。それよりも、急ぐとしよう。ここの始末はアレス君に任せる。外の兵士隊にも協力要請して対応してくれ」

「はい、わかりました」

「僕はキミについていくよ。いろいろお礼しないといけないしね」

「わかった。んじゃ、全力で飛ぶぞ!」


 俺はアレス君に指揮権を任せると、全力でアジトの外に出て空へと向かった。

 翼があるせいか、非常に速く飛べる気がする。後ろについてきているクルークを軽くぶっちぎれるスピードでな。


(クルークを置いていっちゃ不味いか? でも――何なんだこの胸騒ぎは? さっきの声が聞こえてから、何か悪い予感が収まらないのは何でだ?)


 俺は無意識に首に下げている聖騎士の首飾りを握る。何故か、そうすると安心する気がしたから……。

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