第109話 クン流の継承者
戦争が始まった。
フィール王国の基本姿勢は保守。レイック帝国の攻撃を防ぎ、両陣営の被害を最小限に抑える作戦で動いた。
元より人類に争っている余裕など無い。本来ならば両国の戦力を集結して対魔物戦線を組むべきである以上、戦争だからとレイック帝国を攻撃するわけにはいかないのだ。戦争終結後は同族として手を取り合わねばならない関係である以上、殺すどころか重傷を負わせるのも可能な限り避けたい。何とか話し合いで矛を収めさせるのが理想だったのだ。
だが――レイック帝国は違った。彼らは我が兄、ガーランドの協力を得たことで強気になっていた。
元より、レイック帝国がフィール王国に劣っていたのは英雄の数のみ。そう常々唱えていた彼らはシュバルツの剣士を手にした事で自分達の力を過信し、フィール王国の戦力を滅ぼしても問題ないと考えていたのだ。
更に悪かったのは、レイック帝国の階級制度だった。身分の低い者は身分の高いものに絶対服従――つまり弱者を強者が従えるのがレイック帝国の指針。その結果、レイック帝国の弱者達を使った無謀な作戦が次々と展開された。
無謀であり、作戦従事者の死亡率が非常に高いが――確実にフィール王国に被害が出る作戦が。
こうして、被害はより深刻になっていった。死者の数は時と共に増え、このまま行けば人類の存続に関わる大戦になりかねない状況まで来てしまったのだ。
こうなっては仕方がないとフィール王家も動き、力でレイック帝国を止めることが決定する。専守防衛だけではなく、打って出ることがついに決定したのだ。
そして、その第一陣を任されたのだ我が父、ジークロイド・シュバルツであった。裏切りの英雄ガーランド・シュバルツが君臨する戦場へ赴き、鎮圧する。その任務を自ら申し出たのである。
それも、当主を引退した際に継承した二振りの魔剣の代用を持つこともなくだ。
私は当時、せめて紅蓮を持っていってくれと懇願した。
華厳は裏切った当人が持っていったのだから仕方がないが、私が持つ紅蓮ならば問題ないはずだと。そして、竜の素材で作った華厳と同じく竜の素材で作られた紅蓮ならば互角に戦うことができる。兄の戦闘力は十分シュバルツの当主に相応しいレベルであり、いくら父上とは言え装備の差で圧倒されては危険だと。
だが、父上は首を縦に振ってはくれなかった。父上は私の言葉に対し、優しい笑みで僅かな言葉だけを残して戦場へ行ってしまったのだ。
『馬鹿やっている息子を叱るのに剣を持っていく父親がどこにいる。子供を叱るのなんぞ、この拳があれば十分だよ』
という言葉だけを残して。
そして――父は帰らなかった。
心配になり団としての命令を無視し、父と兄がいる戦場へ様子を見に行った私の目の前で斬られたのだ。
今でも目を閉じれば思い出せる。最後まで兄を信じて言葉を尽くしていた父と、その父を狂気を宿した目で貫いた兄の姿を。父の身体から生える血塗れの華厳と、それでもなお兄に対して怒りを向けることなく息を引き取った父の姿を。
そんな父と兄を見て――私は怒りに囚われた。皮肉なことに殺意の剣を振るったから当主になれなかった兄を相手に、私が殺意の剣を向けることとなったのだ。
父と戦った後――止める父と殺す兄が真っ当な戦いになったとは言いがたいが――私との連戦。兄も当然疲弊していたはずだ。
だが、兄はむしろ更なる笑みを浮かべて私に斬りかかってきた。今度こそ、自分の方が強いことを証明してやると。お遊びではない戦場で、対等な条件で私を殺して見せると。
その戦いは、かつての当主継承戦とは比較にならない激しさとなった。
お互いの手に握られるのは父の愛剣である紅蓮と華厳。最上級の魔剣の力を互いに殺意と共にぶつけ合うその様は、その光景を見ていたもの曰く地獄であったそうだ。
近くにいるだけで煉獄の炎に焼かれ、水流に潰される。力と力の激突は周囲一帯を吹き飛ばし、後に大きな湖となるほどの大穴を残すことになった。
血を分けた兄弟であるはずの私達の殺し合い。今にして思えば、父が見れば何よりも悲しむであろう出来事だ。しかし当時の私はそんなこと考える余裕もなく剣を振りぬき――兄を斬った。
継承戦ではとめられなかった兄の一撃。それを殺意によって受け止め、返したのだ。相手が死ぬかもしれないリスクを許容することで始めて使える殺意の剣。禁忌の技の完全解禁に至った勝負は、私の勝利で終わったのだ――
◆
「――そう、私は確かにあのとき兄を斬った。ならばこそ、お前が私の兄であるはずがない」
私は今でも夢に見る兄を斬った一連の出来事を思い起こし、強く断言する。
確かに目の前の謎の男の顔立ちは兄を――死する直前の兄を思い起こさせるほどに似ている。万が一にも満たない確率の果てに生き延びていたとしてもありえない、若かりしままの姿でな。
二重の意味でありえないと私は断じ、紅蓮を握る手に力を込める。
幻術か変身かは知らないが、目の前にいるのは自ら殺した兄の姿をまねることで私の動揺を狙っている敵なのだと判断して。
だが、私の拒絶に兄の姿をした男は首筋から胸にかけて指を動かし、挑発してきた。そう、その位置はかつて私が兄を斬ったときの場所なのだ。
「そうだな。私は――俺はあの時、お前に斬られた。……屈辱の過去だ」
「……確かに殺したのだ。私がその感触を間違えるはずが無い」
いかに英雄級といえど、首筋から入って心の臓まで到達する傷は致命傷。剣越しに心臓を潰した感覚もあった以上、確実に死んでいるはず。そう、殺したはずなのだ……。
「ではガーライル。お前は俺の死体を確認したのか?」
「……何?」
「しているはずが無いよなぁ。お前は俺を殺しこそしたものの、その場で気を失ったのだから」
兄の姿をした男は、まるで見ていたかのように当時を語った。
確かに私はあの瞬間、兄の死を確信すると共に意識を失った。それは限界を超えた力の行使からくる疲労であったのか、それとも身内を二人失ったことから来る心労だったのかは今でもわからない。
とにかく気を失い――そして目覚めたときには城のベッドの上だった。戦いの終わりを知ったフィール王国軍が私を回収したのだ。
だが――
「俺の死体は無かった。武具まで含めてな。違うか?」
「……確かに、兄の死体は見つからなかったが……」
私が倒れていた場所に兄の遺体はなかった。周囲が粉砕されていたので死体も装備もろともバラバラになったのだろう――という見解で捜索は終了したが、私はそこまでやった覚えはない。
しかし気を失うほどの極限状態の勝負であり、記憶が確かであると断言することもできなかった。故に放置されていた案件なのだが、一つの思いがあったのは間違いない。
私達の戦いが終了した後第三者がやってきて兄の遺体と装備を盗んで行ったのではないか、という可能性を。
「俺は死んだが、消滅はしなかった。腹立たしいことだが――俺は死してなお生かされたのだ」
「……生かされた、だと?」
「つまりこう言うことだ――【モード・吸血鬼】」
「ッ!?」
兄の姿をした男の纏う魔力が変わった。元々隠蔽魔法によって隠されており分かりにくかったが――今でははっきりとわかる。
あの魔力は人間のものではない。本気を出したレオンと同じ、吸血鬼の闇の魔力だ。
「俺はあの時死んだ。だが俺の死体はあの戦いを監視していた吸血鬼によって転移し、魔の者共が住まう地へと飛ばされたのだ」
「魔の者共の、住まう地……?」
「……北の大陸。あるいは炎の大陸と言えばわかるだろう? この豊かな南の大陸とは正反対の性質を持った世界、魔族が支配する大陸だよ」
北の大陸。実際にそこに行ったものはいないので伝聞や書物からの知識となるが、炎の精霊竜の加護を受けた大地と伝わっている。
兄の遺体がそんな場所に持ち去られていただと? だが、それでも殺したことだけは間違いない。まさか、吸血鬼は死者すら支配することができるというのか……?
「吸血鬼と言う奴らは嫌な力を持っているものだ。例え相手が死体であろうが、まだ身体に魂が残っているのなら吸血鬼の血を流し込むことで吸血鬼に変えられるらしい……もっとも、並みの者では魂が変質した従者になるだけらしいがな」
「……では、つまり……」
「俺を吸血鬼にしたのは奴らの王を名乗る男だ。確か……オゲインとかいったかな?」
「吸血鬼の王だと? そんなものが、あの戦いに関与していたというのか? そしてお前は、吸血鬼の命じるままに人間へ攻撃を仕掛けてきたというのか?」
吸血鬼にされた人間は吸血鬼の忠実なシモベになる。例外はレオンくらいのものだ。
もし目の前の兄を名乗る吸血鬼の言葉が全て真実であるのならば、奴は兄の身体を使って作られた吸血鬼と言うことになる。それがこうして王都に攻め込んでいるのだから――これは吸血鬼による攻撃と判断するのが妥当だろう。
だが、目の前の男はいかにも不機嫌と言った様子で私の言葉を否定するのだった。
「前半はともかく後半は侮辱である。俺は何があろうとも他者の命に従うようなことはしない。俺は従える人間であり従えられる吸血鬼などではない」
「……吸血鬼の支配を受けていないのか?」
「当たり前だ。奴は元々俺をそのまま蘇生させるつもりでやったなどと言っていたが……いずれにせよ、この襲撃は長年かけて準備を整えた俺自身の意思によるものだ。……かつて果たせなかった全ての人類の頂点に立つ――その野望をかなえる第一歩としてな」
「……そんなこと考えていたのか?」
兄の考えは昔からわからなかったが、まさか世界征服とか企んでいたとは……知りたくなかった。
「優れたものが上に立つ。それが道理だろう?」
「否定はしないが、しかし上に立つ優秀さと我々の基準での優秀さは種類が違うだろう?」
「指導者と戦士の能力は違う、か? だがな――俺は戦士としてももちろん一流だが、頭脳面でも十分一流だ。蘇ってから暗躍し、こうして国を滅ぼせる戦力を率いることができるのがその証拠だ」
兄を名乗る男は高らかに城下を見渡した。今もあちこちで戦火が上がる、今のこの町を。
「シュバルツの名を失い、人としての命を失い、それでもなおここまでの力を手にすることができる――それを優秀といわずになんと言う?」
「……いくら優秀であろうとも、その先にあるのがこれでは意味があるまい」
「なんだ? 強者は弱者を守る為の道具であると? それは間違いだぞガーライル……強者こそが優遇されるべき存在であり、弱者などそのための道具に過ぎないのだよ」
「人を弱者か強者でわける。その視野の狭さこそが問題だといっている」
私は紅蓮に力を込める。これ以上、この男と会話していても無意味であると判断して。
その私の闘気を感じ取ったのか、兄の姿をした吸血鬼もまた手にした華厳に力を込めた。その武器を、お前のような男が振るうことなど、私が許さんがな!
「相手が吸血鬼であるというのなら是非も無い。遠慮は無用――最初から本気で行かせてもらう」
「来い、ガーライル。お前の“殺しの技”を持ってしても私には敵わぬと知れ!」
紅蓮より炎を走らせ、放つ。必倒の一撃ではなく必殺の一撃。倒すが殺さないリミッターをかけたいつもの一撃ではなく、ただただ威力のみを追求した技。
それを放つ。かつて私が斬ったのと、同じ兄の姿をした吸血鬼に向かって――
◆
「――【瞬剣・短距離跳躍の一閃】!」
「クッ――クン流・剛体!」
シュバルツ流特有の力【加速法】。それに合わせて特殊すぎる剣筋によって放たれる一撃を、喉と顔、それに心臓を腕で守りながら全身の筋肉を固めて受ける。
仮面を被った男――自称“盟主の弟子”を相手に私は苦戦していた。感じたとおり、こいつの技はシュバルツ流の剣技。ただしレオンハートの剣とは違い、“斬る”ことよりも“突く”ことに特化した剣を用いた技だ。
「――そこか!」
「【空術・短距離跳躍】!」
攻撃の瞬間にカウンターとして空砲拳を放つも、敵の姿はその場から一歩も動くことなく消えてしまう。
奴の技はシュバルツ流の剣技に加え、転移を初めとする空間能力を司る空術魔法を併用した攻撃。通常なら相手の動きを気影で読むが、私の目では空間を直接転移して移動する相手の動きを見切れないのだ。
「頑丈だ。これだけ攻撃しても致命傷には程遠いか」
「……私に守りの構えを取らせているだけでも大したものだがな」
「それは仕方があるまい。産まれもった異能を持つ私と戦う以上それは仕方がない――ハッ!」
「クッ!」
仮面の男は右手で握った剣で突きを放ってくる。距離的にはまだまだ届くものではないのだが、奴の突きは伸びることで私の心臓を狙っているのだ。
鎧通し――その剣の名の通り、私の筋肉の鎧を貫くようにな。
(避けられる速さ――だが)
突きのスピードそのものは回避することが可能なレベルだ。だが、ここから奴の剣閃は複雑怪奇に変化する。
「【部分加速法】」
(加速法による剣の高速化。一部分だけを強化することで全体への負担を抑えるとはな)
攻撃の途中で加速法を発動することで、私の感覚を狂わせる一撃。精密な体内魔力のコントロールを要求される三加法を攻撃最中に発動するだけでも弛まぬ鍛錬の結晶であろうが、相対する私からすれば厄介極まりない。
だが、それでもそれだけなら私は対処可能だ。元々仮想敵にあの急激なスピードの緩急を武器にするレオンハートがいる私ならばその程度、十分反応できる変化でしかない。
しかし――
「【空術・短距離転移穴】」
(これだ。これが厄介だ!)
まず普通に伸びる突きを――昔の上官である“銀麗剣”シルビィ殿の技に酷似した突きを放つ。
その後に加速法で突きのスピードを変化させ、最後に空術により刃を別の場所に転移させる穴を出現させる。
今まで正面からこちらにむかっていた刃が突然消え、次の瞬間に別の方向から異なる距離の突きとなって襲ってくる。この一撃に先読みで対応するのは不可能だ。
「クッ!」
「……これで14回。これだけ打たれてもかすり傷だけとは、本当に化け物じみた肉体だ」
「……ふう」
右肩に突きが突き刺さるも、生身の防御力で耐える。この回避不可能の攻撃の最大の弱点。複数の技術を組み合わせているせいか、基礎の破壊力に欠けるのだ。
精々が鉄板に風穴を開ける程度か。その程度では私の肉体を貫き臓腑を穿つ事はできはしない。
……しかし、出血しているのも事実。このまま一方的に攻撃されていてはどうしようもないことだし、いずれは出血多量で倒れることになるだろう。
10回以上攻撃を身体で受けてみたが、対処法は思いつかない。攻撃を仕掛けても空間転移という予備動作なしの回避がある。本当に隙の無い相手だ。これほどの実力者が今まで隠れていたことに素直な驚きがあるほどだ。
「……全く、腹立たしい」
「そうかね。しかしそれは仕方がない。私は最高の才能を持って生まれ、それを最高の師によって磨かれた戦士。いかにクンとはいえ、私を超えることなど不可能だ」
「……最高の才能か。それはその空術の魔法か?」
「如何にも。私は空術の発動を限りなく早くする先天技能を持って生まれた。その才能をもって魔術師の道に進めば恐らく、最強の空術使いとして君臨したことだろう」
「それが何故剣士に……それもシュバルツの技を身につけた?」
普通、魔法系の先天技能を持って生まれたのなら魔術師になるだろう。
人の夢と才能が必ずしも一致するとは限らないのでそうとは限らないが、話しぶりから察するに魔法系の先天技能に気がついたのは剣を身につけた後だったというわけでもなさそうなのだがな。
「決まっている。私に更なる力を与えてくれる存在に出合ったからだ」
「……それが盟主か?」
「その通り。盟主の剣と私の才能――その融合を果たしたときこそ私は完成する。それに気がついたのだ――よっ!」
再び剣が伸びてくる。私はあえてそれを避けることすらせずに――そして守ることすらせずに受け止める。
この一連の技。当てることに特化しているので避けなければ普通に伸びてくるだけなのだ。もちろんダメージにはなるが、空間跳躍して予期せぬ場所に刺さるよりは覚悟ができていい。
その気構えで受けた攻撃は――私の左肩に突き刺さるという形で止まったのだった。
「……15回目。避けすらしないとは諦めたか?」
「なに、避ける必要が無いだけだ。こんな軽い剣、何度食らおうとも私を倒す事はできない」
シュバルツの剣技。その系譜を確かにこの男の剣は受け継いでいる。
だが――しかし芯がない。筋肉や技の冴えと言った部分なら本家のものにも引けを取らないものがあるが、それでもこの男の剣は軽いのだ。実際に受けた私が言うのだから間違いはない。
「軽いとは言ってくれるな。その強がり、死ぬまで続けられるか試してやろう」
「フン、相手を甚振るのが好きなのか? 急所は守っているから狙ってこないのかと思っていたが……実は単なる趣味だったのか?」
今まで15回も身体に剣を突きたてられたが、それはすべて致命傷にはならない部分だった。頭や心臓、肺と言った突き技で狙うべき急所を避け、肩や腕、足と言った部分ばかりを攻め立ててくるのだ。
始めは私が突かれてはならない急所だけは守っているから打たないかと思い、次に殺す気が無いから急所は避けているのかとも思った。
だが、今の回避しないで攻撃を受けたことで、私はそのどちらも外れていると確認した。防御も回避もしないにも拘らず急所から大きく剣を外し、しかし濃密な殺気が剣には宿っていた。直接身体で受けて私が殺気を見誤ることなどありえないからな。
だからこそ、私は最終確認を言葉で行ったのだ。もしかしてこいつ、単に相手を嬲るのが好きな変態なのではないか――と。
そんな問いに、仮面の男は喜悦を宿した笑いで答えるのだった。
「フフフ……相手を手のひらに乗せて甚振る。それに勝る愉悦はあるか?」
「……うわぁ」
まさかの事態だった。この男、否定するどころか当然のように肯定してきたのだ。
「私はね、人の上に立つのが大好きなんだよ。相手を見下し、甚振る。相手の全てを否定して自分の優位を実感する……その瞬間こそが最高の喜びなんだよぉ」
「……やはり変態か。お前を弟子にとるとは、盟主とやらも相当イカレタ頭の持ち主なのか?」
堂々と自分の性癖を曝露した仮面の男に、私はかなり引いていた。
勝利の瞬間に喜びを感じるところまでは同感だが、相手を無意味に甚振ることに快楽を見出すとは……酷い。空間跳躍という自分の安全を確保できる技を持つからこそ生まれる発想なのだろうが、いくらなんでも師匠ならばその思考は正さねばならないものだ。
そんなふざけた理由で攻撃の手を緩めるなど、いつか予想外の敵に出合って死ぬんだぞと。
「クン流の継承者ともあろう人間が何を言う? 真に優れた者は弱者を踏みにじるべきなのだ。それが強者の義務というものだろう?」
「いや、いろんな意味で初めて聞いたのだが……」
強者はその力と責任を理解し、己の力に負けない心を磨かねばならない。それがクン流の教えだ。
それと真逆の思想を義務とまでいうとは……今更ながら、こいつ私に喧嘩を売っているのか?
「まあ、こうして私に手も足も出ずに甚振られているのだ。私の領域まで至れないのも無理はないかもしれないな」
「至りたくない……」
「最高の力と頭脳を持つ師に習った私もまた、最高の領域にいる。私と違うことを恥じたほうがいいぞ」
「……うわぁ」
私はその言葉を聞き、頬が引きつるのを感じる。
自分こそが最強であると自負するのは戦士の基本だ。過信は身を滅ぼすが、自信は力になる。こいつには勝てないとか、危ないとか、後ろ向きなことを考えていては力が出ないからな。
だが、思想面まで自分が最高だと言い切るのはどう考えても危ない。この変質者……武力以外はむしろ最低だろう!
「そもそもだ。私とこうして戦うこと自体間違いなのだ」
「は?」
「私に剣を向けられた以上、粛々と従うのが女人の務めだ。その強さに似合わず顔形は美しいのだし、私に従えば幸せにしてやるぞ?」
……あー、何かもう、うん。これはもう、アレを解禁していいだろう。
まだ人間相手に使うつもりなど無かったのだが……もうこれを人間と思うのはやめよう。
「……もう、いい」
「ん? どうしたのかね?」
「自分の考えと違うことを恥じろとか……従うのが務めとか……これ以上会話していると頭がおかしくなりそうだ」
私は構える。防御の構えを解き、攻撃の構えをとったのだ。
そんな私に、仮面の変態は疑問の声を上げるのだった。
「おや、いいのか? 隙を増やして」
「構わん。もう手加減する必要性を感じないからな」
「はぁ……?」
「クン流は武器を持たない格闘術を継承する一族。だが――武装が無いわけではないぞ?」
私は両腕に巻かれている篭手を見る。シュバルツに炎の剣と鎧が継承されているように、クン流にも家宝の武具があるのだ。
その正当な所有権は当主である父上のものであり、今はまだ私の手にはない――のが正常なのだが、父上は『いつか家宝を継承したときのために練習するのは当然だろう?』と言ってたまに私に家宝を貸し出すのだ。
確かに魔法の武具は使い込めむほどに使い手と馴染んでいく。それを考えれば今の内から使っておくのは悪くはないのだが――まだ使いこなせないせいで、下手に使うと殺してしまうからさっきまでは使う気なかったのだがな。
「【雷纏】」
「雷属性の魔力を全身に纏う技か? まぁ確かにカウンターとしては有用だろうが……私の突き技は魔力によって刀身を伸ばしている。剣を伝えて電撃を浴びせるつもりかもしれんが、魔力刃には意味が無いぞ」
私は雷纏によって全身に雷を纏う。だが仮面の変態はそれを見てもなお余裕の様子だった。
確かに奴の言う通り、攻撃の当たらない現状でただ雷纏を行っても意味はないだろう。意味があるのなら初めからやっているしな。
だが、勘違いしてはいけない。これは攻撃を受けてからカウンターをとるための技ではなく――己が拳の威力を高める為の技法なのだ。
「肉体強度を極める。それがクン流の思想。故に――」
「ん?」
「伝わる力も、当然そのためのもの」
「……ふーん。つまり、その篭手は身体強化能力でも宿しているってことかな? しかし私にはシュバルツ流の加速法に加えて空間転移がある。どれだけ拳を強くしても当たらないよ」
「それはどうかな。素早く攻撃しても回避できるというのなら――」
篭手の魔力を開放。起動時間は――3秒が限界だな。
さて、では行くか。
「やれやれ。加速法――」
「――それより素早く殴ればいい! 【三重加法・極正拳】!」
「五倍――グブロロォォォ!?」
秘術、三重加法。筋力、速力、耐久力の三要素を爆発的に高める身体強化スキルであり――三加法の原点となった技だ。
三加法とは三要素の内一つに特化することで能力を飛躍的に高めるスキルだが、原点である三重加法本来はそんな技ではない。全身の魔力瞬間的に爆発させ、通常の身体強化よりも遥かに高い効果を生み出すスキルなのだ。
これは初代様が持っていた先天技能であると伝えられており、それ以降の継承者は少しでも再現しようと三加法を生み出した。より正確に言えば力に特化することで三重加法に近しい強化【加力法】を完成させ、それを見たシュバルツが速度に特化した【加速法】を開発。更に技は広まり【加堅法】も他流派で生み出された。
だが、その究極である三重加法を扱えるのは伝承者であるクン流のみ。初代様が愛用したという篭手に封じられた【初代の記憶】により強引に先天技能を発動させるのだ。
これにより、膨大な筋力と速度、そして耐久力を一瞬だけ得ることが出来る。
加速法は速度の代わりに筋力を犠牲にするが、三重加法ならば減るどころか増える。つまり筋力による加速まで追加することで加速法以上の速さを手に入れ、高まった力による肉体へのダメージも加堅法によって抑えられる。
反面、体内の魔力がとんでもない変化を起こすために反動も物凄いのであまり乱用はできないのだが……一度解放すればこうなるというわけだな。
「が、あ……」
「生きているか。やはり、内面はともかく武力だけは大したものだ」
空術も加速法も発動する暇はなく、仮面の変態は強化された極正拳をもろに受けた。もう絶対に立ち上がる事は不可能だろう。
遥かかなたまで吹き飛ばされるところを近くの木に激突し、そして木をねじ切る威力で吹き飛ばされ――しばらくしてようやく止まるほどの威力。相手が不死の化け物でも一ヶ月は寝込むだろうまさに必殺の一撃だからな。
「さて、生きているのなら何故私を襲ったのか教えてもらうとするか……グッ!」
喋ることができるかはわからないが、とりあえずあの仮面の変態が喜びそうな拷問でも一つしてやろうかと歩き出す。
だが、その瞬間全身に痛みを感じた。これは……三重加法の反動だな。
(やはりまだまだ使いこなせないか。英雄級と呼ばれる領域まで登って初めて使用許可が出されるほどに無茶な技だ。とりあえず休むべきか……)
騎士団の指令を装って誘い出され、突然英雄級の変態に襲われたことに焦燥感はあるもののまずは休むべきだと座り込む。
この状態で無理をしても意味がない。まずは身体を万全にすること。それが拳士である私の務めだ……。
今年に入って主人公未登場という事実。
多分次は出番がある……はず。




