第105話 動乱の始まり
「扉を開けろ。中の人間に気取られないようにな」
「は……い」
「わかり……まし……た」
虚ろな目をした汚らしい男たちが俺の言葉にゆっくりと頷く。
魔眼に完璧にかかっているようだ。吸血鬼モード2のときにしか使えない吸血鬼固有能力だけど、この手の任務にはとても効果的だ。雑魚にしか効果ないから普段は全く使わないけど。
(わざわざここまで変化しないと使えないんだもんなぁ……)
本物の吸血鬼たちは手軽に使える雑魚狩りの能力として魔眼を有効活用している。しかし俺にそれは無理だ。
俺が吸血鬼固有のスキルを発動するにはモード2まで来る必要がある。嵐龍の力がなければ人格変わるってレベルの闇の力を解放しなければならないのだ。
魔眼に抵抗もできない雑魚相手にそんな消費するくらいなら殴った方が早い。視界に収めるだけで効果を発揮するこの能力は非常に便利なのだが……紛い物に使いこなせるほど世の中甘くはないってことなんだろうかね。
「ま、こんなときは便利なんだけど……さて、そろそろ行くか」
門番達が正規の手順なのだろう方法で扉を開けた。もし内部の人間に連絡を入れて開けてもらうタイプだったら強行突破しかないと思っていたけど、どうやら門番が開門の権利を持っていたようだ。
「それじゃあ、突入します。こいつらの捕縛は任せていいですか?」
「い、いや……捕縛する必要……あるのか?」
「え? ええ、大して魔力使ってないので……そうですね、後10分もすれば正気に戻ると思いますのでその間に縛り上げてください」
「わ、わかった……」
なにやら怯えが見える兵士隊長さん。やっぱりこの能力は印象悪いのかな……。
これでも嵐龍のサポートのおかげで随分マイルドになってんだけどな。もし嵐龍なしでこれやってたら多分『お互いに殺しあえ』くらいのことは言ってたと思うし……。
(考えるのはやめよう。嵐龍なしでのモード2はただの外道だからな)
恐るべしは吸血鬼の血である。いくら便利に使っているとは言っても、決して信頼していい類の力じゃないんだよなぁ……。
………………
……………
…………
………
「お願い、導いて【精霊術・精霊の導き】」
ナーティアちゃんの魔法が発動し、地下施設の地形を探っていく。
何でも精霊に頼んで周囲の探索を行い、目的地に案内してもらう魔法だそうだ。普通の人間には精霊を感知することも見ることもできないのでまず気づかれない索敵。本当に便利だな、精霊魔法って奴は。
「……見えました。この階段をしばらく進むと大部屋に出ます。そこに複数人の気配があって……」
「……見張り部屋かな?」
精霊によると、入り口から入ってすぐの下り階段の先に大部屋があるらしい。
そこにいる複数人の人間。まず間違いなく警備兵だろう。入ってきたのが侵入者だった場合捕縛ないし排除、それができなくとも内部に知らせる役割ってところか……。
「どうします師匠? また魔眼で行きますか?」
「いや……多分無理だな。その手の部屋は構造上、まず自分達が侵入者を見ることができなきゃ話にならない。相手を視認する必要がある魔眼発動前にこっちの存在に気づかれるだろうよ」
加えて言うと、疲れるしね。何だかんだ言ってもモード2はあまり乱用できる能力ではないのだ。
「じゃあどうするッスか?」
「強行突破しかないかなぁ。透明化の魔法対策くらいはしているだろうし……」
ナーティアちゃんの精霊魔法や魔道書を使えば一時的に透明になるくらいのことはできる。
だが、まさか侵入者対策の警備室に進入の王道である透明化対策をしていないってことはないだろう。いよいよを持って力で攻めるしかないかなこりゃ。
「……よし、可能な限り高速で制圧する。最初に俺が突入するから次にアレス君、フィーリアちゃんの順番だ。殿はマクシス君に任せる」
「了解」
俺は簡単な指示を出し、方針を決める。恐らくは防衛目的なのだろう一人ずつしか通れない狭い構造の通路なので、一人一人部屋に突っ込むことにしたのだ。
完全に個人技頼りの力技だが、まあそれを可能にするのが騎士だ。とにかく素早く制圧するとしよう。
「――いくぞ! 【加速法】!」
部屋が見えたところで、俺は加速した。叫ぶ暇もなく、助けを呼ぶ暇も与えない超速攻。それを実現する為に。
(警備室なら、多分緊急連絡要員がいる。まずはそいつを落とす――)
突入後の段取りを考えながら、俺は扉を蹴破った。
すると――
「――【炎術・火の鳥】」
「なにっ!?」
入った瞬間、目の前が炎で埋め尽くされた。鳥の形をした炎が俺に向かって突っ込んできたのだ。
「――【抜刀・嵐龍閃】!」
俺は咄嗟に剣を鞘から抜きながら嵐龍閃を放った。溜めも何もない高速撃ちなだけに威力はないが、攻撃を打ち落とす盾くらいにはなるだろう。
風と水の嵐は火の鳥とぶつかり、お互いに食い合うように混じり、消滅する。どうやら、今の魔法と俺の抜き打ち嵐龍閃は互角だったようだな……。
(一体何者だ? しかも俺たちの存在がばれているとか……どこでミスったのかな?)
今の炎はやばかった。もし直撃を受けていたらかなりのダメージだっただろう。
そんなのが今のタイミングで、扉を蹴破ったタイミングで放たれたのが偶然なわけがない。そもそも今の魔法を使えるクラスの使い手がこんなところにいたってのも驚きだが……いったい何者なんだ?
「……待っていたよ、レオン君」
「え――」
「【結界炎術・炎の世界】」
瞬間、俺にも反応できない速度で世界は炎に包まれた。
咄嗟に逃げようと動き出すが、ここは逃げ場がない地下室。唯一の出口はアレス君達がいる以上通れず、他の出口を探している暇はない。
ならばかき消してやろうと剣を振るうが、この炎はびくともしない。強いとか弱いとかではなく、本当に干渉することもできないのだ。
そう、これは速さや強さでどうにかなるタイプの魔法じゃない。空間そのものを塗り替える、結界魔法――
「招待するのはキミだけだ。僕と一緒に、世界に囚われてもらうよ」
「クッ――全員、逃げろ――」
広範囲に広がりながらも俺だけを飲み込む炎――異界への入り口。
かつて吸血鬼ミハイの世界に取り込まれたように、俺は炎の世界へ連れ去れてしまうのだった……。
◆
「……な、何が起きたの?」
「わからない。だが、先生が……消えた?」
違法薬物を扱う犯罪組織のアジトに潜入した僕たち。
多少不穏な情報があっても何も問題はない、いつものことだと思っていたのに……突然、僕たちの目の前から師匠が消えてしまったのだ。
大部屋にいたほかの警備兵を制圧した後、僕らは急いで師匠の安否を確認しようと動いていた。
「て、転移したんじゃありません。精霊のみんなはそんな気配感じないって」
「でも、見えなくなったとかじゃなさそうッスよ。いくら探っても先生の気配感じられないッスもん」
だが、ティアとマクシスが周囲を探り――動揺していた。
魔法の気配に敏感な精霊と語るティアが、気配を探ることにかけては右に出る者はないマクシスが感知できないんだ。どうやら、本当に師匠は消えてしまったって結論するしかないかな。
「どうする?」
「師匠を探す――って言いたいところだけど、見つかりそうにないね」
僕は、今の炎に近しいものを知っている。昔師匠と一緒に旅していたときに見た赤い世界――あの世界に引き込まれたときの血の濁流に今の炎は似た感じがしたんだ。
もし僕の感覚が正しいのならば、恐らく師匠はあの時みたいな異空間にいる。だとすればいくら探しても無駄だろう。あの時外に出られたのは師匠がよくわからない凄い力で空間ごと破壊したからだったけど、外からどうにかする方法なんて僕知らないし。
「……よし。僕らは僕らで任務を続けよう」
「先生は放置でいいのか?」
「多分、師匠は別の手出しできない場所でさっきの炎の術者と戦っているんだと思う。ティアが感知できない以上僕らに手出しする方法はない。だったら師匠抜きで任務優先の方がいいよ」
「合理的な判断だが……本当に先生は助けなくていいのか?」
「うん。だって……師匠なら一人で大丈夫だろうし」
僕は師匠を信じている。特に戦闘力が問われる分野で師匠を心配するなんて考えるだけでもおこがましい話だ。
囚われてすぐ脱出できると考えるのは楽観がすぎるとしても、助けなきゃなんて考える必要はない。僕たちがやるべき事は師匠の代わりに仕事をこなすことなんだ。
「敵が待ち構えていた以上、僕たちの潜入はばれていたんだろう。そうなると目的だった証拠品なんかは既に持ち去られている可能性のが高いけど、それでもここは敵の本拠地なんだ。押収しなきゃいけないものは山のようにあるよ」
「そうッスね。考えて見ればあの先生がどうにかなるとは思えないッスし、予定通りにやったほうがよさそうッスね」
「わかった。リーダーの指示に従おう」
ひとまず、チームとしての行動指針は僕の意見で纏まった。僕らの中で、師匠なら何とかできるってのは共通認識だ。
「ではティア、案内を頼む。とりあえずこの部屋のような大きな場所を探せばいいだろう?」
「わかったよ、フーちゃん。――精霊……?」
ティアがフィーに再び索敵を頼んだ。それを快諾したティアはもう一度魔法を発動させようとしたが、不意に止まる。
この大部屋の奥。恐らくは先に進む為の通路に続いている扉から足音が聞こえてくるのだ。
「新手かな?」
「誰であろうと倒せばいい。どうせ、ここにいる私達以外の人間は全員敵だろう?」
「ま、そりゃそうだね」
フィーが槍を構えて扉を睨みつける。その意見には同意するところなので、僕も剣を抜いた。
同時にマクシスに後方警戒を、ティアに魔法への警戒を任せる。正面が囮だったときのための備えだ。
「来るぞ……!」
扉がゆっくりと開く。さっきの炎の使い手みたいな達人相手である可能性も考え、扉からそのまま魔法が飛んできてもいいようにやや離れた位置から警戒する。
だが、そこに現れたのはパッと見一般人で――しかし異様な雰囲気を纏う男達の集団であった。
「フン。侵入者か」
「身の程を知らないとは哀れだな」
「やれやれ、面倒ごとは嫌なんだがね」
「フフフ、可憐なお嬢さんがいるじゃないか」
「よし、俺が守ってやるよ嬢ちゃんたち」
「男は殺していいな?」
「問題ない。ここは戦場――死ぬ覚悟がない者などいるはずもない」
扉から自信満々というか、なにやらわけのわからないテンションで語る男達が次々と入ってきた。
とりあえず、フィーとティアは気味悪がっている。あそこまでストレートに欲望全開の、獣欲に満ちた目も珍しいくらいだし当然だろうけど。
反面、僕とマクシスに向けられているのは殺気。洗練された戦士のそれではなく、チンピラの威圧とかその辺に近しいものだが……妙に圧が強い。まるで魔物でも相手にしているかのような感じだ。
「おい、こいつらもしかして……」
「転生丸、かもね」
その態度から、現れた男達の正体を違法薬物、転生丸の被害者なのではないかと僕らは推測した。
確か、中毒者の症状は過剰なまでの自信と膨れ上がった欲望だったはずだ。反面、確か慎重さとか冷静さは失われているって話だったと思うけど、この人を見下していることを隠しすらしない視線がそれなのかな……?
「彼らはどうする? 捕縛するか?」
「そうだね……薬物の実験台にされた被害者である可能性もあるし、なるべく穏便に……」
「敵を前にお喋りとは余裕だな」
「っ!?」
お前らに言われたくはないという言葉と共に、男の一人がいきなり殴りかかってきた。
その拳に技術は何もない。格闘術を専門とする拳士の精錬された拳とは全く違う、素人の打撃。そんなものを防げないような騎士はいない。僕は殴りかかってきた腕の側面を叩くようにして弾いたのだが――そんななんでもないパンチに内心で驚かされたのだった。
(――早い。そして重い。どう見てもその辺の一般人の身体なのに、身体能力は騎士クラス……?)
技術はない。しかし威力はある。今の咄嗟にはじくしかなかった――完全回避はできなかったパンチの秘密は身体能力の高さにある。
でも、一見どこにでもいる一般人に見せかけて実は鍛え上げた肉体を持つって感じではない。腕を触った感じからも鍛えた筋肉は無かったし、一見細くて実は良質な筋肉が凝縮した身体を持つメイ上級騎士とも違う感じだ。
そう、まるで一般人に騎士クラスの身体能力だけを貼り付けたような……。
「――魔物です!」
「え?」
「その人たちの纏っている魔力、人間のものではありません! 魔物の力が感じられます!」
敵の分析をしていたとき、ティアが叫んだ。目の前の男達はただの人間ではなく、魔物であると。
「どういうことだ? 奴らは魔物が化けているということか?」
「ううん、人間と魔物が混じっている……って感じ。先生が本気を出したときに少しだけ近い……」
「……人間と魔物の、融合?」
僕はティアの言葉を聞き、考える。それがいったい何を意味するのかを。
魔力の感知なら僕らの中で一番のティアが断言したってことは、正しいんだろう。ティアの言葉を疑うって選択肢はない。
この人たちは人間でありながら魔物と同質の力を持っている。他者を見下す優越感と全能感って奴は、ただ薬でおかしくなっていただけではなく、実際に人の身では過剰な力を何の鍛錬もなく手にしたのが原因?
欲望が膨れ上がっているのも、強くなって我慢する必要がなくなったからってだけ? 力を手にして――力に振り回されているってこと?
(実際にはある程度精神に影響も出ているんだろうけど、僕の予想が正しいのなら転生丸は……)
僕は一つの仮説を思いついた。正解ではないことを願いたくなる、嫌な仮説を。
「――人に魔物の力を与える薬、ってこと?」
人間よりずっと強い生物の力が飲むだけで手に入る。なるほど、人によっては理性も良識もあっさり吹き飛ぶかもしれない。
ある程度精神に異常をきたす効果をブレンドすれば、その効果はより凶悪になる。武芸者は鍛えた力をみだりに振るわないよう身体と共に精神も鍛えると言われるものだけど、薬で不安定になった心が他者を圧倒する力を何の苦労も痛みもなく手にすれば……狂いもするだろうな。
「厄介だなぁ、もう」
「一人一人が単純な能力的には高い。決して強くはないが……こんなのが量産されているのか?」
「誰でも薬飲むだけでこれくらいの力を持てるってことッスか? そりゃズルってもんッスよ」
「でも、薬で心を狂わされているのに統率は取れているんですよね……? 様子だけみていると同士討ちしてもおかしくないのに……」
「何か他に秘密があるのかもね。一番簡単なところだと精神支配魔法かな――ッ!」
話をしていたら、狂った集団が一斉に襲い掛かってきた。
事情聴取もしないといけないし――こりゃ、ちょっと頑張らないといけないね!
「全員を、死なない程度に叩きのめす! いくよ!」
「了解!」
僕たち騎士チームと、正気を失った人と魔物の融合体との戦いを――始める!
◆
「――クン流・槍腕!」
「ブォォォォォ!」
半身の構えで腕を突き出し、敵の腹を抉る。この周辺では見られない巨大な牛の魔物のハラワタを貫き、破壊する。
「ハァァァァァッ!」
「ブモォォォ!?」
腹に刺した腕で牛の巨体を持ち上げ、地に叩きつける。獣の魔物は生命力に優れるが――ここまでやれば十分か?
だがまあ念のためだ。確実に完全に――殺しつくすとしよう。
「【雷纏】!」
全身に雷の魔力を纏わせ、牛の体内に直接電流を流し込む。肉が焼ける食欲をそそる匂いが漂ってくるが……何はともあれ、これで完全に終わりだな。
「終わったぞ。ターゲットはこれでいいのだな?」
「ええ。流石はメイ・クン。見事な戦いでした」
「大した相手ではなかったがな。本当に他の上級騎士が敗北したのか?」
私は腕にべったりと付着した血を拭いながら会話する。私をここに連れてきた――外陸種と思わしき牛の魔物が暴れていて手に負えない、クン家の力を貸してほしいと騎士団の命令書を持ってきた男と。
終わってみれば正直なところ、図体がでかいだけであまり強いとは言えない魔物だった。確かに力と重量はそれなりに驚異的だが、私を呼ばねば対処できないというほどではないはずだ。
「ええ、ええ。確かにあの魔牛はクン家に出陣を願うほどの脅威ではありませぬ」
「なに? ならば――」
「はい。当然理由があります。お耳を」
男は耳打ちしたいから顔を突き出せと言って来た。
こんな誰もいない原っぱでそんなことする必要性があるとは思えないが、そうしたいのならと私は従う。すると――
「実はですね」
「ああ」
「――あなたをおびき寄せる為ですよ」
男は耳元でひそひそ言いながら、突然腕を私に向かって突き出してきた。
その先には刃物特有の輝き。どうやら袖口に刃を隠していたらしい。隠し刃での超至近距離攻撃とは――何のつもりかは知らんが、舐められたものだな。
「破ッ!」
「何っ!?」
刃が命中する瞬間、その場所に力を込めて肉を締める。筋肉を硬くして肉体を鎧に変える、かつて戦った拳士ソウザ殿の技を模倣し生まれた技――クン流・剛体。
瞬間的に弓矢も弾く硬度を得た私の身体に突きたてられた刃は、へし折れた。この程度の攻撃で私に傷をつけられると思われては困るな。
「クッ!」
「おっと、逃げられると思わないことだ」
「ガハッ!?」
奇襲に失敗した男は慌てて飛び退こうとしたが、離れる前に顔面を掴んで止める。
いったいこいつは何のつもりで私を攻撃したのか……そもそも本当に騎士団の人間なのか?
団長印でこそなかったが正式な騎士団の印を押した書類を持っていたから素直に信じたが……罠だったということか?
「が、がぁぁぁぁぁ!」
「さて……このまま頭を握りつぶされたくなければ正直に話すことを勧めるぞ?」
「こ、この馬鹿力がぁ……!」
「抵抗するだけ無駄だ。力で私と張り合うのはもっとも愚かな選択だぞ?」
男は両腕を私の手に伸ばし、頭を締め付ける指を外そうとしている。
しかし無意味だ。ことパワーにかけて私に――クン家の拳士に張り合うのは愚かなこと。私に喧嘩を売るのなら最低でもそのくらいは知っていたほうがいい。
ちゃんと喋れるように口だけはあけて締め付けているのだから、早く降参して欲しいものだな……死ぬ前に。
「そろそろ意地を張るのは止めろ。力加減を間違えそうだ――ん?」
「ブルォォォォ!」
「……牛の鳴き声?」
片手で軽く拷問していたら、遠くから獣の雄たけびが聞こえてきた。
今のは……さっき倒した牛と同種の叫びか? まだいたのか、あの牛。
「こ、こいつを殺せ! 狂い大牛!」
「やれやれ……」
視界の向こうから大きな何かが突進してくるのが見える。さっき倒した牛と同種のモンスターのようだ。
どうやら、あの牛のモンスターはこの男が使役していたらしいな。何を考えているのかはわからないが、何体もご苦労なことだ。
「は、早く私を放した方がいいんじゃないのか? あのマッドブルの突進の威力は――」
「不要だ。クン流の力を舐めるな」
私は男の言葉を無視し、空いている左手を突進する牛の前に出す。
そして――私のところに到着すると同時にその角を掴む。後はそうだな――体重を乗せたその突進の威力を、腕力で止めてやるだけだ。
「……この程度か?」
「ブ、ブモッ!?」
「ば、馬鹿な……!」
「言っただろう、クン流に力で挑むのは愚かだとな」
牛の突進は私の踏ん張りによって完全に押さえ込まれた。唖然とする男にかける力は緩めないままで。
さて、後は先ほどと同じく仕留めるとするか。この程度の相手――片腕で十分だ。
「そらっ!」
「ブモッ!?」
掴んだ角を支点に、大牛を空に放り投げる。角が折れないか少し心配だったが、どうやら杞憂だったようだな。
「あの巨体を片手で――ウソだろ!?」
「――クン流・手刀両断」
落ちてくる牛の頭を手刀で落とす。これでお終いだろう。
何を考えていたのかは知らんが、圧倒的なまでの力の差。これを理解して早く驚愕以外のために口を開いて欲しいものだ。
「ば、化け物……」
「化け物は無礼だろう。しかしまあ……このままだんまりを続けるのなら、その力が襲い掛かるだけだがな……」
「ギ、ガッ!?」
少しだけ、手に込める力を強くする。砕けてしまわないように丁寧に、ほんの少しだけ。
だがそれで十分恐怖を植えつける事はできたようで、男はようやく口を開くのだった。
「お、俺は命令されてやっただけだ!」
「命令? 誰に?」
「だ、大貴族のスチュ――」
「そこまでだ」
「ッ!?」
何者かの名前を男は口にしようとした。だが、その瞬間今までここにいなかったはずの何者かの声と――剣閃が走った。
その剣の一太刀で男の首は落ち、私の腕にも軽い切傷ができた。不意を突かれたとは言え――いや、私に気取られることなく剣を振るった時点で賞賛に値するか。
私は胴体を失った男の頭を捨て、いつの間にか現れた仮面をつけた剣士に対して構える。どうやら、こいつは片手間で相手をしていい戦士ではないらしいな。
「……今のでかすり傷だけか。流石は英雄級――肉体の強さの極限を目指すクン流の後継者と言っておくべきかな」
「どうやら、私のことは知っているらしいな。仮面の者よ、名を名乗ってはくれないのか?」
「ふむ、確かに剣士として優れた戦士と相対する以上名乗るのが礼儀だろう。しかし事情があって本名を名乗る事はできないが故――こう名乗らせてもらおう。――私は“盟主の弟子”、だ」
盟主の弟子。その謎と言うべきなのかわかりやすいと言うべきなのかイマイチわからない名乗りを上げた仮面の男は、それと同時に剣を構えた。
構え一つ見ても、かなりの腕前だ。これほどの腕前の男なら巷で有名でもおかしくはないと思うんだが……フム。
「名乗りは受け取ろう。しかしまだ疑問があるんだが……答えてはくれないか?」
「ああ。これより先は剣と拳で語るとしよう」
「なるほど。ならば私の疑問もその剣に聞くことにしようか」
次の瞬間、再び男の剣が一瞬の閃光となる。
それに対して私も拳を振るう。この仮面の男の剣――シュバルツの技を感じさせる剣閃に対して。
(お前が何者なのか。何故シュバルツの剣術を扱うのかは――お前の剣に教えてもらう!)
全身を兵器と化し、気を練り上げる。全身を強化し、目を見開く。
クン流の技の冴えを知り、そして敗北するがいい。特に私は、シュバルツの流派に敗北することだけは絶対に嫌なのでな――!




