第102話 仮面の盟主
新章開始。時間が前章から三年経過しています。
「ク、クククク……ッ! ついに、ついに完成したぞ!」
私は王立魔法研究所の最深部、国王であろうとも所長である私の許可無くては立ち入ることが許されない所長研究室にて歓喜の声を上げた。
私の手の中にあるのは一つの指輪。緑色の光を放つ宝玉が埋め込まれた小さな指輪だ。これこそが、我が数年に及ぶ研究を完成させる最後のピースなのだ!
「おい、強化魔物共を起動しろ!」
「ハッ!」
私は研究員共に指示を出し、もう一つの研究成果である生きる兵器、強化魔物を起こすように命じる。
こやつらの研究はもう10年以上前から続けているものだが、ついに完成するのかと思うと達成感も一入だ。長年解決できなかった課題が、今日この場で解決するのだからな。
「強化魔物・狂い大鬼、起動させます」
試験対象はマッドオーガの強化体。かつて少年であったあのシュバルツの次代に敗北したのと同じモンスターだ。
もちろん当時よりも性能は更に上げているが、それ故にこいつらの欠点も上がってしまった。強くなればなるほど制御できないという欠点が。
(強力になればなるほどこちらの支配を受け付けん。作成時に埋め込んだ支配魔法を跳ね除け、そこまでは行かなくとも指示に背いてただ暴れるばかりだ。兵としては役に立たん)
敵陣に特攻させて暴れるという使い方ならできるだろうが、そんなインテリジェンスの欠片もない代物がこの私の、偉大なるスチュアート家当主の仕事と思われるわけにはいかないのだ。
しかし、パワーを抑えて制御しているようでは雑兵にしかならない。事実、制御可能であった兵を使った作戦を――シュバルツ家の小倅を攫う計画を3年前に行ったことがあるが、何もできずに全滅したのは記憶に残っている。まああれは不確定要素が入りこんだ上での結果ではあるが、役に立たずに死に絶えたことに変わりはあるまい。
そう、私が望む改造兵士。それは他を圧倒する力を持ちながらも我が意のままに動く兵器なのだ。
「それがこの指輪によって叶う……さあ、服従せよ」
眼を覚まし、同時に本能のままに『待機』の命令を無視して暴れだそうとしている狂い大鬼に私は手に嵌めた指輪を向ける。
そして、宝玉に秘められし魔力を開放する。緑色の光が大鬼に降り注ぎ――一瞬にして、鬼の目から意思の光を奪い去るのだった。
「……マッドオーガよ、そこに転がっている薬ビンを、左から二つ目のビンだけを破壊せよ」
「ウォォォォ!」
大鬼は私の命令に従い、手にした棍棒を振り上げた。だが、それを力任せに振り下ろせば複数並んでいるビンの全てを粉砕してしまうだろう。
大鬼はそれを理解しているのか、振り上げた棍棒をゆっくりと下げる。そして、左腕を前に突き出して私が指定したビンだけを掴み、握りつぶすのだった。
「……素晴らしい。これぞまさに完全なる兵器と言えよう……」
私は自分の研究成果に、他者を支配する魔法を研究し尽くした末に生まれたこの指輪――支配の指輪とでも言うべき成果を手に満足する。
これで改造されたモンスター共を完全なる制御下におき、兵士として運用できる。いや、そればかりではなく人間を直接支配することも可能だろう。下賎な剣士や拳士の分際で私と肩を並べているつもりになっているシュバルツやクン。そして、不遜にも私の上にいるつもりでいるグレモリーのクソジジイを私に跪かせることもできる――
「ついに完成したのかね、イビルよ?」
「ん……?」
達成感と未来の歓喜に身を震わせていたとき、研究室の扉が開いて一人の男が入ってきた。
ここは所長である私の許可が無くては決して立ち入りを許されない魔術師の聖域。そこに無断で入ってくる処刑希望の愚か者は誰だ――と振り返り、そして私は心の中で大きく舌打ちをするのだった。
「……これは盟主殿。いつからここに?」
「つい先ほどだ。国の犬共に姿を見られるわけには行かない故、抜け穴を使わせてもらったから報告がいかなかったのかな?」
「それは、出迎えができずに申し訳ありませんでしたな」
私は不機嫌さを隠しきれないまま入ってきた男を――つねに仮面で顔を覆い、正体を隠している大柄の男を迎える。私がコードネームイビルを名乗っている組織、【真の誇り】の盟主である男を。
ここがフィール王国の魔法研究施設である以上、組織ではなく国に仕えている研究員も大勢いる。もちろんこの所長研究室にいるのは組織のメンバーのみであるが、研究員ではないメンバーが正面から入ってこられる場所ではないのは確かだ。
この男、盟主も魔法研究所のメンバーではないために、組織メンバーのために用意した抜け道を使って入ってきたのは本当だろう。だが抜け道にも当然私の部下を配置してある以上報告が無いわけがない。真の誇り内での最高権力者であるこの男が手を回さない限りは、な。
「それで? いったい何の用ですかな?」
「ん? そろそろキミの研究が完成しそうだと聞いて視察に来たんだよ。できたんだろう? 他者を支配する魔具がさ」
なんでもないように私の研究成果について盟主が口にした瞬間、私はこの部屋にいる研究員達を睨みつけた。
私は研究成果も研究内容も極力隠している。当然王国の重鎮としても組織の幹部としてもある程度成果報告はしなければならないのだが、逆に言えばそこで成果の一部だけ報告していればいいのだ。
すなわち、我が研究における一つの到達点であるこの支配の指輪のことを知っているのは私とここにいる研究員だけのはずということだ。私の切り札であり集大成でもある研究を人に教えるメリットなど皆無だからな。
だが、盟主はそれを知っていた。それはすなわち、役割の都合上教えないわけにはいかなかった研究員のどれかが裏切ったということか……!
「……それで? 改めて聞きますが盟主殿。いったい、何をしに来た? まさか菓子折り持って陣中見舞いというだけではないだろう?」
「フム、言う必要があるとは、思えないがね?」
「――だろうな!」
まったく、礼儀を知らぬ無礼者が。この男を前にすると腹立たしさしか感じられん。常日頃から殺してやろうと思っていたが、いよいよその日が来たということか。
もっともそれは、奴も同じらしいがな。私ほど偉大な男の何が気に食わんのかは知らんが、自らこの場所に乗り込み、私の部下に自分の間者を紛れ込ませていたことをわざわざ匂わせたのだ。もはや宣戦布告に等しい話といえよう。
加えて、研究が完成したこのタイミング――私にとって【真の誇り】が必要ではなくなる瞬間を、反旗を翻す瞬間を狙ったこと。その全てが、奴の私への敵意を示している。
奴は、私の研究成果である支配の指輪を奪いに来たのだ――!
(――だが、私は貴様などよりも優れているのだよ。貴様のような下賎な剣士風情より、遥かにな!)
私は指輪をした手を掲げ、支配したままのマッドオーガに指令を送る。盟主を殺せ、という指令を。
狂った大鬼は指令に従い棍棒を振り上げ、一直線に突進する。愚直すぎる攻撃であるが、支配されているとは言えあの怪物の頭ではそれが精一杯だろう。
盟主の姿はピンク色の巨大な背中に隠されて見えなくなるが、これで奴も私を見る事はできなくなったわけだ。
(さて、この隙に――)
仮とは言え、偽りの忠誠心とは言え、研究が完成すると共に乗っ取ってやるつもりだったとは言え、盟主はこの私が、スチュアート家当主イーグル・スチュアートが上位者として認めた男。強化しているとは言えオーガ如きで仕留められるとは初めから思っていないため、私はすぐに次の行動に移る。
そう、次に得るべきは私の意のままに動く手駒――この研究室にいる研究員どもだ。
「――服従せよ!」
掲げた指輪から緑色の光が放たれ、この騒動を眺めていた研究員どもの魂を縛る。
この中の誰が私を裏切り盟主に情報を流していたのかはわからんが、それなら全員支配してしまえばいいだけの話だ。ここにいるのは私ほどではなくとも優秀な魔術師ばかり。その全てを手駒として操り、数の暴力という奴を見せてやろう。
「さあ、盟主を名乗る愚か者を粛清せよ!」
吸血鬼の魂支配。それを元に作った洗脳効果は絶大だ。
吸血鬼の血のように相手の体内に直接送り込むより効果は落ちるが、その分光と言う眼を開けていれば自然に入り込む媒体を使っての洗脳魔法。外界の情報を得るのに眼を使っている生物ならばそれだけで我がシモベに等しいと知れ。
「雑魚を何人従えても雑魚の大将にしかなりえない。その程度もわからないか?」
「フン、その減らず口がいつまで持つかな?」
手にした青い剣であっさりとマッドオーガを縦に斬り裂いた盟主は余裕の表情だ。
しかし、その余裕もすぐに消え去ることになるだろう。下賎な戦士とは言えこの男の戦闘力は大したものだが……この飽和攻撃に耐えられるかな?
「【炎術・火炎の槍】!」
「【氷術・氷結の槍】!」
「【風術・烈風の槍】!」
「【土術・岩石の槍】!」
「【毒術・毒素の槍】!」
「【水術・流水の槍】!」
「【雷術・雷撃の槍】!」
「【爆術・爆撃の槍】!」
研究員達から無数の魔法が放たれる。一つ一つが一流の魔術師による攻撃魔法。更にそれぞれの性質が異なり対処も困難……これに対抗するのは簡単なことではないぞ?
「――洗い清めよ【飛泉】!」
「なに?」
盟主が剣を一振りすると、その軌跡に沿うように膨大な水が現れ壁となった。
力強い魔力を感じさせる水壁に阻まれ、こちらの放った魔法は尽く消滅させられる。どうやらあの水の壁、魔力を霧散させる効果があるらしいな。
「ならば、それを押し切る力で攻めればよい。全力で奴を攻撃し続けよ。体内の魔力の全てを使ってな」
私が選んだ攻撃手段は力押し。あまり優雅な選択ではないが、これもまた実験だ。
人間に限らず、生物は自分自身を破壊しないために力に制限をつけているという説がある。それが真実であるとするならば、自分ではなく私に支配されている今ならばその制限を破った力を発揮できるのではないだろうか?
この仮説が立証されれば、我が軍勢は飛躍的に力を増すことになるだろう。まあその分兵士の消耗も激しくなるが、どうせ使い捨てだ。この世に私以外に替えが利かない人材などいないのだからな。
「……無意味だな」
「なに?」
「打ち据えよ【落水】」
盟主が剣を一閃すると、今度は我々の上に直径1メートルほどの水球が出現した。しかもただの水ではなく、高圧縮された魔力の塊だ。
直撃すれば同サイズの鉄球に当たるくらいの衝撃はあるだろう。体力馬鹿共ならともかく、私のような魔術師には致命的だ。
「【防術・盾の輪】!」
すぐに魔法を構成し、自分の頭の上に盾を作り出す。これでこの程度の攻撃は無意味だ。
だが――
「雑魚は雑魚らしく駒であればいい。雑魚を戦力として数えるのは計算ミスの元だぞ?」
「……チッ!」
勝ち誇ったような盟主を尻目に、研究員共の惨状を把握する。
研究員共は全員、避けることすらしないで水球の直撃を受けて潰れていた。全力で自分の身体を考えずに攻撃せよと命じていたためか……防御行動が取れなかったようだな。洗脳による兵士化は有用だが、どうしても柔軟性に欠けてしまうのは新たな課題と言ったところか。
「さて、これでお前一人になったわけだなイビル。それともイーグルと呼ぶべきか?」
「――高貴なる存在の名を口にする。それを罪と知れ」
研究員共を失ったとはいえ、まだ私には対処法がある。
これから先の研究補助を行う人間が減ってしまったのは確かに痛いが、元々使い捨てにするつもりだった連中だ。すなわち、所詮必要経費に過ぎない細事であるということだ。
そんなことよりも――早くもアレの実験ができることを喜ぶとしようか!
「盟主よ。自らここに来た軽慮。その重さを理解しているのか?」
「ほう?」
「見せてやろう。もう一つの研究成果――起動せよ禁忌の合成獣!」
魔法研究所の奥の奥。数多の禁忌の法を内包した所長研究室の更に奥――私以外では息子くらいしか入ることを許されない禁断の間。
そこに眠りし大厄災に私は指示を出す。人間と魔物との合成――その研究の完成系と言える最悪のモンスターを呼び覚ます。この、支配の指輪の力を持って――
「【召喚術・禁忌獣召喚】」
室内に仕掛けられている魔法陣が起動し、極僅かな時間で魔法が発動される。
呼び出されるのは四足獣。しかし人間の身体も持つ半人半獣の怪物。獣系モンスターの強靭な下半身と柔軟性に優れた人間の上半身を融合させたキマイラだ。
さらに、上半身から生えている腕は全部で四本。その一つ一つに強力な魔物の腕を使用している一品だ。
そして、その頭部――魔術を行使するために必要なもっとも重要なパーツには人間のものを使用している。実験の過程で動作不良を起こしてしまった我が息子の一人の頭を魔術発動の部品として利用した、武力と言う観点から言えば完成系と言える大魔獣がここに降臨したのだ。
「……なんだこの醜い怪物は? 頭にくっついているのは、お前の一番上の息子ではないのか?」
「高尚なる実験に耐えられなかった下等生物だ。三男は未だ人としての自我を保ちながら魔物の力をその身に宿しているというのに……高貴なるスチュアートに産まれてきたのは間違いだったとしか言えん愚物だよ」
私の切り札、戦闘力ばかりで知性にも品性にも劣るシュバルツやクンを屠るために作り出した力の怪物。
魔術的な能力はもちろん、肉体的にも優れた魔物の――他の大陸から生贄を使って召喚した肉体を繋ぎ合わせて作り出したこのキマイラの前には流石の盟主も言葉を失ったようだな。
最初に眼が行くのが、もはや人としての思考能力を失った元息子というのは着眼点が悪いとしか言いようがないが……まあ、まずは力を見せてやろう。
「キマイラよ。その力を見せてやれ」
「ウ……アァァ……」
「言語力もないのか……? どう見ても何かの失敗作にしか見えないんだが……これで何をするつもりだ、イーグル・スチュアート?」
「――王となるのだよ」
無様な息子が頭脳部にあることで見くびっているらしいが、もはや頭脳面の問題は解決している。
この支配の指輪の力があれば、支配対象の自我や頭脳など何も関係はないのだからな。
「アァッ!」
「ム?」
キマイラは外見とは裏腹のスピードを出し、一瞬にして盟主との間合いを詰めた。
そして繰り出される、複数の腕による拳の連打。一つ一つが上級騎士でも一撃で倒し、シュバルツやクンクラスにも十分なダメージが見込める圧倒的な怪力。どう考えても人のままで勝てる相手ではない――?
「なるほど、確かに想像以上だったよ。速さ、威力、どれをとっても私の期待を超えるものがあった。だが――」
「――あ?」
キマイラの連打によって叩き潰されたはずの男の声が、何故か背後から聞こえてきた。
いったい、何が――ッ!?
「真の力とは流した血によって形作られる。ただ力だけ渡したところで程度は知れたものよ……」
「そ、それは……」
「イーグル・スチュアート。君の研究成果は確かに受け取った。お前の役割はここで終了だ」
盟主の手に握られている肌色の物体。先端からドクドクと流れ出る赤い液体と、輝く緑色の指輪。
まさかと思い恐る恐る目線を下げて自分の右手首を見ると――そこには、何もないのだった。
「て、手ェ! 私の手ェェェ!」
「研究室に篭って実戦経験を積まないから殺気に反応することもできないんだよイーグル。魔法ばかり優秀な頭でっかちの君が操る魔獣を相手にすることなど簡単だ。君自身を斬ればいいだけの話なのだからね」
盟主は何事もなかったかのように私の右手から支配の指輪を抜き去った。そして右手を捨て、指輪を自分の手にはめる。
こ、この野郎……!
「さて……この指輪。どれほどの物なのかな?」
奪われた支配の指輪から光が放たれ、私の意識を奪おうとする。流石にマジックアイテムである支配の指輪を私にしか使えない――なんて都合のいい安全弁を仕掛けることはできなかったから当然の行動か。
だが盟主よ。よもや私が道具を奪われることを想定していないとでも?
「――【具術・鋼鉄の手】」
「フム、効果なしか。向こうのデカブツには効いているようだが、事前対策は万全だということか?」
私は支配の力に抵抗する必要すらなく、何の影響も受けないまま斬られた手を補強すべく魔法で鉄の手を作った。
強力なアイテムを作成する場合、まず最初に考えなければならないのはそれが自分に向けられたらどうするかということだ。
まして、今回作ったのは決まれば全てを決めることができる支配魔法の指輪。それに自分がかからないよう対抗魔法を予め仕込んでおくのは当然というものだ。
「毒使いはつねに解毒剤を用意している。交渉の材料として――そして万一自分が毒にかかったときの保険として」
「そういうことだ。私にその指輪は通用しない」
「なるほど、まあ想定内だ。このキマイラとやらの制御を奪っただけでよしとしよう」
盟主の言葉に対策魔法が効果を発揮したことで僅かに高揚した気分が反転し、私は苛立ちに身を任せたくなる衝動を理性で抑えながらキマイラを見る。
アレは人間と魔物の融合実験の過程で壊れた息子を基点として作り出したキマイラだ。出来損ないとは言え、優秀な魔術師としての血を持つ肉体をベースに様々な魔物を融合させた果ての魔獣。その結果自意識というものを全く持っておらず、支配魔法で無理やり動かさねば指一本動かさない置物となった代物だ。
更に、肉体能力の極限を目指した結果魔法抵抗も恐ろしく高く、並みの精神支配魔法は受け付けない。そもそも精神と言うべき意識を持っていないために大半の精神系魔法は効果を持たない欠陥品だったものだ。それを完成させる最後のピースがあの支配の指輪。全ての課題をクリアしてあの魔獣をコントロールするために必要不可欠なアイテムなのだ。
それが奪われた以上、キマイラは奴のシモベ。これは不味い――
「さて、ではイーグル、お前を粛清するとしようか。せめてもの情けとして、この私の剣にて首を刎ねてやろう」
「……ほう、キマイラは使わないつもりか?」
「不要だ。あれはまあ、使い捨ての尖兵としては優秀だろうし、後で利用するとしよう」
……私を舐めている発言だが、好都合か。
対グレモリーを想定して魔術に対し大きな耐性を持たせたあのキマイラを使われては流石に分が悪い話だったが――剣士風情、正面から向かい合えば魔術師の足元にも及ばないと知れ!
「――カッ!」
私は腕を前に突き出し、完全無詠唱で魔法を三つ発動させる。炎の散弾、雷撃の槍、自由を奪う氷の無詠唱三重発動だ。
本来ならば魔法名の宣言を行う必要がある魔法を完全無詠唱で発動させるのは最高等技術。更にそれを、一度に複数の魔法の発動を行う多重詠唱を重ねられる者など世界で私くらいの者だろうな。
「流石だ。とだけ言っておこう――【飛瀑】」
(またあの水の剣か)
水の魔力を宿しているらしい魔剣を振ると、複数の水球が盟主の背後に出現し、弾丸となって飛び出した。
その水球が私の魔法と激突し、相打ちとなって消滅していく。私の魔法と、同等の威力だということ、か?
「……大した魔剣を持っているな」
「なに、ただの戦利品だ。……では、そろそろ幕を引くとしようか。私も忙しいのでね」
「安心しろ、もうすぐに終わる。――【モード・悪魔】!」
「ん?」
体の中からメキメキと音を立て、人ではない何かの力が湧き出てくる。
魔物と人間の融合実験。その一応の完成を見ている以上、至高の魔術師たる私自らに改造を施していない理由がないだろう?
特に魔術との相性がいい、この悪魔因子は私によく馴染むんだよ。人を超えた魔術の行使――それを今の私なら実現できる!
「さあ、殺してやるぞ人間」
「……自分に悪魔を融合させた、ということか。血を流さずに力を得ようとする――他者の力に依存するクズにはお似合いの姿だな」
頭からは角、背中からは翼が生えてきている。そして何よりも内側から湧き出てくる黒い魔力。この美しさがわからないとは……所詮下賤で下等な人間だなぁ……。
「お前は水の魔剣に自信があるんだろう? ならば見せてやろう。魔法の究極を――」
魔力を開放し、研究室内に仕掛けられている幾つもの魔法陣とリンクさせる。
魔法完成までの時間を大幅に短縮するこの部屋の中で私に勝てるものなど――存在しないのだよ!
「魔法の、究極?」
「……魔法にはその強さによって下位魔法、中位魔法、上位魔法、最上位魔法の四段階に別けられるとされる。一般的な魔法使いはコモンが精々、一流どころでもハイマジックが限界。私クラスでも個人ではメガマジックが限界だった……。だが、悪魔の力をこの身に宿した今ならば、最大最強の魔法に手が届くのだ!」
全ての魔法使いの憧れ、最上位魔法。この魔法の階級は技術ではなく出力の問題が大きいために、人の身では努力しても届かない最強の魔法。
それを今、私が発動させる。伝説に謳われるクラスのマジックアイテムによる補助がなければ発動し得ないとされた至高の魔法に、私が手をかけるのだ……。
「お前が誇りとする水で死ね、盟主――【水術・最上級流水の槍】!」
発動させるのは先ほど研究員も使った魔法の最上級形。我が圧倒的な魔力が形となり、水の槍を形成していく。正直、膨大すぎて槍というよりは滝でもぶつけるような形になってしまうな。
先ほどは剣で作った壁で防いでいたが、これを防ぐのは不可能だ。どんな守りも突き破り、回避しようとしても避けきれない圧倒的な圧力に屈するがいいぃ……!
「死ねぇぇぇぇぇ!」
水の槍が超高速で発射される。流石フルマジックなだけはあり、一つ一つの効果が絶大だ。
奴の身体能力なら並の魔法を避けることは容易くとも、これだけの出力で放たれれば反応できるものではあるまい。まさにパーフェクト――
「――【――覚――合・――厳――】!」
盟主が水流に飲まれる中で、かすかな声が聞こえてくる。断末魔の叫びが、それとも遺言でも残しているのか……。
まあ何にせよ、無意味だ。フルマジックを受けて生きている人間などいるわけがない。では、盟主の死体から指輪を取り返し、この力をもってこの国を我が手に収めるときが来たか――ん?
(なんだ? この感じは? この私が震えている?)
もう敵はいないはずなのに、身体が震える。まるで何かを恐れているかのように。
だがありえない。魔法使いとしての最上位に到達した今の私に、いったい何を恐れる必要があるというのだ――ッ!?
「……想像以上、だったな」
「バッ!? な、何故生きている……? それに、その姿は……?」
完全に死亡したはずの盟主の声が部屋の中に響き渡る。それだけでも十分すぎるほどの異常であるが、盟主の姿が私の混乱の拍車をかける。
仮面を押しのけて伸びる角、そして尻尾に鱗。盟主の身体から、私のように人外の特徴が現れ始めているのだ。
まさか、盟主も魔物との融合を果たしていたというのか……?
「……腹立たしい勘違いをされるまえに訂正しておこう。この姿はお前のそれとは全く異なる理によるものだ」
「う、うぅ……」
先ほどまでとは比べ物にならない威圧感を放つ盟主。もはやこのプレッシャーは人間が放つものではなく、まるで強大な魔物を相手にしているかのようだ。
そんなとき――奴自身の額から伸びる角に押される形で、奴の仮面が外れるのだった。
「き、貴様! その顔は――」
「どうした? 知り合いにでも似ていたか?」
初めてみる盟主の顔。それは、あの男に酷似した――
「これ以上先を知る必要はない。お前は確かに私の想像を遥かに超える力の持ち主ではあったが……理想郷の住人になる資格はない。支配することもできない以上、排除するほかない」
「ク、クソが!」
非常に気になるところだが、どうやらこれ以上考えている時間はないらしい。
私は奴に背を向けて脱出を試みる。腸が煮えくり返る屈辱であるが、フルマジックが通用しない相手をどうにかする術などありはしない。
ここは何とか生き延びて、再起を――
「今ここより人の理想郷が生まれる。貴様は、栄誉ある理想郷建設の為の生贄第一号だ――」
幾つもの魔法によるアシスト。そして悪魔の力による強化。それをもって走り出した私の前に、一瞬にして盟主が現れた。
まさか、今の一瞬で追いつき、追い抜いたというのか? ありえないにもほどがある速力。この男、本当に何者――
「フンッ!」
光が走り、刃が風を斬る音が聞こえてくる。
同時に、私の視界がゆっくりと下がっていく。何だ? どうしたんだ? なぜ――私の身体が目の前にあるのだ?
「首だけになっても油断はすまい。本物の悪魔であればこの程度傷にはならんからな。今より始まる戦乱、真に人が幸せを手にする瞬間を見ることなく――死ね」
私の意識は、そこで終わった。
新章開始でいきなり主人公出番なしである。




