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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
上級騎士のお仕事
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第91話 ハニートラップ

「キャーッ! 助けてぇぇ!」


 静寂な住宅街。まだ人の活動が始まる前――深夜と早朝の中間ほどの時間に絹を裂くような女の悲鳴が響き渡った。


「大人しくしなってお嬢ちゃん。悪いようにはしないからよぉ」

「そうそう。俺たちとちょーといいことするだけだからさぁ」


 続けて聞こえてきたのは、いかにも品性に欠ける下品な男の声。それが二つ。

 以上のことから、住宅街の裏道に三人の人間がいると判断できる。若い女が一人と男が二人。状況だけ考えれば暗い時刻に一人出歩いていた女が悪質な男に襲われている……と言ったところか。


「またか……」


 俺は一言小さく呟き、可能な限り素早く事の起きている場所へと走る。

 入り組んだ街中を移動するのは少々面倒だが、垂直ジャンプで屋根に上がってショートカットすればすぐにつく――


「ヘヘヘ、大人しくしやが――」

「はいはい」

「んおっ!」

「がっ!」


 俺は目的地に到着すると共に三人の下に降りる。我ながら非常識で道路に喧嘩売っているような移動法だとは思うが、一応緊急事態なので許して欲しい。

 そんなことを思いつつ、俺はいかにもな格好――ボサボサの髪と髭、そして俺は悪い奴ですと宣伝しているような刺々しいアクセサリで全身を覆っている――の男二人の背後に着地した。

 そのまま俺は、捕まえてくださいといわんばかりの二人の首筋に手刀を入れる。そりゃもう、どこの映画だと自分で自分にツッコミ入れたくなるくらい見事に。


「ぐぅぅ……」


 本気で手を抜いた一撃で、この悪そうな男達はあっさりと意識を失って倒れた。

 ……今の、子供の頭を撫でるレベルまで威力落としているはずなんだけどねぇ。いやマジで、実はこいつらガラス製のゴーレムなんじゃないかって脆さだ。


「あ、危ないところを助けていただき……」


 男二人が倒れると同時に、襲われていた風の女性――黒髪ストレートの巨乳美人――が手を胸の辺りで組んで祈るようなポーズをとりながら感謝の言葉を述べてくる。

 時間的に薄暗くで見づらいが、よくよく観察すれば服装はどことなく田舎の匂いがする素朴な少女と言った感じなのに化粧バッチリだ。むしろ初心で清楚なイメージを化粧と服で作っているって感じかね……はぁ。


「あの、是非お名前を――」


 悪漢に襲われている純朴な少女を颯爽と助け出した騎士――それがこの状況か?

 安っぽいラブロマンスの冒頭のような展開であるが、名を聞かれたのならば答えねばなるまい。それが俺の――


「巡回中の騎士レオンハートです。こんなところでこんな時間に何をしていたのかも含めてあなた方三人に事情聴取するので詰め所まで同行願います」


 ――仕事だからね。



(はぁ、全く疲れる……)


 俺は悪漢風の男二人と清楚巨乳美人風の女の計三人を一切口を開くことなく問答無用で詰め所まで連れて行き、そこで待機している治安維持を任務とする兵士に引き渡した。

 女は何度もお礼をしたいだとかいろいろ言ってきたし、どう考えても気絶しているわけがない男達は最後まで寝た振りを貫いていた。つまりいつものアレだ。


 そう、新しく上級騎士――最上級の英雄の末席に身を置いた若造を狙ったハニートラップである。


(順当に俺の性癖暴いてきているな。プロって怖い)


 俺は次の見習い騎士試験が終わるまでの間、とりあえず王都のパトロールを任じられていた。

 正式な上級騎士としての職務は近いうちに行われる試験での合格者を部下につけてからなので、王都に顔を売る意味でも治安維持に協力するのが当面の仕事になったのだ。この先この街の住民にはいろいろ世話になるだろうし、ある意味で渡りに船だったといえるだろう。

 だがそこで、俺はいろいろ困ったことに遭遇もしていた。俺が毎日のパトロール――早朝と夕方の二回――を始めて二週間ほど経つが、外を歩くたびに何かしらの事件が起きるのだ。しかも女がらみの。

 そのたびに被害者からお礼がしたいだの何だのと理由をつけられ、お茶に誘われたり贈り物を渡そうとされたりしているのだった。


 ちょっと前までなら『窮地に陥った少女の前に颯爽と現れる』とか憧れのシチュエーションと言えたかもしれないが……実際に体験してみるともう「うわぁ」としか言えないということがわかってしまった。わかりたくなかった。

 だって、タイミング的に都合よすぎるんだもう。コレ完全に俺のこと待ってるよね的な意図を感じるくらいに。

 例えば今回みたいに女性に詰め寄っている悪漢というようなパターンの場合、悪漢役の男は詰め寄るだけでそれ以上のことはしないのだ。実際に何をしたわけではないのだから捕まっても注意を受けてお終い。そうなるラインでしか行動しないのである。

 つまり、初めから悪漢と被害者はグル。あの試合から実力をいい意味でも悪い意味でも認められた俺とのコネクション作りを画策――くらいならいいのだが、悪質なのだと本当に酷い。一度お茶の一杯くらい奢らせてくれと助けた女性の家にそのまま御呼ばれしたのだが、出されたお茶は痺れ薬入りだった。

 幸いなことに、その薬は俺なら体力でどうにでもできる程度の効果しかなかった。だから毒を盛った罪でそのまましょっ引いてやれたが、もし効果ありだったら何されていたかわかったものではない。サイフ抜かれるくらいならまだいいが、最悪十八歳未満お断りなアレとかコレとかいろいろされて泥沼に陥っていた恐れもある。

 つまりは一言で纏めると美人局って奴だな。


騎士(オレ)の到着を待っているかのように少女の前に立ってる悪漢がこの二週間で8組。俺の前で突然転んで荷物ぶちまける少女が5人。主人に虐められていると泣きついてきた自称使用人(メイド)が3人。後何故か似たようなシチュエーションで困っている少年が3人ほどいたな)


 いやなんで男の子まで含まれているんだよと、そっちは普通に困っている一般人じゃないかと俺も思いたいのだが――うん、疑っちゃうと自然と相手を観察してしまうんだ。そして気づいてしまう、ああこいつバッチリ準備しているなと。

 つまり、俺はこの波状攻撃を仕掛けてきている何者かにホモ疑惑まで持たれているのだ。最初は俺の目から見ても可愛い少女達だったのだが、親父殿の課題である英霊の行攻略のことで頭が一杯だった俺は適当にスルーして仕事だけした。その結果裏で糸を引いている何者かは『あれ? こいつ女には興味ないのか?』的な発想に至ったのだろう――って、ロクシーのところの“影”の人が言っていた。


 そう、その手の工作のプロである“影”の皆さんに俺は相談した。その結果そんな感じのことを考えている人間がいるのだろうと教えてもらったのだが、全く迷惑な話だ。

 しかも、ここまでのある種わかりやすい三文芝居の脚本みたいなのは全部振りだと思ったほうがいいらしい。あえて見抜きやすいパターンを繰り返すことで獲物を油断させ、万全の体勢が整ったら一気に仕留めるのがプロの技なんだそうだ。

 更に言えば、多数のパターンで美人局攻撃を仕掛けてきているのは俺の油断を誘う以外にも俺の好みを調べる意味があるらしい。少女達、一部少年達のタイプを毎回変えることで、俺の反応がいいタイプ――勝気、クール、長髪、短髪、黒髪、金髪、ストレート、ポニーテール、ツインテール、長身、短身、ポチャリ、スレンダー、巨乳、貧乳、少女、少年などなど――を探っているのだ。

 俺もそこまで露骨に態度に表したりはしてないつもりなのだが、その手のプロの目からすると結構わかるらしい。こう、目線とか一瞬の緊張とかでわかるんですと“影”の人がしみじみしながら言っていたので多分本当だろう。

 ……あの人たちが普段何しているのかとても気になるところだ。


(実際既に『黒髪ロングの巨乳清楚系』までたどり着いているからな。何事もその道の人間の技は舐めちゃいけない)


 そろそろわかりやすい工作の匂いがない自然な流れでやられた場合、コロっと行くかもしれないと自分で心配している。

 自分だけは大丈夫とか思っている奴ほど騙しやすいと“影”の人が言っていたので、これ以上ないくらい心配しているのだ。

 この手の工作は若い騎士に対してよく行われる行為であり、ある意味通過儀礼のようなものだから用心しろって言われてるしね。


(確か、若い内から他者を凌駕する力を持った奴が狙われやすいんだっけ? 社会的地位と金銭に恵まれていて、自分のことを優秀で強いと思っているある種の全能感に浸りやすい精神が未熟な若者が主なターゲットと)


 要するに詐欺って金を毟るのが目的なんだろうけど、若くして騎士になった優秀な人の8割は似たような攻勢を受けるらしいのだ。

 若い内に強くなると、大概の場合自分が選ばれた存在であるかのような錯覚に陥る。その結果人を助けるとか自分を美化できる行為が大好きになり、異性が寄ってきても『俺がモテるのはあたりまえ』なんて恥ずかしい思考にまであっさり誘導させて後は手のひらの上で踊らされるらしいのだ。

 冷静な思考が残っていればどう見ても怪しい褒め殺しすら『俺が称えられるのは当然』ってところまで持っていければもう操り人形同然らしい。後は適当に褒めておけばどんなことでもしてくれるようになるらしいし。

 実際、騎士団の中にも若いころに助けた女の子に給料と貯金全額貢いだ経験ある人とかいるらしいしね。流石に公的機関所属なだけに奈落の底へ落ちる前に誰かが気づいて救助するみたいだけど、一般の才ある冒険者とかだとマジモンの奈落の底まで行っちゃうみたいだし。


(しかし対症療法はあっても根本的な解決は難しい、か)


 俺は『こんなことに付き合っているヒマなど無いのだから何とかできないか?』と“影”に相談してみた。

 しかし『この手の方法は合法非合法問わずよく行われる行為。特効薬的なものなどないので騙されないようにしばらく耐えれば自然と引くだろう』としか言われなかったのだ。

 そんなわけで、俺は心を閉じてあーはいはいと思いながら自作自演としか思えない茶番に付き合っているわけだ。

 若い実力者の前で魅力的な異性がタイミングよく困っているのをみたら美人局と思え。そんな教訓を胸にね。


(まあいいか。とりあえず、今日のパトロールは終わりだ。今日は騎士団の方から呼ばれてるし、ちょっと早いけどもう行くとしようかな)


 俺は今後の予定を思い返し、気持ちを切り替える。

 騎士団本部まで行くんだ。もっとこう、ほかに考えるべきことが……。


(……そういや、ロクシーとの冒険者組織のことも考えないとな)


 気分を変えたら、先日の話し合いが頭に浮かんできた。

 ロクシーとの話し合いではまあ、いろいろ冒険者を組織的に運営するための障害について非常に長々と聞かせてもらったのだが……半分も理解できなかった自覚がある。

 だから細かい事は後日またってことにして、とりあえずの問題はロクシーの方でうまくやってくれるそうなのだ。俺はあくまでも組織の責任者ではあるが、仕事はマキシーム商会がやってくれるというわけだ。

 それでいいのかと自分でも思うけど……俺にそんなややこしいことできないしなぁ。最低限のことはやらなきゃいけないだろうけど、基本的にはロクシーを全面的に信用して任せる。言葉を変えれば丸投げ。つまりいつものことだな……。



 そんなことを考えつつも、俺は騎士団の本部へ足を踏み入れた。


「見習い騎士試験のスタッフですか?」

「うん。キミも上級騎士として部下を持つようになる身だ。その候補が次の試験合格者になるわけだけど……せっかくだから直接見たほうがいいんじゃないかと思ってね?」


 すると、任務の通達などをやっている騎士団の人事課から言い渡されたのは『次の見習い騎士試験を手伝って欲しい』であった。

 それに対し、俺は少し考えてから頷く。あまり暇なわけではないが、上級騎士になって初めての仕事だ。これを断れるほど俺の心臓は強くない。


「そうかそうか。引き受けてくれるかね」

「ええ。でも……何すればいいんですか?」

「いやなに、基本は試験管理委員……毎年やっている人たちの指示に従ってくれればいいよ」

「……はあ」


 イマイチよく分からんが、まあ指示に従えばいいのなら楽なものだろう。荷物運びでもすればいいのかな――――






 ――――なんてことがあってから二日。俺は疲れていた。


「ご苦労様です! 騎士レオンハート!」

「ああ、どうも……」


 俺は言われたとおり、見習い試験の準備をしているのだが……うん、上級騎士の威光舐めてたわ。

 見習い試験の責任者は今俺の前で騎士団式の敬礼をしている中級騎士のレードさん。今年33歳になるベテランだ。

 俺は、そんな大先輩に敬礼されているのである。しかも尊敬の眼差しで。


「レードさん。ここでの上司――上官はあなたなんですし、そんな畏まらなくても……」

「いえ! 明確に上級騎士であられるアナタの方が立場は上です! 確かに指揮系統の明確化と言う点では指揮官である私が他者を上位者として扱うのは問題ですが、この中にそれを理解していない者などおりませんので」

「いやでもね」


 確かに戦場って訳でもないんだし、まあ階級が上の俺に礼を尽くすってのはわからなくもないんだけど……気まずいんです。

 いくら騎士団が年功序列よりも実力重視主義だといっても……ねえ?


「その通りです! あれほどの実力を持つ上級騎士であるレオンハートさんに礼を尽くすのは当然です!」

「当然です!」

「あ、はい」


 レードさん以外の騎士たちも同意見らしい。この場には騎士以外にも労働力として雇われている兵士たちも大勢いる――流石に国家試験なので無関係の一般人は雇えない――んだが、その人たちも揃って頷いている。

 どうも親父殿との試合は俺が思っていた以上に有名らしい。あそこで親父殿と互角に――まあ実際には最後まで親父殿の手のひらの上だったんだが――戦ったことで、俺の想定を遥かに超える尊敬の念を集めてしまっているのだ。

 戦いの世界に生きる者にとって、強さとはもっともわかりやすい基準だ。獣のようであるが、基本強い者には敬意を払うのが当然となっているらしい。おかげで居心地悪くて仕方がないな。


「それで、そろそろ本題に入りません? ここ二日で全体の流れは確認しましたけど、俺は何をすればいいんですかね?」


 仕方がないのでこのまま本題に入る。

 俺は見習い試験の手伝いとしてここにいるわけだが、別に単純作業をするためにきたわけではないはずだ。いやまあ自分でも呼吸する重機みたいなもんだと思うし、本当に力仕事だけ求められている可能性もあるけど……。


「……今回の試験の内容はご存知ですね」

「ええ。例年通りにチームによる一次試験、その後個人戦闘の二次試験でしょう?」

「その通りです。例年通り森を使った試験の後に個人戦を見るのですが……騎士レオンハートには一次試験に協力をお願いしたい」

「それは構いませんけど、具体的には?」


 確か、俺のときは白と黒の二陣営にわかれてアイテムの奪い合いをしたんだったか。まあ途中でモンスターの乱入にあって俺の試験は有耶無耶になったけど……。


「今期の試験内容は『奪われた情報の奪取』です」

「ほう?」

「設定的には試験官が敵対する国の騎士を演じ、試験官の持つ情報――筒に入れられた書類を入手するのが受験生への課題になります」

(敵対する国、ね)


 この大陸にあるのはフィール王国のみだけど、実際にはその手の政治戦情報戦はよくあるらしい。

 言ってしまえば、領主達一人一人が王のようなものだ。人類同士で争っている場合ではないのだが、各領地の利益のために戦争にはならないレベルで小競り合いをすることは多い。これはそんな想定をしているのだろう。


「この試験で図りたいのは、まず戦闘力です。そして敵の強さを見極める観察眼。場合によっては撤退する冷静さですな」

「ふむふむ」

「試験官を勤める『敵国の騎士』は現役の騎士が勤めます。それぞれ見習い騎士、初級騎士、中級騎士、上級騎士を色分けして配置します」

「色分け?」

「見習い騎士は白い鎧を、初級騎士には黄色い鎧を、中級騎士には赤い鎧を、そして上級騎士には黒い鎧を装備してもらいます。もちろん中の人間を知られないよう、一切露出のない全身鎧です」

「……俺には合わない装備ですね」

「それは受験生へのハンデということでお願いします。そして、各色の鎧騎士から奪った書類にはそれぞれ点数がつけられており、強い騎士から得られるものほど高い得点が与えられ、一定以上の得点を得たものが合格、と言う感じですね」

「合格点の基準は?」

白鎧(みならい)の情報が1点。黄色(かきゅう)の情報が3点。赤鎧(ちゅうきゅう)の情報が5点。そして黒鎧(じょうきゅう)の情報が10点で、合格点は10点となります」


 なるほど、受験生は現役騎士を敵に回して複数回勝利しなければならないのか。

 ……それって難しくないか? 今の俺なら親父殿やメイの親父さんを除く騎士を何人でも相手にできるけど、流石に見習いにもなっていない素人が簡単に倒せる相手ではないと思うんだが。

 そんな風に考えて首をかしげた俺の心を読んだのか、レードさんは補足説明してくれたのだった。


「もちろん試験官の騎士は手加減しますよ? 全力で敵対するのではなく、ある程度の実力を見せればわざと負ける――とまでは行かなくとも、情報筒を奪う隙を与える事になります。加えて言うなら、書類の入手法は勝利することだけではありません」

「というと?」

「試験官には腰の辺りに書類入りの筒をタレ下げてもらいます。そこで実力では敵わなくとも罠を使って一時的に動きを止めたり、一人が囮になって注意を引き付けてもう一人が盗み取るなどいろいろ工夫が求められるわけです」

「なるほど、実力で敵わない相手にも対処できる応用力もポイントになるわけですか」

「慣れない全身鎧のおかげで幾分か動きも鈍りますからね。受験者にも十分チャンスがあると思います」

「なるほど。――それで、俺に頼みたいのは?」


 まあ聞かなくても大体分かる。一応確認するけど、ようはその敵国の騎士役をやれということだろう。

 俺は上級騎士だから、当然黒の鎧になるのかな――


「ええ。騎士レオンハートには『白い全身鎧』を装備していただきたいのです」

「え? 見習い騎士が付ける奴を?」

「はい。もちろんアナタの実力を軽んじているわけではありません。これも試験です」

「試験……もしかして、さっき言ってた『観察眼』ですか?」


 俺はレードさんの思惑が理解できたような気がした。つまりは……誤情報を与えるってことだろうな。


「受験生には『各色の鎧の中に対応した騎士が入っている』とは言いません。受験生に説明するのは『騎士の鎧の色によって点数が違う』ということのみです」

「当然受験者達は鎧の色によって難易度が違うと考える。そこで『鎧の色』のみに集中してしまう迂闊な受験生を間引こう――と言うことですか」

「はい。思い込みで現場の情報を軽んずる。これは騎士としてあまりにも相応しくない行為ですからね」


 レードさんが重々しく語る言葉に俺も深く同意する。前情報が100%正しいなんて、実際にはほとんどないからな。

 まあ中には点数の差を『黒いほうを倒した方がお得』くらいにしか考えないのもいるだろうけど、数人の色つき鎧を観察したら受験生達は皆が皆『白い鎧が一番弱くて黒い鎧が一番強い』という認識を持つだろう。点数とも符合するとなればなおさらだ。

 その仮説を妄信して実際の相手の力量を見極めないで行動する奴はアウト。俺を含めた少数の『色と実力が違う』試験官に死なない程度にお仕置きされることになるわけか。


「とりあえず以上ですね。騎士レオンハートにはそれに合わせて当日まで想定される“手加減”の練習をしてもらいます。後は……そうですな。受験申込者の名簿の作成を手伝ってもらえますか?」

「名簿? もちろん構いませんけど」

「助かります。数年前から勘違いした受験者が多く、名簿を作成するだけでも一苦労な人数が集まるんですよ」

「勘違い?」


 そして数年前というキーワード。数年前に同じ試験を受けた身としては気になるな。


「いえ、その……お気を悪くしないで欲しいのですが、騎士レオンハートが合格した年からなんですよ」

「へ?」

「あの年は騎士レオンハートに加えて騎士メイも受験許可が出る最年少年齢で合格しましたからね。それを知った貴族や裕福な商人などが自分の息子に騎士の称号を与えようと送ってくるんですよ」

「試験の難易度を勘違いされたわけか……」


 自分で言うのも何だが、俺やメイは例外だ。当時の俺――12歳のころの戦闘力でも下級騎士くらいの基準は満たしていたと思う。あくまでも戦闘力だけで言えばだけど。

 そんな俺やメイを基準に考えて12歳の子供を試験に出しても無駄死にするだけだろう。流石に多少は戦闘教育を受けているはずだけど、見習いとは言え人類最強戦力にそう簡単に並べるわけがない。


「まあそんなわけで、最近は応募者の中から明らかに実力が不足しているものを事前に弾くことにしています」

「当時は12歳以上で保護者の許可と受験料があれば誰でも受けられましたよね?」

「ええ。しかし今はそれに加えて15歳未満の受験者には予備試験を受けてもらうことになっています。最低限自分の身を守れるだけの身体能力かそれに匹敵する能力を持っているかを簡単なテストでね」

「なるほど。その話を俺にしたって事は……」

「はい。時間が空いているときでいいので、応募者の中から15歳未満の者だけを別けてほしいのです。本来ならば上級騎士に頼むことではないのですが……」

「いや、了解しました。元々部外者の俺にできるのはそのくらいでしょう。それに、今まで騎士団の中じゃ碌に働いてこなかった身ですし丁度いいですよ。……この手のデスクワークは慣れてるし」

「はい?」

「いえ、何でもありません」


 ロクシーのところで散々やらされてるからな、その手の作業は。

 それに、上級騎士だからこそ仕事はそう多くない。単純に最高戦力を出撃させなきゃいけないほどの案件はそうそうない……はずだ。

 だからまあ、俺が出なきゃいけない事件が起きない限りは平和に書類仕事も悪くないだろう。

 英霊の行は一日一回までって親父殿にきつく言われていることだし、単純作業はイメージトレーニングにも丁度いいしな。







 というわけで、俺は個室で大量に積まれた書類――参加申込書――の仕分けをしている。


 バルト21歳、職業警備兵――通常。レイト14歳、職業商人の息子、保護責任者印あり――予備試験。レレ12歳、職業魔術師の娘、保護責任者印なし――排除…………。


 思っていた以上に多いな、子供の受験希望者。しかも何を考えているのか保護者印なしのものも結構ある。ただのイタズラか、それとも許可が得られなかった子供が一人で送ってきたのか……?

 いずれにしても、12歳で受験した俺が言うことじゃないがこいつら真面目に考えて受験するんだろうか?

 親に言われたから――とかで受験すると後悔することすらできなくなりかねないぞ。突然強力なモンスターに襲われたりとか。


 まあそれを確かめる意味でも予備試験は確かに必要――ん?


(アレス12歳、職業騎士の弟子、保護責任者印あり――というかシュバルツ家の印鑑。これは……)


 一枚の書類を手に、俺は固まる。傍から見ればまるで石化魔法でもかけられたかのように見えただろう。

 しかしその反応も当然だと思う。だってこれ、気のせいじゃなければ俺の弟子の参加申込書じゃなかろうか。

 しかも当主印付き。つまり親父殿を保護者にして受験申し込みしたってことだろうか?


(俺に相談せずに? いやなんで?)


 確かに保護責任者になる法的な条件は『成人』だ。それを踏まえればまだ18歳の俺にその資格はないので、俺の許可を求めても仕方がないと言える。

 でも……なんで俺、アレス君が受験することを知らないんだ? 俺、そこまで頼りないですか……?


 何かこう……寂しい。

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