陽だまり小話集(web拍手)
品の無いくしゃみが出た。
「ぶわくしゅん」……しかも二発。
無言でクレオールがハンカチと、そして胸元のポケットからピルケースを取り出して薬包紙に包まれたクスリを二つ差し出した。
「風邪は困ります。ファティナ様には近づかないで下さい」
「……わー、クレオールさんて優しいですよね」
ファティナ様にだけ。
思わず棒読みになったメアリだったが、それでもありがたくクスリは受け取っておいた。
「優しくして欲しいんですか?」
不意に、クレオールが身を低くしてメアリの耳元に囁いた。
あまりのことに硬直し、かぁっと体温が上がったメアリだったが、しかしクレオールはすぐに身を引き離し、
「最近ドレスがきつそうですが、サイズ直しをしてさしあげましょうか?」
それは優しさじゃない!
赤面してしまった自分が憎いメアリだった。
***
「やぁ、甥っ子!」
やけに陽気な男とであった場合、無言で通り過ぎるのが一番好ましい。だがしかし、相手はがしりとヴァルファムの肩口を掴んだ。
「なんだなんだ、つれないじゃないかー」
「生憎と私は暇人に付き合っている暇は無い」
「そうかー、じゃあ仕方ない。ファティのとこいって可愛い義息のないことないこと吹き込んで来よーっと」
「っっ、おまえはっ」
「え、やだ? しょうがないなー。じゃあ、有ること無いことにしておいてあげる。ぼくって優しいよねっ」
最近二人は仲良しです。
↑一方的に。
***
「ヴァルファム様の大切な方を傷つけてはいけませんっ」
――怖さを必死に押さえ込んで義息の将来の嫁(には絶対にならない)を守ろうとした奥様は素晴らしい。がんばりました。偉いです。
いくらでも褒めて差し上げたい。
けれどメアリは勿論内心で突っ込みを忘れていなかった。
「――ヴァルファム様の大切な方、それはあなたです……」
ですので本当におとなしくしていて下さい。もし自分を庇ってファティナに何かあれば、自分があの陰険馬鹿息子に八つ裂きされたりヘタをすると屋敷から追い出されますから……
***
「よくやりました」
クレオールが慇懃な調子で言う言葉に、メアリは一瞬判らなかった。
それからじんわりと言葉が浸透し、ファティナを守ったことについて褒められたのだと理解し、思わず嬉しさがこみ上げてきた。
クレオールが人を褒めることが無い訳ではない。彼は執事という立場で階下を網羅していて、人の仕事をきちんと褒めることも知っている。だが、家庭教師である自分が褒められることは滅多に無い。
「まあ、当然ですが」
――浮上した途端に落とされました。
そうですね! 当然ですね! ええそうですよっ。
最近ガラまで悪くなってきたメアリだった。




