魔法使い。小話つめつめ(9)
「ルティアと仲良しよね?」
素直な言葉が口をついた。途端に「しまった」という言葉が明滅した通り、案の定、面前の色々アレな御方は瞳をきらきらとさせた。
「嫉妬?」
「違います!」
「いやいやいやー、これは嫉妬だよね。ぼくとルティアの仲を疑っているの?」
「まったくぜんぜんうたがっておりませんってば」
いや、以前は少しくらい疑ったこともあるけれど、今は全然。だから、さっきの言葉は絶対に「嫉妬」じゃない!
「いやだなぁ、照れなくたって。
あああ、それにしても嫉妬! ぼくってば愛されてるっ」
「違うってばっ」
だから全然ちがくてっ。
「やっぱり変態と変態は共鳴するんだなって思っただけだってば!」
ぎゃあ、ごめんルティア!
でもルティアってちょっと、少し、確実に変だと思うのよぉ。
と慌てるあたしの前、
「いやだなぁ、確かにルティアは変態かなって思うけど、ぼくは変態じゃないよ?」
――頼むから素でそう返さないで。
***
「私がルティアを引き取ったのは五歳の頃――」
ユリクスはふっと瞳を細めて当時の幼いルティアに想いを馳せた。
両親を目の前で祖父に殺されたルティアは、言葉を失ったように憔悴していた。
それでもユリクスの元で心の傷を癒し、やがて誰よりも美しく賢い娘として育った。
「……いつ育て方を間違えたのかといえば、やはり公のところにお預けした頃なのではないかと思いますがね」
つまり私の責任じゃない。
そう言うユリクスに、言われたほうは少しだけ眉を潜めた。
「って、何気なく私のせいにしていませんか?」
「卿っ、公になんという濡れ衣をっ」
憤慨する護衛騎士だったが、途端に敬愛する主と将来の義父の視線がぴたりと向けられた。
「……え、あ?
ちょっ、何ですか、お二人して」
犯人は誰だ!
***
「また、お見合いなんて」
アマリージェの言葉に、ジェルドは苦笑した。
「いや、今なら大丈夫な気がするからね」
というのも、ジェルド自身のお見合いだ。
ミニチュアールから写真まで。いくつかそろったお相手の姿を前に、アマリージェは腰に手を当てた。
「兄さまも聖都に行かれてお相手を探せばよろしいのに」
「あれは反則技だよ。私は一般のたかが伯爵位――そうそう使っていいものではないんだよ、転移扉なんていうのは」
「いつも損な役割をしていらっしゃるのだから、こういう時に役得を甘んじなくてどうなさいますのっ」
どういわれようと、ジェルドは自分のできる範囲内でお相手を探そうと示し、苦笑した。
「何それ」
「ああ、これは――」
ふいに顔を見せた幼馴染の姿にびくつきつつ、ジェルドが説明しようと口を開きかけた途端に問題の資料は――燃えた。
「焚きつけにもならないね」
「……」
「それより聞いてよ。リトル・リィってばさぁっ」
――また喧嘩したのか……
ジェルドは「まだ大丈夫ではない」ことをひしとかみ締めた。
***
ジェルドさん八つ当たりされだくりサンドバック人生。
***
「どうして兄様の幸せの邪魔をなさるのですか」
「してないよ?」
にっこりとあっさりと言い切られた。
顔を顰めるアマリージェを前に、相手はあくまでも「爽やかな微笑」という胡散臭さ炸裂中。
「ぼくはジェルドの幸せを願っているよ?」
「でしたらっ」
「違うんだよ、マリー。
ぼくにはジェルドの幸せがちゃんと見えてる。ただ、ソレは今ではないっていうだけなんだよ。間違った相手と結婚してしまったりしたらイヤだろう?」
ね?
と言う相手を、アマリージェは半眼でねめつけた。
「いつから未来まで見通せるようになりましたの?」
「――マリーとは付き合いが長いから丸め込むのが難しいよね!」
「兄様を虐めて遊ぶのはおやめくださいっ」
「やだなぁ、虐めてないってば」
「コーディロイっ」
***
兄はおろか妹までが実はからかいの対象です。
***
「ビバっ、二度目のお泊りっ。今回はリトル・リィのお部屋に泊まっちゃったよ」
平和な朝食の席だった。
一般的な貴族が寝台で朝食をとるのとは違い、仲の良い兄妹、
忙しくても一度はきちんと顔を合わせられるようにと食堂でとる朝食。
今日のヤギ乳は少し癖を感じたけれど、問題にするようなものでは無い。
最近食卓に並ぶパンは、町の【うさぎのパン屋】のマイラおばさん作成のパンと決まっていて、
これは毎日その日の最初に焼いたものを、アジスがわざわざ届けに来るのだ。
「試作品は絶対に持ってこないから安心しろ」
とアジスは請け負っている。
そう、いつもと変わらない平和な朝食――
「自分ひとりの胸には押し込めておけないっ。あー、ぼくってば幸せ」
「……」
「……」
平和で幸せな朝食、終了。
***
「まだ顎がちょっとカクカクいう気がする」
鏡を前に髭の手入れをしつつぼそりと言うエルディバルトに、ルティアはにっこりと微笑んで小首をかしげた。
「まぁ、どうなさったのですかぁ?」
「いや、なんでもない」
どうもこうも、先日ルティアが「公から」と持参したパンを思い切りかじってしまったエルディバルトは、
顎を外すというちょっぴり苦い経験をした。
愛する――ではなく、敬愛する主からの贈り物で何事かあったなどと、
もちろん相手に失礼すぎる為に「歩く万能医薬」である公にも救いを求められなかった。
その為、ちょっぴりまだなんとなく違和感が残ってしまったが仕方ない。
公は決して悪くない。
あのパンはきっと焼いたりミルクに浸りたりと色々食べ方があったのだろう。
喜びのあまり噛り付いてしまった自分の落ち度だ。
それに、なんとか顎を治したのちにちょっとづつ食べた。三日かけて。
「だが――何故だろう。パンのお礼を言ったら公が微妙な顔をなさっておられた」
顎を撫でながら小首をかしげるエルディバルトの少し後ろ、
もちろんルティアは笑いでゆがみそうな口元を必死で押さえていた。
――三日後、パンの送り主が誰だかエルディバルトの耳に届けるのは、うっかりアジス君である。
***
木剣をぶんぶんと振り回しているアルジェスを眺めているのはアマリージェにとって日課の一つ。
マイラのパン屋の中庭で本を膝において読みながら、視界の端にアルジェスが体を鍛えているのを感じるのは嫌いでは無い。
パン屋からこぼれる優しい香り、時々聞こえるリドリーの「いらっしゃいませ」。アルジェスの体を鍛える気配。
――何より、中庭だというのにわざわざ建物の影からちらちらと覗き込んで来る女の子達の気配をアマリージェはしっかりと逃していません。
「姫さん、寒いし毎日付き合わなくってもいいのに」
「そう言ってさぼる気ですのね?」
「さぼんねーよ」
悪い虫は寄せ付けません!
***
夕方に筋トレ、走り込みをするアジス君の姿は最近では町の人にも有名。
弱冠十一歳は自分の信念を曲げない頑固職人気質だ。
「ああ、やっぱり彼はいいね」
暢気な口調で領主館の二階テラスからそれを眺めているユリクスの様子に、ジェルドは自分が褒められたかのように顔をほころばせた。
「将来が楽しみです」
「だな。あれは立派な男になる」
ユリクスはうんうんとうなずき、口元を緩めた。
「今から色々と根回しをして顔を広げて、なんとか有力貴族に懇意にさせれば更に上を目指せる」
「……ユリクス様?」
「うちの馬鹿婿は出自だけしか良くない使えぬ男だが、あの子は出自は悪くともこれからいくらでも使いようはある。いい手駒となりそうだ」
「ユリ、クス、サマ?」
「何なら私の養子として引き取るか。それとも没落貴族の家に引き取らせて――」
アマリージェ、こんなトコにも悪い虫がいるぞっ!
***
「今回のお話には実は事件がありましたの」
アマリージェは声を潜めて自らの唇に人差し指を押し付けてアジスに囁いた。
言われたほうもの小さな声音に自然と身を寄せて声を低くする。
「事件?」
「はい! なんと今回のお話――冒頭からリドリーの部屋の予定でしたのよ」
「あの冬眠しようってトコか?」
「そうです。それから、次の場面展開ではわたくし達の知らない某男性の話に移行していましたのよ」
「へぇ? 誰だか知らないけど見たことも聞いたこともない男の話?」
――名前をマーXXXといいますが、確かにアマリージェとアジスには無関係。
「書きあがったあとで、作者が気付きましたの」
「何に?」
「コーディロイがまたいないことに」
「それは……年明けで出ないのはちょっと」
二週連続です。
「あ、でも本編にちゃんと出てたじゃんか」
「それは作者が追記したからですわよ。もともと後でくるエピソードでしたけれど、運んでまいりましたの」
「それはぶっちゃけすぎだろ」
あきれ返るアジスに、アマリージェは続けた。
「長くなった部分を切ったり、色々して、気付くと文章を重ねてしまってましたのよ」
「へー?」
「気付いたの保存した後でした」
「――で?」
後のまつりです、チーン……
「もともと居なかったコーディロイが出現し、もともと居た謎の男性は消えました」
「なんつーか……その男は運がないのな?」
「ないですわねー」
*これがマーヴェル殺害事件(嘘)の顛末です。
***
「会いたかったよ、リトル・リィィィィ」
ぎゅっと抱きしめられたあたしは、喜びよりもむしろうざさを覚えた。
なんでしょうね、やっぱりこれって普通の感覚とは違うのではなかろうか?
「あけましておめでとぉっ」
「もう月の半ばだけど」
「うんうん、ほらぼくも新年とか忙しいんだよ」
「何してたの?」
「神殿でこもってました……食べ物は野菜ばかりだし甘味はないし、お酒は……ま、お酒はでます。神事にお酒ってつき物だから。でも神殿に篭らされて、一年の豊穣とか色々お祈りとかがんばったよっ」
ひーんとだきついてくる男をしげしげと見上げ、あたしは思わず素直に言ってしまった。
「祈ってるのがあんただと思うとめちゃくちゃご利益なさそう」
「……今年も君の愛が痛い」
ぼくがんばってるのにぃぃぃ。
***
「もう二日の間しゃべってくれないんだー」
居間に置かれた竜の石像の頭を撫でながらしくしくしくしくしくと言う青年は明らかに、
うっとおしい。
「どうしてか理由も言ってくれないんだよ? ぼくのことなんて知らないって言ってそのまんまなんだよっ」
――本格的な冬が来る前に、食料の備蓄を増やさなければ。
勿論扉が通じているのだから、多すぎてもいけない。何より、あれはもともと頼るものではない。あんなものやこんな腐っているモノに頼るのは領主としての株を下げる。
ある意味微妙な立ち位置で大変なジェルドがせっせと雑務をこなしている横で、
「もしかしてぼくってばヘタクソだったとか!?」
と悲壮な声をあげている黒い生ゴミを誰か捨ててください。
***
「兄さまを助けてください」
と、アマリージェに訴えられたルティアは溜息をつきながらも可愛いマリィの為に生ゴミ様に立ち向かった。
「ジェルドの仕事の邪魔は駄目ですわよぉ」
「ジェルドは冷たいんだよ、ルティア。ぼくが一生懸命悩みを打ち明けているのに、ずっと黙々と仕事をしてるんだよっ」
恨めしそうな青年は、何故自分がこんな状態であるのかジェルドに話してきかせたように新たなる標的にも切々と訴えた。
「どう思う? どうしてリトル・リィはぼくを無視するの? ぼくもう辛くて泣きたい」
というか泣いている。
「やっぱりぼくとしたことを後悔してるのかなぁ? でも後悔してるのって聞いたら、真っ赤になってしてないわよって言ったんだよ。その時のリトル・リィってばもう一度そのまま押し倒しちゃおうかと思うくらいすんごく可愛かった! ああっ、どうしてあの子ってばあんなに可愛いんだろう。それに何だか今はとっても怒ってるみたいなんだよ。それでぼく思ったんだけど、もしかしてぼくがヘタクソだったのかな? めちゃくちゃ痛くしちゃったから怒ってるとか?」
ルティアは引きつった微笑を浮かべた。
「なんてことでしょう」
「ルティア?」
「ルティってば、激しく子育てをしくじった母親の気持ちになってしまいましたわぁ」
駄目人間育成責任者はとりあえずその責任を見なかったことにした。




