53話 ケントが人間だとバラしたいニコロ
53話 ケントが人間だとバラしたいニコロ
ライオンを倒し終わった俺は、始めに襲われて倒れている二人の貴豹の所に急いだ。
二人は折り重なって気を失ったままだ。 上の貴豹は肩から胸にかけてライオンの爪でやられていて、かなりの出血だ。 下の貴豹の状態は分からない。
「大丈夫ですか?!」
声をかけると、下敷きになっている貴豹の意識が戻った。
「あ······」
周りの貴豹たちが助け起こし、そのままケガ人の応急手当てを始める。
そう言えばライオンと闘っている時、商人の貴豹たちは見当たらなかったのに、今は全員集まっている。
後で聞いた話によると、隙を見てクラスリの木に上に避難していたそうだ。 ライオンは体が大きいのでクラスリの木に登るのは苦手なのだそうだ。
だから通常はクラスリの木に登ってライオンがいなくなるのを待つのだが、今回は河原だったためにこのような事態になったらしい。
「どうですか?」
「かなり酷い傷です。 このままでは町まで持つかどうか······」
「私が先に彼を町まで連れて行きます」
グラウドが言い出した。
「いいのですか?」
「急ぎましょう」
ケガ人をグラウドが背負い、落ちないように縛り付けてから馬に乗り、そのまま急いで走っていった。
グラウドが橋を渡り切る辺りまで全員が無言で見送った。
「先にケガをしている人の治療をしましょう」
俺の声掛けでみんなが我に返る。
ケガをして運ばれていった者を合わせて傭兵は4人。 無傷なのは一人だけだ。
そして6人の商人のうち2人がケガをしていた。 一人は傭兵の下敷きになった時に頭と腰を打ち付けた傷で、もう一人は慌てて逃げる時にこけて擦りむいたらしい。
傭兵の二人はライオンの爪でえぐられていて、痛々しい。
「町まで同行しますので、ケガ人の皆さんは馬に乗ってください」
「いやいや貴猿の兄さん、助けていただいた上にそこまでしていただくことは出来ません」
クックッと笑いながらニコロが割って入って来た。
「いやいや貴豹の兄さん、この人は言い出したら聞けへんから遠慮せえへん方がええで。 俺らはケガしてへんし、もうライオンはでぇへんやろうけどどちらにしても心配でほっておかれへんからな」
「しかし······」
「貴豹の姉さんも痛そうにしてはるやんか。 あの状態で荷物を担いで歩いていくのは大変やと思うで」
「そうですね······では、お言葉に甘えて······」
「ありがとうございます」と、下敷きになっていた貴豹は深く頭を下げた。
······下敷きになっていた貴豹は女性だったのか······気付かなかった······
傭兵二人はファビオとニコロの馬に乗り、ファビオたちが引いていく。
俺の馬には女性ともう一人のケガをした商人が跨り、商人は比較的傷は軽いので、自分で手綱を持って歩き出した。
最後尾を俺と無傷の傭兵が歩く。
「貴猿の兄ちゃん。 名前は何というんだ?」
「ケントです」
「俺はカズデリ。 あの時はもう駄目だと思ったけど、ケントさんは恐ろしく強いな。 結局三頭倒したんだろう?······きっと誰も信じてくれないぞ、こんなに小さな貴猿の兄ちゃんが一人で雄ライオンまで倒したなんて」
「いやいや本当に! クラスリの木の上から見ていても貴狼の御二人も奇跡の剣士と双剣の鬼神かと思うほど強かったです。 それに貴猿の兄ちゃんも人間族かと思わせるほど、小さき巨人というのにふさわしい強さでしたね」
前を歩く商人が後ろを向いて話に入って来て、他の者たちもうんうんと頷いている。
······この人鋭い!!······俺はともかく、ファビオたちの正体をばらしてやろう!······
「彼らの名前はインザーギ・ニコロとサルバトーレ・ファビオです」
「いい名前だな」
「どこかで聞いた事ないか?」
「サルバトーレ······サルバトーレ?!! 奇跡の剣士本人?!!」
馬に乗ってファビオに引いてもらっている傭兵が馬から落ちそうになりながら叫ぶ。
「「「えぇっ?!!」」」
みんながファビオに注目した。
「そうだ! インザーギ・ニコロって双剣の鬼神の名前だ!」
今度は俺の横を歩くカズデリが気付いた。
「「「えぇ~~っ!!!」」」
今度は全員がニコロに注目する。
するとそのニコロが止まって振り返った。
「そして正にその方が人間族のケント様です!!」
「「ニコロ!!」」
「「「えぇ~~~~っ?!!」」
みんなが驚き、人間族とばらしたニコロに俺とファビオが止めたが遅かった。
······バレちゃったが、まあいいか······
「本当に人間族なのですか?」
「それで雄ライオンを一人で倒せたのか」
「いやぁ、すごかったもんな」
貴豹たちは盛り上がり、ニコロはファビオに睨まれてシュンとしていた。
俺たちの話しでワイワイと盛り上がりながら橋を渡って暫く行くと、向こうから大勢の貴豹がやってきた。
10人近い馬に乗った兵士と、数台の空の荷車を5人ずつの作業服姿の貴豹が囲んで歩いてくる。 俺たちはその一団に道を譲るために脇に避けて通り過ぎるのを待った。
しかしその先頭を行く兵士が、わざわざ馬を降りて俺たちの所に来たのだ。 先頭のファビオとニコロに向かいながらも、後ろの方にいる俺をジッと見つめている。
そしてファビオに向かって頭を下げた。
「ファビオ殿とニコロ殿か?」
「いかにも」
「グラウド殿から報告を受けて参った。 6頭のライオンを倒したというのは誠か?」
「いかにも」
驚きながらもケガ人たちに視線を移してから、また俺を見た。 そして再びファビオに向かう。
「グラウド殿が運び込んだケガ人は第二地区の療養所に運ばれた。 場所を知っているな?」
そう言って商人に確認を取る。
「存じ上げております」
「あのう、兵士さん、ケガをした彼の容体はどうなのですか?」
下敷きになった女性が馬の上から聞いてきた。
「申し訳ないがそこまでは分かりかねる」
「そうですか」
命の恩人だから気になるのだろう。
残念そうにしながらも兵士は再びファビオに向かう。
「ケガ人はこれだけか? 死人は?」
「これだけだが?」
「ライオン6頭と闘ったのに? 他に助っ人がいたのか?」
グラウドたちを合わせても戦えるのは8人だけだ。 普通ならあり得ない事なのだろう。
すると、一人の商人が兵士の所までニタニタしながら近づいてきた。
「兵士さん、この方は奇跡の剣士のファビオ様でこちらは双剣の鬼神のニコロ殿です」
「グラウド殿から聞いて存じ上げている」
「ではあの方が小さな巨人の人間族という事も御存じですか?」
「えっ? 誰が?」
「あっ······」
小さく「あっ」と言ったのはニコロだ。 先に商人にバラされて悔しそうだ。
······普通にばらされちゃったよ······まあいいか······
······しかしニコロが悔しそうな顔をしているのが可笑しい······




