50話 面倒だからぶっ倒すか?
50話 面倒だからぶっ倒すか?
俺も聞き込みだ!!
町に降りて一人で歩いてみて分かった。
町の者達は俺たちの事を気に留めていないと思っていたのだが、あからさまに見てはいないだけで、あちらこちらから視線を感じる。
貴猿を気にしている事が知られるとマズいとでも思っているように、こっそりと視線を向けてくるのだ。
聞き込みをしようと「すみません」と言っても、誰も止まってくれない。
「ちょっとお聞きしたいのですが」と前に立ってみても、まるで見えないかのように素通りされる。
······なぜ貴猿族を嫌うのだろう?······
無理に聞き込みをして、喧嘩でも売られたら面倒なので、諦めた。
諦めて、貴豹国の見学だ!
大きな貴豹たちの間を縫うように歩いていると、大人たちの間を歩く迷子の子供になった気分だ。
しかし店に並んでいる商品を見ると笑えてくる。
金物屋を覗くと、俺の顔より大きいオタマに、イベントで使うような大きな鍋やフライパン。 家具屋に行けば飛び乗らないといけないほど高い椅子に、俺の肩ほどの高さのテーブルなど。
不思議の国のアリスになった気分だ。
小腹が空いてきた時に、いい香りがしてきた。 匂いに誘われて入ったのはパン屋さんだ。
貴豹国では貴狼国とは通貨が違うのだが、両替をしてきてある。 コインのサイズも倍ほどの大きさで笑える。
美味しそうなパンが並べてある。
もちろんパンも大きいが、サイズ以外は俺の世界と変わりなく、匂いもよくて美味しそうだ。
どれにしようかと見ていたら、貴豹の男女が入って来た。
「おい、この店は何だか臭くないか? 良く見えないが小さい虫がいるようだぞ」
「あんた、聞こえるわよ」
「聞こえるように言っているんだ」
······俺に言っているのか?······まあいいか。 知らんぷり知らんぷり······
「猿って顔と手に毛がないんだぞ、気持ち悪いと思わないか? 皮膚病なのか、それとも自分でむしっていたりして。 同じ空気を吸って皮膚病がうつったらどうしよう。 怖い怖い」
······毛が無いのがそう映るのか······いや、知らんぷり知らんぷり······
美味しそうなパンを見つけた。
チーズフランスのような少し硬めのパンと、クロワッサンのような、サクサクしたようなパンだ。
どちらからもいい香りが漂う。
······これにしよう!······
この世界でもパンは店に置いてあるトングで取ってバスケットに入れるのだが、これも大きくて笑える。
バスケットは大小あって、大きい方は赤ん坊の揺り籠ほどあり、トングに至っては学校に置いてあるゴミを拾うためのゴミバサミほどあるのだ。
俺は思わずプッと吹き出した。
「この野郎!! 何を笑ってやがる!!」
「いや、あなたを笑ったのではなくて······ワォ······危ない」
突然殴りかかって来たので思わず避けたが、男が勢い余って陳列棚に突っ込んでいきそうだったので、服を掴んで引き留めた。
「何をしやがる!!」
「だから······おっと」
再び殴りかかって来た。 このままではお店に迷惑がかかるので、スッと拳を避けて背後に回り、腕を掴んで捻り上げた。
と言っても、精いっぱい伸びをしないと腕が極まらない。
「イテテテテ! な···何をしやがる!!」
振りほどこうとするので急いで店から出て、腕を離した。
「貴方の事を笑ったのではなくて、大きいトングが可笑しくて······」
「貴猿のくせに生意気な!!」
······どこかで聞いたセリフだな······
「あんた、もういいじゃないの。 行きましょう」
「貴猿にバカにされて黙っていられるか! 覚悟しろ!」
「いや、バカになどしていないって······おっと」
また殴りかかって来たが、軽く避ける。
「勘違いさせたなら謝ります、すみません······よっと······困ったな」
大通りの真ん中でしつこく何度も殴りかかってくるので、周りに人だかりができた。
始めは黙って見ていた野次馬たちだが、何度も軽やかに拳を避ける俺が気に入ってくれたようだ。
途中からは俺が避けるたびに「わぁ!」「また避けたぞ」「スゲェな」「いいぞ!!」と、声援に変わって来た。
男は肩で息をし始めたが、なかなか諦めてくれないし、殴り倒すのもどうかと思い、どうしたものかと思案していた。
その時、助け船がやってきた。
「ケント殿!!」「ケント様!!」
ファビオとニコロが人ごみをかき分けて俺の元に来てくれたのだ。
「ファビオとニコロ、いいところに来てくれた」
「何があったのです?」
「いや、パン屋でデカイトングを見て笑ってしまったんだ」
「トングで? なんやそれ?」
「俺の世界にゴミバサミっていう、立ったままでゴミを掴む道具があるのだが、それとそっくりだったから、つい」
「ゴミバサミですか?」
「ここのトングはケント様には大きすぎるやろな。 ゴミバサミか。 それはええわ、ハハハハハ」
「それで?」
ファビオは真顔で続きを促した。
「そこのお兄さんが、自分が笑われたと勘違いして······」
「あぁ、そういう事ですか」
俺たちが話している間に息を整えていた男はまだ諦めるつもりはないようだ。
······いいかげんに勝てない事を自覚しろよ······一発殴られてやってもいいが······
······鋭く尖った爪を全開にしてるし、俺の顔の倍ほどある手で殴られるのはちょっとな······
ファビオとニコロが俺と男の間に立った。
「誤解があったようです。 引いていただけませんか?」
「散々俺をバカにしやがって!! 許せるか!!」
「バカにするような御方とちゃうで。 誤解があったなら俺からも謝るから、引いてもらえへんか?」
ここまで来て、引くに引けなくなっているのだろう。 大勢の観客が見ているのだ。
「一発殴らせろ!」
······困ったな······あの爪に殴られたくはない······面倒だからぶっ倒すか······
その時、グラウドが野次馬たちを押し退けて輪の中に入って来た。
「ケント様!! ファビオ殿とニコロ殿も、何があったのですか?」
「ええ所に来たわ」
ニコロが、先程俺が説明したことを話してくれた。
しかし、周りが急にざわつき始めた。 「ファビオ」「ニコロ」という声があちらこちらから聞こえてくる。 兵士ではない一般の人たちも彼らを知っているとは驚きだ。
ファビオとニコロは改めて凄い人たちなんだと痛感した。
「ハハハハハ、ゴミバサミですか。 それは面白いですね·········それで?······」
グラウドはクルリと向きを変えて、男の目の前に立ちはだかり、睨みつける。
その時、周りから「グラウド様だわ」「グラウド殿だ」という声がいくつも聞こえてきた。
······ここにも凄い人がいた······
男はその声を聞いて目の前に立ちはだかる者が誰だか分かったのか、小さく「あっ」という声を漏らした。
「誤解だと仰っているが? 違うのか?」
「あっ······いいえ······俺の勘違いだったようです······失礼します」
大きな体を小さく丸めた男は、一緒にいた女性と一緒にそそくさと逃げて行った。
「さぁ! 終わりだ! 帰った帰った!!」
グラウドは、今度は周りに向かって大声をあげ、追い払うようなしぐさをする。
諦めた野次馬たちは散っていった。




