47話 すっかり忘れていたニコロ
47話 すっかり忘れていたニコロ
会議が終わってすぐに俺たちはロキを訪ねた。
ノックをすると、見知らぬ白っぽい被毛の女性が顔を出した。 新しい世話係のヴィットーリだろう。 あちらは俺の顔を知っていた。
「まぁ! ケント様!! 皆様!!」
そう叫ぶと、俺たちの事は置き去りにして、奥に走っていった。 ベッドの中で布団をかぶっているロキを揺り起こす。
「ロキ様! ケント様です!! 視察に行かれていた皆様も来られていますよ!! 起きてくださいませ!!」
「本当?!」
ガバッと布団をめくって出てきたロキの顔は見るからにやつれていた。
それでもベッドから降りて駆け寄って来た。
「ケント兄さん!!」
抱きついてくるロキを、俺も抱きしめた。
「ごめん! 女王様はまだ見つけられていない」
「ううん。 ケント兄さんを信じているから」
「ロキ······」
俺は膝をついてロキと視線を合わせて見つめ、乱れた頭を優しく撫でる。
「こんなにやつれて······俺は悲しいぞ」
「でもアージア先生が······」
「だから俺との約束を破るのか? お母さんが戻って来た時、今みたいなロキを見たら俺以上に悲しむぞ」
「·········」
「アージア先生にはアージア先生の事情があるんだ。 ヴィットーリさんじゃダメか? いい人そうじゃないか。 少しそそっかしそうだけど」
「よくわかったね」
「ハハハハハ、やっぱりそうか?」
ロキは「うん」と言って、小さく微笑む。
そして俺を見つめてから再び抱きついた。
「ケント兄さん、お帰り」
「ただいま。 でもまたすぐに行かないといけないんだ」
「お母様を探しに?」
「うん、そうだ。 でも今回はヴィート先生とノエミちゃんがロキの為に残ってくれる事になったんだ。 だから、ちゃんと食べて、ちゃんと勉強して、ちゃんと武術訓練もするんだぞ。 先生から聞くからな」
ロキはプウッと膨れる。
「えぇ~~、ヴィート先生とノエミちゃんは僕の監視役?」
「ちゃんとできるよな?」
「······うん」
「よし、いい子だ。 必ずだぞ」
「約束!」
「約束だ!」
◇◇◇◇
俺たちは昼飯を食べてから、風呂に入って服を着替え、警察消防隊本部に向かった。
この大きな町で俺の事を知らない者はほとんどいない。
道行く人たちが気軽に声をかけてくれる。
よく聞くのが「警察消防隊のお陰で······」という言葉だ。
何だか嬉しい。
◇
警察消防隊の本部に入り、カタラーニ指導員を呼んでもらった。
「ケント様! お戻りですか?」
「問題ないか?」
「はい、特には。 みんなが良くやってくれています」
カタラーニ指導員は、話しながら報告書を取り出してファビオに渡している。
これはいつもの事で、俺には読めないからファビオがチェックしてくれているのだ。
「ケント殿、ここを見てください」
指差されたところは「消防隊」の出動報告ページで、貴猿の誰々と名前が書いてある。 それ以外の文章は時間をかけないと読めない。
「こちらも······」
そこにも消防隊の貴猿という言葉を読めた。 別のページも同じだ。
「貴猿族がどうしたんだ? 何か問題でもあったのか?」
「違います。 消火活動の時に貴猿族の隊員の活躍が書いてあるのです」
「あぁ、そうなんですよケント様。 貴猿族の身体能力の高さのお陰で、何人もの人が助けられているのです。
梯子がなくても5階までスルスルと登っていけるので、ロープや縄梯子を取り付けてくれるのですよ。
ただしケント様のように抱いて飛び降りる事はできませんけどね」
「そうか、さすが貴猿族だな」
「その事もあって、始めの頃は貴猿族を毛嫌いしていた隊員達の見る目が変わって来たのですよ。 貴猿族を隊員に入れるようにというケント様のアドバイスのお陰です。 貴狼族の隊員も貴猿族の隊員もケント様に感謝しております」
「それは良かった。 仲よくなれば、チームワークも上がるだろう」
「はい! それはもう、驚くほどです」
各詰所に訓練施設を作ってもらっている。 もちろん消防隊用の設備もあるのだ。
始めの頃に訓練方法のアドバイスに行ったきりで、後は隊員たちに任せている。
······今度、見に行かないといけないな······各詰所対抗訓練競技会なんかを開催するのも面白いかもしれない······いつか議題に上げてみよう······
◇◇◇◇
そろそろ戻る時間だ。
城に向かって歩いていたが、さっきから何か物足りない。 何が物足りないのか分からない。
「ファビオ、何かを忘れていないか?」
「さぁ?」
「何かが物足りないのだが······」
「もしかして······」
「なんだ? 思い当たる事があるのか?」
「その······ニコロが······先程から一言も声を出していません······それでしょうか?」
「それだ!!」
会議の時からニコロが声を出していないのだ。 あのお喋りなニコロが。
ニコロを見上げると、微妙に焦点が合っていない気がする。 心ここにあらずというように機械的に俺たちの後をついてきているだけなのだ。
······アージア先生の事がショックなのだろう······
◇
道端で話す事ではないので、城に戻って俺の部屋に連れてきた。
「二人とも座ってくれ」
「失礼します」
ファビオはそう言って座ったが、ニコロは催眠術にかかっているような動作でゆっくりと座った。
「ニコロ」
声をかけたが反応がない。
「ニコロ!」
俺の方に視線を向けたが、俺を見てはいない。
「インザーギ・ニコロ!! しっかりしろ!!」
そう言って俺がバシッとニコロの頬を叩くと、部屋の端までズドド!と、転がっていった。
ニコロは顔を上げ、頬を押さえて俺を見つめる。
今度はしっかりと視線が合っていた。
「おい、気が付いたか?」
「······ケント様······」
そう言うと、ニコロの目から涙があふれてきた。 ウッウッと、声を押さえて泣いている。
「本気だったんだな······残念だ」
俺は部屋の隅で座り込んだまま泣いているニコロの肩を優しくたたいた。
◇
一頻り泣いたら気が済んだようで、いつものニコロが戻って来た。
「あんな犯罪者はキッパリと忘れてやったわ。 というより女王様を拉致するなどと許されへん! いつか俺の手で捕まえてやる!」
······立ち直りが早い······もう大丈夫だろう······
「じゃあ、そろそろ出発するか」
「「はい!」」
通行証と書簡も渡され、旅の準備も終えて俺たちは貴豹国に向かって出発した。




