38話 遠吠えの秘密
38話 遠吠えの秘密
兵士に護衛されて宿に着くと、何度も礼を言いながら兵士たちは帰って行った。 しかしダッテオは残って宿の受付に何かを言っている。
驚いていた受付の者がわざわざカウンターから出てきた。
「ピューマを倒していただいたそうで、誠にありがとうございます」と、ファビオに向かって頭を下げる。
「違う違う! 貴猿貴猿!」
「えっ? こちらではなく貴猿?」
「そうです」
「本当に? 貴狼族ではなくて?」
「貴猿の兄さんだよ」
受付の者とダッテオは小声で言い合っている。 気持ちは分かる。
「失礼いたしました。 ありがとうございます」
「いえ······」
俺は頭を掻いた。
「直ぐに湯浴みの用意を致します。 部屋着も準備いたしますので、その血で汚れた服を出しておいてください。 明日の出発までに洗濯させて頂きます」
「あっ······本当だ」
俺とファビオの服が血で汚れている事に気づかなかった。 貴猿王に会いに行くのにこの血まみれの服では失礼になるだろう。
······ダッテオ!! ファインプレーだ!!······
ダッテオが帰って行き、部屋に戻るとノエミちゃんが「きゃぁ~~!!」と騒ぎ出す。
何事かと思ったら、服に血が付いているのを見てケガをしているのだと思ったらしい。
「ケント様!! 大丈夫?!! お医者様に診せたの? 治療はしたの?!!」
「ノエミちゃん。 ケガ人を触った時に血が付いただけで俺はケガをしていないよ」
「本当に?」
俺が頷くのを見て、良かった~~と胸を撫でおろしていた。
「心配してくれてありがとう」
「私よりもニコロ君が『ケント様はいつも俺たちを置いていって無茶ばかりするから心配や』って愚痴っていたわよ。 何といってもファビオ君の心臓が持たないって」
「そう······か······」
······ガルヤやキムルたちからも同じような事を言われた気がする······
「そういえば······ファビオちゃんがこんな事をボソッと言っていました。
『あのお方は考え方も技量も遥か上を行っておられるので足手まといにならないようにしないといけないのですが、寂しいです』と。
彼らも弁えているのですがもう少し頼ってあげてもいいのかもしれませんね」
「······そうですね······肝に銘じます」
翌日の早朝、シミ一つない綺麗な服に袖を通し、出発準備を整えた。
宿泊料金を払うと、宿の人から朝食用にとお弁当を差し出されたので遠慮なく頂いた。
馬に荷を付けて宿を出ると、ダッテオが待っていた。
「よかった! もう出発していたらどうしようかと思っていたんです」
「どうした? 何かあるのか?」
「ピューマに襲われた兵士さんの意識が戻って、ケント様にお礼を言っておいてほしいと言われました」
「そうか、回復して良かった」
「街外れまで一緒に行きます」
街中を歩いていると、多くの視線を感じる。
「昨日の夜からケント様たちの噂でもちきりです。 それに今日の朝食はピューマの肉が振舞われるというのに、残念です。 ケント様に一番に食べてもらいたかったのに」
「ここでもそうなのか」
ギギを倒した時は必ずギギの肉が振舞われていた事が懐かしく思い出される。
「ここでも? 貴狼族でも同じなのですか?」
「いや、貴狼族ではなくて、昔居た場所でそういう事が通例になっていたんだ」
「肉は大切にしないと······ですね」
「だな」
そうしているうちに街外れに着いた。
そこには見張り台のような小さな櫓が立っている。
上からスルスルと貴猿が降りてきた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「王都まで」
貴猿に聞かれてヴィート先生が答えた。
「旅のご無事をお祈りいたしております」
そう言うとスルスルと櫓を上った。
すると「ウオッ!ウオッ!ウオオ~~ッ!!」と、凄い声で鳴き始める。 そしてそれに応えるように遠くの方からも同じような声が聞こえてきた。
······ピューマの時にも聞こえてきたホエザルの遠吠えか······貴狼族の遠吠えと同じ役目をしているのだろう······
すると、ダッテオが説明してくれた。
「ケント様たちが王都に向かう事を知らせているのです。 王都にはすんなりと入れると思いますよ。
お会いできて嬉しかったです。 何もない街ですけど、またいつか遊びに来てくださいね。
気を付けて行ってきてください」
ダッテオは頭を下げた。
「こちらこそありがとう」
俺たちは馬に跨り山の中に伸びる道を駆けだした。
◇◇◇◇
途中の河原で朝食をとった。 受付で渡されたのは、パンの間に肉が挟んであるホットドッグのような食べ物で、なかなか美味しい。
一つ疑問が浮かんだ。 それをニコロに聞いてみた。
「なぁ、貴狼族の遠吠えって、何を言っているのかわかるのか?」
「当たり前やろ? 何を言ってるのかが分からんかったら、なんもわからんやんか」
「じゃあ、さっきの貴猿の遠吠えは何を言っていたかわかったか?」
「そういえば分からんかったな······ファビオはわかったか?」
「いや」
「ヴィート先生は?」
「当然わかりますよ」
「どういう事や? じゃあ、ヴィート先生は貴狼族の遠吠えは何を言っているのか分かってるんですか」
「わかりません」
「おんなじ言葉やのに、遠吠えだけがなんでわからんのやろう? これは大発見や!」
「フフフ、貴狼族やホエザルの遠吠えは、普通の言葉とは違うのです」
「何が違うんですか?」
「それぞれの種族が自然と身につけている暗号のようなものですね」
「暗号ですか?」
「多分貴狼族の遠吠えも同じだと思いますが、よく聞くと実はちゃんとした言葉になってはいないはずです。 しかし言いたいことがはっきりとわかるのです」
「よう分からんけどそういう事なんやろな······えっ?······じゃあケント様はどちらも何を言っているのか分からんかったんですか?」
「うん。 何を言いたいのかは想像つくけど、ハッキリ言って全く分からなかった」
「じゃあ、ケント様に遠吠えで何かを知らせる事はでけへんのか」
「残念ながら、そういう事だな」
「それは不便やな」
「俺がケント殿にピッタリと引っ付いているから大丈夫だ」
「それはどうも」
ファビオは俺の横で二ッと笑った。
「私はファビオちゃんにピッタリと引っ付いていますから、貴猿族の遠吠えも通訳しますよ」
そう言ってヴィート先生がファビオにすり寄ると、久しぶりにファビオの毛が逆立った。




