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35話 襲われた貴猿族

 35話 襲われた貴猿族




 翌日の早朝、貴猿国に向かってビトント町を出発した。



 この町の東側には貴猿国まで大きな町はなく、この先は野宿になるだろうとヴィート先生はすまなそうに言う。 

 ファビオも俺に野宿をさせる事を心配していたが、俺は楽しみだ。


 ターンナック村でケンやネッドと送っていた気ままな生活を思い出す。 




 貴狼族は草原の民というが、貴狼(ジャンシャード)国は草原だけではなく山や森に川や湖と、俺の世界に似ている。


 タムを思い出させる大きな馬の背中からこの景色を楽しんだ。


 昼には携帯食の干し肉とパンを食べ、川や湖で水筒を満たし、夜には火を焚き、それを囲んで毛布に(くる)まって眠った。





 2日後の昼過ぎに、かなり高い山脈の(ふもと)に広がる森の前に到着した。

 森と言っても貴豹の森と違って、普通の木だ。


 ヴィート先生が言うには、貴豹の森の木は特別な木なのだと教えてくれた。




 森の中には道が作られているのでそこを進む。

 鬱蒼(うっそう)と茂った森の中だが、道があるので問題なく進める。


 次第に坂道になって来た。 そして山肌に沿()うように造られている道を進んだ。




 小さな湖がある場所で野宿をする。 火を囲みながら干し肉を頬張っていた。




「ヴィート先生、この辺りには虎は出ないのですか?」

「虎は貴豹の森にしかおりません。 その代わりにこの国には熊やピューマがおります」




······ピューマって、アメリカライオンとかマウンテンライオンとか言われている(たてがみ)のないライオンみたいな奴だよな······




「と言ってもこの辺の山にはピューマはほとんどいません。 もっと山奥の方ですね。

 ですから熊の方が注意をすべきです。

 しかし出会い(がしら)で驚いた場合や、子供がいる場合は別ですが、わざわざ馬を襲う熊はおりませんので、馬に乗っている間は大丈夫ですし、夜間は火を焚いていれば近づきません」

「安全な場所なんだ」

「注意は(おこた)れませんが」



 それにしてもこの辺りから結構な坂道になっている。 場所によっては自動車でも(のぼ)るのに悲鳴を上げそうな急な坂道だ。


 もちろん道は整備されてはいるが、(わだち)の跡が深く刻まれている。 この道を多くの荷車が通っているようだ。




「この辺りから坂道がかなり急になってきていますが、荷車は登れるのですか? (わだち)の後があるので、荷車が通っているのですよね」


「貴猿族の荷車は力の強い大型の山羊(やぎ)に引かせているのです。 それに上り坂では後ろに戻らないようにストッパーがついていますし、下り坂を暴走しないようにブレーキが付いていますので大丈夫です」

「ストッパーにブレーキですか。 さすがですね」



 ストッパーとかブレーキと訳されるくらいだから、それなりの構造なのだろう。 



······見てみたい······



 ◇◇◇◇



 翌日の昼頃、前から(キエン)の叫び声が聞こえてきた。


「なんだ?」

「熊にでも襲われたのでしょうか?」


「あっ!! ケント殿、前から!!」


 前から荷車を付けたままの大きな山羊(やぎ)が暴走してくる。 御者(ぎょしゃ)は荷車にしがみついているだけで制御不能なようだ。



 このままでは俺たちの馬と正面衝突する。



 俺は馬から飛び降りて走っていき、正面から飛びあがって山羊(やぎ)の背中に乗った。 そして力の限り手綱(たづな)を引いた。


「ドウドウッ!! 止まれ!!」

「ウエエェェェ~~!!」


 後ろ足で立ち上がり、前肢で宙を掻いてから山羊(やぎ)はどうにか走りを止めた。 しかしまだ興奮が収まらない様子だ。


「ドウドウ······いい子だ。 落ち着け」


 優しく首筋(くびすじ)を叩くと、ブルルと鼻を鳴らしてようやく落ち着いたようだ。




「あ···ありがとうございます」

「何があったのですか?」


「森から急に熊が飛び出して······」

「えっ?! 他の人は?!」

「分からないです」



 俺は「ケント殿!」と言う声を尻目に、道の先に向かって走り出した。


 

 

 (しばら)く行くと、数人の貴猿(キエン)が木の上に逃げていくのを、巨大な熊が木に登って追いかけようとしている。

 貴猿は素早く横の木に飛び移って逃げているが、熊はしつこく追おうとしていた。



「お~~い!! こっちだ!!」



 俺は熊に向かって両手を振って呼び寄せる。 


俺に気づいた熊が、登りかけていた木から降りで俺に向かって来た。


 大きな口を開けて牙を()きながら襲ってくる熊を紙一重で横に(かわ)してから、思いっきり蹴りをくらわした。


グワォッ!!


 蹴りで飛ばされて木に叩きつけられた熊は、頭を一振りしてから慌てて逃げて行った。





「大丈夫ですか~?!」


 木の上にいる貴猿達に声をかける。



 熊が行ってしまったのを確認すると、木の上にいた貴猿たちがわらわらと降りてきた。


「ケガをした人はいませんか?」

「おかげで無事だが、荷車に乗った奴が······」

「彼は大丈夫です」


「もしかして荷車の奴も助けてくれたのか?」

「まぁ······」


「いやぁ、あんた凄いな」

「助かったよ、ありがとう」

「あまり見かけない顔だな······というより······お前は貴猿族か?」




 その時、ファビオとヴィート先生が俺の馬を引いて来た。 



()()置いていかないでくださいよ!」

「すまん」


 突然現れた貴狼に貴猿たちは戸惑っている。


「ニコロは?」

「彼は荷車の護衛をしています」


「えっと······お連れさん?」

「はい、ファビオとヴィート先生です」

「そういえばあんたの名前を聞いていなかったな」


「この方は」ヴィート先生が一歩前に出る「人間族のケント様です」


「「「·········」」」


 ()()()()()()()()?的な(ほう)けた顔で見ている。


 俺も『何を言っているんだ?』と思った。



······ヴィート先生ったら、何を自慢げに()()()()いるんだよ······




「みなさん、先で荷車が待っていますよ」


 ファビオに言われてみんなは我に返る。


「あ···人間族って······」

「またぁ······」

「こんな所に出るわけないよな」



······俺はお化けかよ······



「本当です。 この方が貴猿族に見えますか?」

「それはそうだが······」

「人間族って貴猿にこんなに似ているのか?」

「しかし熊を一撃で倒すなんて、貴猿ではありえないわ」


「そうだ、貴猿離れしたあの力は本物だった」

「本当に人間族なの?!!」

「すげぇ!! 人間族に逢っちゃったよ!!」

「伝説の人間族に助けてもらった! やったよ!!」


「握手してください!」


 手を差し出されたので握り返した。



「見ろ! この毛のないシュッとした手を」

「俺も握手してください!!」



 全員から握手攻めにあってしまった。


 



 進行方向が逆なので一団とは()しまれつつ別れ、ニコロが来てから俺たちも出発した。










ヴィート先生ったら、簡単にばらしすぎ!

( ´Д`)=3

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