25話 トラーニ自警団とマッサ自警団
25話 トラーニ自警団とマッサ自警団
「3年前まで俺たちはパドヴァ地区の自警団幹部でした」
ケーキ屋を営むダニオが話し出した。
「ある時見知らぬ5人の傭兵が事務所に現れました。 マッサリオと名乗る男は恐ろしく強く、あっという間に俺たちのボスを殺し、俺たち幹部も殺していきました」
「俺はたまたま郊外に出ていて襲撃された時にはいなかったのだが、事務所に帰ると悲惨な状況だった。 辛うじて生きていたのはダニオだけだったんだ。 こいつの右目はその時にやられたものだ」
ボルジアもその日の状況を説明する。 それを聞いて、ファビオが「あぁ、その件なら」と言う。
「その件なら報告書にありました。 仲間同士の喧嘩が発展しただけで、既に決着がついているので検証する必要なしとありました」
ボルジアとダニオはやっぱりという風に、顔を見合わせた。
「多分そうなっていると思いました。 奴らは一瞬にして俺たちトラーニ自警団の団員を抱き込んで、目撃者まで殺していったのです」
「そんな酷いことが許されるのか?!」
俺は他人事なのに、怒りが込み上げてきた。
「それが現実です。 俺たちトラーニ自警団は街の住民や店舗から少しの上納金をもらってこの街を護ってきました。
しかし奴らはその10倍以上の金銭を要求し、飲み食いしても上納金は払わず、買い物をしても当然金を払いません」
「上納金を払わない者はボコボコにされたり店や家を壊されたりしたんだ」
「訴えなかったのか?」
「訴えた者は殺すと脅されていたのですが、それでも訴えようとした者は一家皆殺しにされました」
「一家皆殺し? なんて酷い······そんな事があれば国も動くだろう」
「奴らは証拠を残さない。 ただの強盗を装っていて、目撃者も恐ろしさから口を噤んだんだ」
「そういえばこの4ヶ月で強盗による一家皆殺しが2件と、放火で家族4人が焼死した事件があった。 それか?」
······有能なファビオさんはチラッと見た報告書をすべて覚えているのか?······凄い······
「はい」
「でもその強い余所者の5人以外は元トラーニ自衛団なんだろう? 今は何人位いるんだ?」
「全部合わせると50人近くはいるな。 元々傭兵の集まりで、荒っぽい者も多かったんだが、今までの10倍の給金がもらえるという事で、簡単に寝返った奴も多い。
もちろん脱退してパドヴァ地区を出て行った者や、俺たちのように元々ここで生まれ育ったので仕方なくここで暮らしていく者も少なくないがな」
「お前たちも他に家族がいるのか?」
「俺にはおふくろと婆さんがいるし、ダニオには足の悪い爺さんがここの2階にいるんだ」
「色々と大変だな」
「いや、普通だろ」
「しかしマッサリオ率いる5人組をどうにかしなければいけないけど、証拠も証人もいないとなると、捕まえるのは難しいな」
「ケント様、とにかく捕えてから証人を探してもええんちゃうか? そいつらの仕業なのは確かなんやろ? 奴らが捕まったと分かったら証言してくれるかもしれへんで」
「そうだといいんだが······」
······俺は何を悩んでいるのだろう······自分でも分からない······
「ファビオはどう思う?」
「捕えて自白させるか、証人を探す以外にないでしょうね」
「······ボルジアさんとダニオさんも証言してくれるのか?」
「もちろん! と言いたいが、実は俺は全て人伝に聞いた事ばかりで俺自身が何かされたことがないんだよな······奴らもなぜか俺には手を出してこないんだが、それでも大丈夫か?」
「十分参考になると思うで。 ダニオさんは? この店を壊したのはあいつらちゃうんか?」
「襲撃事件の事なら証言できますが、それ以外の事は······俺たちには上納金を求めてこないんです。 そのかわりに、どうもうちの店に行かないように脅しているようなんですが証拠はありません。 窓やテントも知らないうちにやられていましたし······わざと俺たちに直接危害を加えないようにしていたのかもしれないですね」
「2人なら何かあればきっと証言すると分かっていたのだろう」
「現行犯でない限り私達に捕まえる権限はありませんし」
「ルッカ詰所の奴らを連れてきたらええんちゃうか? これだけの証言があれば、とりあえずは捕まえられるやろ?」
「ニコロさん、この先の通りから第2地区になるので、ルッカ詰所ではなくてジュノバ詰所の管轄になると思いますが」
「ジュノバ詰所か」
「ジュノバ詰所の兵士たちの方がしっかりしていました。 彼らを呼びましょう」
「俺、呼んでくるわ。 ちょっと待っててや」
ニコロは店を出て走って行った。
······しかし、何だか知らないが不安が増してくる。 このまま捕えに行ってもいいのだろうか?······
「ボルジアさん、奴らのアジトはわかるか?」
「あぁ、そうだな。 少し待っててくれ」
ボルジアは表に出るとピィ!と口笛を吹いた。 暫くすると一人の男性が路地から出てきた。
そしてボルジアが何かを言うと、男は走って行った。
「いつも奴らを見張っているんだ。 奴らは幾つかのアジトを使っている。 今日はどこにいるのか、直ぐに分かるはずだ」
「見張っているのか」
「悪さをする証拠を掴みたいのだが、なかなかそれも出来ない。 どうしても証人頼りになるのだが、それも望めないので今まで奴らをのさばらせてきた」
ボルジアは、とても悔しそうだ。 目の前で仲間が殺され、自分の街が壊されていくのをただ見ているしかない自分が歯がゆいのだろう。
······カメラとかがあれば証拠を撮る事ができるのに······
そうしているうちに先程の男が入ってきた。
「ボルさん、ジルドの2階で、満座で30です」
「ご苦労」
チラリと俺たちの方に視線を送ってから、すぐに出て行った。
「居場所がわかりました。 5人共そろっているようです。 手下の数は約30人」
「場所はどこだ?」
「ここから500mほど先のジルドという店の2階です」
「ファビオ、わかるか?」
「多分」
「ちょっと待っていてください」と言って、ボルジアとダニオは奥に入って行った。
丁度それと入れ違いに、ニコロが兵士を3人連れて店に入って来た。
「すまん、待たしたな」
3人は俺とファビオを見て、直立不動になる。
「ニコロ副隊長からうかがったのですが、証言してくれる者がいるというのは本当でありますか?」
ファビオは手を挙げた。
「休め。 本当だ。 元トラーニ自警団幹部の二人だ」
「しかし······」
「どうした?」
「いえ······」
「彼らを捕縛したのを見て、他の住人達も証言してくれることを期待しているのだが」
「そういう事でしたか。 承知いたしました。 場所は分かっているのですか?」
「ジルドという店だが知っているか?」
三人は顔を突き合わせて相談している。
「多分大丈夫であります」
「そうか、では案内してくれ。 ケント殿も行きましょう」
店を出ようとしたとき、ボルジアとダニオが戻って来た。 背中に剣を担いでいる。
「俺たちも行くぜ、 案内役がいるだろう?」
「いや、場所は分かるそうだから大丈夫だ」
ボルジアとダニオは顔を見合わせてから、俺ににじり寄る。
「何を言っている、俺たちも行かせてくれ。 腕には自信があるぞ」
「片目を失っても腕は落ちていません。 連れて行ってください、お願いします」
「しかし······」
「ケント様、ああ言っているんや。 長年の恨みを晴らしたいんやろう。 団員の数も多いから、元幹部の二人がいると団員の説得とかをしてもらえるで」
「そうだが······」
ファビオを見ると、彼も頷いている。
「団員の説得か······それも必要か······わかった、行こう」
俺たちは店を出てジルドという店に向かった。
話の中に出てくる「満座で30」とありますが、
満座とはこの物語での隠語で、マッサリオたち5人とも揃っているという事を満座と言い、30とはマッサ自警団の警備の人数が30人という事です。




