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23話 臭跡を追って

 23話 臭跡を追って




 5日後、ルッカ詰所に行くと、常務日誌が出来上がっていた。


「この4ヶ月だけで83件ですね」

「思った以上に多いな」

「俺は第9地区におったんやけど、それくらいは普通やったで。 でも第1地区にしては多いんちゃうか?」


「しかし、この5日間は、犯罪件数がゼロです! きっとケント様がいらっしゃるお陰かと思われます!」


 カタラーニ班長が直立不動のままで答えた。


「俺がいるというだけで犯罪が減るなら、警察ができるともっと減るんじゃないか?」

「ケント様には及ばへんやろうけど、期待は出来るやろうな」



「ん?······班長、このパドヴァという地名がよく出てくるが······」

「はい! その辺りの裏路地にはガラの悪い(やから)が多いです」


「ケント殿、一度視察に行った方がいいかと思います」

「そうだな。 どんなところか見てみたい。 カタラーニ班長、案内してもらえますか?」

「はい!! もちろんであります」




 という事で、パドヴァに向かって歩き出した。


 大通りを抜けて住宅街に入った時、クリーム色の太った老婆(キロウ)がカタラーニ班長を見つけてヨロヨロと寄ってきて袖をつかんだ。


「兵士さん、うちのアレッシアちゃんを···」

「放せよ! 見えないのか? 今は忙しいんだよ!」


 そう言って老婆(キロウ)の手を振り払う。 ヨロヨロとこけそうになる彼女を俺が受け止めた。


「大丈夫ですか? アレッシアちゃんがどうしたのですか?」



 その所業を見たファビオは殴りかからんばかりにカタラーニ班長を睨みつける。 割って入ったのはニコロだった。


「カタラーニさん、大隊長から通達が来ているはずやけどな。 その中に女性と子供と、()()()()には親切にするように書いてなかったか?」

「ひっ!」


 ファビオの進言で、規律を正すよう、新しく通達が全兵士に出されていたのだ。 その中にそういう項目がはいっていたはずだ。


 カタラーニ班長は普段からこういう高慢な対応をしている事がわかる。 ファビオの射貫くような視線を受けて、蛇に(にら)まれたカエルのように(すく)んでしまった。



「おいおい、ファビオの怒りもわかるけどな、怒りを(にら)むことで表現するんじゃなくて、言葉で言おうや。 カタラーニさんが(おび)えてるで」

「······」



 彼らのやり取りは置いておいて、俺は老婆(キロウ)の話しを促した。



「おばあさん、アレッシアちゃんがどうしたのですか?」

「あぁ、親切な貴猿さん。 アレッシアちゃんがいなくなったの。 彼女は私がいないと生きていけないわ。 私も彼女がいないと生きていけないのよ。 お願いだから探してちょうだい」


「アレッシアちゃんって娘さんですか? それともお孫さん?」

「うさぎちゃんよ」

「うさぎちゃん?」


 一瞬誰かの名前かと思ったが、違ったようだ。


「もしかして野蛮獣のウサギを飼っているのですか?」

「アレッシアちゃんは私の家族よ!」


「そうですね、失礼しました。 それでアレッシアちゃんの特徴を教えてください」


「アレッシアちゃんは真っ黒で真ん丸のお目々が可愛くって、片方のお耳が少しこんにちわしているのよ。 可愛いでしょう?」

「そ······そのようですね。 体の色は?」

「私と同じなの。 みんなから親子って言われますのよ」


()()()()()で片耳が垂れた黒い眼のうさぎですね」

「本当に可愛いのよ。 私のお友達にも大人気で、皆さん抱かせてって、取り合いになるくらいなのよ」


「会えるのが楽しみですね。 とにかく探してみます」


 4人で家の周りを探してみたが、いなかった。


「そうだファビオ、アレッシアちゃんの臭跡追尾(しゅうせきついび)はできるか?」

「もちろんです」


 ファビオは家の前で座り込んでいる老婆の前にしゃがんで、目線を低くした。


「ご婦人。 アレッシアちゃんがいつも使っている毛布やタオルなどはありますか? 臭いが付いていればなんでもいいのですが」

「アレッシアちゃんがお気に入りの毛布がありますわ、少しお待ちを」


 老婆はヨッコラショと立ち上がって、ノタノタと家に入っていき、直ぐにピンク色でウサギ柄の毛布を抱えてきた。


「これです」

「少しお借りします」


 ファビオは毛布を鼻に付けて臭いを嗅ぐ。


「ありがとうございました」と毛布を返したら、ブワッと狼の姿に転変した。



······ヤバイ!! やっぱりカッコいい!! 服を脱いでくれるともっといいのに!······



 決して変な意味ではないぞ! 服を着ていない普通の狼の姿を見てみたかっただけだ。




 暫く家の周りの臭いを嗅いでいたが、見つけたのか歩き出したので俺も付いていく。


 その時、後ろでパシンと音がした。 振り返ると、どうやらニコロがカタラーニ班長の頭を叩いたようだ。


「お前、ファビオにやらせるんか? お前が行かなあかんやろう」

「あっ! 失礼しました!!」

「俺はおばあさんとここで待っとるからよろしくな」

「お任せください! おばあさん、アレッシアちゃんの毛布をお貸しください」


 カタラーニ班長は毛布の臭いを嗅ぐと、狼の姿に転変して、ファビオの後を追って来た。


「ファビオ様、代わります! あとは私にお任せください」



 ファビオが臭いを辿っていた辺りの臭いを嗅いでいたが直ぐに見つけたようで、歩き出した。 ファビオは元の姿に転変する。



······もう終わりか······残念······




 カタラーニ班長は臭跡を追って細い路地を通り、人の家の庭を抜けて大通りに出た。


 大通りは人の往来が多いせいか、一瞬臭いを見失ったようで探し回っている。 


「手伝わなくていいのか?」

「一人でやらせた方がいいでしょう」

「それもそうか」


 暫く探していたが、見つけたようで再び歩き出した。




 後をついていくと、大きな公園に出た。


「わぁ、こんな場所があったんだ。 いい場所じゃないか」



 大きな公園で、多くの草や木が規則的に植えてあり、真ん中の広場には芝生のような低い丈の草が敷き詰められている。


 そこに敷いた敷物の上で寝転がったり、お弁当を広げていたり、子狼が狼の姿で走り回っていたりして、まるで犬を連れてピクニックにきているようにも見える。


 そして外周の道は整備されていて、多くの貴狼たちが走っていた。



······きっと獣人も鍛えていないと、人間みたいに()()になってしまうのだろうな······




 カタラーニ班長はその広場を突っ切っていく。


「ケント殿、あれでしょうか?」


 ファビオが指さす先に、何か生き物が草を食んでいるようにみえる。

 カタラーニ班長はそこに真っすぐに向かって行く。


「そのようだな」



 カタラーニ班長も見つけたようだ。 獣人に転変し、慌てて飛びついたのでアレッシアちゃんが逃げて行った。


「やはり!」とファビオがまた()()()だ。



「班長!」


 大きな声で呼ぶと、カタラーニ班長は急いで走って来た。


「いま、見つけたのですが、逃げられてしまって」

「当たり前だ!!」

「ヒッ!」


 カタラーニ班長は驚いて耳を伏せて小さくなる。


「野蛮獣に接する時は、怖がらせないように態勢を低くしてゆっくり近づいていく事が大切だ。 捕まえる時も上から掴もうとせずに、下から手を伸ばして相手が近づいてくるのを待つんだ。

 特にアレッシアちゃんは貴狼に慣れている。 優しく名前を呼びながら近づけばアレッシアちゃんの方から来てくれるだろう。

 優しく撫でてあげて安心させてから、そっと捕まえるんだぞ」

「分かりました!」



 再び臭跡を追って草むらの前で止まった。 どうやらあの草むらの中に居るようだ。


 俺とファビオは少し離れて見守った。



 カタラーニ班長は草むらの前にしゃがみ込んで覗き込んでいる。 そしてその草むらの中に片手を前に差し出した。


「アレッシアちゃん、おいで。 大丈夫でちゅよ、ママのお友達でちゅよ」


 赤ちゃん言葉で呼びかけている。



······笑っちゃいけない······



······しかし残念だ···ファビオの赤ちゃん言葉を聞きたかった······




「アレッシアちゃん、そうそう、いい子でちゅね······もうしゅこしでちゅよ······」


 ゆっくり腕を伸ばしていく。 


「よちよち······そう···もう少し······よし!」


 カタラーニ班長はアレッシアちゃんを優しく抱き上げて振り返った。 別人かと思うほど優しい顔で、満足げに微笑んでいた。


「よくやったな。 そのまま帰るぞ、逃がすなよ」

「はい」


 小声で答えると、アレッシアちゃんを腕の中にそっと包み込んだ。




 ◇◇◇◇




 飼い主の老婆(キロウ)は家の前で待っていた。 俺たちを見てヨタヨタと近づいてくる。


「アレッシアちゃんは?」

「見つかりましたよ」


 そう言ってカタラーニ班長は腕に中に居たウサギを老婆(キロウ)に抱かせたのだ。


「あぁぁ、アレッシアちゃんですわ。 よかったわ、ありがとうございます、 本当にありがとうございます!」


 しっかりとアレッシアちゃんを抱きしめながら、何度もカタラーニ班長に頭を下げる。


「見つかってよかったです。 もう逃がしてはいけませんよ」

「はい。 本当にご親切にありがとうございました、兵士さん」


 老婆は何度も振り返りながら、家に入って行った。

 その後ろ姿をカタラーニ班長はいつまでも見つめている。


 その横顔は、喜びと、達成感とともに感動しているように見えた。



 そのカタラーニ班長の横顔をファビオもじっと見つめて、ボソッと呟いた。




「変わってくれればいいが······」










さすが、狼ですね!

臭いを追うのが当たり前にできるのですね!

( ´∀` )b

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