18話 夜の街の火事 後編
18話 夜の街の火事 後編
兵士が座り込んでいる女性を医者の所に連れていこうとするのだが、横にいるもう一人の女性と何かもめている。
ヨロヨロと立ち上がった女性は暗闇の中でゴウゴウと燃えている家の中に入って行こうとする。
それをみんなが止めようとしている。
「どうした?」
先ほどの兵士に聞いた。
「ケ···ケント様!! あのぉ······子供が中にいると急に言い出しまして」
「子供がまだ中にいるのか?!」
「そのメイドが······」
兵士は先ほど助けた女性と揉めていた女性を指さす。
そう言えばメイド服を着ている。
「子供がまだ中にいるというのは本当ですか?」
「あ···先程奥様を助けてくださったお方······た···多分······」
「詳しく話してください」
「あの3階の右端の納戸にしている部屋の前でボング様が遊んでいたのですが、そのすぐ後に火が出ました。 ですからまだあの辺りにいるかもしれないと······家の外を探したのですがどこにもいらっしゃらないのです」
「あの右端の部屋ですか?」
「はい、あそこの手前の部屋と、奥にも2部屋納戸として使っている部屋があります。 ボング様はよくあの辺りで遊ばれるので······」
3階はほぼ火の海だ。 辛うじて右端の部屋からは炎は出ていないが······
「ケント殿、もう無理です。 諦めてください」
「ほんまや! いくらケント様でも無理や! その子ももう生きてはおらんで」
「大丈夫、ムリだと思ったら逃げてくるから」
「ケント殿!!」「ケント様」
「大丈夫だ」
「「······」」
二人とも俺の顔を見て止めても無駄な事を察したようだ。
俺は井戸に行き、水の入った桶を持ち上げて頭から水を被った。
3階の窓を見てみたが、ぴったりと閉じられている。 すんなり入れそうにないので別の窓を探しに建物の横に行ってみた。
そこにも窓はあるがそこも閉じられているし、建物の裏側は小さな窓から煙が噴き出しているだけで、出入りは出来そうにない。
取り壊している2階建ての隣の建物が目に入った。 あそこから勢いをつけて横の窓に飛び込めば、ガラスを割って中に入れそうだ。
俺はヒョイと隣の建物の屋根に飛び乗った。 取り壊している貴狼達が驚いて手を止める。
「ちょっと失礼します」
俺は助走をつけて隣の窓に向かって飛び、ガシャン!とガラスを割って中に入ることが出来た。
中はまだ火は回っていないが、煙が充満し、扉の隙間から炎の明かりが漏れている。
ひどい煙を吸わないように、部屋に掛けてあった服を1枚取って、口に当てる。
「ボング!! いるか?! ボング!!」
部屋の中を探すが、子狼の姿はない。 ドアの外を見てみようと思ってドアノブを掴む。
「あっち!!」
熱くなっているかもしれないという事を失念していた。 強く握って火傷をしてしまったのだ。
手のひらが真っ赤に腫れて痛い!
ドアノブは熱くてつかめないので口に当てている服で掴んで開けてみようとした。 しかし少し開けただけで炎が吹き込んでくるので慌てて閉める。
既に廊下は火の海になっていたのだ。
「ボング!! いないのか?!」
隣の部屋かと思って壁を叩いて呼んでみたが、返事はない。
「ダメだ······戻ろう」
そう思った時、壁を叩くような音がした。 燃えて何かが崩れた音かとも思った。
もう一度壁を叩いてみると、確かにコンコンと壁を叩く音がした。
「ボングか? 助けてやるから少し待っていろ!」
壁を壊そうと蹴ってみるが、そう簡単に崩れない。
「そうだ。 ボング!! 聞こえるか?! 今から壁を壊す!! そこにいると危ないから、ドアと反対側の窓側に避けてくれ!! 聞こえたか?!」
返事がない。 聞こえなかったのか、動けないのか、反応がないのだ。
「ボング!! わかったら壁を叩いてくれ!!」
そういうと、微かにトントンと音がした。 それも窓側に移動しているのがわかった。
「行くぞ!!」
俺は剣を抜いた。 ファビオの教えを思い出す。 剣の握り、刃の角度と斬り下ろす角度を計算する。
よく切れるズブグクの鎌だが、角度を間違えると上手く斬ることが出来ない。
俺は斬!斬!斬!と壁を斬る。 そして真ん中を蹴って壁を落とすと穴ができた。
「ボング!!」
穴から上半身を押し込んで隣を覗き込んだ。 すると真っ黒な煙の中に僅かに月の光を落としている窓の下に、小さく震える姿が見えた。
「ボング!! 助けに来た! こっちに来い!」
ボングはなかなか動こうとしない。 しかし壁の穴が小さすぎで俺が通り抜けるには厳しい。
······しまったな······もう一度大きく斬り直す必要があるか······
そう思った時にやっとボングが立ち上がってこちらに歩いてくる。
その時、何かが崩れ落ちたのか、ガシャガシャガシャン!!と、凄い音がしてボングがまたしゃがみ込んだ。
「大丈夫だ!! お兄ちゃんが必ず助けてやるから、頑張ってここまで歩いてこい!! 男だろう!! 根性出せ!! ほら、あと少しだ」
ボングは勇気を振り絞って俺の手の方に歩いてきた。 既にドアが燃えて炎が入ってきている。 直ぐ近くまで炎が迫っていて、焼けるように熱い。
「そうだ!! ボング······がんばれ······あと少し······よし!!」
俺はボングの腕を掴んだ。 そして壁のこちらに引っ張り出して抱き上げる。
「捕まっていろよ」
例のプニプニの手が首に巻き付いてきた。
可哀そうにこっちまで振動が伝わってきそうなほど震えている。
俺は口に当てていた服をボングの頭に被せ、次の瞬間には窓の外に飛び出していた。
◇◇◇◇
直ぐにファビオとニコロが走って来た。
「ケント殿!! よかったです!! 二人とも御ケガは?」
「医者は?」
「あちらに」
「直ぐにこの子を診てもらってくれ」
ファビオにボングを渡すと医者の元まで抱いて走って行った。
「ケント様も火傷をしてるやんか。 直ぐに診てもらわんと」
「城に帰ってからゆっくり治療してもらうよ」
とりあえず近くに置いてあった桶の水で顔を洗い手を冷やした。
「気持ちいい······」
ジンジンしていた手のひらの火傷の痛みが少し和らいだ。
「さすがファビオやな。 その桶はケント様のために用意していたんや」
······やっぱりいい奴だ······惚れてしまうやろぉ~~!······
そのあと、御守りのように持ち歩いているビルビに貰った傷薬を掌に塗っていると、上からパラパラと火の粉が落ちてきた。
見上げると、先程飛び出してきた窓から炎が噴き出している。
「もう少し遅かったら間に合っていなかったな······よかった」
「ほんまに無茶しはるわ。 ここは危ないからあっちに行きましょう」
俺が建物の陰から姿を現すと、わぁぁぁぁぁぁ~!!と、歓声が起き、先程より大きな拍手で迎えられた。 兵士や傭兵たちも拳を上げて称えてくれている。
ファビオの方を見てみると、ボングが母親と抱き合っている姿が見えた。
◇◇◇◇
翌日の朝食はニコロも一緒にロキの待つ部屋に入った。 入口でニコロが直立不動になる。
「ロキ様! ご無沙汰いたしておりました。 今朝は朝食にお招きいただき誠に恐悦至極にございます」
「ニコロ副隊長、久しぶりです」
「副隊長?」
「そうだよケント兄さん、ニコロ副隊長は歩兵部隊の副隊長だよ」
「へぇ~、二人ともお偉いさんなんだ」
「偉くなどは······」
「歩兵部隊なんかに比べると近衛隊はエリートで花形の部隊やないか。 俺なんて足元にも及ばへんわ······あっ! 及びませんです」
ニコロがグダグダになっている。 でもニコロの事だから、すぐに慣れるだろう。
「それより昨日の夜に火事があったって?」
「そうなんですロキ様!」
またファビオの演説が始まった。
······どうしてロキの前だけ人が変わるんだろう······
······いや···俺の話をするときだけ···かな?······
朝食を食べ始めても、尾ひれを付けてファビオの話しは続いた。
母親と抱き合っていたあの時、ボングが白状したらしいのだが、あの火事はボングが火遊びをしていたのが原因だったそうだ。
『それもあって怖くて動けなかったけど、貴猿のお兄ちゃんの励ましのおかげで勇気を出す事ができた』と震えながら言っていたそうだ。
「もちろん貴猿のお兄ちゃんとはケント様の事です! さすが、タダでは助けませんね」
······タダ助けただけだよ!······
最近ではファビオの人格を疑うほどの喋り口調になっている。
······兵士たちに対してもそうしてくれるといいのに······
俺はちょっとそう思った。 もちろん火事の事だけではなく、例の傭兵たちの事も報告している。
多分ニコロはそんなファビオの姿を初めて見るのだろう。
呆けた顔のニコロは、食べるのも忘れてそんなファビオをみつめていた。
そのニコロの顔がおかしくて、俺は吹き出さないように食べるのに苦労した。
二人とも救助できて良かった!!
(*≧∀≦)人(≧∀≦*)♪
でも、手のひらが痛い!!(。>д<)




