14話 おしゃべりなファビオ
14話 おしゃべりなファビオ
美味しいハーブティーを飲んでいると、誰かが入って来た。 弟のルーカと、もう一人はファビオよりひと回り小さいが、ガッチリとしていてかなり厳ついイメージのシルバーグレイの貴狼だった。
「ケント殿、フェデル兄さんだ。 兄さん、こちらは友人のケント殿」
「ケントです」
「······俺を呼んだのはこのためか?」
チラリと俺を見ただけで、無視された。 偏見を持っているというより、嫌っているようだ。
「兄さん、彼は俺の友人なんだ」
「だから?」
「失礼だろ」
「フェデル兄さんフェンリル兄さん、やめろよ」
三兄弟の喧嘩が始まりそうだ。
「まぁまぁまぁ、いいじゃないか」
「でも······」
「俺はファビオの素の姿が見れて嬉しいぞ」
「またぁ! ケント殿。 俺の威厳が······」
「大丈夫! 十分威厳タップリだから心配いらない」
「何だかいつもケント殿といると、調子が狂うな」
「いやぁ~~、短い付き合いだが、昔から付き合っている気がするのは俺だけか? 話しやすいから、何でも話してしまう」
アストと話しているようで親しみを感じるせいか?
「俺もです! あっ······俺もだ。 なぜか肩を張らずに素直に自分が出せるんだ」
やっぱり尻尾は盛大に振られている。
「まぁ! 恋人同士みたいな会話ね」
「······」
クレオが嬉しそうに俺たちを見比べながら、果物をテーブルの上に置いた。 そしてフェデルはなぜか黙ってしまった。
「ケントさん、ファビオさんが家でこんなに話をするのを初めて聞きますのよ。 いつも『うん』とか『いや』しか聞いたことがなかったのに。 ねっ! あなた」
「······」
「本当だよ! 俺にも必要最低限の言葉しか話さないのに、こんなに感情を出せるとは知らなかった。 驚き!」
「黙れ」
「ハハハハハ! 他の兵士たちにも恐れられている副隊長の本性だな」
「ケント殿······困ったな······」
「······」
照れて頭を搔いているファビオをフェデルは見つめていた。
その時、赤ちゃんの機嫌が直ったのか、母親が戻って来た。
しっかし! 子狼は可愛い。 触りたい! 抱っこしたい!
でもフェデルに嫌われているようだから、嫌がられるかな······
でもこんな機会は二度とないかと思って思い切ってフェデルにお願いしてみる事にした。
「あのぉ~~ファジモ君を抱かせてもらう事ってできるかな?」
「「ぜひぜひ!」」
そう言ったのはクレオとファビオだ。
······お兄さんに聞いたつもりなのだけど······
お兄さんの顔色を窺うが、何も言わないところを見ると、承諾してくれているようだ。
母親がそっと俺に抱かせてくれた。
赤ちゃんの頃の貴狼は狼の姿で、2~3歳になると転変できるようになるそうだ。 だから今は普通に狼の子供だ。 生まれたばかりと聞いているが、既に柴犬位の大きさはある。
だけど······フワフワで可愛い! モグモグする口に顔を近づけると、子犬の乳臭い匂いがする。
······チョ~可愛いんですけどぉ!! 持って帰りたい!!······
「ケント殿、そろそろ帰らないと」
「もうそんな時間か?」
「えっ? ファビオ、泊ってかないの? ケントさんも、せっかく来たのだから」
「仕事があるから」
「ありがとうございました」
離したくはないが、仕方なく残念がる母親に子狼を返した。
◇◇◇◇
「ケントさん、今度は時間を作って泊りにきてね! じゃあ!!」
「······」
兄と弟は仕事に戻るという事で、狼の姿に転変して走って行った。
「また是非遊びに来てくださいね」
「お待ちしていますよ」
「お邪魔しました」
俺たちは馬に乗って歩き出した。
「いい家族だな」
「兄さんがすみません」
「途中から話してくれなくなったけど、やっぱり機嫌を損ねたかな?」
「いいえ、その逆に見えたのですが······兄の考えは私にも分かりません」
俺はジッとファビオを見つめた。
「な···何ですか?」
「二人になった途端、やっぱり敬語か······俺は寂しいぞ」
「あ······えっと······」
その時、きゃぁぁ~~っ!!と、悲鳴が聞こえた。
振り返ると、巨大な熊が女性たちに襲い掛かろうとしているところだった。
クレオが狼の姿に転変して義母と子供を守ろうと熊に向かって牙を剥いている。
しかしヒグマと柴犬くらい大きさの違う相手だ。 熊の前足の一振りでクレオは吹っ飛んでいくだろう。
ましてや足の悪い義母と子供を守りながらでは敵うはずがない。
そんな事を考える前に、俺は馬から飛び降りて熊に向かって走っていた。 そして今にもクレオに大きな手を振り下ろそうとしている熊の巨大な頭に向かってドロップキックをお見舞いする。
すると熊はそのまま飛ばされて転がって木に激突し、ザザッと木の葉が舞い落ちる。
再び向かって来た時のために剣を抜こうと肩の上に手を伸ばしたが、剣を持って来ていなかった。
仕方がないので二人の前に立って構える。
しかし熊は驚いたからか、そのまま走って逃げていった。 そしてその後ろから、二頭の子熊が慌てて後を追って行った。
······子供がいたのか······殺さないでよかった······
「大丈夫ですか?」
「は···はい。 ありがとうございました」
「お母さんと赤ちゃんもケガはないですか?」
「あ···ありがとう、命拾いしました」
子供を抱いたまま腰を抜かしているのか、座り込んだままの母親を抱き起した時、目の前に何かが飛び込んできたので、一瞬構えた。
しかしそれはファビオだった。
俺の前で土下座をしているのだ。
「おい! 何をしている?!!」
「ありがとうございました」
「やめろよ!」
「ケント様がいなければ、三人共どうなっていた事か。 本当にありがとうございました」
「分かったから立ってくれ」
やっとファビオが立ち上がった時に、フェデルとルーカが走ってきて、転変するなりフェデルはクレオに、ルーカは母親に抱きついた。
そして二人とも、俺に向かって頭を下げた。
「「ありがとうございました」」
「どうにか間に合ってよかったです」
頭を上げたルーカは何かを言いあぐね、俺の顔をチラチラ覗き見している。
「ねぇ······俺の見間違いじゃなければ······ケントさんは一蹴りで熊をやっつけたよね」
「追い払えたけど、やっつけてはいないよ」
「やっぱりそうだ! 凄い! フェデル兄さん、貴猿族ってこんなに凄かったんだ」
「すまない。 本当にすまない。 そして本当にありがとうございました」
「やめてください」
「今度、時間を作って必ず我が家に泊りに来てください」
厳ついお兄さんが体を丸めて俺の手を握ってきた。
「はい! 必ず」
ファビオもいつになく満足そうに笑っていた。
◇◇◇◇
その日の夕食の時、またファビオが待っていたかのようにロキに向かって話し出した。
「ロキ様! 今日、大変なことが起こりました! ケント様と私の実家に遊びに行ったのですが、義姉と母の前に突然子供連れの大きな熊が飛び出してきたのです!」
「えっ?!! 大丈夫だったの?!」
「もちろんです」
ファビオは二ッと笑った。
「私たちは帰るために家から離れていっていたのですが、突如母の悲鳴が聞こえてきました。 振り返った時には、すでにケント様が凄い速さで熊に向かって走っているところでした。 そして······」
まるでどう話すかを考えていたように、抑揚をつけてその時の状況を嬉しそうにロキに説明をしている。
······実はファビオって、おしゃべりだったのかも······
実はファビオって、おしゃべりだったのでした!
(*^▽^)/★*☆♪




