12話 美しい貴狼族の国
12話 美しい貴狼族の国
翌日も朝から剣の練習だ。 ファビオ先生はとても丁寧で的確に分かりやすく教えてくれる。
初めの頃はファビオから一本も取ることが出来なかった。 俺はスピードが尋常ではないが、動きが分かりやすくて簡単に予想が出来るそうだ。
それというのも変な癖が付いてしまっているらしいのだ。
先ずは正式な持ち方と基本の動きを、木刀を使ってみっちりと教えてもらい、癖を治していく。
これは頭で考えてもダメなので、日々の訓練が必要だそうだ。
◇◇◇◇
······という事で、昼食を城の食堂で食べた後、ファビオの勧めで午後から郊外の牧場まで足を伸ばす事になった。 ファビオの兄弟が経営しているそうだ。
「牧場まで少し遠いので馬に乗って行こうと思うのですが、馬には乗れますか?」
町を囲む門まで歩きながらファビオが聞いてきた。
「馬は乗ったことはないけど、よく似た騎獣には乗ったことがあるから多分大丈夫だと思う。 でも一応教えてくれるか?」
「馬には鞍と手綱がつけられています。 鞍は······」
一から十まで教えてくれた。 馬具の説明も丁寧に説明してくれた。 馬の動かし方はアミやタムと同じなので、問題ないだろう。
◇◇◇◇
初めてこの国に来た時と違う門に到着した。 以前の門に比べると大きくて立派だ。
こちらが正門だと教えてくれた。
門の外に出ると、二頭の馬を連れた兵士が待っていた
「お待ちいたしておりました。 どうぞ」
俺とファビオにそれぞれ手綱を渡してくれる。
「ケント殿、乗れそうですか?」
「乗れるが······そこは問題ないが······デカ!!」
馬というのにデカイ。 放牧されている動物を見てそんな予感はしていたが、タム並みにでかい。 馬の背中の高さは遥かに俺より高いのだ。
······やっぱり神は俺を小さくして送り込んでいるな! これは何の試練だ!······
まあいい。 俺は鞍の下の方を持って(上は届かない)ピョンと飛び乗った。
「「おぉ~~」」
「どうも」
ファビオと馬を連れてきれくれた兵士が驚いている。 そして小さく拍手までしてくれていた。
ファビオも軽やかに飛び乗り、走り出した。
よく見ると、微妙に俺の世界の馬とは違う。
馬の事をよく知っている訳ではないので、どこが違うのかといわれてもよく分からないが、テレビや本で見る馬とは少し違う気がする。
もちろん4本足だが、この大きいサイズといい、昆虫世界ほどではないが、やはり異世界だという事を痛感する。
えっ? 転変する貴狼族がいる地点で違うだろうって?
当然そうなのだが、既に貴狼族に慣れてしまった俺にとって、獣人の貴狼族に違和感はなくなっている。
日本にも狼のマスクを被ったバンドがいた。
俺もファンで何度かライブにも行った。 そのリアル版と思えて仕方がない。
まぁ、どちらにしても昆虫世界よりは受け入れやすいだろう。 と言うより、
自分がこんなに順応性が高いとは思わなかった。
しかし、門の外には畑が広がっていて長閑な風景だった。 山や森もあり、豊かな自然と共に生きているのだ。
美しい景色だった。
暫く行った時、山の麓の方で何かが動いた
「ファビオ、あそこに何かがいるぞ」
「あぁ、野蛮獣の猪ですね」
「猪か······」
「この時期は子供が生まれる時期ですから、食べ物を求めて畑を荒らす熊や猪がいるので困っています」
「熊も?······日本と同じだな」
「にほんですか?」
「日本というのは俺が生まれた国の名前だよ」
「そんな名前の国があるとは初めて聞きました」
「だろうな······信じられないかもしれないが、俺はこことは違う世界から来たんだ」
「違う世界?······ケント殿がそう言われるならそうなのでしょう。 信じます。
その国はどんな国なのですか?」
「とても文明が発達している。 貴豹の森の木より高い建物が沢山あって、人間が作った乗り物が凄いスピードで行き来していて、空を飛ぶ乗り物もあるんだ」
「そ···想像ができません」
「だよな······でも文明が発達しすぎて自然を壊している。 処理できないほどのゴミにあふれ、空気が汚れ、多くの生き物が絶滅していっているんだ」
「文明が進むとそうなるのですか?」
「人間の事だけを考えていたから、生き物たちのテリトリーまで開発して自然を壊している。 だから熊や猪などの自然動物が餌を求めて人間のいる地域まで下りてくるんだ」
「そういうところはここも同じですね。 貴狼族も真摯に向かい合う必要がありそうです」
「難しいところだな。 しかしこの世界では、熊もデカいんだろうな」
「ケント殿の世界の熊はどうか知りませんが、野蛮獣の熊は、立ち上がると私の2倍近くあります」
熊が立ち上がったところを想像してみた。 貴狼で3mあるから、熊なら6~7mほどあるかな?
そう考えた時に緑色の体に真っ赤な顔をした巨大モルドを思い出した。 同時にガルヤたちが脳裏をよぎる。
······俺が突然消えて、みんな心配しているだろうな······
······ガルヤとビルビの子供も見たかったのに······
······ツーラはナムルトが死んで辛いだろうが、止めを刺すことが出来て少しは溜飲を下げる事はできたかな?······
······キムルとダムダの弓チームには助けられた。 彼らが居なければ死んでいたかもしれない······
······キムルはアンの面倒を見てくれているのだろうか?······それ以前にアンが俺を探しているだろう······置いてきぼりにして可哀そうな事をした······
······アンは元気だろうか······
······アストさんもどうしているだろう?······随分年上だと思うのだが、俺を慕ってくれて可愛かった······
······そう言えば······ファビオとアストさんは似ている······クソ真面目な所とかも······
俺は思い出に浸って思わずファビオを見つめていたようだ。
「ケント殿!!危ない!!」という声で我に返った。
前を見ると木の枝が目の前に迫ってきていたので、慌てて馬に伏せてやり過ごした。
「あ···ありがとう、考え事をしていた」
「大丈夫でしたか?」
「おかげさまで。 あれ?」
考え事に没頭していて気付かなかったが、いつの間にか山道を走っている。
「どこに行くんだ? 牧場はこの先か?」
「いいえ、ちょっとお見せしたいものがありまして」
「そうか。 楽しみにしているぞ」
「はい!」
ニッコリ笑ったファビオの顔がアストとダブって笑えた。
◇◇◇◇
山の頂上に到着した。
頂上には木が生えておらず、吹き抜ける風が長く伸びた俺の髪をなびかせ、馬の鬣が顔をくすぐった。
眼下に目を向けると美しい光景が広がっている。
大きなジャンド町が遠くに見え、規則的に区切られた畑が山や川の間に敷き詰められていて、思ったより多くの湖が点在し太陽の光をキラキラと反射していた。
そして遠くの地平線に森が黒く広がり、反対側の地平線は、高い山々が連なっていて、巨大な月も併せて完成された絵画のようだった。
「わぁ~~、キレイだなぁ」
「ここが我ら貴狼族のジャンシャード国です」
「これを俺に見せたかったのか?」
「はい。 この美しい国が私は好きです。 ケント殿にも好きになっていただきたくて」
「自慢したい気持ちはわかるな」
ファビオはニッコリと笑った。
「あちらに見える森が、ケント殿がロキ様と出会った貴豹族の国です。 そしてあちらに見える山脈が貴猿族の国です。
貴狼族は草原の民と、貴豹族が森の民と、そして貴猿族は山の民と呼ばれています」
「それぞれ自分たちに会った環境で国を作っているのだな」
「そういう事です」
俺は暫しこの美しい景色を堪能した。
美しい自然はいいですね!




