37話 ナムルトの悲劇
37話 ナムルトの悲劇
コムのサールに到着すると、コルトが「あの辺りです」と指差した。
アスト達がその場所に行き、何か痕跡はないかと見まわっていると、ナムルトが声を上げた。
「アストさん! 血です」
「コムの血か? 足跡はないか?」
みんなでモルドの足跡を探していると、ダムダがじっと地面を見つめて固まっている。
「ア···アストさん······」
「ダムダ、どうした?」
「この辺り······足跡だらけです」
「どこに足跡が······あ······る?······あっ!」
足元には三タール(約1m)以上はあるモルドの足跡がそこら中にあった。 考えられないほどの超巨大な足跡が、血の跡と共に森の中へ続いていたのだ。
◇◇◇◇
その日の一つ目の太陽が沈む頃、警備隊の班長たちが族長の家に集合した。
巨大な足跡の話をすると、一同に動揺が走った。
「動揺するな! 俺達がしっかりしないでどうする! 俺達の不安は村人に不安を与える。 大丈夫でなくても大丈夫だという顔をしろ!」
アストが不安そうな警備隊員を叱咤した。
「足跡からすると十五タール以上はありそうだが、ズブグクと違って槍も矢も使えるはずだ。 倒す術はある。
ただ、いつまた襲撃があるかわからないし、それにあの数だ。 我々だけでは守り抜く事は不可能だ。 村人全員に昼夜の警備に協力してもらう」
警備隊員がざわつくが、そのまま続ける。
「槍を持っていない者は鍬でも棒でもいいから振り回すように言ってくれ。 警備隊は全員笛を携帯し、モルドを見つけたらすぐに笛を鳴らせ。
それと、弓を使う時は流れ矢が人に当たらないように注意するように。 今から割り振りを決める。 その後、村人を全員西のサールに集めてくれ。
サムトさんから話してもらい、みなさんに協力を要請する。
今回は人には攻撃して来てはこなかったが、いつ牙を剥くかはわからない。 かなり賢い奴だから心してかかれ!」
「「「はい!」」」
全員が硬い表情で声を上げた。
◇◇◇◇
二つ目の太陽が沈む頃には、サールは人で溢れかえっていた。
サムトから村人に事態の説明があり、アストが村人の割り振りと注意事項の説明をした。
村人達は一様に不安げな顔をしていたが、アスト達警備隊の落ち着いた態度を見て、少しずつ落ち着きを取り戻した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
それから六日が過ぎたがモルドは現れず、次第に村人の気持ちも緩み始め、出動回数が多い警備隊の疲れもピークになって来ていた。
その日の昼、アストは徹夜の警備を終えて家で仮眠を取っていた。
遠くの方でプォーという笛の音が聞こえた気がした。 アストは夢の中でその音を聞いていたが、タルラの「バフッ!」という吠え声で飛び起きた。
弓と槍を手に外に飛び出すと、先日と同じような光景が繰り広げられていた。
数百頭はいそうなモルドの群が村中を飛び回っている。 ただ前回と違うのは、モルドが人を襲っている事だ。
近くで襲われている人に駆け寄り、モルドを一突きした。 先で襲われている人が目に入ったので駆け寄ろうとすると、横からモルドが襲いかかって来た。 そのモルドを槍で薙ぎ払い、村人に覆いかぶさっていたモルドを槍の後ろではたき落してから一突きした。 タルラも近くのモルドを追っ払った。
「ど···どうなっている?!」
その時タルラが上を見たのでつられて上を見ると、木の上からモルドが飛びかかってくるところだった。
慌てて横に飛びのいてから槍で薙ぎ払い、木の上にいたもう一頭を弓で仕留めた。 すると後ろから来た三頭のモルドがタルラに襲いかかって来た。
タルラを助けに行く間もなく別のモルドがアストにも襲いかかって来たので、そちらの相手をしなくてはならなかった。
次々と襲いかかってくるモルドを斬り、殴り、蹴って追い払う。
タルラが二頭を倒したところで、最後の一頭に矢が突き刺さり、もんどりうって倒れた。
慌てて顔を上げるとダムダだった。
ダムダがもう次の矢をつがえて放ちながらこちらに走って来る。
「アストさん! 大丈夫ですか?!」
悲鳴にも似た大声で叫びながら矢を射続けている。
「こいつら人を狙っています! もう矢が!」
「俺の家の中に予備の矢がある! 取ってこい!」
「はい! ハスラ、行くぞ!」
ダムダが走り出し、アストは後ろを守った。 次々とモルドが襲いかかってくるので、村人を守るどころか自分の身を守るだけで精一杯だった。
その時、北の道から数人の村人が走って来た。
「アストさん! 助けて!!」
追いかけてきた数頭をダムダやハク達と一緒に倒したが、彼らが逃げてきたのは、そのモルド達からではなかった。 後ろから小山のような何かがこちらに向かって来る。
巨大モルドだった。
十五タール以上は優にあり、逃げ遅れた人を蹴散らし、家やその辺りの物を壊しながらこちらに向かって来る。
ダムダは矢をつがえた手を止めた。
「ア···アストさん! あれは?!」
「ひるむな! 来るぞ!」
二人は立て続けて矢を射たが、巨大モルドの毛は深くて殆ど効いていない。
「駄目です! 矢が効かない!······それなら······」
ダムダは巨大モルドに矢を向け、狙いを定めて矢を放った。
「グオッ!」その矢は巨大モルドの左目を貫いた。
その時、目を押さえて悶えている巨大モルドの横の木陰から突然ナムルトが飛び出し、左の脇腹を槍で貫いた。
「グオォォォッ!」
「ナムルト!!」
再び叫びをあげた巨大モルドが思わず振り払った左の下の腕がナムルトを直撃し、ナムルトは吹き飛ばされて木に激突した。
「わっ! ナムルトォ!! くそっ!」
アストが力いっぱい槍を投げると、巨大モルドの左肩に突き刺さった。
「グオォォォォ~~ッ!!」
三度叫びをあげた巨大モルドは肩に突き刺さった槍を抜いて投げ捨てると、踵を返して逃げ出した。 その後を追うように他のモルド達も一斉に森へ向かって逃げ出した。
「くそっ! 逃がすか!」
ダムダが次々と矢を射たが、あっという間に全てのモルドがいなくなった。
◇◇◇◇
「ナムルト!!」
二人はナムルトのところへ急いで戻った。
ダムダがナムルトを抱き上げたが、動かない。 アストはナムルトの首に手を当てたが脈は測れなかった。
「ナムルト! ナムルト! 目を覚ませ!」
ダムダは大声で叫びながらナムルトの体をゆすり続ける。
「ナムルト! もうすぐターンナックからツーラさんが来るぞ! 早く会いたいって言っていたじゃないか!! クラムが心配しているぞ!! 目を覚ませ!」
しかし、ナムルトが目を開ける事は無かった。
数人の警備隊が駆け寄って来た。 みんなどこかしらに傷を負っている。 しかし動かないナムルトを見て言葉を失い、立ちつくした。
「······ナムルトさん·········」
アストは振り切るように立ち上がる。
「みんなのケガは、大丈夫か?」
「はい。 このくらい平気です」
「よし、ではブントとガンダは村の被害状況を調べろ。 コルトトとキーラムはケガ人の状況を調べろ。 途中で警備隊員に会ったらケガ人の救護に当たるように。
手があいたら北のサールに集まれ。 もし死者が他にもいれば北のサールに運んでくれ。 それと、モルドの死体は西のサールに集めろ。 村人にも手伝ってもらえ。 ただモルドが戻ってくる可能性もあるので、十分注意し、何かあれば笛で知らせろ! わかったな! 行け!」
「「「はい!」」」
四人は散っていき「手伝います!」と、数人の村人も付いていった。
ナムルトが········(。>д<)




