3話 昆虫人間よりフォーアームスだな
昆虫世界の村に到着しました。
3話 昆虫人間よりフォーアームスだな
その大きなサールには、数十頭のタムの群が草を食んでいる。
乗ってきたタムの手綱を外してやると、嬉しそうに群へ入っていった。
そしてタムの群の周りに数頭の大きな犬のような動物がいる。 ハクと言うらしいが、番犬の役割をしているらしいが、かなり大きい。
昆虫人間からすればそれほどではないのだろうが、殆ど俺と視線が同じほどの高さだ。
黒っぽい毛色のハクは顔も体もスレンダーで流線形の体型をしていて、体の短めの毛に比べてフサフサの青色の長い尾はとても優雅だ。 そうして、やはり耳は無く、足が六本ある。
ビルビを見つけると、ハク達は嬉しそうに走り寄ってきた。 青い尻尾をワサワサと振りながらビルビにすり寄ってくる様は、犬や狼が好きな俺としてはちょっと羨ましい。 巨大な体に俺がスリスリしたいくらいだ。
ビルビが寄ってくるハクたち一頭一頭に声をかけながら優しく撫でてやると気がすんだのか、ハク達は自分の場所に戻って行く。
その時のビルビの顔がとても優しく、キレイだとさえ思った。
昆虫人間はあの口であの目なのに、表情豊かで感情が分かりやすいのが不思議だ。
◇◇◇◇
広場を横切り向こう側の森に向かっていると、十名ほどの昆虫人間達が森から出てきて、こちらに向かって歩いて来た。 やはり皆3mほどの身長で圧巻だ。
そして彼らは俺の前に来ると、片膝をついた。
先頭にいるかなり高齢に見える男性が口を開く。
「腕を失くした神、お待ちしておりました。 私は村の長をしておりますナブグと申します」
「俺の名は倉木賢斗。 賢斗と呼んでください」
「ケント様、我らの村にご案内いたします」
ナブグがニッコリ笑ってから、案内する仕草を見せたので、ついて行った。
大きな昆虫人間達に囲まれて歩きながら、フッと思いついた事がある。
『腕が4本あるから、フォーアームスだな。 昆虫人間よりはカッコいいだろう』
それから彼等の事をフォーアームスと、こっそり呼ぶ事に決めた。
◇◇◇◇
ナブグに案内されて一旦森に入ったが直ぐに開けた場所に出た。 そこには村があった。
彼らの家は木と木を繋ぐように建ててあり、自然の木が柱の役割をしていようだ。 カラフルな木々で壁を作り、大きな葉っぱで屋根を作ってあった。 どこかの原住民の家のような簡単なつくりだ。
その中でも、ひと際大きな家に案内された。
家の中には家具といえる物はほとんど無く、部屋はいくつかに分かれているようだが、扉は無い。
またここは雨が降らないのか葉っぱで覆われた天井は隙間だらけで、日の光が差し込んでいる。
部屋の壁には金のような金属を細工した装飾品や宝石を使った置物などが飾ってあり、天井から差し込む光に反射して、とても美しい。
床にも鮮やかな色の敷物が敷いてあり、そこに数名のフォーアームスが既に座っている。
ナブグの横に座るように言われた。 そしてナブグの反対側にビルビが座った。
ビルビの向こう側に座った女性が「ナルビ」と名乗り、ナブグの向こう側にいる男性が「ヤンドク」と名乗った。
二人はビルビの両親で、ナブグは祖父だと言っていた。 ようするにビルビは村長の孫だ。 それで彼女は男達よりも位が上なのだろう。
そこでは水と見慣れない果物が出された。 喉が渇いていた俺は一気に水を飲み干した。
ナルビがお代りを持って来てくれ、ビルビは目の前にある果物をむいて俺に渡してくれた。
俺は遠慮なくその果物を口に運んだ。 それは桃のようでもありリンゴのようでもある味で、甘く柔らかくてとっても美味しく、すきっ腹に染み渡った。
◇◇◇◇
二つ目の太陽が沈んだ頃、初めに来た広いサールに案内された。
そこにはタムとハクの姿は無く、篝火が焚かれてフォーアームス達が集まり、どうやら俺の為の宴が、催されるようだった。
出された飲み物は甘酸っぱく、美味しい。 どうやらお酒のようだ。
未成年だけど、夢だから関係ないか。
肉や魚、果物など、食べ物はどれも美味しく口に合う。 男達は陽気に騒ぎ、踊り、女達はこまめによく働く。
なぜこんなに歓迎されるのか理解が出来ないが、とりあえずこの場を楽しんだ。
「腕を失くした神、よくお越しくださいました」
「お越しいただき、ありがとうございます」
よく分からないが、何人ものフォーアームスが挨拶に来る。
腕を失くした神ってなんだ? そんなに俺が来た事が嬉しいのか?
······深く考えるのはよそう······
宴が終わり、ナブグの家に戻ると、わざわざ俺のための部屋を用意してくれていた。 扉のない部屋の前には衝立まで立ててくれていて、水や果物まで置いてある気の遣いようだ。
かなり原始的な種族のようだが、これだけ持て成して貰っていいのかと思う。 腕を失くした神というのは腕が二本しかない俺の事だろうと言うのは分かるが、俺は神などではない。
しかし他に行く当てなどない俺にとってはラッキーと思う事にした。
夢だから、うまくできているのだろう。
◇◇◇◇
部屋の隅には乾草を大きな布で包んだベッドのような物があった。 俺の部屋のベッドに比べると全然だが、しかしそれなりに寝心地は悪くない。
そのベッドに寝転がって今日の事を思い返した。
あの時、自転車がスリップしてガードレールから飛び出した。
雑木林に突っ込むと思ったのに、どこかに激突する前に意識を失った。
······なぜ?······
俺は本当に集中治療室で意識がないだけなのだろうか?······本当に夢の中なのか?······それにしてはあまりにもリアルで、あり得ないが現実のようだ。
もしかしたら本当に異世界移転してしまったのかもしれない。
運よくフォーアームスの世話になることが出来たが、そうでなければこの大自然の中で生きていく術などない事に気が付いた。
本当に夢だとしても、いつ戻れるかもわからないので、それまでこの世界で生きていかなければならない。
運よく(?)言葉が分かる事だし、いろいろ学ぼう。
なぜかは分からないがチートな力も持っている事だし、一人でも生きていける術を学ぼう。
「よっしゃ~~っ!······寝よ」
新しい生活が始まります




