25話 戦いが終わって
25話 戦いが終わって
ふと目を開けた。
俺の家ではないが、見覚えのある場所だった。
そうだ! ここはナブグの家のベッドだ。
「ウッ!」
起きあがろうとしたが、体中の痛みで動くことが出来ない。
その時、ヤンドクが薬と包帯を持って入って来た。
「お目覚めですか?」
「俺は?···」
「一つ目の太陽が沈んでもケント様が戻ってこないので、ガルヤたちが様子を見に行き、そこで血まみれで倒れている貴方を見つけたのです」
「ではズブグクは?」
「既に解体が終わっております」
よかった。 ちゃんと死んでいた。
「アンは?」
「もちろん元気です。 ビルビやガルヤたちが交代で面倒を見ています」
「アンを······呼んでもらえませんか?」
「······ケント様。 あなたは5日間眠っておられました。 生きておられるのが軌跡とも思われるほどのケガを負っておられます。 まだ安静が必要です。 すべての方々の面会もお断りさせております。 アン殿の面倒はちゃんと見させていただいておりますので、もう暫くの間は何も考えずにお休みください」
そう言われたので俺は安心して再び目を閉じた。
◇
「ケント、貴方しかいないの。 お願い······助けて······」
愁いを帯びた美しい紫の瞳がすがるように俺を見上げる。
俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
『何をすればいい? 君を助けるのか? それとも誰かを助けるのか?』
美しい紫の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
俺は目を開け、周りを見回した。
「ここはどこだ?······あっ」
思い出した。 ナブグの家のベッドだ。
その時アンが顔をペロペロと舐めてきた。 クゥ~ンクゥ~ンと言いながら、一生懸命俺の顔を舐め続ける。 俺はアンの首を抱きしめた。
とても長い間、アンと離れていたきがする。
再び会えて、とても嬉しかった!
「アン! 元気だったか?」
そこへ御盆に薬を乗せたビルビが入ってきたので、起き上がろうと試みるが上手くいかない。
「あっ! お父様ぁ! ケントさんが目を覚ましたわ!」
ビルビは駆け寄り、起きあがろうとする俺を助けてベッドの上に座らせてくれた。
左腕を胸に付けて一緒に包帯でグルグル巻きにされているので、起き上がれなかったのだ。
アンが俺の横に伏せて頭を膝の上に乗せ、安心したように目を閉じた。 その頭を俺は優しく撫でる。
「ケント様、お目覚めになられて良かったです。 一度目覚められた事を覚えておいでですか?」
「なんとなく······」
どこまでが夢なのかは分からないが、ズブグクが死んだという事と、アンの面倒はちゃんと見てくれているという話を聞いて安心した覚えがある。
「あれから更に10日間も眠っておられました。 目覚められないのかと少し心配していたところです。 本当に良かったです」
◇◇◇◇
それからは次々に来客があった。
ガルヤたちはもちろん、村人全員が訪ねてきたのではないかと思うほどだった。
来る人来る人が神と崇め、ボルナック族の英雄だと敬意を払ってくれた。
来客が落ち着いた頃、リサドが訪ねてきた。 大きな布袋を持っている。 布袋から出されたのは1mほどの長さのズブグクの2本の鎌だった。
「ケント様、これは貴方の戦利品です。 既にズブグクの硬い鱗を使ってケント様のボウグを製作中です。 それでこの鎌はどういたしましょう?」
これなら剣が作れそうだと思った。 しかしこの世界には剣というものがないので説明が必要だ。
それともう一つ欲しいものがある。
この世界に来てから履き続けているスニーカーが、そろそろ履き潰れる。
フォーアームスは靴を履くという概念がない。 履く必要がないからだ。 しかし俺には靴が必要だ。
「作ってもらいたいものがあります」
前に脛当てを作ってもらった。 こんどはそれに足先部分も作ってもらって脛当てに繋げられる靴を作ってもらおうと思った。
それからというもの、リサドと何度も打ち合わせをしてなかなか立派な剣と防具と靴が出来上がった。
◇◇◇◇◇◇◇
ズブグクを退治してから一年が過ぎた。
俺はアンの散歩で、近くの湖に向かって森の中を走っていた。
軽快に走っていた俺とアンは、湖の畔に着いてから休憩にした。 湖の水を二人で並んで飲み、頭から冷たい水をかぶる。
髪が伸びて真黒に日焼けをした俺は、ボルナック族の服を身に着け、ナイフをベルトに、剣を背中に装着していた。 そして肩当て付きの防具に、膝上までの脛当てと繋げたブーツのような靴を履いている。
剣は2本作ってもらった。 腰にも装着できるのだが、今のように自分で走る場合が多い俺にとっては、背中に装着した方が動きやすい。
おまけでアンの首にも防具を作ってもらった。 長い首を覆っているが動かしやすいように工夫されていて、着け心地も悪くなさそうだ。
実は巨大ズブブクがアミの首をスパッと斬ったのを見た時、マリやアンだったらと思うと背筋が寒くなったのを思い出したからだ。
「気持ちいいなぁ~~······マリも走らせてやりたいが、しばらくは無理かな······」
湖の畔に寝転がって二つの太陽の日差しを受けながら暫し休憩をした後、村に向かって走り出した。
◇◇◇◇
村に帰ると、ビルビが待っていた。
「やっと帰って来たわ。 大変よ! マリの子供がもうすぐ産まれるの!」
「本当か? ヤンドクさんは明後日くらいに産まれるだろうと言っていたのに」
「そうなの、お父さんも焦っているわ。 もう足が出て来ているの。 急いで来て!」
急いで俺の家の獣舎に行くと、今まさにマリが子供を産み落とすところだった。
「マリ! 頑張れ!」
ヤンドクと手伝いに来てくれている村の人が、マリの子供を引っ張り出し、藁の上にドサッ!と、産み落とされた。
「やった~! マリがやったぞ!」
俺はビルビの肩を叩きながら喜んだ。
マリもすぐに子供を舐めてあげている。
ちゃんと母親しているんだ······
そうしているうちに子供は立ち上がろうとし始めた。 まだしっかりしない長い足を滑らせながら何度も失敗してからやっと立ち上がった子供は、マリの乳を元気に飲み始めた。
「もう、大丈夫です。 おめでとうございます。 生まれたのは男の子です」
「みなさん、ありがとうございます!」
みんなに頭を下げた。
もう大丈夫と、ヤンドク以外の手伝いに来てくれていた人達は帰って行った。
「明後日くらいだろうと思っていたのに、様子を見に来てみると足が出ていて焦りました。 マリは高齢だから早産になるかもしれない事を失念していました。 無事に産まれて本当に良かったです」
俺は一生懸命乳を飲むマリの子供を見入っていた。 そして腹がいっぱいになったのか、子供はマリの足元に寝転がる。
マリの足元で寝ている姿は、いつまで見ていても飽きなくて、本当に可愛かった。
そして名前を決めた。
マリの子供はネッド。
マリ、アン、トワ、ネッド······別にマリーアントワネットが好きという訳ではではない······
名前を付けるは難しい······
完全に昆虫世界の人間になったみたいですね!
(*⌒∇⌒*)




