絡まり合う余韻
※史実をもとにした創作作品です。
実在の人物・出来事とは一部異なります。
桜は、ずっと昨夜の続きを思い出していた。
触れ合ったのは、唇だけ。
それなのに、身体の奥まで、あの感触が残っている。
唇全体が、じんわりと熱を帯びていた。
――まだ、ある。
離れたはずの家宣の温度が、
まるで唇に染み込んだまま、抜けきらずに残っている。
無意識に、指先がそこへ触れる。
軽くなぞっただけなのに、胸の奥がきゅっと締まった。
思い出さないようにすればするほど――
あのときの息の重なり、
わずかな湿り気、
触れる直前のためらいまでもが、
細部まで鮮明に蘇ってくる。
確かに、口付けをした。
でも……それ以上は……していない。
それなのに、
抱かれたときよりも、心の奥が乱されている。
欲しい。
あの方のすべてを。
その想いだけが、音もなく、しかし確実に積もっていく。
――こんなはずじゃ、なかったのに。
桜は目を伏せ、唇を噛んだ。
その仕草ひとつで、また昨夜の感触が呼び起こされる。
⸻
同じ頃、家宣もまた、動けずにいた。
集中しようとするほど、
思考は逆に、昨夜へ引き戻される。
気づけば、無意識に指を当てていた。
そこに、確かにあった桜の柔らかさを、探すように。
止めたはずだ。
理性で、きちんと止めた。
それでも――
止めなかったら、どうなっていたのか。
その想像だけが、胸の奥で熱を持ち続けている。
――もう、あの距離には戻れない。
その確信だけが、重く、甘く沈んでいた。
⸻
今は、何も起きていない時間。
それなのに、
二人の内側では、確実に何かが絡まり、ほどけ始めている。
唇が重なっただけ。
それだけで、心まで解けてしまうなんて。
――今夜、もう一度会えば……
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次話もお付き合いいただければ幸いです。




