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【158話】酒は嫌いだ(ヴィラン視点)



 師匠を仕事に送り出してから、俺は冒険者ギルドに訪れていた。

 騒々しい街中。

 人混みを目映すだけで酔いそうになる。

 本当に、静かな場所以外は、必要ない。師匠と住むあの家に早く帰りたいと祈りつつも、冒険者ギルドの扉を叩いた。


 中に入ると、街中よりも騒がしい空間が広がる。

 併設されている酒場からは、酔っ払いが騒ぎ立て、それが本当に不愉快で、俺は早足で冒険者ギルドの受付に向かう。


「あの、植物の採取を依頼したいんですけど」


 明るくニコニコしている受付嬢に声を掛けると、すぐに反応が返ってくる。


「ああ、アニモシティさんのお弟子さん! 研究に使うやつですよね!」


「はい、これがリストです」


「確認しますね」


 師匠が必要としている材料を書き記したメモを受付嬢の人に手渡す。

 瞳をパチクリさせて、受付嬢の人は視線をスルスルと流して、それからニッコリと笑った。


「はい、ご依頼承りました!」


「依頼料はこれくらいで」


「はい、確かに」


 依頼するための料金を渡すと、受付嬢はすぐにその計算と書類にペンを走らせる。


「では、掲示板に張り出しておきます。多分、三日もすれば依頼品の準備ができると思うので、よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます」


 外行きスマイルを浮かべると、受付嬢の人は顔を赤らめて『はぃ……』と小さくなる声で返事を返した。

 好意は伝わる。

 けれども俺は、その感情に対して何も感じない。


「では、失礼します」


 まだ何か話したそうな顔の受付嬢を背後に俺はそそくさとその場を後にしようとする。

 しかし、ガシッとゴツい手に肩を強く掴まれ、その足取りを止められることになる。


「おっ、ヴィランじゃねぇか」


「ゲッ、なんですか急に。俺は今から家の掃除と師匠の仕事道具の整理をしないとなんですけど」


 俺を呼び止めたのは、併設された酒場で飲んだくれていた酔っ払い冒険者のオッサンであった。

 顔くらいのサイズがある巨大な樽に並々の赤い酒。

 酒臭さが漂い、俺は顔を顰めた。


「んな、嫌そうな顔するなって」


 バシバシと背中を叩いてくる。

 痛いからやめてほしい。そして、帰りたい。

 俺がため息を吐くような状況でも、そのオッサンは気にしていないように笑いながら、こちらにその酒樽を寄せてくる。


「どうだ? お前も一杯」


「遠慮します」


「遠慮すんなって、俺が奢ってやるからさ!」


「はぁ……」


 ──酒は嫌いだ。


 酒に酔いしれ、嫌なことを無理やり忘れようとしているのが気に入らない。

 ただでさえ、酒を飲むことにメリットなんて感じない。

 時間と金の浪費でしかない。

 嗜む程度であれば、まあ趣味の範疇だろうと許容できるが、この酒場にいる者たちは限度というものを知らない。ただ好きなだけ飲み食いして。

 騒いで、寝落ちする。

 昼間っから、顔を真っ赤にして楽しそうに騒ぐ大人。


 俺からすれば、最も忌避したい存在だ。


 拒否したいのは山々であるが、師匠の弟子という肩書きがある以上、下手に関係を悪化させたくないというのも頭に浮かんでいた。

 オッサンから向けられるのは、完全に善意の感情。

 無下にすることはできなかった。


「少しだけですよ」


「ハハッ、そうこなくっちゃな」


 俺の受け取ったのは、小さなガラスのグラス。

 そこに少量だけの酒が注がれる。

 量は少ないし、酔い潰れるようなものでもない。しかし、それが本当に嫌だった。


「ほれ、飲め飲め」


「いただきます」


 チビチビと舐めるように飲む俺の横で、オッサンは豪快に喉を鳴らしながら、酒を胃に流し込む。

 俺は酒が弱いわけではない。

 それどころか、かなり強い部類に入る。

 けど、酒豪になって、酒場に通うとかは考えたことがない。


 なにより、酒は……あまり美味しくない。


「相変わらず、酒が苦手みてぇだな」


 二杯目の酒樽を既に注文していたオッサンは、俺のスローペースをよく観察してから、そう告げる。


「まあ、あまり飲もうとは思わないですから」


「勿体ねぇ、それじゃあつまらんだろう。人生損してるってもんだ」


「大袈裟な……」


 俺はこの生き方に満足している。

 求め続けたら、キリがない。

 そのことに幼い時から気付いていたから、無駄な贅沢も、娯楽にも手を出したことはなかった。


 楽しそうに誰かと酒を飲んでいる酒場の連中の気が知れない。そんなに楽しいのだろうか。酒を飲んで、大人数で馬鹿みたいなことで笑って。


「お前はもっと、人付き合いを覚えたほうがいいぞ」


 今朝も言われたようなことを聞き、俺は細く息を吐く。


「それ、師匠にも言われました」


「だろうなぁ。アニモシティは、自分を反面教師にして欲しいと思ってるんだろうが、お前はアイツを模倣しようとしちまってる」


「それならそれでいいんじゃないですか。師匠の背中を追い続ければ、帝国の魔術師になれるってことなら──」

「そういうんじゃないんだよなぁ……まあ、難しい話か」


 被せてきて、オッサンは困ったような顔で笑う。


「……分かんないです」


「なら、考えろ。アニモシティがお前に何を望んでいるのか。それを理解して、やっと一人前の弟子ってもんだ」


 師匠が俺に求めるもの。

 仕事の手際とか、家事スキルとか、そういう目に見えるものじゃないのだろう。

 人と関わって。

 その先に見えるものとは?

 理解が及ばないのは、俺がそれを実感したことがないからだ。


 きっとその疑問は残り続ける。

 酒場の騒音が聞こえなくなるくらい、俺はそのことについて考える。



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[一言] これ、名前が同じだけの別人なんじゃ?
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