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【157話】変わる前の俺(ヴィラン視点)



 昔から、それなりに何でもできた。

 家柄も可もなく不可もない中流家庭。

 模範的なことばかりを続ける日々に飽き飽きしていた。


 無難に成長して。

 大人になっても、周囲の景色は変わらず。

 それが当たり前だと自分を騙して。

 自身の中にある自我は、必要ないのではないかと思うくらいに人生の起伏がない。


 感情表現が下手っぴで。

 普段からあまり笑わないやつだと言われてきた。


「ヴィラン、お前はもっと人と関わるべきだ」


 かつて言われた一言。

 誰かに話しかけるのさえ億劫な俺に対して、呆れたように告げられたその言葉には、様々な意味が含まれていた。狭い世界の中で、紡がれるストーリーに価値などない。

 広い大海原にポツンと独りで取り残されているような──俺の空間には誰も干渉させやしないと安全圏を保ち、その世界は俺だけのものだと考えて。

 だから、俺にそんなありきたりな指摘は届かなかった。


「俺は、他者と関わることにメリットなんて感じない」


 順風満帆に。

 不自由など感じないくらい恵まれた環境で育ってきたのに、俺は色々と人として欠けたものが多かった。

 俺に忠告をくれた人も同類だった。


 顔を背けて、耳を軽く塞ぐ俺に対して、その人がため息を吐く様が理解できなかった。


「師匠も、人と関わるの嫌いじゃん」


「私のことはいいんだ。もう、随分長く人生を歩んだ。けど、お前は違うだろ。この先もそんな態度じゃ、苦労が絶えない」


「上手くやるよ。俺は、師匠の弟子で優秀なんだから」


 窓枠に腰掛けながら、頬杖をついた彼女は、そんな俺の屁理屈をいとも容易く嘲笑う。


「そんなんじゃ、人生灰色のままだぞ」


 端正な横顔から覗くアイスブルーの瞳は、静かにこちらの姿を捉えて、わがままを言う子供でもあやすかのように柔らかい語気を振りかざす。

 それが余計に嫌だった。

 もう俺は20の大人なのに。

 まだまだ子供扱いされているみたいな感じがして。


 師匠とは、俺が7歳の頃に知り合った。

 かれこれ、13年近くの付き合いになる。


「俺は……」


 言おうとしたことは、頭の中で整理がつかないままで。

 その先の本音は吐き出せない。


「私とばかり一緒にいては、お前が歪む。もっと私以外の人から影響を受けるようにならないとダメな気がする」


 そんなこと必要ない。

 俺は、今の状態で満足している。

 これ以上は望まない。

 部屋の隅の暗がりに視線を向け、俺は読んでいた本をパタリと閉じた。


「俺のことはいいです。それより、師匠。皇帝への謁見はいいんですか。遅刻しますよ」


「はぁ、嫌なことを思い出させるな。私はバックレる予定だったのだ」


 ──絶対しちゃいけない選択だろ。


 呆れて口が大きく開いた。

 俺の師匠は、クールで格好のいい大人な雰囲気を普段は纏っているのに、誰かと関わり合うことになると途端にポンコツっぽくなる。それが師匠の弱点みたいに思えて、少しだけ微笑ましいが、俺ももしかしたら、そういう弱点的なものを抱えてしまうかもと考える。


 それだけで、人と関わり合うのを拒否する理由になった。


「俺は師匠みたいに、弱さを得たくない」


「甘いな。弱点があるからこそ、長所を活かせる。お前もまだまだ半人前だな」


「うるさいです。いいから早く支度」


 立ち上がり、師匠が羽織るものや荷物を持ってくる。

 黒いヒラヒラした透明度の高いショールを師匠に向かって投げつける。


「あのなぁ、私の私物をあまり乱暴に扱うな。怒るぞ」


「師匠の身支度が遅いせいです。反省してください」


 肩まである艶のある黒髪をたなびかせ、師匠はいそいそとショールを肩から掛ける。その姿はとても美しく、見張れてしまうほどだが、今はそんなことに構っている余裕なんてない。

 時間ギリギリなのだ。


「ほら、これも、それも」


 師匠の仕事道具をドンドン渡していく。

 彼女は冒険者のようによく危険地域に赴くことがある。しかし、本業はアレクシード帝国専属の魔術師。

 魔法使いとか、そういう低級なものではなく、もっと高度な魔術を使ったり研究などを行う帝国の要人なのである。


 ペンや資料の束、研究に必要な本、何に使うか分からない怪しい薬品や生物サンプルの入った瓶。それから、護身用に彼女が常備している良く磨かれたレイピア。

 それらをまとめて師匠に手渡す。


「いっぺんに渡すな。持ちきれない」


「いいから、ほらっ!」


「あっ、ちょっ! 貴重品だぞ。もっと丁寧に扱え」


 強引に手に抱えさせて、俺は師匠を部屋から追い出す形で背中を押していく。


「夕食は作りますから、寄り道せずに帰ってきてください」


 俺がそこまで言い終えると、師匠は俺の頭に手を置き、優しく撫でる。

 ほのかに甘い香水の香りが鼻をくすぐり、俺はその手を軽く振り払うように退ける。


「なんだ、素直じゃないな」


「俺は、師匠の息子じゃないんですよ!」


 顔が熱くなる。

 それを隠しきれない状態でそんな風に声を荒げたものだから、師匠は面白おかしく笑う。


「照れてるのか。可愛いな」


「もう、早く行ってください。遅刻するから!」


「分かった。行ってくるよ」


 照れていることくらい自分が1番理解している。

 それをあえて指摘されたことで、いっそうのこと恥ずかしくなった。

 師匠は笑みを絶やさず、背を向け手だけをこちらにヒラヒラと振り、歩いていく。


「まったく、人の気も知らないで……」


 気恥ずかしいだけでこんなに露骨な拒絶はしない。

 俺ももう年齢的には大人。

 その辺りは弁えている。

 ただ、師匠が無自覚にそういうスキンシップをしてくるものだから、こっちは我慢するだけでも大変なのだ。




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[一言] 昔と今で性格が真反対だなぁ~
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