新時代の扉
夜が明け、いつもと変わらぬ朝日がライトニングの大地を照らした。窓から差し込む光を浴び、人々は目を覚ます。住宅街からはコーヒーの匂いが漂い、商店街ではいつものように品出しが行われた。明るい挨拶を交わす人々、重い瞼を擦りながら朝食を口に運ぶ子ども、冷たい風とネズミの足音でようやく腰を上げる路地裏の浮浪者。だが、彼らはまだ知らない。今日この日、彼らと世界の存亡をかけた歴史的瞬間を迎えるという事を。
「………ん。」
パーニズの宿屋で、ハンシュが目を覚ました。彼女はこの世界に閉じ込められてから、パーニズの町を一度も出ていなかった。その理由は、最初はゲームというものへの無関心であったが、今では友の死体を目にした時の恐怖と絶望だ。そんな彼女の日課は、窓から空を見上げ、変わった形の雲に名前をつけては、それと会話する事だった。気が滅入っていたのだ。
「…………………」
しかし、今日は雲が無い。ハンシュは窓を開け、広い空を見渡した。そして、あるものが彼女の目に映った。
「………………………何……………あれ…………」
気づいた頃には闇の渦まで届いていた光の階段。その渦の前に5つの人陰が見える。彼女は目を凝らした。大きな鉄塊を左腕につけた大男、竜の翼と悪魔の尾を生やした女、白い衣に身を包む銀髪の青年、青く長い髪を靡かせる白衣の女、そしてただならぬ邪気を放つ白髪の男。すると、中心に立つその男が、ハンシュに鋭い目を向けたように見えた。
「っ!!」
その瞬間、背筋は凍り、体中の力が抜けた。ハンシュは恐怖のあまり思わず窓から離れ、頭を抱えて伏せた。嫌な予感しかしなかった。何かが起きる。外へ出てはいけない。殺される。怖い。あの日見た友の冷たく固まった姿が頭によぎる。
「死にたくない……」
鼓動が走る。
「死にたくない……」
手足が震える。
「死にたくない……」
ここじゃない何処かへ、今すぐ逃げ出したい。しかし、どこへ…
その頃、天界ではレオ、アラン、ネネカ、コルト、シェウトが準備を済ませていた。彼らは皆、高まる緊張感を噛み締め、亀神の前に立った。
「……いよいよじゃな。今回は特別にパーニズに降ろしてやろう。」
「それ、なんで最初っからやってくれなかったんすか?俺たち今まで、わざわざローアに降りて行ったり来たり……」
アランは亀神にそう問いかけた。亀神は彼に鋭い視線を送る。
「お前、まだまだ子どもじゃな。楽して生きてると、後々痛い目見るぞぃ。」
「お〜ぅ、神様からの言葉だからか説得力が凄い。」
そんなアランの反応を見たレオ達は苦笑いをした。同時に、少し緊張がほぐれたような気もする。そして、亀神は再び、彼らの顔を見て口を開いた。
「よいかの。…これから起こる戦もそうじゃが、わしらはお前たち人間を戦争に巻き込んでしまった。そこは深く謝罪する。じゃが、お前たちは強うなった。身も、心も。」
亀神はゆっくりと目を閉じ、長い首を下げた。そして亀神は話を続ける。
「…ライトニングの民のために戦ってくれとは言わぬ。勝ってくれとも言わぬ。ただ…どうか生きてくれ。いざとなったら逃げてもいい。それを誰も責めたりせぬ。誰も無様だとは言わぬ。……よいな。」
「いいえ、亀神様。」
そう口にしたのはレオだった。彼の眼差しは誰よりも真っ直ぐだった。
「もしも逃げたら、自分に責められます。自分に無様だと言われます。……生きて帰りますよ。必ず。だって、死んでいった仲間達に、そう約束しましたから。」
それを聞いて、亀神はレオの顔を黙って見つめ、微笑んだ。
「……まったく、生意気言うようになったわい。…そうか。では、わしはここで見守っておる。行ってこい。」
「「はいッ!!」」
そして、パーニズの町外れに建つ小屋の中では、エレナス達ギルドメンバーの準備が行われようとしていた。
「それじゃあみんな並んでっ!始めるよ〜っ!」
横一列に並んだギルドメンバー。右端に立つマリスはそれを確認すると、壁のレバーを引いた。その途端、小屋の中の机や椅子、カウンターなどが床に収納され、一人一人の間の床からアームがついた複数の棚が現れた。出入り口に向かって、棚に挟まれた一方通行のかたちだ。彼らは棚の間をゆっくりと歩いて行く。
「んじゃ、すぐに済ませますかっと。」
エレナスは一歩、また一歩と進んでいくと、アームが炎王竜の鎧や兜、大盾や大剣を棚から取り出し、エレナスの身に付けていった。一方、エルドはアームによってタキシードが整えられ、禍々しい色をした短剣が腰に付けられた。
「…ッ、身支度くらい自分でできるってのに…」
リュオンはそう言ってタバコを吸いながら棚の間を歩いた。シルクハットやスーツが整えられ、懐中に金の茨が装飾された白い愛銃、デザートイーグルがメンテナンス後に入る。クレアが歩くと、服を整えられている間、愛用しているギターの弦が交換され、チューニングが済んだ後にクレアの胴に掛かった。
「さてさて〜…」
シルバの帯から銀刄が引き抜かれると、砥石によって丁寧に研がれ、彼の身に銀刄と神々ノ舞、神々ノ殲が付けられた。そして、胴の傷を塞ぐための腹部に巻かれた包帯も、アームによって巻き直された。ライラも同じように、マインゴーシュを引き抜かれると、丁寧に研かれた後に鞘に戻され、服装を整えられた。
「やっぱり、どんなことにもロマンが無いとねっ!」
アームはマリスの水色の髪を縛り直し、白衣とマフラーを整え、右手にメイスを持たせた。そしてココが前に出ると、アームはミストとハサミとブラシを取り出し、毛並みを整えた。
「皆さん、終わったようですね。」
エルドはギルドメンバーの姿を見回した。そして出入り口の扉を開き、エレナス達が外に出たのを見送った後、自身も外に出た。小屋の看板には、パーニズ相談事務所に変わって、〈パーニズ・ギルダーズ〉の文字が刻まれている。外に出た後、彼らの目に飛び込んできたのは、やはり渦の前に立つ5人のダークネスだった。
「おっと、どうやら待たせちまってるようだな。」
エレナスは顎のひげを撫でた。
「いっぱい魔物が来るんだよね?私はパーニズに残るけど、他に誰が残る?」
「当然俺は残る。兵士をまとめなければならんからな。」
クレアの問いにエレナスは答えた。それに続いてエルドも口を開く。
「私も残ります。父と母とは、刃を交えたくありませんので。それよりも、一般市民の避難が優先です。」
「俺も残ります。」
ライラも彼女にそう答えた。クレアは3人に頷く。
「決まりね。みんな、大変だろうけど頑張ろうねっ!」
すると、彼らの元に一瞬にしてレオ達5人が現れた。レオはエレナス達に口を開く。
「お待たせしましたっ。今の会話も聞かせてもらいました。渦への突破は、僕とアラン、ネネカ、シェウトが向かいます。コルトはここに残るつもりです。」
「そうか。よろしく頼む。」
エレナスはコルトの背中を強く叩いた。そう話しているのも束の間、彼らの耳にヴォルシスの声が響いた。
「役者は揃った…と言うべきか。まぁいい。まずは、私からの意思宣言に対する貴様らの受け応えに感謝する。共に新時代の幕開けを見ることができるのが実に楽しみだ。」
「魔王さんよぉっ、そういう長ったらしいのは無しだ。犠牲が出る前に、早く済ませようぜ。」
シルバは光の階段に立つヴォルシスを見つめてそう口を開いた。それを聞いた彼は、口角を上げた。
「良かろう。ではライトニングの民よ。異界の民よ。我々ダークネスを恐れ、憎み、恨む全ての民よ。自由が欲しくばこの階段を上れ。平和が欲しくばこの階段を上れ。貴様らが積み上げてきた階段だ。一段一段踏み締めるがよい。その先で私は待つ。その先で新たな時代の扉が開く。私を討ってみせろ。闇を討ってみせろ。ダークネスを討ってみせろ。私はこの世のために敢えて自ら悪を名乗り、敢えて貴様らに刃を向けるダークネスの統治者である。さぁ、始めよう。」
するとヴォルシスは、右手に持つ大鎌の柄で光階段を叩いた。その時だった。闇の渦から禍々しい色が溢れ出し、雲一つない青空はたちまち闇の色に染まった。その後、渦からは数え切れないほどの魔物の群れが飛び出し、光の階段の前に着地した。畝る邪気に染まった大空を覆うのは、翼をもつ二本角の馬、バイコーンだ。その上には鎧を着たゴブリンやオークが乗っている。
「……おい……階段上らせる気ゼロじゃねぇかよ……」
シェウトはその光景に思わず苦笑いした。するとエレナスが彼らより前に出て、背中を見せながら口を開いた。
「心配するな。俺たちが突破口を開いてやる。あれを見ろ。」
エレナスが指をさした先は、パーニズの門だった。大勢の兵士たちが勇猛たる武装とともに、列になって現れた。そして町の上空を、一本角のペガサスを駆る騎馬隊が覆い尽くす。ネネカの口から、思わず声がこぼれ落ちた。
「………すごい…」
兵士たちが階段の前に立つ魔物の群れを囲んだ。エレナスは身の丈程の黒い大剣を片手で握り、天高く掲げる。
「全兵士に告ぐッ!!我々の任務は、渦への道を切り拓くことと、魔物の殲滅だッ!!民を守れぇッ!!戦士を導けぇッ!!この戦場をッ、我々の旗で覆い尽くすぞッ!!」
「「おぉーーーーーッ!!!」」
兵士たちは、エレナスに続いて雄叫びをあげた。そしてヴォルシスは、左手を前に伸ばし、ゆっくり口を開く。
「行け。」
エレナスは大剣を渦の方へ伸ばす。
「進めぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
「「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」」
両軍が大地を埋め尽くす勢いで走り出した。戦いが始まったのだ。その光景を上から見つめるヴォルシスは、渦の方へ振り返り、階段を上り始めた。すると、彼に口を開く者が1人。
「魔王様ぁ、少しだけ下で暴れ回りてぇんですがぁっ。」
ギルガだ。彼は笑っていた。ヴォルシスは彼の顔を見ることなく、彼に言った。
「好きにしろ。」
「へッ!ありがてぇッ!!すぐ戻りますァ!!」
鉄塊の左手をもつ大男ギルガは、光の階段を強く蹴り、大きな音を立てて着地した。彼が顔を上げた先に居たのは、レオ達だった。
「っ!!……ギルガっ……」
「よォ、久しぶりだなァ………お前らぁ。」




