悲鳴をあげる海
シルバは外へ向かった。荒波に浮かぶ海賊船が何かにぶつかった衝撃で激しく揺れる。そして、偽りの夜空の下に立ち、シルバは目を大きく開いた。
「………まずいな……こりゃぁ……」
他の3人も外に出て、シルバの横に立った。荒れ狂う海、揺れる船、そして激しい雨が降り出した時に、レオは思い出した。この状況はあの時と似ている。大切な誰かを失ったあの時と。
「なんですかっ!?あれはっ!!」
ネネカが左の海に指さした。彼らもその方向に目を向ける。4人が視界に捉えたのは、海から顔を出す1本の巨大な触手だった。無数の吸盤が並んでいる。
「なんだありゃぁっ!?デカいタコかっ!?」
「いや……アラン、違う。………あれは、僕の運命だ。」
レオはそう言うと、一歩、また一歩と前に出て剣を握った。
「僕が守るはずだった人を……助けるはずだった人を……大切な仲間だった人を……ヤツは殺した。…………それだけは、はっきりと覚えてる。」
その話を聞いて、アランとネネカは悟った。オーリンの小さな村で、リィルという少女がレオに見せた手紙。そこに書いてあったカレンという人物。その人物こそ、レオが失った大切な人であり、視線の先に映る魔物が殺した人物であると。
「来るぞッ!!レオッ!!」
シルバが大きく口を開いた。すると、巨大な一本の触手が4人の真上から襲い掛かってきた。触手は船を力強く叩きつけたが、アランとネネカとシルバは前に飛び出してそれを避けた。シルバは傷ついた船体を見つめる。
「この船が沈んだらまずい。ネネカ、この船全体に防御壁をつくってくれ。」
「はっ、はいっ!“ウォールファントム”っ!」
彼らを乗せた海賊船は、光の球体の壁に包まれた。一方でアランは、前後左右に顔を向けて慌てている。
「レオはどこだっ!?まさかッ、潰されて……」
「………アランさんっ!あそこっ!」
ネネカの向く方向に視線をやると、そこには巨大な触手の上を走るレオの姿があった。彼の目はこれまで見たことがないほどに鋭い。すると、荒れる海面から複数本の触手が現れた。
「無茶だレオッ!!俺も行くッ!!」
「待てアラン。………どうもそうはいかないらしい。」
アランはシルバの声に振り向くと、そこには刀を構えるシルバの背中と、次々と現れるゾンビの姿があった。
「……っ!コイツら、俺たちが出てきたのとは反対の扉からッ!!……まだ居たのかよ……」
「まぁいいんじゃねぇの?レオにはあのデカブツ任せて、船を守るネネカを俺たちが守る。今はそれがベストだろ。」
「………了解っす。」
アランはパワードアームのレバーを引いて構えた。
その頃、レオは触手の上を走って敵本体への攻撃に向かっていた。触手の上は不安定で、気を抜けば足を滑らせて海に呑まれてしまいそうだ。
「絶対に……倒すッ!!」
レオの右側から、1本の触手が水飛沫をあげて現れた。その触手は薙ぎ払うように彼に襲い掛かる。
「“ソードテンペスト”!!はぁぁっ!!」
レオは3回剣を振り、その斬撃の軌跡を触手に放った。軌跡は確かに触手に当たったが、その傷は浅かった。幸い、その反撃に驚いたのか、触手は海の中へと消えていく。すると、レオの足元の触手が上下に大きく畝り、レオを空中に上げた。
「っく!!しまったっ!!」
下の海から彼を囲むように4本の触手が現れ、宙を舞うレオに襲い掛かった。
「“スラッシュサイクロン”ッ!!」
レオは竜巻を纏った剣を握って回転し、彼を包もうとする触手を斬り刻んだ。そして4本の触手が怯みを見せると、レオは海への落下を回避するため、近くの触手に体全体でしがみ付いた。しかし、巨大な触手は雨と海水と粘液を纏っていたため、彼は下へと滑り落ちていく。
「くッ……ぅぅぅっ……!たぁっ!!」
レオはしがみ付く触手に剣を突き刺し、滑りを徐々に遅くした。しかし落下を止めたものの、しがみ付いているのは敵の触手であるため、その触手はレオと共に海面を叩き割るように入っていった。背中に痛みが響く。
(………全くダメージを与えられてる感覚が無いっ。やっぱり……弱点は海の中に隠れているのかっ。……結局海に落ちたけど、もしそうなら逆に好都合だ……)
レオは冷たい海の中で目を開いた。複数の触手が辺り一面に広がっている。そして、暗くてよく見えなかったが、レオはあるものを目にした。敵の胴体だ。しかし、その姿を見たレオは目を疑った。
(……巨大なタコ……じゃない………クラーケンじゃないのかっ………)
吸盤を並べた触手を見て、誰もが巨大なタコを想像していただろう。だが、彼の目に映ったのは巨人の後ろ姿だった。敵は上半身が巨人で、下半身がクラーケンだったのだ。
(……バケモノだ……あのクラーケンと人間の誰かを融合させたってことか………でも誰をッ。)
すると、レオがしがみ付く触手は勢いよく海面を突き破り、彼を振り払った。
「うわぁっ!!」
レオは空高く舞い上がる。それを目にしたネネカは船の上から叫んだ。
「レオさんっ!!危ないっ!!」
「——ッ!!」
レオは落下する。その先に見えたのは、無数の牙をもつクラーケンの口だ。足場が無いため身動きがとれない。このままでは敵の口に一直線で落ち、食い殺されてしまう。彼は後悔した。1人で敵に飛び込むべきではなかったと。一瞬、感情に身を任せてしまったことで命取りとなった自分自身が憎くて仕方がなかった。
「ごめん………みんなッ………!!」
「レオさぁぁんッ!!」
「レオぉぉぉぉぉッ!!」
その時だった。遠くから爆破音が聞こえ、一瞬で飛んできた何かが海を突き破って魔物に命中した。魔物は口を閉じ、太い触手を振り回しながらもがく。そしてレオは1本の触手に叩き飛ばされた。
「うっ……!!」
遠くへ飛ばされたレオは再び荒れ狂う海に落ちて呑まれる。そのはずだった。レオは体を木の床に叩きつけた。
「いッ………たぁ………ッ…」
「やりましたぜぇ!!船長ぉっ!!」
「まだ喜ぶには早ぇ。この船に積んだ砲弾、全部ヤロウにブチ込んでやれェッ!!」
「ぅおっしゃァァ!!やるぞオメェらァ!!」
レオはゆっくりと立ち上がった。海賊船の上だ。しかし、乗っているのはアラン達ではない。複数の乗組員が走り回っている。そして目の前に1人だけ、タバコを吸って立ち続ける男がいた。頭には海賊帽、大きな背中、レオは彼を知っていた。
「……あ……あなたは………」
「おう、久しいなボウズ。……確か…名前はァ……」
その男は、以前レオをオーリンからパーニズへと送ってくれたヴィーキングの船長だった。レオは彼との再会に喜びが隠せなかった。
「レオですっ!助けていただき、ありがとうございますっ!!」
「なぁに大したことじゃねぇ。俺の領域で異変が起きてるってもんだから来たが……まさか、こんな海のド真ん中でまた会えるとはなぁ。」
すると、船長は遠くに浮かぶ船を見つめてレオに問いかけた。
「……あの船はなんだ?防御壁はってやがるが。」
「あ、あの船には僕の仲間が3人乗ってます。元々魔物が乗ってた幽霊船でして…」
「なるほど、確かに乗ってるな。……ゾンビもいねぇか?」
船長がそう口にすると、レオは驚いてその船に目を凝らした。確かに、ネネカを守るようにアランとシルバが複数のゾンビと戦っている。彼はより一層申し訳ない気持ちになった。
「……………みんな……っ。」
「船長ぉっ!全大砲の準備できましたァッ!!」
1人の乗組員が、下の砲門からそう呼びかけた。すると船長は腕を後ろで組み、大きく口を開いた。
「全砲門ッ、照準合わせェ……」
すると、遠くの海面から、複数本の触手が顔を出した。船長はそれを鋭い視線で見つめる。レオはその緊張感に息を呑んだ。
「一斉射撃ィ!!放てェェェェェェェェェッ!!」
彼の声の後に、全砲門から一瞬のズレもなく複数の砲弾が放たれた。思わず耳を塞ぐほどの爆破音とともに放たれた砲弾は風を貫き、雨を払い、複数の触手を突き破った。大きく損傷した触手は苦しむように畝り、勢いよく海へと入っていった。
「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
「どんなもんじゃアアァァァいッ!!」
「ざまぁ見あがれェッ!!この前の俺たちとは違ェんだァァ!!」
船の上は歓喜に満ちた。しかし、まだ敵を葬ったわけではない。次は何をしてくるか分からない。それを十分理解していたレオと船長は冷静だった。そして。
「オメェらァ!!ヤロウが正体現すぞ!!その目に焼き付けろよ!!」
遠くの海で空高く水飛沫が上がった。海面から姿を現したのは触手ではなく、敵の上半身だった。無数の細い触手でできた長い髪、細い腕と指、綺麗に反った背と膨らんだ胸。その姿は女の体をした巨人だった。そして、敵はその顔をレオが立つ船に向けた。
“………………私の知ってるあなたは強いんだよ。……仲間を見捨てないし、どんな時も全力で、とっても優しい人。……そうでしょ?…………ねぇ………“
”レオ君“
死人の声だ。レオは確かにそれを聞いた。そして、その声に彼は瞳を震わせ、膝から崩れ落ちた。船に打ちつける荒波、激しく降る雨、まるでパイプオルガンの不協和音に包まれたかのような彼は、遠くに見える魔物の顔とその声で全てを思い出した。
「……………………………か…………カレン……………」




