誘惑の先
ププカブラ——
カリファの森を巣とする巨大な植物系魔物。無数の太い根を脚にして移動し、鋭い葉が付く複数の蔓を鞭のようにして獲物を斬り裂く。壺のような胃袋は剥き出しになっており、そこに溜められた毒で獲物を溶かし、捕食する。
レオ達3人はカリファの森の入り口でペガサスから降り、森に入った。中は、日光が地面に溢れないほどに草木が生い茂っている。立ち並ぶ太い木々の間からは、猿や鳥の鳴き声が少しだけ聞こえる。レオは辺りを見渡して口を開いた。
「妙だ……巨大な魔物が居るなら、もっと騒がしくてもいいはず……」
彼の腰には、ローアで購入した鉄の剣が馴染む事なく掛けられている。アランも眉間にしわを寄せて木々の間を覗いていた。
「まぁ、確かにそうだな。……どこかに潜んでいるかもしれねぇ……」
「…不意打ちだけは避けましょうっ。…………っ?」
ネネカはそう口にすると、ある異変に気が付いた。
「…レオさん、アランさん、何か匂いがしませんか……?……なんと言うか……甘い…ような……?」
彼女の言葉を聞いた2人は、鼻に感覚を集中させて匂いを嗅いだ。
「……本当だ……少しだけど………蜂蜜みたいな匂いがする。」
「おい…お前ら……あれ見ろよ……」
そう口を開いたアランは、顔を上に向けていた。彼が言うようにレオとネネカも見上げると、そこには、木々の枝を伝って移動する複数の黒い猿のような陰があった。ジャンビーの群れだ。全て同じ方向に進んでいる。
「……猿……だよな……?」
「…匂いのする方に行ってるっ、行こうっ!!」
レオ達は走り出し、群れの後を追った。先へ進むほど、甘い匂いが強くなっていく。アランはレオに口を開いた。
「おいおい、コイツら追いかけたってププカブラの所に辿り着くとは限らねぇんだぞ?追ってどうするっ?」
「確かに関連性は無いかもしれない。だけど、少しでも情報はあったほうが——」
その時3人の方に、石や枝が飛んで来た。
「“ガードファントム”っ!」
ネネカは自分と2人の前に透明な壁を作り、攻撃を防いだ。石や枝は音を立てて足元に落ちる。再び視線を上に向けると、そこには、枝にぶら下がり、目を赤くしてこちらを見ている3匹のジャンビーの姿があった。飛んで来た物は、恐らくこの3匹が投げたのだろう。
「っ、何だアイツらっ、俺達にモノ投げやがってっ!!」
アランは睨み付けた。すると、3匹のジャンビーは腹を膨らませ、太鼓のように両手で叩き始めた。音は森中に響き渡り、複数のジャンビーをこちらに振り向かせた。
「レオさんっ、アランさんっ、来ますっ!」
ネネカが言ったその時、10匹のジャンビーが3人の方へ飛び掛かって来た。
「…っ!!“ソードテンペスト”っ!!」
レオは複数回剣を振り回すと、鋭い軌跡が網のように放たれ、4匹のジャンビーを斬り刻んだ。
「“ライジングアッパー”ぁぁっ!!」
アランは勢いよく地面を蹴って飛び、牙を剥く1匹のジャンビーの顎に硬い拳を突き上げた。
『ウギィッ…!!』
『ギィィィィィィ!!』
『ギィィギィィィッ!!』
すると、5匹のジャンビーがネネカ目掛けて飛び掛かって来た。ネネカは咄嗟に上に両手を向けた。
「“ウォールファントム”っ!アランさんっ!!」
「あいよぉ!!“ギガ・クラッシャー”ぁぁ!!」
ネネカが作った防御壁に5匹のジャンビーが着地すると、空中に居たアランはそれに向かって右足を突き出し、物凄い速さで落ちた。すると、それらは地震で跳ね上がり、レオは宙を舞う5匹のジャンビーに鋭い視線を向けて剣を構えた。
「“ソードテンペスト”っ!!」
レオは剣を5回振り、5つの軌跡を放つと、5匹のジャンビーは空中で血飛沫と共にバラバラになった。腕や頭が音を立てて地面に落ちる。
「……ふぅ……ったく、急に掛かって来やがって、俺達が何したって言うんだ?」
「多分、僕達も甘い匂いの方へ向かってたから、敵視したんだと思う。」
レオはアランに言うと、再び甘い匂いの方へ走り出した。
「おいレオっ!まだ追いかけるのかっ!?」
「うんっ、やっぱり気になるんだっ!」
レオはそう言葉を残して走った。彼の背中を見て、アランはため息を吐く。
「………ったく、行くか、ネネカ。」
「…は…はい。」
3人は風が送る甘い匂いだけを頼りに、木々の間を駆け抜けた。甘い匂いは段々と濃くなっていく。しかし気付いた頃にはその匂いは、鼻を刺すような酸っぱい刺激臭に変わっていた。
「っ……クッセェ……こりゃ耐えらんねぇぞ………何のニオイだぁ……?」
「……んっ?…あれは……っ!」
鼻をつまむアランの横で、レオは木々を見上げ、枝にぶら下がる複数の陰を見つめた。ジャンビーの群れだ。しかしそれらは止まっている。何やら様子を伺っているようだ。
「……何を……見ているのでしょう……?」
「………っ!!アレじゃねぇかっ!?」
アランはジャンビーの群れが囲むようにして見つめる場所に指をさした。そこにあったのは、奇妙な色の果実をつけた、巨大な植物だった。茎に大きな壺のようなものがある。
「……あの壺……あの蔓……恐らくププカブラだ。………多分、甘い匂いで獲物を誘き寄せて——」
すると、4匹のジャンビーが巨大な植物に飛び掛かった。その時、巨大な植物の蔓が4匹のジャンビーに伸び、鞭のように振ると、それらは空中で血飛沫を噴いて斬り刻まれた。
「なっ!?」
そして、伸びた蔓は複数の肉塊を巻き込み、それらを壺の中へ放り投げた。
『キィィッ!!キィィィッ!!』
『ギィィィィィィッ!!』
「……うっわぁ…あれはグロいな………。どう攻める?」
「……そうだね……あの蔓は特に注意するべきだけど……」
3人は木々の中心に生えた巨大な植物を静かに見つめていた。攻撃を警戒しているのか、枝の上のジャンビー達は牙を剥いて睨み付けている。威嚇しているような鳴き声は木々の上から、そして背後からも聞こえる。
「…?……っ!!アランっ!!ネネカっ!!後ろぉっ!!」
「何ぃっ!?」
『ギィィィィィィ!!』
背後に居た3匹のジャンビーは、レオ達に石を投げつけた。
「キャァっ!!」
「っ!!くっ!!」
3人は投げられる石から逃げるように飛び出すと、一瞬でジャンビーの群れに囲まれ、目の前には大きな植物が現れた。
「っ!!しまったっ!!」
その時、3人を目掛けて数本の蔓が伸びた。




