屍山
ネネカ達はペガサスから降り、真夜中の暗い世界を見回した。ここは屍山の麓。5人が足をつけた地は無数の石が転がっており、慎重に歩かなければ足を挫いてしまう。雲から顔を出す月の光のおかげで、辺りは少しだけ確認できる。すると、コルトは長い杖を手に取り、口を開いた。
「“テラカリス”。みんな、焦る気持ちは分かるけど、この先何があるか分からない………慎重に行こう。」
「あぁ。」
杖の先に埋め込まれた赤い宝石が辺りを照らした。はっきりと見えるようになったアラン達は、真っ直ぐな眼差しで頷いた。5人は杖が放つ光を頼りに、足元に転がる石に気を付けながら、坂を登った。冷たく静寂な風が頬を撫でる。
「………それにしても静かだな。他の奴らはどうなっちまったのかっ……」
スフィルはそう呟き、手に持ったマシンガンを強く握った。
「さぁな。無事を祈る…それに限るが。」
「………んっ…?おい、あれは何だ。」
オーグルの声の後に、アランは進行方向に指をさした。その先に見えたのは、暗闇に漂う黒い布のようなものだった。
「…なんでしょう……あれ…………っ!!皆さんっ、こっちに近付いて来てますっ!」
「何っ!?」
アランとスフィルとオーグルは一斉に武器を構えた。布は髑髏を見せ、骨の両手をこちらに伸ばしている。
「うわぁぁぁぁぁっ!!僕こういうの無理なんだってぇぇっ!!」
「コルトっ!!少し黙っ——」
その時、漂う布の両手がオーグルの首を強く掴んだ。オーグルはその骨の腕を握るが、髑髏の両手はオーグルの首を離さない。
「オーグルっ!!………っテメェ!!離しやがれっ!!」
アランが髑髏に殴りかかると、布は手応えを与えることなく避けた。
「なっ!!」
「おらおらおらぁっ!!」
スフィルが無数の弾丸を髑髏に撃ち込んだ。弾は布を貫くものの、髑髏の顔は動かない。
「っ効かねぇってのかっ!!」
「っ……くっ……!!ぁぁっ………ぅぅっ」
スフィルは歯を食いしばった。すると、髑髏の口がオーグルの目の前で開き、何かを吸い込み始めた。
「ぅっ…!!なんっ……だ………」
——あぁ……なんだ…この気持ち……なんだか……どうでも……よくなってきた………
——……
——さん…
——グルさん
オーグルさんっ!
「オーグルさんっ!!」
「…っ!!」
オーグルは目を覚ました。気付けば、転がる無数の石の上で仰向けになっていた。視線の先には、夜空ではなく、光の壁のような物が見える。
「大丈夫っ!?オーグルっ。」
「ったく…焦ったぞ。」
コルトとスフィルの声が聞こえる。右を見ると、その2人が居た。
「ごめんなさいっ…早くこうしておけば……」
「そう自分を責めるな。こいつも無事だったんだ、コルトとネネカのおかげでな。」
左を見ると、涙を流すネネカと、その横でネネカに話すアランが居た。オーグルは、その安心感と同時に、5人を囲むドーム状の光の壁を不思議そうに思い、ゆっくり立ち上がった。
「……これは……何だ……?俺は……一体……」
「ウォールファントム。ネネカの魔法だ。まさかこんな魔法を持ってたなんて…大したヤツだ。」
スフィルは両手をポケットに入れて光の壁を見回した。
「お前、多分あのバケモンに魂吸い取られかけてたぞ。同時に首を絞めるなんて、おっかねぇヤロウだな。コルトが光を近づけたら、どっかに飛んでったんだけどよ。」
アランが少しだけ笑みを見せてそう言うと、コルトは顔を青くして口を開いた。
「もう僕っ、こんなの懲り懲りだからぁっ!!」
「フッ……まぁ色々助かった。感謝する。」
オーグルは4人に微笑んだ。
「さぁて、先に進むか。ネネカ、壁は維持してくれ。」
「はいっ。」
アランの言葉にネネカが頷くと、5人は光の壁に囲まれた状態で坂を登った。辺りを見渡すと、所々で黒い布が漂っているのが分かる。
「…道理で屍山って言われるワケだ。あのバケモンが大量に居るとなりゃぁ普通は生きて帰れねぇぞ。」
「…っ!!みんなっ、あれっ!!」
スフィルの呟きの後に、コルトが左を指さした。その先にあったのは、どれも首に痣を残した4人の死体だった。その見覚えのある顔は青白く、瞬きすること無く一方向を向いている。
「……やられたのか……俺と同じように……っ!!」
オーグルは歩みを止めずに死体を見つめ、拳を強く握った。同情心と怒りが混じり合い、熱いものが胸から込み上げてくる。
「皆さん……あっちにも……」
ネネカが指をさした先にも、同級生の死体が3つ転がっていた。片付けをされずに放っておかれた人形のようなそれらは、見ていると寂しい気持ちになり、目を逸らしたくなるほど残酷で静寂だ。
「……まさか……これが原因で生徒の大半が死ぬとか……ねぇよな………」
「だとしたら残酷過ぎるよ……誰かを生き返らせたいっていう優しさが仇になって死ぬなんて……」
アランとコルトがそう話していると、後ろからスフィルが鼻で笑った。
「フッ…何か勘違いしてねぇか?コルト。この行動に優しさなんてありゃしねぇのさ。全部自分勝手、生き返らせるってなりゃぁ、またこの地獄みてぇな世界に戻されるってこった。誰かが生き返ったところで『ありがとう』は簡単に出ねぇだろ。」
その言葉を聞き、ネネカは下を向いた。レオを生き返らせるという思いの中に、自分勝手が混ざっているということを、胸の奥で痛感したのだ。すると、オーグルは真っ直ぐな眼差しで口を開いた。
「だが、俺たちの行動は自分勝手じゃねぇ。レオの存在は、みんなのためになるはずだ。」
「……あぁ、だな。」
アランはそう言葉を溢した。その時、背後から足音が聞こえ、5人は振り返った。そこには、6人の生徒の姿があった。モルカ、デニー、レヴェン、セドル、ニヴェル、マーベックだ。
「待ってくれぇっ!!お前らぁっ!!」
「その中に入れてぇっ!!」
「なっ!?何だあいつらっ!!」
「おい、あのクソ女も居るぞ。…っておい、アイツらの後ろに居るのって……」
アランは目を大きく開いた。視線の先に見えたのは、3体の黒い布の髑髏だった。
「マジかよっアイツ…。大人数に話バラして、ペガサスを横取りして…ついには『助けて』だ…腹が立ってしょうがねぇ。」
「どうする!?みんなっ!?」
コルトの声は焦っていた。彼の中には何かしらの葛藤があったのだろう。するとネネカが足を止め、口を開いた。
「皆さん、止まってください。」
「っ!?」
「なっ!?」
アランとスフィルは、その一言に驚きを隠せなかった。すると、ネネカは光の壁を消し、こちらに走ってくる6人に叫んだ。
「早く来て下さいっ!!」
髑髏が伸ばす骨の手はすぐそこまで迫って来ている。6人がネネカ達の所に飛び込むと、ネネカは両腕を広げて目を閉じ、魔法を唱えた。
「“ウォールファントム”っ!」
その途端に彼女らを光の壁が包み、3つの黒い布を弾き返した。
「はぁっ…はぁっ……はぁっ……」
「っ…たっ…助かったぁっ……」
「テメェ!!何が『助かった』だこのクソ野郎!!」
アランは四つん這いのモルカの胸倉を掴み、怒鳴った。
「それより先に感謝ってのを言うべきなんじゃねぇのかぁっ!?あ゛あ゛っ!?もしあの時、パーニズにネネカみてぇな優しいヤツを置いてったら、お前の…いや、お前ら全員の命は無かっただろうよぉっ!!」
「アランさん、もう充分です。……ありがとうございます……。……皆さん、この壁は外からの侵入は防げますが、簡単に出られるようになってます。どうか、遅れないように。」
アランはモルカを手から離し、舌打ちをした。スフィルも、彼女らを睨んだ。そして彼らは、光の壁に囲まれながら、屍山を登って行った。暗い、空の下を…




