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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
幻想の星編
125/206

白と黒

 暖かく、冷たい。浮いてしまうほど身軽で、地面に叩きつけられるほど重い。晴れた気分で、気味が悪い。不思議な気の流れを肌で感じ、レオはゆっくりと目を開いた。


 ——ここは……どこだ………


 視界に広がる純白の世界。首を左右に向けても、誰も居ない。しかし、不安にはならない。清々しい気分にもならない。それどころか、与えられた状況の全てがすぐ、どうでもよく思えてくる。


 ——僕だけ………か………


 レオはゆっくり目を閉じた。白い世界を、上下から黒い世界が侵食していく。そしてゆっくり目を開いた。黒い世界の真ん中から、白い世界が広がっていく。レオは何かを思い出しそうになった。


 ——ぁ………………


 だが、すぐにどうでもよく思えた。徐々に黒い霧のようなものが心を濁らせていく。それは白い霧のようにも思えた。だが、すぐに考えるのをやめた。


 ——僕は………何だ…………


 すると、背後に気配を感じた。レオは振り返り、鮮やかさを失った瞳で、その影を見た。縛った赤い髪、睨んだような無表情の奥に見える優しい心。レオは目を大きくして、小さく口を開いた。


「…………ドー………マ………?」


 彼女は反応しなかった。ただ黙ったままこちらを見つめている。レオは少し怖くなった。


「……ドーマ………だよね………?」


 すると突然、女は逆方向を向き、縛った髪を揺らして走り出した。


「…っ!!待ってっ!!」


 レオは彼女の背中を追いかけた。彼女はただ真っ直ぐ前を見て走っていた。そんな時、レオはある事を感じた。足音がしないのだ。だが、すぐにどうでもよく思えた。


「ドーマっ!どこに行くのっ!?待ってよっ!!」


 彼女は振り向いてくれない。そして、彼女との距離は徐々に広がっていく気がする。


「僕から逃げてるのっ!?何で逃げるのっ!?」


       “アンタ達は私を忘れるから”


 ——えっ


 その瞬間、レオの視線の先から彼女は消えた。レオは走り続けた。すると、目の前から地面が消えた。崖だ。レオは止まり、ゆっくり崖の下を覗いた。


「なっ…!!」


 そこには、白い世界を呑み込む黒い渦があった。その禍々しさと不気味さに、足の感覚が奪われていく。レオは、彼女はこの渦に落ちたのだと感じた。


「…………よし……」


 レオは息を呑み、一歩前へ踏み出そうとした。その時、


「よせ。」

「っ!!」


 レオは足を戻し、ゆっくりと振り返った。腰あたりまで伸びた縛ったもみあげを揺らし、白い衣に身を包んだ銀髪の青年に、レオは体を震わせた。ハクヤだ。


「っ!!あなたはっ!!」


レオは腰を低くして構え、剣を握ろうとした。しかし、腰に剣が無い。


「…っ!!………な…無いっ………」

「当然だ。貴は剣と共に散り、ここに来た。」

「なっ………なぜそれをっ…」


 レオは彼の言葉を聞き、目に烙印のように押しつけられた記憶を思い出した。レオは構えをやめ、彼に縋るように口を開いた。


「ここはどこなんです!?あの渦は!?教えて下さいっ!!」

「落ち着け。……レオよ、ここは死後の世界…黄泉だ。」

「……よ………み…………。じゃ…じゃあ、あなたは…どうしてここにっ…」


 レオは混乱した。恐怖心に包まれる中、青年は冷たい声で話した。


「…そうか……貴は、下界で私の体と戦ったのだな。」

「………体……それは…どういう……」

「私は魂を抜かれてここに来たのだ。(ゆえ)に、貴が下界で見た“私”は、邪心を入れられた私の抜け殻に過ぎん。」


 レオはそんな彼の言葉を聞いた後に、彼の姿をじっくりと見た。確かに以前見たハクヤとは違う。縛られたもみあげは左右にあり、顔や胸、腕の斬り傷の跡が無く、両腕はしっかり袖に通してある。両目も瞳もしっかりある。雰囲気は冷たいが、鋭さは無い。


「じゃあ……あの渦は……」


 レオが振り返り、不気味にこちらを見つめる渦を見下ろして問うと、ハクヤはレオの横に立ち、共に渦を見つめて口を開いた。


「…さぁな。純白の世界で唯一存在する漆黒……私が分かることはそれのみだ。」

「………そう…ですか……………。ドーマ……」


 レオは顔に影をつくり、小さく口を開いた。そんな彼を見たハクヤは、1つの問いを口から放った。


「レオよ、仮に貴に蘇りの権利が与えられたとしたら……貴はどう思う。」


 レオはハクヤの静かな顔を見つめ、しばらく口を開けたまま黙った。そして、また下を向いて言葉を溢した。


「……よく……分からないです………。確かに、生き返ればまた友達に会えます。………でも…またあの地獄を見ることになると思うと……。あなたはどうなんです?」

「…私か。……弟と話してみたい……そう思いながらも、私はこの死を無心に受け入れている。……死ほど平等なものは無い。私にとっての死は、神が人々に平等に与えた褒美のようにも思える。」


 ハクヤはただ前を見て、銀の髪を揺らしながら言った。レオは彼の冷たい声にしばらく発言を止められた。


「………なんだか…あなたの口から出る言葉は……どこか寂しい感じがします………。その考えだって………まるで希望が無いみたいで………」

「……そうか……。」


 ハクヤは、その短い言葉を残して黙った。レオの視線の先に映る黒い渦は、ゆっくりと回っていた。


「ハクヤさん……僕がさっき追いかけてた人、ドーマって言うんですけど……あの人……僕の視界から居なくなる直前に……『アンタ達は私を忘れるから』って…言った気がするんです……どういうことなのか……考えてもらえませんか……」


 レオの寂しい声を聞いたハクヤは、しばらく黙ったままだった。そしてレオが、話す内容を間違えたと感じて違う話を持ち出そうとした時に、ハクヤは口を開いた。


「……貴は……恐ろしい力を秘めておるのかもしれん……」

「……恐ろしい……力………それはどういう——」

「集団的な失念を引き起こす事を代償に力を手に入れる……これはただの仮説だが。確か人間というものは、危機を感じた時に、秘めたる力を発揮するようだな。恐らく、貴の力はそれだ。」


 ハクヤは袖から両腕を引き、衣の中の腹の前で組んだ。レオは彼の口から放たれた言葉と、今でも頭に響くドーマの言葉を重ね、口を震わせた。


「…ドーマを忘れるなんて……そんな事……そんな事っ………。いや…でも僕はもう死んでいるんだ……そんな力は……もう使う事は無いんだ……」

「どうだろうな。」

「えっ……」


 その時のハクヤの言葉は鋭かった。1人で感じた頼りないが頼るしかない安心感を裂かれた気がして、レオは言葉が出なくなった。


「先程と似たことを問う。貴は蘇りを強制された時、どう思う。」

「…その、蘇りって何なんですか……現実味のない……信じたところで無駄な事っ。」

「答えよ。貴の考えが、これからの貴の友の生を左右する事になる。」


 その言葉を聞いたレオは、彼の言う言葉がようやく理解できた気がした。だが、あまり信じる事が出来ない。


「……本当に…生き返るんですか……僕……」

「可能性は低くない。その時までに、覚悟を決めることだな。レオ・ディグランス・ストレンジャー。」

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