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12歳-42-

 殿下との話し合いから一ヶ月。

 一学期の長期休暇が始まった。

 

 トルスギットの屋敷に着いて、馬車が止まる。

 

「到着いたしました」

「ありがとう、テンディエットさん」

「滅相もありません。……お帰りなさいませ、ルナリア様」

「ふふ、ただいまです」

 

 御者席のテンディエットさんと話した後、エルザに先導されて馬車を降りる。

 目の前にはトルスギットの屋敷。

 

「うわあ、懐かしい……」

 空気の匂いから景色まで含めて、なにもかもが。

 

 門の前にはバンジョウさんが立っていた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「ただいま。……って、隊長自ら門番ですか?」

「他の若造に出迎えさせるのは悔しかったので」

「もう。隊長自ら門番なんて、お父様に怒られますよ」

「私が出迎えなくなったら、旦那様の雷が落ちたと思ってください」

 

 そんなやりとりをしながら、隊長は門を開いてくれる。

 

「さあお嬢様、私などより早くご家族に顔をお見せしてあげてくださいませ」

「ありがとうございます」

 

 バンジョウさんに見送られ、私達は門をくぐった。





 正面玄関のピロティ前にパルアス。その足下にお父様とお母様、それにレナも。

 他にもイズファンさんやフラン、セレン先生、執事長と侍女長までが勢揃いだ。

 

「お姉様ー!」

 真っ先にレナが走り出してきた。

 

 レナは相変わらず可愛らしさと美しさを黄金比で兼ね備え、その内面がにじみ出たような可憐で(つや)やかな、まさに神が作りたもうた美少女のままだった。

 

「レナー!」

 私も駆け寄って、抱き合う。

 

「お帰りなさい、お姉様!」

 レナは私の胸の中で満面の笑顔。かわいい。

 

「ただいま、お出迎えありがとう♪」

 そうして、しばらくお互いの体温を浸透させ合った。

 

 お母様とお父様が近づいてくる。

 

「おかえりルナ。レナ、ルナは長旅で疲れてるんだから。こんなところで立たせちゃ可哀想よ。中に入りましょう」

 

 と言いながら手を伸ばすお母様。

 庇うようにレナを掻き抱いて、背中を向けた。

 

「お母様、私からレナを奪おうなんて許しませんよ」

 少し補助魔法を使って、レナをお姫様抱っこ。

 

「わっ!?」

「中に入るなら、私がレナを運びますから」

 

「お姉様、悪いです。お疲れなのに……」

「別に二時間くらいの馬車でそんな疲れないよ。それよりレナと離れる方が嫌だもん」

「お姉様……」

 

「ふふ。変わらないわね、あなたは」

 お母様は呆れ笑いで頬に手を当てた。

 

 そのまま屋敷に向かって全員で歩き出す。 

 

「ルナ」

 お父様が私を呼んだ。

「少し休んだら、話をさせてくれ」

 

「別に休まなくても大丈夫ですよ」

「そうか、なら準備ができたら私の部屋に来なさい」

 

 ――何言われるんだろう。

 帰ったら最初はお父様中心に話すだろう、と予想してたけど、わざわざ声をかけられたのは不穏だ……



   †



 お父様の部屋の応接スペースに家族四人で座る。お父様が正面、お母様がその隣、レナが私の横。

 

「ここ数ヶ月、全く縁もなかった貴族や聖教会からの接触が非常に多くなっている」

 

 ――心当たりしかない。

 

「ああ……多分、学園で知り合った方々ですかね」

「そうだ。『ご息女にお世話になった』とか『感謝している』とか。明らかにただの社交辞令を超えている。

 聖教会に至っては、うちは王宮側の勢力にも関わらず、とんでもない額の贈り物を送ってきた。

 ……この五ヶ月いったい何してきたんだ、ルナ」

 

 ――お風呂会の皆やロマから伝わって、親や大人が動いたんだろう。

 

「そうですね、最初は……」

 

 この五ヶ月間の出来事をかいつまんで話した。

 もちろんギリカを斬り刻んだこととか、極聖剣のこととか、悪魔を倒したこととか、殿下をフッたこことか、面倒になりそうなことは隠しながら。

 ――そうなると、話せないことの方が多かったんだけど。



   †



 お父様は話の後半になると、眉間を抑えはじめた。

 お母様も、レナも、エルザとショコラ以外の使用人達も、驚くを通り越して、引いてるような……。

 

「……私、マズいことやっちゃいました?」

 ロマと一緒に寝るようになったところで話を止めて、尋ねた。

 

「……別にマズくはない。マズくはないが……なんというか、言葉が出ん」

「聖教会と関係を持ったのはダメでしたか?」

 

 お父様が渋い顔のまま頭を上げる。

 

「そんなことはない。

 確かに王宮と聖教会は主導権争いをしているが、表向きは協力関係だ。未来の王妃と聖女が友人になって、良いことはあれど悪いことはないだろう」

 

「あ、あはは……」

 今度はこっちのバツが悪くなる。

 

「ただ、もしお前の力に目を付けた聖教会の企みだったとしたら……」

「いえ、それはありえません」

「……聞いてる限り、そのようだな。どちらかというと、こちらが謝らねばならんかもしれん」

 

「それも違うと思います。先に騙したのは向こうなので」

「……いやまあ、それで双方納得してるなら、そういうことにしておこう。……良い友人ができたな」

 

「はい!」

 

 お父様の表情が緩む。

「ルナが幸せに学園生活を送れているのであれば、それがなによりだ」

 

 ――瞬間、フラッシュバックするのは、前生の牢屋の前で泣き崩れる父。

 ギリカにも言ったとおり、わかり合うのはとても大切だと改めて思った。

 

「ところで、殿下との件はなにか聞いていたりしますか?」

 お父様の口からは貴族と聖教会しか出なかったから、探りを入れてみる。

 

「殿下? 特になにも聞いてないが、進展などあったのか?」

 盛大にヤブヘビだった。

 

「……いえ、殿下が黙る選択をなされたのでしたら、私も口を(つぐ)ませていただきます」

「なにかあったのか? ……まあ、二人だけの秘密ができたのは良い傾向だ。これからも仲良くしていただきなさい」

「はい……」

 

 ――とにかくありとあらゆることでごめんなさい、お父様!



   †



 久しぶりにセレン先生とパルアス、それにショコラとの訓練を終えて、レナとお風呂に。

 

 五ヶ月前だったらショコラも一緒だったけど……今回はなぜか、「お前ら二人だけで入れ。俺も久しぶりに水浴びしたいから」と、頑なにお風呂に付いて来ようとしなかった。

 

 でも、そういえばレナと二人っきりのお風呂なんて二年ぶりで。

 明日からは三人ということで、今日だけ二人っきりで入ることになった。

  

 レナと久しぶりに髪と体を洗い合ってから、湯船に入る。

 

「はあ~~~♪」

 皆と入る寮の大浴場も良いし、ショコラやロマと入る個室のお風呂も良いけど、訓練後のトルスギット家のお風呂は格別だ。

 

「お姉様、お膝の上よろしいですか?」

 入るや否や、レナのおねだり。かわいい。

 

「もちろん、当たり前よ!」

 

「本物のお姉様だ……」

 私の膝の上に座りながらレナが呟いた。

 あまりに懐かしくて、可愛すぎて、ぎゅーっ、とレナを抱きしめる。

 

「本当に懐かしいね」

「懐かしすぎて、ちょっと泣いちゃいそうです」 

「今月はずっと一緒に居ようね」

「はい!」

 

 しばらく静かに、お湯とレナの暖かさを楽しむ。

 

「レナはこの五ヶ月、どうだった?」

「私はもう、お姉様と違って平和な日々でした。お勉強と魔法の訓練と……あと、ときどきプギと遊んだり」

「セレン先生から聞いたけど、治癒魔法も順調みたいだね」

「はい。まだ初級のヒールとキュアだけですが、使えるようになりました」

「凄い! まだ10歳なのにレナは天才ね!」

 

 なでなで。

 

「もう、褒めすぎですよ……。お姉様に比べたら全然普通です」

「そんなことない! レナは凄くて天才で可愛いんだから!」

「あはは……ありがとうございます」

 

 ――あれ? なんか大人な対応で流されてる……?

 

「……レナ、あんまりこういうこと言われても嬉しくない? 本当に、心の底からそう思ってるんだけど……」

 

「あ、すみません。嬉しいは嬉しいです! ……でも、そうですね……」

「?」

 

 レナは体を返して正対する。

 それから、勢い良く抱き付いてきてくれた。やわらかい。

 

「お姉様は世界一美人で、可愛くて、優しくて……女神様みたいです!

 ……って言われたら、どう感じますか?」

 

「……え? どうと聞かれても……

 もうレナは絶対他の男に渡さない、私が一生養う、って思う」

 

「……あれ? なにか間違えた……?」

「???」

 

 私達の間に?が交錯する。

 

「と、とにかく! 言いたかったのは、褒められすぎると、ちょっと微妙な気分になっちゃう、ってことです!」

 

「つまり、あんまり褒められたくない、ってことで合ってる?」

「……まあ、合ってると思いますけど……」

「そっか……じゃあ、これからは我慢するね」

 

 ――……レナ、もしかしてプチ反抗期なのかな?

 五ヶ月間一人にさせちゃったし、自立しようとしてたところを無理矢理やめさせちゃったし……

 しょうがないよね、あんまり無理せず……

 

 と考えていたら、レナがさらに強く抱きしめてきた。

 

「すみません、やっぱり今の話全部忘れてください」

「……ん?」

「やっぱり……お姉様に褒めてもらえないなんて、耐えられそうにないです。……変なこと言ってごめんなさい」

「そう……? いいの?」

 

 レナが力を抜いて、私と見合う。

 

「お姉様は私を褒めすぎるので、正直、『そんなことない』って感じることも多いです。

 けど……でも、真っ直ぐに思いを伝えてくれるお姉様が、大好きです!

 だから私も、真っ直ぐに受け止められるよう、頑張ります……!」

 

「じゃあ、これからもいっぱい褒めたり可愛がっていい?」

「お願いします。……って私が言うのも変ですけど」

「ううん。変じゃないよ」

 

 今度はこちらからレナを抱き寄せる。

 

「私みたいなワガママな姉を真っ直ぐ受け止めようとしてくれるレナは、世界一凄い子なんだから。

 私も、そんなレナが大好き。愛してる」

 

 ぎゅっ、と強く。言葉で、体で、気持ちをレナに伝える。

 

「……ズルいです、お姉様」

 レナの声は、少し震えていて。

「やっぱり、もっと可愛がって欲しくなっちゃいます」

 

「言われなくても五ヶ月ぶりなんだから。可愛がる気満々よ!」

 

 ――とはいえ、お風呂で続けていると()()せちゃう。

 

 ということで。

 お風呂を出た後はベッドの中で、五ヶ月分を埋めるように、可愛がり可愛がられ合ったのだった。

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