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12歳-32-

「しかし、準一年に現実を教えるハズが、教えられるハメになるとはな」

「あれは、ついカッとなっちゃって……。昔から好きじゃないの。力で押さえつけられるのが」

 

「ワシが言うのもなんだが、騙したというのによく友人になってくれたな」

「別に、今は気にしてないから。昨日勝ってスッキリしたし」

「脳の構造が蛮族じゃな……」

「危機感を持たせるために本当の危機を味わわせる、ってのも相当野蛮だと思うけど?」

「似たもの同士ということか」

「そういうことね」

 

 どちらからともなく、クスクスと笑い合う。

 

「……正直を言うと、きっとムカついとったんじゃろうなあ」

 どこか遠くを見るように、ロマが呟く。

「だから、『現実を教える』と嘯いて、発散に利用していたのかもしれん」

 

「ムカついたって、なにに?」

 

「なあにがダンジョン演習だ! なあにがチームだ! こちとら6歳から一人で命張ってるんじゃボケナス!」

 ロマが目を見開いて叫んだ。

 驚いてビクッ、ってなっちゃう。

 

「……とな」

 ロマは元に戻って、また足を組む。

「クラスメイトと切磋琢磨して、徐々に実力をつける……。そんなもんは幻想だと思っておる。ワシが強くなった瞬間はいつだって、死ぬかもしれない危機に挑み、乗り越えた時だった」

 

「まあ……そうだね。言ってることは分かる」

 私の場合は、すでに死んだ後だったけど。

 

「師に付くなら分かる。が、同世代の友と一緒に強くなるなど、机上の空論と思ってしまうんじゃよ」

 

 ――そこは、私とちょっと違うな。

 ショコラは師匠であり友。彼女が居なかったら、ここまで強くなれなかった。

 

 創造神から貰った才能と、天女から貰った加護。12歳と、14歳。

 この条件で私が勝ったのは、もしかしたらその違いなのかもしれない。

 

「じゃあ、これからはもうそんなこと言えなくなるね」

「……ん?」

 小首を傾げて私を見返すロマ。

 

「だって、一緒に少しずつ強くなる友達ができたでしょう?」

「……どういう意味じゃ?」

「入学してから魔法戦の訓練相手が居なくて。これからは一緒に訓練しよ」

「訓練……それは、二人で模擬戦したりする、ということか?」

 

「そ。模擬戦とか、知識の共有とか、魔法の開発や対策を一緒に考えたりとか。

 私の手の内を知れるんだから、大人達も許可せざるを得ないはずよ。私達の友情のきっかけが牽制と利害関係なら、とことん突き詰めましょう」

 

 右手を差し出す。

 

「できれば将来、一緒にお風呂入ってくれたら嬉しいわ」


 暗殺を警戒せざるを得ない彼女とそんな日が来たら、凄く嬉しい。

 

 ロマはしばらく呆然とした様子で。

 その後、小さく口元を緩めた。

 

「誰かと風呂か。考えたこともなかったわ」

 ロマが右手を出して、私の手を握る。

「その時を楽しみにしておこう」

 

「お世辞じゃ済ませてあげないから。覚悟しておいてね」

 

 手を離すと、ロマはどこか不思議そうに自分の掌を見つめた。

「……これが友情か。なかなか悪くない」

 目を細めて、なにか可笑しい事でもあったように微笑む。

 

 その笑顔を見て、決めた。

 

 ――絶対、死なせない。

 前生と同じ未来なんて、迎えさせない。

 

「……ところで、最近体調が悪くなったりしたことない?」

 とりあえず軽く探りを入れてみる。

 

「体調? 別に、すこぶる健康よ」

「そういえば、昨日胸に傷跡が見えたけど」

 

「ん? ああ、これは7歳の頃、悪魔に付けられたんじゃ。今は痛くもなんともない」

 ロマが制服越しに自分の胸元に触れる。

「今なら指一本で倒せる程度のザコだったんじゃがのう。未熟だったとはいえ一生物の傷を許すなど、聖女人生唯一の汚点よ」

 

「7歳で未熟って。そんなのしょうがないんじゃ……」

「聖女になって1年、聖光八足も開発しておった。言い訳にはならん」

「そもそも聖女ってそんな年齢でなれるんだね。知らなかった」

「まあ、ワシは特殊じゃろうな。古竜に育てられた(ゆえ)

「古竜? 太古の時代から生きてる、っていう?」

 

 エンシェントドラゴンとも呼ばれる希少種。確か、今は世界に十体も生存していないはず。

 ――そういえばアナライズの概要に『生育環境の影響で、魔法防御力は極めて高い』って書いてあったな……

 

「ワシの育ての親は『博智の古竜』と呼ばれている個体での。この喋り方も親譲りじゃ」

 

 それから、ロマは自身の身の上を訥々と語ってくれた。





 博智の古竜は聖教区の外れにある霊峰を寝床にしている。

 ある朝、そこに生後間もないロマが捨てられていた。

 

 古竜はどうしていいか分からず。

 自分の姿を見たら泣き出すだろうと思い、その場を離れようとした。


 が、ロマは古竜を見て笑ったらしい。

 

 それから、古竜はロマを育てるようになる。

 

 一体誰が、なぜわざわざ登山しそこに子供を捨てたのかは、今でも不明。

 聖教会の中には、空から舞い降りた天の子なのではないか、と信じる者も居る。そんなわけない、とロマは一笑に付していたけど。

 

 それから少し月日が経ち。

 聖教会の職員が古竜の元に訪れた。

 半年に一度の定期訪問だったのだが……その時の担当職員は、ロマを見てとにかく驚いたという。

 

 当時の知識では、古竜が自然に放っている強大な魔力に人間は長時間耐えられなかった。定期訪問の職員も、毎回一週間は寝込む覚悟で訪問している。

 

 だが、ロマは平気な顔をして古竜のそばで遊んでいた。

 人間の魔力耐性は、幼児期の環境に大きく左右されることが判明した瞬間だったのだ。

 

 そこから聖教会と古竜の共同での育成体制に。

 当時の聖女からも良く面倒を見て貰ったという。

 

 そうして育っていったロマは5歳ですでに論理的思考もでき、言葉も流暢に話すようになったらしい。

 これも古竜の影響なのか、単にロマ個人の才能によるものなのかは不明。ロマいわく「根拠もないただの感覚じゃが、古竜のテレパシーによるコミュニケーションも大きかった気がするのう」とのこと。

 

 その後、6歳の時に聖女が崩御。

 ロマは、「自分が後を継ぐ」と名乗り出る。

 

 素養は認められるものの、年齢から反対の声もあった。

 だがロマは自ら有用性を示し、そんな声を封殺。

 聖教会を掌握し、天使からも見初められ、聖女に就任した。

 

 初めて人里に降りた時に見た蜘蛛を「かっこいい!」と気に入り、聖光八足を発想。

 指輪の力で生み出した、最初の極聖魔法だった。

 今でも好きな生き物一位は蜘蛛だと言う。多くの人が蜘蛛を嫌悪する理由が分からないロマである。

 

 以後、博智の古竜になぞらえて自身を『博智の蜘蛛』と名乗り、その極聖魔法にも『聖光八足』という名を付ける。

 が、「流石に聖教会のイメージがありますので……」と、公には『聖光八翼』ということにさせられた。

 

「『蜘蛛を名乗らせないなら聖女やめてやる』くらい言っとけば良かったわい」

 

 なんて、本気なのか冗談なのか分からない表情でロマは嘯いていた。

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