12歳-27-
あの食事会――食事しなかったけど――から、早三ヶ月。
私と殿下、それにダン様は、ほぼ理想的な距離感で過ごしてきた。……『私にとっては』の注釈が付くけど。
先月、殿下から「あの日の埋め合わせをそろそろ」と言われたため、「三人ではなく大勢でいかがでしょう?」と私から提案した。
また三人だけは良くないと向こうも思っていたか、二人はすぐに了承。
当日、ショコラの尻尾や耳を優しく撫でるご令嬢方に、殿下もダン様もびっくりしていたのが痛快だった。
「ざまあみろ」と口だけ動かしたのは、乙女の内緒。
とはいえ、流石殿下。その日の後半には、「自分も撫でさせていただいてよろしいでしょうか?」と、すっかり興味津々でショコラの尻尾を触っていた。
――恐るべき柔軟性。『獣人を連れている』という理由で疎遠になるのも無理みたい。
……とはいえ。
それ以降は、個人的な接触はほぼ無いまま今日になっている。
――私が距離を取りたがっていることに、気づかれているのかもしれない。
だとしたら、ありがたい限りですけどね。
†
「先頭は自分、次いで殿下、ルナリア様、ゼルカ様の順でいかがでしょう?」
洞窟に向かいながらダン様が提案した。
「順当にいけばそうなるが……レベル3のダンジョンだ。敵が前からだけとは限らない」
と殿下。
「確かに……であれば、殿に殿下が居ていただく方が良いでしょうか」
「なら、私が殿を務めますよ」
手を挙げて話に入る。
「魔力剣で後衛みたいなこともできますし」
「なるほど……。それでは、前を自分と殿下、殿をルナリア様、その間にゼルカ様の布陣で参りましょう」
「分かりました」
「……どうして私が選ばれたか分からないですが……精一杯頑張ります!」
震え声でゼルカ様が両拳を握る。
「この三人は実技測定で上位でしたが、全員前線ですからね。後衛にゼルカ嬢が居てくれるのは心強いですよ」
ガウスト殿下が優しくゼルカ様に微笑みかける。
――ゼルカ様も私より胸大きいですもんね、殿下。
……と、いけないいけない。ちょっと前生の恨みが蘇りすぎてる。冷静に、冷静に……。
「後衛でも優秀な方は、他に居ると思うんですが……」
「初回ですし、先生が配慮してくれたのかもしれません。ゼルカ様のポジションが男子だと、女子が私一人だけになってしまいますから」
本当にただの成績順だと、そうなるハズ。現に他のチームは男子のみ、もしくは女子のみの編成ばかり。
「だとすると、女子の後衛はゼルカ様がトップということになりますね」
とダン様。たまには気が利く。
「回復役が居ないですし、一番重要なポジションといっていいでしょう。あらためて今日はよろしくお願いします」
殿下が続く。
「はい! 皆さんの足を引っ張らないよう、頑張ります……!」
緊張しているようだが、自分を鼓舞するようなゼルカ様。
――殿下とダン様にパーティに参加してもらって良かった。今日が初コミュニケーションだったら、ゼルカ様はもっと緊張していたかもしれない。
「では、そろそろ入りましょうか。皆さん、準備はよろしいですか?」
全員を見渡す殿下に、三人が頷く。
「ダンジョン演習、頑張るぞー」
「「「おぉー!」」」
四人で右拳を掲げる。
遠くでギルネリット先生がクスクスと笑うのを尻目に、四人は洞窟に突入した。
†
懐中時計を見ると、突入から二時間が経過。
洞窟は見た目よりずっと広く、どう考えても他の洞窟に干渉している。これも魔法で作られた疑似空間なんだろう。
みんなが魔法で作られた疑似モンスターに感動していたのも、最初だけ。
数歩進むだけで、間断なく襲いかかる無数の疑似モンスターの群れ。
ツインヘッドタイガー、ゴーレム、オーク、ゴブリン、ビッグバット、スケルトン、ゴースト、ドリアード……
そしてたった今、デュラハンとミノタウロスの挟み撃ちをなんとか撃退した。
「はあ、はあ……」
消えていくミノタウロスの前で膝を付く殿下。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
まだ立ち上がれないダン様。
「う、うぅ……」
魔力神経を仄かに浮かび上がらせ、壁に寄りかかったままズルズルと座り込むゼルカ様。
「…………」
そして単独でデュラハンを倒してピンピンしてる私が、三人の後ろ。
ここまで魔力剣五本は彼らの援護にまわし、エンチャントも殿下とダン様の剣にそれぞれかけている。
それでも、ここまで彼らの疲労とダメージは限界に来てるように見えた。
三人に回復薬を配って回る。が、そろそろそれも尽きそう。
「どうしましょう? そろそろ撤退を視野に入れた方が良いかと……」
リーダーの殿下にポーションを渡しながら、進言した。
「……残りの回復薬は、あとどれほどでしょう?」
飲み込んで、口元を拭いながら殿下が尋ねてくる。
「ミニポーションが二本、ポーションが一本、ハイポーションは無くなりました。MPもブルードロップが二つのみです」
バッグの中身を見せた。
要するに、ほぼ枯渇している。
(このダンジョン、準一年生が来るべきレベルじゃない……)
私が居るせいで、ドーズ先生が「レベル3で良いだろ」とか適当に決めたんだろう。
――さっきのしてやったり顔を思い出して、イラッとしてきた。
「デュラハンやミノタウロス級のモンスターが居たということは、もうすぐボスだと思うんです。……ゼルカ嬢、魔力神経は大丈夫ですか?」
「はい。まだ行けます」
アナライズで見ると、ゼルカ様の魔力神経負荷は43%。
痛みに強い彼女だ。この程度で無理とは言わないだろう。
「では、もう少し先に行ってみましょう」
「ダン様は大丈夫ですか?」
心配になって、倒れている彼を見る。
「……はい。大丈夫です」
ダン様がむくりと起き上がる。
「本物のダンジョンと違って死にはしませんし、進みましょう。何事も経験です」
「そうだな。本来なら、この状況でボス戦なんて無謀だろうけど……。これも勉強の一環。
ルナリア嬢、よろしいですか?」
「リーダーが進むというなら、異論はございません」
そう応えると、殿下は小さく頷いて全員を見渡した。
「ではダン、前を頼む」
「はい」
再び陣形を整えて、ダン様を先頭に前へ進む。
「それにしても、流石ですねルナリア嬢」
殿下が目だけで振り返った。
「本当に凄いです! 誰よりも敵を倒しているのに」
ゼルカ様も殿下に続いてくれる。
「魔力剣もエンチャントも全部こちらに回してくださったのに、デュラハンを単独で撃破とは……。凄まじいと言うほかありません……」
ダン様も前を注意深く観察しつつ言ってくれた。
「いえ、なんだか、申し訳ありません……」
「謝られる必要はありません。逆に心強いですよ」
殿下の言葉に、「ですね」「全くです」と二人も頷く。
――私も、彼らと苦労を分かち合えれば良かったんだろうけど。
それが仲間であり、青春な気もするし。
才能を得るのも考えものね。
それから少し進み、角を曲がった先に霧が見えた。
黄色い霧の壁。それが道の上から下まで、隙間無くたゆたっている。道の左右には燭台が立ち、か弱い炎を灯していた。
「これは……」
ボス部屋を区切る霧の門。
くぐるまでは普通の霧だが、一度くぐるとボスを倒すまで固い壁と化して出られなくなる。
――存在は知ってたけど、実物は初めて見た。
「よし……、行こう!」
殿下の合図で、ダン様が霧に手を触れる。
そして、ゆっくりと歩を進めて中に入っていった。
その後を殿下、ゼルカ様、最後に私が霧をくぐる。
初めて潜った区切りの霧は、少し冷たかった。




