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12歳-16-

 シャミア様の場合。

「初日にルナリア様が馬車を降りるところをお見かけしたのですが……ドレス姿に剣を担ぐ姿が、あまりに美しかったので」


「美しい……ですか?」

「はい。昔読んだ絵本にも似たようなシーンがあったんですが、目の前で見たルナリア様は、それよりも圧倒的でした」

「絵本……!?」


 心臓が跳ねる。

 女の子がドレス姿で剣を持つ絵本なんて、心当たりは一つしか無い。


「あの、もしかして、リンとロウですか?」

「はい! ご存じですか?」

「ええ、私が一番好きな絵本です!」

「まあ、なんと!」

「ドレス姿で戦う場面は、私も痺れました!」

「それはもう! 牢面悪爵と再誕の獣に追い詰められたところで……」

「瓦礫の中をかいくぐって……」

「「ロウがマキナを連れて来る!」」


 そこからすっかり話に熱が入ってしまう。

 気づいたときは、他のご令嬢方が所在なさげにしていた。


「……二人で盛り上がってしまって、失礼いたしました」

「いえ、お二人が楽しそうで何よりです」

 ゼルカ様がにっこりと微笑んでくれる。なんて優しい子なんだろう。


「すみません、話が逸れましたが……。

 戦闘実技を受けた従兄弟がおりまして。

 ギルバートというのですが、彼からルナリア様の測定のことも聞きました。

 二回り以上体格差のある教官を圧倒し、本気を出されてもなお打ち破り、『白銀の剣花』の異名が付いた、と。

 昨日はその片鱗を見られて良かったです」


「女子にもその渾名が回ってるのは、シャミア様経由でしたか……」

「私だけではないかもしれませんが、確実に原因の一人ですね」

 なんて、茶目っ気たっぷりに笑うシャミア様。


 ――それにしても、まさか私以外にもリンとロウが好きな女子が居たなんて……

 シャミア様は前生でも取り巻きの一人だったのに、何も知らなかった。


 ジョセフィカ様の侍女のこともそう。

 あらためて、威厳という小事に腐心し、大事に気づけなかった前生が身につまされる。





 アリア様の場合。

「父に『とにかくトルスギット令嬢とパイプを作れ』と口酸っぱく言われたので」

 と正直に言ってしまうものだから、他のご令嬢も、彼女の使用人も騒然となった。


「ルナリア様はもう見抜かれてますし。隠しても無駄かなと。……あれ? もしかして、言わない方が良かったです?」

「いえ、言ってくれて良かったです。私もその方が気持ちいいですから」


「ですよね、良かった!

 ……ただ、きっかけはそうなんですが、奴隷に蹴っ飛ばされても一緒に仲良く謝りに来たり、親関係なく仲良くなってやる、と宣言されたり、今も失礼なことを言った私に笑いかけてくれたり……。気づけば、そんなルナリア様のファンになってます」


 またもアリア様の使用人達は大騒ぎである。

 私に謝る方、アリア様に「目上の方のファンになった、とか無礼にもほどがあります!」と忠言する方に分かれた。


 使用人に注意される姿は、なんだか親近感が湧いてくる。


「謝る必要ございません。ファンになっていただけて、素直に嬉しいですよ。私なんかが、とは思いますが」

「ファンにならない人とか居ます?」

「あらら、すっかり目が曇ってますね……。うちの侍女達も似たようなこと言ってきますけど」


「それで、たった今決めたことがありまして」

「なんでしょう?」

「ルナリア様のファンクラブを作ろう、って」

「ファンクラブ!?」


 ――なにをしれっと言い出すのこの子!?


「ルナリア様、第0号会員になっていただけます?」

「ちょ、ちょっと待ってください。急な話すぎて……」

「会員全員に配布用の写影を用意したいので、今度ルナリア様の写影を撮らせていただきたいんですが……」


 写影とは、物体や景色を平面の像として記録し、紙や布などに投影する魔法だ。

 高度で高負荷な魔法のため、一枚撮るだけで馬三頭以上の金額がかかる。


「写影を配布!? お、お待ちください、ドンドン話進めないで……」

 ――ファンって怖いな、と思った。





 エープル様の場合。

「まず、その節は申し訳ありませんでした。ルナリア様の思いも知らず、愛玩用などと……」


「お気になさらず。一方的に無理矢理するなら賛成はできませんが、亜人側もそれを良しとするなら、ペットのような関係も良いと思いますよ」

 ――ちゃんと自分を可愛がってくれるなら、その人の下でいい、という亜人もいるだろう。


「我が家は犬や猫をはじめ、動物を多く飼っています。そのおかげで、私も動物が好きでして。ルナリア様が仰った、モフモフする幸せというのも、良く分かります」


 ヴェローノ侯爵は動物愛護団体の代表。別名『博愛卿』と称されることもある。


「ただ、お父様は亜人……特に獣人が嫌いで。奴隷も雇わないため、私も見たことが無かったのです。

 初めて獣人を見たのは、七歳の頃サーカスを見に行った時だったのですが……もう、皆可愛くて!」


 エープル様の声が一オクターブ上がる。


「あの耳ナデナデしたい! あの大きな尻尾に包まれたい! と。お父様は動物好きなあまり、人と獣が混合した見た目が受け付けないようですが、私は逆だったのです。人っぽさと獣っぽさの融合に惹かれてしまったのです」


「なるほど、分かる気がします」

 私は大きく頷く。

「先日、私がショコラを褒めたことがあったんです。その時、ショコラは無表情で冷静なフリしてるんですが……尻尾がブンブン左右に振られてて」


「あぁ、それ、可愛いですねぇ」

 うっとりした様子でエープル様が微笑む。


「……言うなや」

 照れたショコラも、またエープル様にご満足いただけたようだった。


「なので、学園で一人暮らしを始めたら、獣人をそばに置くのが夢だったんです」

「そういうことだったんですね」

「最初はペットとして飼育しようと思ってましたが……ルナリア様を見習って、信頼関係を築けるような形にしようと考えを改めました」


 ――獣人嫌いのお父上のこと、周囲の目線、色々と障害はあるだろうけれど……


「お考えは良く分かりました。私にできることならご相談ください」

「ありがたきお言葉でございます。是非、先達としてご教授いただければ幸いです」

「ですが、獣人を連れていたら、私のように避けられてしまうかもしれませんよ?」

「ふふっ、ルナリア様と同じようになれるのでしたら、むしろ光栄ですわ」


 ――この子もファンに片足突っ込みかけてる……?

 そっちの方が、私にとっては不安だったし不穏だった。





 そして、ゼルカ様の場合。

「私、私は……」

 その引きつったような表情で、大体察せようというものだ。


「その、皆様のように強い思いのようなものは、ございません。申し訳ございません……」


「謝るようなことではございません。私も他の四方(よんかた)がここまで言ってくださると想像もしていませんでした」


 唯一、何も無かったらしいアリア様もファンクラブ作るとか言い出すし。

 ――皆、方向性は違えどなかなか極端なのよね。


「ですが、一日目にお隣に座られたとき、お美しいと感じたのは真実です。銀の髪に、白亜の肌、真紅の瞳、どれも神秘的で……」

「ごめんなさい、変なお世辞言わせてしまって」

「いえ、そんな!」


 私の言葉に、バッと顔を上げる。

 ……妙な違和感。

 まるで、私の『お世辞』という言葉を忌避しているような気がした。


「私の体の色は、後天的なものです。詳しい事情は申せませんが、私は誇りに思っています」

 ゼルカ様はどこか、すがるような目で私を見る。

「もしかしたら、この見た目で私を避けた方もいらっしゃるかもしれません。それを褒めていただいたことは、素直に嬉しいです。ありがとうございます、ゼルカ様」


「ルナリア様……」

 微笑みかけると、ゼルカ様は少し救われたように、その表情を安堵させた。


「いえ、見た目が美しいのは満場一致かと」

 そう言ったのはアリア様だった。


「アリア様の評価は信用できないんですが……」

 と私が言うと、皆さんがドッと笑う。


「……笑ってしまいましたが、私も同意見です。その神秘的な見た目に大剣というインパクトがあったから、『白銀の剣花』の異名ができたのでしょうし」

 そう分析するのはシャミア様。


「実は私も、見た目にはそれなりに自信がありましたが……ルナリア様を前にしたら、いかに滑稽だったか思い知らされました」

 とエープル様。


 その言葉に、示し合わせたように全員が深く頷いた。


「いやいや皆様、言い過ぎですよ。ちょっと珍しい色だから、変なバイアスがかかってるだけです」


 そうですかねぇ、なんて消極的に否定してくる皆。

 ――なんか皆、アリア様に流されてません?



   †



 そんな風に五人と語らいあってから、数日後。

 アリア様が会長となり、私のファンクラブが勝手に設立されていた。


 五人全員が会員となり、私の手元にも第0号の会員証が配られる。


 ――皆さん大変ね。親に言われて私に近づいた結果、仕方なくこんなものに参加する羽目になって。

 申し訳なさと同時に、同情してしまう。


 ……仕方なく参加してるわりには皆、妙に熱量が高い気がするし、男子への勧誘も盛んで、いつの間にか殿下も会員になった、なんて噂まで聞くけど。


 全部気のせいよ! 私は知らないこと! うんうん!

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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