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12歳-3-

 それからの二ヶ月は、本当にあっという間で。

 気付けば学園へ出発する日がやってきた。


 庭までみんなが見送りに来てくれて、門前には送りの馬車。


「お姉様、どうかお風邪など召されませんよう」

 レナの目尻には、うっすらと涙。


「レナも元気でね」

「エルザさんとショコラさんも、どうかお姉様のことよろしくお願いします」

 レナが深々と頭を下げた。


「はい。お任せくださいませ」

「まあ、できる範囲でな」

 レナ以上に頭を下げるエルザに、特にいつもと変わらないショコラ。


「そうだエルザ、あれを」

「はっ」


 エルザにある物を出してもらう。

 一つの横長の箱に収められた、二つの指輪。


 エルザから受け取ると、不思議そうにするレナの前でそれを開いて見せた。


「……あっ」

 思い出したようにレナが小さな声を出す。


「昨日やっと届いたの。間に合って良かった」


 サイズが小さい方を取り出して、一旦エルザに箱を預ける。

 レナの右手をとって、薬指にはめた。

 お父様とお母様に聞こえないように、

「私たちの結婚指輪は、こっちの指に、ね」

 と囁く。

 本物の結婚指輪は左の薬指だから、その反対。


「お姉、様……!」

 レナの涙が増える。


 箱からもう一つの指輪を取り出して、レナに渡した。


「私のはレナがはめてくれる?」

 右手をレナに差し出す。


 レナが震える手で、ゆっくりと私の右薬指に指輪を通していく。

 はめ終えると、レナが抱き付いてきた。

 そんなレナを、ぎゅぅっと、強く強く、抱きしめる。


「一生、大事にします……!」

 レナの小さく、けれど力強い宣言。


(……どうしよう、私もちょっと、泣きそうになっちゃう)


 この国の結婚は、創造神への誓いと感謝の儀式。

 回生をくれた創造神様に、最大限の感謝を。


 ――もしかしたら、いつか姉とのペアリングなんて捨てる日が来るかもしれない。

 もっと愛する人ができて、こんなおままごとの結婚なんて忘れる日が来るかもしれない。


 でも、それでも良い。

 レナを幸せにできたなら、それが私の誇り。

 このかけがえのない三年間があったことは変わらないんだから。


「いつの間に指輪なんか用意したんだ」

 呆れた様子でお父様が近づいてきた。


 私は目尻を軽く拭って、

「姉妹水入らずに入ってこないでください、お父様」

 冗談6:本音4くらいでお父様を見上げる。


「そこは家族水入らずに切り替えてくれないか……」


「でも、なんだか婚約指輪みたいで可愛いわね」

 と、お父様の後ろから出てくるお母様。


 ――惜しい! 婚約じゃなくて、結婚指輪なんですよ。

 なんて言っちゃうと色々説明も面倒なので、私もレナも黙ってニコニコしておいた。そこは姉妹のあうんの呼吸。


「婚約といえば、お父様。レナの婚約者を決めるときは絶対に私に話を通してくださいね。私が認めない限り、レナの婚約なんて許しませんから」


「分かった分かった。もう耳にタコができるくらい聞いたから」


 ――そんなに言ってたっけ……?

 思い返すと、言ってた……ような気もしてくる。

 レナと結婚なんて言い出してから、妙に気になっちゃって。お父様の顔を見る度に言ってたような。


「相変わらず過保護だな。……レナ、嫌なときはいやだと言って良いんだぞ?」

「いえ。お姉様に大事されて嫌なことなんてありませんから」


 ぎゅっ。

 かわいい! すき!


「……これは、三年前に二人で寝るのを許したのが間違いだったか……?」


「そんなことないですよ。いいじゃないですか、微笑ましくて」

 最近知ったけど、お母様は一人っ子だったため、私達姉妹が仲良くしてるのを嬉しがってくれてるらしい。


「私が学園に行った後、勝手に変な男をあてがったりしたら、レナを攫って駆け落ちしますから。くれぐれもお願いしますよ!」

「……お前なら本当にやりかねないのが恐ろしい」

「本当にやりかねない、と思わせないと脅迫の意味がありませんからね」


「減らず口を……。誰に似たのか」

「侃々諤々(かんかんがくがく)な政治経済界で辣腕と呼ばれる公爵様かもしれません」

「娘に口で負けるとは、大した辣腕だ」


 自虐して、けれどどこか楽しそうに、お父様は小さく笑う。


「まあ、向こうで何か困ったことがあれば、すぐに言いなさい。情けない辣腕が役に立つこともあるだろう」

 お父様が右手を差し伸べる。


「……ありがとうございます。情けなくないですよ、とても心強いです」

 レナから右手だけ離して、その手を握った。


 お父様と手を離したとほぼ同時に、お母様が後ろから抱きかかえてきた。いつの間にか背後に回られていたみたい。


「食事のバランスしっかりね。きちんと決まった時間に寝ること。エルザの言うことちゃんと聞くのよ?」

「もう、子供じゃないんですから……」


「私の頃は、親元を離れてハメを外す子が続出したから。健康を崩したり無気力になったりする子が多かったものよ。

 剣も魔法も勉強も、体が資本。贅沢や夜更かしするなとは言わないけど、計画的にね」


「はい。心に留めておきます」


 正面にレナを抱き、後ろからお母様に抱かれ、そんな私たちを優しく見つめるお父様。


 ――こんなに暖かい門出ができるだなんて、思いもよらなかった。

 前生ではレナの事もあり、そんな雰囲気じゃなかったから。


(……私は、家族に恵まれていたのね)

 そんなことに、前生では微塵も気付けなくて。

 気付けた今生では、目一杯大事にしよう、と改めて思った。


「……二人ともそろそろ離れてあげなさい。予定が押してしまってる」


 お父様に言われて、お母様とレナが離れる。


「それでは、行って参ります。みなさま、どうかお元気で」

「行ってらっしゃいませ、お姉様」

「ああ」

「着いたら手紙でも頂戴ね」


「はい!」


 それから、セレン先生、バンジョウさん、パルアスと別れの挨拶をして。

 屋敷のみんなにも礼をした後、馬車に向かって歩き出した。


 門を出ると、待機していたイズファンさんとテンディエットさんが黙って一礼。馬車のドアを開けてくれる。

 今後、私の乗る馬車の御者など基本的にテンディエットさんが担当してくれるらしい。今はまだ見習いだから、イズファンさんと一緒にだけど。


「あらためて、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 二人とすれ違い、馬車の中へ。

 次にエルザ、最後にメイド服のショコラが馬車に乗り込んだ。


 ――さあ、いよいよだ。

 いよいよ、私自身の破滅と向き合う時が来た。


 待ってなさいガウスト殿下。なんとしてでも、そっちから婚約破棄を申し出るよう仕向けてやる!


 戦場に向かうような気持ちで、馬車の扉が閉まる音を聞いた。

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