12歳-1-
月日が経ち、レナは10歳になった。一応私も12歳になってる。
10歳になったレナは少し大人の美しさを身に付けつつ、けれどその愛らしさは全く落ちない。むしろさらに可愛くなってきたんじゃ? ってくらい。かわいい。すき。
私の時と同様、誕生日の翌日から予算を預かり、勉学やダンスの時間も増え。
王宮魔術師の鑑定を受け、魔法習得の許可を得た。
――レナが健やかに、普通の貴族として生きられるなんて、それだけで目頭が熱い。
回生させてくれた創造神様には、いくら感謝してもし足りない。
そんなレナの人生初の魔法授業。
私とセレン先生の授業にレナが混じる形で行うことに。
「レナーラ様、まずはどのような魔法を使ってみたいでしょう?」
セレン先生が私の時と同じ質問をする。
「治癒魔法を覚えたいです」
とレナは即答。
「お姉様が治癒魔法に挫折したときから決めてました。お姉様の傷を癒やすのは私だ、って」
それを聞いて、私は号泣してしまった。
レナを抱きしめながら、「ありがとう」と。「嬉しい」と。そればっかり言っていたような気がする。
「お姉様、大丈夫ですか? もしかしてあの戦いの後遺症じゃ……?」
なんて心配されてしまう。
そういうんじゃない、と訂正。
「ただレナの言葉が嬉しくて、涙が止まらなくなっちゃっただけ」と。
「そういうレベルではなかったかと……」
セレン先生からツッコまれてしまった。
――いやまあ、そう見えるのは仕方ないんだけど……
でも私からしたら、レナが元気で、笑顔で、私に懐いてくれてるだけで、胸がいっぱい。
ということを説明して、納得してくれたようだけど……私のシスコン具合に呆れ半分、微笑ましい半分、みたいな顔のセレン先生だった。
一方、当のレナは嬉しそうに抱きついてきてくれる。
「妹を世界一可愛いと思うのが、姉という生き物なのよ!」
と過激派思想を説き、ますます微苦笑されるのだった。
「私も、お姉様が世界一好きです!」
レナがそう言ってくれるから、私は絶対に撤回しない!
一晩明けて。何を大真面目に言っちゃったんだろう、と若干後悔。
言った内容自体は本音だけど……。
前生の記憶のせいで暴走してしまったことは、少し反省だ。
†
ある日の昼下がり。勉強や訓練の合間のティータイム。
いつものようにエルザとフランは退室し、テーブルを挟んで二人でお喋りしてる時だった。
「お姉様。私、今日からお風呂やベッドに一人で入ろうと思います」
世界が崩れる音がした。
……気がするくらいに、我が耳を疑った。
――昨夜もショコラが白い目するくらい、二人でいちゃいちゃしてたのに……!?
知らないうちにレナが嫌がることをやっちゃったんだろうか……。
「……どうして?」
なるべく平静を装うけど、カップを持つ手が尋常じゃなく震えだす。
「去年のあの日から、ずっと考えてたんです。
菜の花畑に走るお姉様を見送るしかできなかったし、帰ってきたお姉様の治癒もしてあげられなかった。
私は、いつもお姉様に甘えてるだけで、本当に何もできない人間だな、って」
あの日というのは、野盗の襲撃があった日のことだろう。
「私に、お姉様の隣に居続ける資格なんかない。
本当にお姉様の隣に居続けたいなら、今のままじゃダメだと思うんです。
でも……お姉様と居ると、甘え癖が抜けなくて。いつまでも時間が止まって欲しいと思っちゃうので。
だから、私は本当の意味で、『自立』したいんです」
そこでレナが小さく、儚く微笑んだ。
「7歳の時、お姉様が仰ってくれました。
『兄弟姉妹は、協力して家を盛り立てなきゃいけない』
でも今の私は、お姉様と協力できる人間ではありません。
……協力って、お姉様に何かあったとき助けられる、そんな存在のことだと思うんです。
ショコラさんとか、エルザさんとか」
「そんなこと……私のために治癒魔法を覚えてくれるんでしょ? それは立派な協力じゃない?」
「はい。それはまず第一歩です。
……お姉様の役に立つ人間になるための」
そう言ったレナがどこか寂しそうに見えたのは、勘違いじゃない……と思いたい。
「それに、お姉様はあと二ヶ月で中央学園に行かれます。今のうちに、一人の夜に慣れておかないといけませんので」
――冷静になれ、私。
心と体が成長して『自立したい』と思うのは当たり前の事で。
それが私は5歳だったし、レナは10歳だった。
……ただ、それだけのこと。
レナの言うとおり、中央学園に行った後のこともある。
だから姉として、そんなレナを快く送り出すべきで……
妹の成長を、喜ぶべきで……
邪魔なんか、しちゃダメで……
「…………」
「……お姉様?」
「……レナは、偉いね。自分で色々考えて。尊敬する」
「そんな、私なんてお姉様に比べたら全然です!」
「レナには嘘つきたくないから、本心で言うわね」
「はい」
「絶対に嫌。『私から離れるのが成長』だなんて、そんなの認めない」
「……えっ?」
立ち上がって、レナの方に回り込む。
――ここ最近、レナは私の膝の上にあんまり乗らなくなった。
単に体が大きくなって座りづらくなったからかな? って思ってたけど……。実際、座りづらくなったのもあるかもだけど。
その本当の理由が、やっと理解できた。
「お姉様……?」
椅子の背もたれ越しに、レナの首元に両腕を回して軽く抱きつく。
レナの小ぶりな耳たぶに唇を寄せた。
「これからも学園に行くまで、私と一緒に居て」
囁く。
「学園に行った後は、毎晩私を思って。
毎晩寂しくなって。
私が居ないと安眠できない子になって。
時々私が帰省したときだけ、ぐっすり眠って」
ショコラは私の専属だから、学園に連れて行くことになる。そうするとレナは、夜一人きりになる。
そうなったらレナほどの器量よし、周りが放っておかないだろう。
寂しさに付け入り、『自立』という聞こえのいい言葉で、変な男をお父様が連れて来るかもしれない。
そんな未来が来るくらいなら……
一生私に縛られて生きて欲しい。
「私の隣に居る資格なんて、私がいくらでも発行する。
成長するなら、私の側ですればいい。
孤独に慣れるんじゃなくて、孤独を乗り越えて成長すればいい。
だって……嫌なんだもの。レナが私から離れるなんて、耐えられない」
「…………」
レナは今は、どんな表情をしているだろう?
――ドン引き……されてるかもしれない。
「……でも、レナがたくさん考えた上での結論なんだもんね。
いきなり言われても受け入れられないのも分かる。
だから……私のワガママが嫌なら、振りほどいてくれていいから」
そうは言ったモノの。
心臓が、死んじゃうんじゃないかってくらい速くなる。
――早まったかな……?
やっぱり「分かった、じゃあ今日から別々で」って答えるべきだった?
(いや、今からでも遅くない、『なーんちゃって』って……)
「嫌なわけ、無いです」
レナの声は、どこか涙が混じっていた。
私の右手にレナの右手が触れる。
「10歳にもなって、一人で寝られない自分が嫌いです。いつまでもお姉様にお守りされてるだけの自分が嫌いです……」
ゆっくり振り返るレナの両目から涙が溢れていた。
「そんな自分を変えたくて……。お姉様の隣に相応しい人間に、なりたくて……」
「レナ。あのね、ちょっと強い言い方すると……『なんで私に相応しいかレナが決めるの?』だよ?
私の隣に居て良い人間なんて、私が決める。
で、レナはなんて言われても離さない」
「……いいんですか? 私、これからも、お姉様と一緒で」
「当たり前よ。レナに嫌がられたって、離さないんだから」
「私だって。もう、離れて、って言われても聞きませんから!」
レナが振り返って。
椅子が倒れる音。
勢い良く、私の胸の中に飛び込んできた。
その暖かい涙ごと、強く……二度と離さない気持ちで、抱き留める。
†
そうして黙ったまま、少しの時間が経った。
(……私、なんかとんでもないこと言わなかった……?)
少し冷静になって、いまさらながら気付く。
「いつも思いますけど、お姉様、凄いです」
妙に楽しそうに、レナは少しだけ体を離した。私の背中に手を回しながら。
「自分でも気付かないうちに引っかかってたことを、全部解決してくれちゃうんですもん」
「……解決、したの……?」
「? なんですかその反応?」
「いやだって……レナの考えを、私のワガママで無理矢理ねじ曲げた感が凄いよ……?」
「考えてたつもりでしたけど……でも、『こんなに凄いお姉様の側に居続けたい』が一番の理由ですから。
言われて、考えが変わりました!
なんで資格がないと思い込んでたか、今では不思議なくらいです。
お姉様から離れないまま、お姉様に相応しくなるよう頑張ります!」
――まあ、そうやって笑ってくれるなら良いんだけど……。
「その……、本当にいいの? 自立したかったんじゃないの?」
「……冗談だったんですか?」
レナが頬を膨らませる。かわいい。すき。
「まさか! 本気よ。本気だからこそ……我ながら、姉として最低だな、って」
「そうですかね? 私にとっては、最高のお姉様ですけど」
「もう! かわいい! 最高の妹!」
また強く、抱きしめる。
えへへ、とレナの笑う声が耳を打った。
――自分で言っておいて、本当にいいのかな、と不安になるけれど……
(なんかレナは幸せそうだから、まあいっか!)
レナの笑顔に勝る理屈など、この世に存在しないのだ。
「お姉様。あの、私もワガママ言っていいですか?」
「断るわけない、って分かってるでしょ」
「ふふっ。ありがとうございます」
「それで、なあに?」
「その……キス、して欲しいです」
「キス?」
聞き返すと、僅かに上気して瞳を潤わせるレナ。
「……だめ、ですか?」
――本当にもう、分かってるくせに。
「断るわけないってば」
顔を近付ける。
レナが目を閉じた。
私は少し屈んで、レナの横髪を右手でかき分け。
そして優しく、キスをした。
柔らかくて暖かい、ほっぺに。
「ふふっ、甘えんぼなんだから」
口を離して笑う。
レナは嬉しそう……にはあんまり見えず。なんだか、少し不服そうだった。
「懐かしいわね。私もお母様によくされたわ。それを思い出しちゃったんでしょう?」
「……えっと……」
「…………?」
「…………」
…………
……
「……どうかした?」
尋ねると、レナはどこか恥ずかしそうに目を伏せた。
「いえ、なにも……」
「そう? 私たちの間で隠し事とかなしだからね?」
「え、ええ、そりゃもう……」
「ならいいんだけど」
「……次は、また心の準備ができた時にします」
「まだ何かして欲しいことあるの? いいよ、いつでも言ってね」
レナはしばらく、どこか引きつったような顔だったけれど…… その後、『まあ、いっか!』と吹っ切ったように、清々しく笑ってくれた。さすが姉妹。
それからティータイムが終わるまで、レナは自然に、私の膝の上で過ごしてくれた。かわいい。ほんとだいすき。
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