11歳-エピローグ1-
目が覚めて六日後。
私の体力もある程度戻ってきたところで、領内の治療院に訪れた。
治療院とは、文字通り継続的な治療を施すための施設である。
治癒魔法では回復しきれない怪我や、魔法では解消出来ない病気を患った人達が通ったり入院している。
その内の一室。
エルザがドアを開け、私は中へ入った。
「お邪魔します」
私の後ろからショコラとバンジョウさんも室内に入る。
ベッドに座っていた人物は、右手で器具を握りながら目を丸くしていた。
テンディエットさんだ。
野盗達との戦いの後、唯一まだ退院できていない私兵でもある。
「具合はいかがですか?」
「……もしかして、ルナリア様……ですか?」
「はい。私も未だにこの見た目に慣れませんけど」
「……お噂には聞いていました。色素を失ったと」
「おかげさまで、色素だけで済んだみたいです」
菜の花畑の戦いから延べ九日。痛みはなくなり左脚も復活。体力も戻って、今や本当に健康そのものだ。
「どうして、こんなところに?」
「決まってるじゃないですか。お見舞いですよ」
エルザがドアを閉めて、持ってきた花を備え付けの花瓶に用意し始めた。
「右手が動かなくなったと屋敷に手紙をいただいていましたが……その後、いかがですか?」
「……このままリハビリを続ければ日常生活には戻れる、と医術士の先生に言われています。剣は二度と持てないそうですが」
テンディエットさんの表情は暗い。
彼はレナの馬車を守ろうとした際、敵に右腕の筋を切られたらしい。
だからあの時、彼は馬車の近くでうずくまっていたのだ。
「……ありがとうございます。レナを、守ってくれて」
深く座礼をした。
エルザとバンジョウさんが制止しようとする。ショコラだけはなにもしてこなかったけど。
「腕から血を流しながら野盗に立ち向かった、とバンジョウさんから聞いています」
構わず、私は頭を下げ続ける。
「貴方の勇敢さに、レナも、私も救われたんです。本当に本当に、ありがとうございました……!」
「そんな、あの時はとにかく必死だっただけで……。お顔をお上げください。
自分なんか、ギガースを倒したルナリア様に礼を言われる価値などありません」
テンディエットさんが吐き捨てるように言った。
「……? 私がギガースを倒すと、どうして貴方の価値がなくなるんです?」
頭を上げながら尋ねる。
「だって、俺は、男なのに……!」
初めて聞いた彼の『俺』は、ひどく悲痛だった。
――確かに、男性の方が戦闘に向いてるとは言われてるけど、別に気にすることないのに。
剣の道が絶たれて、自暴自棄になってるのかも?
「……すぐレナから離れて魔法隊に治癒してもらえば、大事に至らなかったかもしれない。
それでも退かず、切られた腕を無理させて戦ってくれた。そんな貴方だから、私は敬意を表すのです。
そこに性別も功績も立場も関係ありませんよ」
懐から一枚の紙を取り出す。
先日、彼が屋敷に送ってきた『退職届』と書いてある手紙。
「今日私が来たのは、お礼を言いたかったのと……もう一つ、これについてです」
「……これについて、と言われても。そこに書いてあるとおりです。自分はもう、使い物になりません」
「でも、リハビリは順調なのでしょう?」
「あくまで、日常生活に戻れるかも、というだけです。剣士としては死にましたので」
シン、と静まりかえる。
……私が紙を引き裂く音が響くまでは。
「こんなもの受け取りません。腕を負傷した程度では、屋敷を去る理由になり得ませんので」
「なにを……」
テンディエットさんもバンジョウさんも、同じような表情で私を見ていた。
「国王陛下から一等の領地を預かる我が家には、仕事が山ほどあります。
剣を使えなくても、管理職でも事務職でも、お父様に掛け合います。なんなら私の執事もいいですね」
「……そういう仕事は、自分には向いていません。剣だけが取り柄だったんです。ですから……」
「嫌です」
彼の言葉をぶった切る。
「剣だけが取り柄? とんでもない。貴方ほど責任感と強い心を持つ方、他に知りません。
その右腕を呈して、貴方は自分の有能さを知らしめたんです。こんな素晴らしい方、他の屋敷や仕事場に渡しません」
呆然としていた彼の表情が、僅かに赤みを得たように見えた。
「ご存じの通り、私、ワガママで性格の悪い公爵令嬢ですから。たとえ本人が諦めたとしても、この私が、貴方を諦めてなんてあげません」
彼は表情をそのまま……一筋の涙をこぼした。
「ご理解いただけたら、退職ではなく転属届を書きましょう。とはいえ、一つだけ制限を設けます。レナに恒常的に近づける職は禁止します。
貴方のように素敵な殿方が側に居られたら、レナを取られてしまうかもしれませんから」
「ははっ……。それは、あり得ないと思いますけどね」
そこでやっと、彼は声を出して笑った。
笑いながら、大粒の涙を零し始める。
そして、ベッドの上で両膝をついて――うまく動かない右腕は放り出すような姿勢で――深く私に頭を下げた。
「ありが、とう、ございます……! この身、トルスギット家のために、必ずや役立てて見せます!」
「お礼を言うのはこちらの方です。ありがとう。これからも、よろしくお願いしますね」
†
詳しい話は腕の経過を見てから、ということで、その場は解散となった。
そうして、一ヶ月後。
色々と話し合った結果、イズファンさんの元で執事見習いとして働くことに。
イズファンさんと一緒に転属の挨拶に来た彼は、新品の執事服を着て、ぎこちない最敬礼をしてくれた。
イズファンさんが脚撃術(蹴りが主体の戦闘術)を教えると、持ち前の身体能力でドンドン習得しているらしい。
腕がダメなら脚で戦うというのも、なんともたくましい。
お父様への説得を頑張った甲斐があったというものだ。
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