11歳-8-
「うぅ……」
全身の疼痛で目を覚ます。
見覚えのある天井と照明に、寝慣れたベッドと枕。
……これが幻覚じゃないなら、目は機能しているようで少し安心。
周りを見渡す。私の寝室だ。いつもと違って、レナもショコラもエルザも居ないけど。
ゆっくりと体を起こす。ズキズキとした痛みが全身を駆け巡った。
左脚もまだ違和感がある。
アナライズを自分にかけると、魔力神経負荷は50%程度。体に浮かび上がらない程度までは回復してくれたらしい。
後遺症が怖い限りだが、今のところ痛みと左脚以外はあんまり異常無さそう。
「……そうだ、レナや皆は……?」
布団を剥いで、床に降りる。
誰かが着替えさせてくれたのか、いつものライトブルーのネグリジェを着ていた。
左脚を少し引きずりながら、寝室のドアに向かう。
その途中、姿見の前を通り過ぎると……
――そこに映ったのは、まるで見覚えの無い姿だった。
「えっ!?」
びっくりして足が止まる。
肩甲骨あたりまで伸びた髪は、染めてもそうはならないだろう、というくらいに真っ白。
肌も同様に白すぎる。
紅い眼は少し釣り上がって、どこか生意気そうだ。
一瞬、姿見じゃなくて誰かいるのかと思ったけど……間違いなく、反射して映った姿だ。
「……どういうこと……?」
右手で頬に触れてみると、その白い女の子も左手で頬に触れる。
――もしかしてこれ、私……?
………………
…………
……
「……わぁお……」
鏡の中の白い少女が口を丸くした。
右手で前髪を取って見てみる。
――うん、真っ白だ。
目がおかしくなったのだろうか……?
でも、周りの物は普通の色に見えてるけど……
コンコン。
と、そこでノックの音がした。
「はい、どうぞ」
反射的に返事すると、勢いよくドアが開く。
レナが前のめりに入ってきた。
「お姉様!」
ドアを閉めるのもそこそこに駆け寄って。
そのまま飛びついてきたレナを、優しく抱き留めた。
「良かった、目を覚ましてくれて……」
涙声で、私の胸に呟く。
そんなレナの髪は、いつもの美しく綺麗で愛らしい金色だ。
「レナ。あの後、何も無かった?」
「はい、お姉様や私兵の皆さんのお陰で……」
「良かった、本当に……」
心底から言って、レナを抱く力を強める。
レナが無事なら、私の姿なんて些細なこと。
――暖かくて、柔らかい、私の宝。
しばらく、小さく泣いているレナとそうしていた。
……安心したら、なんだかお腹が空いてきた。
――そういえば、あれからどれくらい時間が経ったのだろう?
王都の前に居たはずだから、最低でも一日は経っている計算になるけど……
「ねえレナ。私、どれくらい寝てた?」
互いに少し体を離す。
「今日で四日目です……」
「四日!?」
――そりゃあ、お腹も空くわ……
多分、水は飲ませてくれてたんだろうけど。
その後、エルザもやって来た。
「無事で良かった」と言ったら、「こっちのセリフです」と返された。
安心と嬉しさと呆れを足して割ったような、初めて見る顔で。
「旦那様と奥様を呼んで参ります」
エルザが出て行って間もなく、飛び込むように入ってきたお母様とお父様。
涙目で駆け寄るお母様と、ハグをした。
「もう大丈夫なの?」
お母様の心配そうな声。
「少し体が痛むのと……あと、お腹が空いてること以外は、元気です」
と答えたら、すぐにスープを用意してくれた。
ただし具は無い。使っていなかった胃が元気になるまでの間は、固形物を食べてはいけないらしい。
――暖かいスープが、胃に染みるように美味しい……
私はベッドの上に座らされ、エルザにスープを飲ませてもらいながら、あの後の顛末を聞いた。
†
まず、こちら側の死者はゼロ。
ギガースを引きつけたのは成功だったみたい。本当に良かった。
使用人は一人を除いて無傷。
戦闘に参加したイズファンさんも、傷は負ったものの治癒魔法ですぐ回復。少しの休暇を経て、すでに仕事に戻っているという。
だが私兵団には重傷者が何人か出てしまった。魔法で治りきらず、まだ療養中の者もいる。
戦闘後、お父様達と合流。野盗の援軍や第二波もなく、無事王都入り。
捕らえた野盗達は騎士団に引き渡し、その時にギガース――名は確かパルアス――も連行された。
それから国王陛下の許可のもと、お父様だけで参謁を行う。
陛下は私が目覚めるまで王都に居て良いと言ってくれたため、お言葉に甘えて丸一日滞在。
王宮の治癒術士によると、髪と肌が白くなり瞳が赤くなったことについて『極度のストレスと魔力神経の負荷により、全身の色素が壊れたため』との診断だった。
一度壊れた色素は戻らないが、命に別状はないとのこと。
数日もすれば目が覚める、と言われお父様は帰領を選択。
私が慣れたベッドの方がよく眠れるのではないか、と考えてくれたそうだ。
ちなみに国王陛下が用意してくれた帰りの護衛は、三倍以上だったらしい。
その後、無事屋敷に戻り。
エルザや他の侍女、それにレナやショコラにお世話されながら、今日になった。
「しばらくは安静にしていなさい。習い事なども休むように。もちろん剣を振るなんて論外だ」
お父様の言葉にウンウンと頷くお母様。
「なにか違和感あったら、すぐに言うのよ」
「はい。そうさせていただきます」
今のところは空腹感も落ち着き、痛みも少しずつ和らいできている。
自分の掌を握って開いて、を繰り返してみた。
特に変わったところはない。
一般的には、『魔力神経負荷100%を超えたら生命の危険がある』と言われてる。
――1000%超えてた気がするけど……この程度の後遺症で済んだのも、もしかしたら『魔法剣の才能』なのかな……?
だからって、検証なんかしたくもないけどさ。
「……それにしても、狂化状態とはいえ、単独でギガースを撃破するとはな。王宮で軽く騒ぎになったよ」
とお父様。
「あのときはもう、精一杯で……」
「陛下と話し合った結果、ルナのことは公表しないことにした。11歳の子供にしては、功績が特異すぎる。
政治的にも、戦略的にも、狙われる存在になりかねない。なのでギガースを撃破したのは、うちの私兵団ということになっている」
「そうですね。それが良いと思います」
そう答えると、お父様は意外そうだった。
「……てっきり文句を言われるかと思ったが」
「文句? まさか。別に剣で名声を得たいわけではありません。レナや皆を守れたなら、それで充分です」
「そう言い切れるのか、お前は」
「言い切れますよ。レナより大事なものはありません!」
「……私がその年頃だったら、功績を奪われたと抵抗しただろう」
まあ、実際は精神年齢プラス十四歳なんですけど。
「名声なんて、持っていても面倒なだけですから」
「ははっ、全く違いない」
思いのほか大きな声で笑ったお父様は、その後も笑いが収まらない様子だった。
――私が権威主義に育っていないことが、嬉しいのかな。
少し経ってから、そんな風に予想した。
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