11歳-5-
そして訪れる夕暮れ。
窓から見える菜の花畑。その上澄みを夕日が彩る。
「うわあ、綺麗……」
レナが窓の外を見てため息。
「ほんとだね」
私もそちらを見る。
けれど、意識は後ろに見える一台の大型馬車……
――キャラバンに見せかけた、野盗の馬車に。
「見えてきました」
御者のイズファンさんが声を掛けてきた。
レナと二人、御者台に乗り出して見ると、遠くに王都の輪郭が見える。
「あと二時間といったところですね。ご休憩は大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です」
「私も平気です」
そう答えた、直後だった。
ガシャァン!
後ろから大きな音。
振り返ると、最後尾の大型馬車が横転していた。
身長3メートルを優に超える亜人――小巨人が、後輪を持ち上げている。
……キャラバンの荷台にでも丸まって隠れていたんだろう。
使用人と私兵みんなの悲鳴。
野盗達の鬨の声。
ギガースの咆哮。
「亜人を愛するトルスギット様! 貧乏な人間は見殺しにするお偉い貴族様よ!
亜人どもにやるくらいなら、アンタらの資産は全部人間に回すべきだ!
武器に服に食料、美人と噂の娘姉妹も! まとめて俺たちが再分配してやるから安心しろや!」
野盗のリーダーらしき声が周囲に響き渡る。
次の瞬間、私達の馬車が大きく揺れて左に傾いだ。
取り付いた野盗達が車輪を壊したらしい。
「ルナリア様、レナーラ様、馬車を降りてください!」
レナの悲鳴の最中、イズファンさんが叫んだ。
足下に置いていた木剣を取り、レナを先に外へ。その後自分も馬車を降りる。
……と、そんな私の背後に、一人の野盗が飛び出してきた。
「こっちだ、外に出てるぞ!」
仲間に知らせつつ、野盗がナイフを振り上げ……
たところを、イズファンさんが上段廻し蹴りで吹き飛ばした。
――最近知ったことだが、イズファンさんは結構強いらしい。
だからこそ荒くれ者もいる奴隷の管理を任されたのだとか。
「急ぎましょう!」
他の野盗はまだ馬車の反対側に居るらしく、姿は見えない。
私とレナはイズファンさんに手を引かれ、馬と車を捨てて走り出した。
お父様とお母様の馬車はすでに見えない。
後ろから、気付いた野盗達が追いかけてくる。
「待ってください! 使用人や私兵の皆さんが……!」
こんな時でも他者を心配するレナ。
――優しい子だ。
私も、エルザや他の皆が気にならないといえば嘘になる。
けど……今はそれより、レナの安全が最優先よ……!
「今はご自身をご優先ください!」
イズファンさんが窘める。
と、そこでレナが足をもつれさせて、転んだ。
その衝撃でイズファンさんの手がレナから離れる。
「きゃっ!?」
「レナ!」
咄嗟にレナに手を伸ばそうとして……
次の瞬間、両手で力強く抱き上げられた。
イズファンさんが歯を食いしばって、私の方を見ないように、また前を向く。
――きっと、忸怩たる思いだろう。
仲間の使用人も、レナも、切り捨てることだってきっと勇気だ。
この一瞬でその判断をした彼を責める気なんて、毛頭無い。
「……でも、ごめんなさい」
両腕の補助魔法を展開。
力尽くでイズファンさんの拘束から抜け出した。
レナに手を伸ばす野盗達。
「傷付けるなよ! 値打ちが下がる!」
言われなくても全員分かっているようで、野盗達は武器ではなく縄や枷、大袋など捕縛道具を手にしてる。
「レナに触るな」
魔力剣を20本生成し、即放つ。
レナの近くに居た野盗から斬り裂いて、他の野盗達も状況を理解される前に貫いた。
まだ動ける野盗達が慌てて距離を取る。
「レナ!」
手を差し伸べて。
伸ばされたレナの手を取った。
そのままレナを引き起こして、勢いのまま抱きしめる。
――良かった! こうなればレナだけ攫われることはなくなったはず!
とはいえ、油断は禁物。敵はまだまだ居るんだ。
……と、そこで不意に周りが暗くなった。
気付いて見上げると、跳躍したギガースが剣を振り落とそうとするのが見える。
明らかに、私とレナに向かって。
「━━━━━━━━━━━!」
正気と思えない叫び。
レナを抱えたまま後ろに跳んで、なんとか回避。
私達がいた地面をギガースの剣が叩き砕いた。
すさまじい衝撃波で、まるで太鼓の中に放り込まれたみたい。
「くぅっ……!?」
背中から地面に落ちる。なんとかレナを離さないよう、強く抱き締めながら。
(……どうして?)
――なんで、ギガースがこっちに向かってきたの……?
私兵団に背中を向けてまで、しかも捕獲しようとせず殺す気満々で……。
――敵が分からないなら、調べてみればいい。
レナを支えるように起き上がりながら、アナライズをかけた。
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【パルアス】(狂化)
・HP 6099/6099
・MP 13/13
・持久 898
・膂力 1780
・技術 43
・魔技 13
・右手装備 ギガースの小剣
・左手装備 なし
・防具 布の腰巻き
・装飾1 狂化の首輪
・装飾2 ギガースのミサンガ
・物理攻撃力 2161
・物理防御力 946
・魔法攻撃力 12
・魔法防御力 799
■概要
小巨人族。ギガース族とも。
戦闘民族の一つである小巨人族は『全体鑑定』と呼ばれるスキルを常時発動させている。
『全体鑑定』により、周囲全体を一度に簡易鑑定できる。
これは、集団戦において最も脅威となる敵を優先的に撃破するためである。
『全体鑑定』で一瞬で全員の意思統一を図り、強靱な肉体と鈍い痛覚を盾に局所撃破を図る小巨人族は、しばしば自分より大きな中巨人族や大巨人族にすら勝利を記録することがある。
一対一の対戦も好み、自分より強い者には従う習性がある。
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『狂化』とは、理性を失う代わりに、ステータスを大きく上昇させる状態異常だ。
(つまり、お話しして円満解決……は不可能、と……)
――それにこの、『全体鑑定』……
私兵団も含めて、私が一番脅威と見なされたということらしい。
……まともに戦うには絶望的なステータス差。
ただ、私がこの場を離れれば、少なくともレナがこのギガースに襲われる事はなさそうだ。
「━━━━━━━━━━━!」
ギガースが私に向かって吠える。
「お、おい、なんでそっちに行く! こっちを手伝え!」
横転した馬車の近くの野盗がギガースに叫んだ。
そちらでは私兵団が体勢を立て直し、野盗との戦闘が始まっている。
――前生ではこの日、私兵団は全滅。逃げられなかった使用人もいた。
ただ前生のギガースは、おそらくバンジョウさんあたりを狙ったはずだ。
ということは、私がギガースさえ引きつければ……
(私兵団の皆なら勝てるはず……!)
相手が多いとはいえ、私兵団は全員プロ。対人間だけなら、そうそう負けるわけない。
「イズファンさん、レナをお願いします」
駆け寄って来たイズファンさんにレナを預けた。
「ルナリア様……?」
イズファンさんの怪訝な視線。
「こっちはいい! 誰か、あのギガースを止めろ! お嬢様達だけは死守だ!」
バンジョウさんの叫び声。
「ダメ! 全員、ギガースは放置!」
私はできるだけ大きな声で全員に指示した。
「最優先はレナの護衛! その次は戦えない人の安全! 私はギガースをこの場から離します! 私のことは居ない者として扱いなさい!」
「お姉様、なにを……」
レナの震えた声。
「繰り返します! レナが最優先! 私とギガースは無視! これは命令です!」
「何を仰るんです! ルナリア様こちらへ……」
イズファンさんが焦った様子で私に手を伸ばしてきた。
「私とレナは王都でデートするんだから! 誰一人命令違反は許しません!」
その手を避けて、ギガースを真っ直ぐ視界に捉える。
私が大声を出したからか、ギガースは興奮した様子で向かって来た。
それを見て、私は街道の外へと走り出す。
「お姉様ぁ!」
――そんなに叫んだらダメよ、レナ。喉を痛めちゃうわ。
なんて口に出す余裕はなくて。
そのまま、私は菜の花畑に突っ込んだ。
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