11歳-1-
ショコラが専属になって三ヶ月。
私が11歳になっておよそ一週間。
いつものように、レナとティータイムを過ごしていた。
ふと、11歳になってまだ自分にアナライズを掛けていなかったことを思い出したので、早速アナライズ。
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【ルナリア・ゼー・トルスギット】
・HP 62/62
・MP 2731/2731
・持久 40
・膂力 15
・技術 92
・魔技 89
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 貴族の服
・装飾1 貴族のブローチ
・装飾2 なし
・物理攻撃力 21
・物理防御力 33
・魔法攻撃力 51
・魔法防御力 49
・魔力神経強度 弱
・魔力神経負荷 0%
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相変わらず異様なMPを除けば、持久と技術の増加が目立つ。
ショコラとの鍛錬の結果かな?
体の成長もあると思うけど。
――あとは野盗に襲われるまでに、どこまで伸ばせられるか……。
レナが攫われる日まで、およそ半年。
それまでに少しでもステータスを伸ばしたいところ。
「失礼します」
と、そこでエルザが私たちの前にケーキを置いた。
「良いオレンジが届きましたので、本日はそれをケーキにしてみました」
輪切りのオレンジが数枚載せられたパウンド系のケーキだ。
「……オレンジのケーキ? 初めて見るわね」
前生でも見たことがない。
――……変ね。こんなインパクトある見た目、一度でも見たら忘れなそうなのに……
「わあ、すごい綺麗ですね。……いただきます」
レナがフォークで一口食べた。
「……美味しい! 控えめな甘さとオレンジの香りが最高です!」
「ありがとうございます」
私も食べてみた。
「……発想が凄いわね。輪切りのオレンジそのまま乗せて……見た目だけじゃなくて、それ自体もとても美味しい」
「オレンジははちみつ漬けにして、生地もそれに合わせて食感と甘さを調節しました。お口に合ったようで何よりでございます」
――やっぱり、前生の14年でこんなの見たことも味わったこともない。
と、そこで違和感の正体に気付いた。
(……っていうか、11歳になったのにまだエルザが居る!?)
そこに居るのが当たり前すぎて、すっかり忘れていた。
前生では私が10歳の頃――エルザは16歳――に結婚して退職になったはず……。
「いつもありがとうございます。お姉様のメイドさんなのに、私も楽しませていただいちゃって」
レナがエルザにお礼を言う。なんて健気で殊勝な子なんだろう。かわいい。
「とんでもありません。こちらこそ召し上がっていただき嬉しい限りです」
エルザも恭しく頭を下げた。
「……いつも思うけど、将来エルザが嫁ぐ旦那様は幸せね」
本音を使って探りを入れてしまう。
「ルナリアお嬢様はご自身のことをご自身でできるお方ですから。お世話の時間が少ない分、できる限りさせていただいているのみでございます」
微妙にはぐらかされた。
――まあ、世間話の一つと思われても仕方ないか。
そんな風に、お勉強や訓練の合間のまったりと穏やかな時間は過ぎていく。
……私の内心の決意や困惑は関係なく。
†
その後、ショコラの仕事が少し押してるということで、訓練まで空白の時間ができた。
私の部屋で、エルザと二人。
――丁度良いので、確認してみることにしよう。
「エルザって、今年十七歳になるわよね」
「はい」
「結婚の話とか、そろそろご実家からされたりしてない?」
――この国を含め、多くの人間の国では十六歳で成人と見なされる。
貴族や騎士など上流階級の子は、成人後5年以内に結婚するのが一般的。成人前から婚約することも珍しくない。
エルザの父は準男爵(男爵の一つ下、騎士の一つ上。一応平民扱い)で、いわゆる上流階級の人間だ。
「……そこはかとなく、それっぽい雰囲気になってる幼なじみから『そろそろ結婚しないか』と言われてはおります」
「まあ! なにそれ、ちょっと詳しく聞いてもいい?」
――それってつまり、プロポーズってことよね!?
「構いませんが……意外ですね、ルナリア様が恋話に食いつくなんて」
「馬鹿にしないで頂戴。もう11歳なのよ?」
――前生では、自分のこと以外あんまり興味なかったけど。
今生では自分の結婚に興味ないからか、逆に他人がどんな恋愛してるか気になる!
「大した話ではございません。親同士が友人同士で、私とその男性も幼い頃から知り合いで。
なんとなく、将来結婚する流れになっております」
エルザは特に表情も声色も変わらず、淡々としている。
――結婚って人生の大事な瞬間だと思うんだけど……。なんかそういう感じじゃない……?
「……エルザは、その人のこと好きじゃないの?」
「そう問われますと、好きではないかもしれません。嫌いというほどでもありませんが」
「なるほど。エルザ以外が盛り上がっちゃってるわけね」
「ですので、その方は二年ほど待たせてしまっています」
「罪な女なんだから」
「そういうつもりではなかったんですが……そうなってしまいました」
「でも悪い方ではないんでしょう? 今のうちにしておかないと、別の女性に取られてしまうかもしれないわ」
「まあ……そうなったらそれでも良いかと、最近思うようになりました」
「……あっ! もしかして、他に好きな人ができちゃったとか?」
「……そう、ですね……。とても広義で言えば、そうなるかもしれません」
「……どういう言い方?」
「今は嫁ぐより、ルナリア様のお側に居たいと、強く思っております」
あまりに予想外すぎて、しばらく黙っちゃった。
――けれど段々、嬉しくなってきて胸の奥が暖かくなってくる。
そこでエルザが微笑んだ。
「二年ほど前まで、『既定路線で結婚し、平凡な人生を過ごす』のが私の一生と思いながら生きておりましたが……ルナリア様のお考えと、ショコラの生き方に、感銘を受けまして」
「私とショコラ……?」
「お二人の『後悔しない生き方』が、今の私のお手本です」
――まあ、そこまでは分かる気するけど……
「……その結果、私のメイドを続ける、ってことなの?」
「はい。ショコラではありませんが、ここで別のメイドにルナリア様をお任せするなど、それこそ後悔すると思いましたので」
再びの沈黙。
私は唖然と、エルザは泰然と、時間が過ぎた。
「年上の身で恐縮ですが……ルナリア様ほど尊敬できる御方は他におりません。
そして、ルナリア様ほど危なっかしい女の子も」
「……上げてすぐ落とさないでよ。本当、罪な女なんだから」
「僭越ながら、ルナリア様の方がよほど罪な女性かと。そのお歳ですでに何人も思想を変えられてしまったようですので」
「変えちゃった相手に言われたら世話無いわね」
「ふふっ。どうか、そのまま成長していただければと存じます」
いつも冷静で表情を崩さないエルザが、わずかに頬を紅潮させ、目を閉じて笑っていた。
――不思議だ。
前生で家のために生きた私は、誰からもこんなこと言われた経験無かったのに。
今生で自分のために生きていたら、レナもショコラもエルザも、私なんかを慕ってくれる。
「……ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいわ」
万感を込めて、そう答えた。
「ただエルザの将来を思うと、本当にいいのか、ってちょっと考えちゃうけど」
幼なじみの彼が別の女性に取られて、適齢期のうちに他の相手が見つからなかったら、最悪エルザは生涯独身になってしまう可能性もあるわけで……
「行き遅れになったら、その時は仕方ありません」
「でも、流石に……」
「『好きになった相手に尽くす人生』と、『惰性の相手となんとなく居る人生』なら、前者を選んだというまで。
それは私の選択でございますので、ルナリア様が気を揉んでいただくに及びません」
しれっとエルザは言う。
かっこいいし、嬉しい。
「……エルザ、少しこちらに来てもらえる?」
「はい」
エルザが私のすぐ横までやってきた。
私は立ち上がって、エルザに抱き付く。丁度エルザの胸に私の顔が埋まった。
「私も大好きよ! エルザ」
「る、ルナリア、様……」
びっくりしたようなエルザの声。
「……私は侍女ですので。大変嬉しいですが……そういうお言葉は、恐れ多うございます」
「そんなこと言ったらショコラは奴隷よ? ショコラにもよく『好き』って言ってるし」
「ショコラは奴隷である前に、友人と存じますので」
「じゃあ、エルザとも使用人と主人以上の関係になる。決定!」
顔を上げると、目を丸くしたエルザが可愛くて、にんまりしちゃう。
「私が奪っちゃったなら、ここでエルザを離す方が無責任よね。だったら、とことんまで一緒に居て貰うから」
「……思考の切り替えがお早くて大変嬉しく存じます」
「エルザもこれから一緒に寝ましょう。お風呂も一緒に」
「私は使用人ですので、そこまでお供するのは……」
「あ、そうか。貴族基訓に違反しちゃう……」
「そうなってしまうかと」
――まあ、んなもんいまさらガン無視でいいんだけど……
お父様や王宮とトラブルの種になるのは、なによりエルザに申し訳ない。
ここまで言ってくれたエルザを守るのも、主としての責任であり義務だ。
「じゃあ、分かった。お昼寝の時だけ! なら誰も文句ないでしょ!」
ドヤッ!
私ったら天才ね!
「……かしこまりました。それでよろしければ、どうぞよろしくお願いします」
といってもお昼寝はしない日もあるし、しても30分から1時間程度だけど……
「これから毎日、ちゃんとお昼寝の時間とろうね♪」
そう言うと、エルザは目に見えて分かるくらい頬を赤くした。
口元を抑えて、若干目を逸らす。
「レナもショコラもお昼は忙しいから。私たち二人っきりでゆっくりしましょう」
「ルナリア様……さっきから、卑怯です……。お可愛らしすぎて……」
なんて抗議されてしまった。
こんなエルザ、初めて見るからちょっと驚いたけど……。
――ここで怯んでたら女が廃る!
「あんなこと言ってくれた以上、簡単に男になんか渡さないから。覚悟しておいてね、私のエルザ」
可愛いと褒めて貰った笑顔を、めいっぱいエルザに向けてあげた。
†
それから、エルザの柔らかい胸枕――お母様よりずっと大きい――に包まれたお昼寝は、すっごく気持ちよくて。
お昼寝を毎日実施するようになったのは、大正解だった!
お勉強や訓練の効率も上がった気がするし。
人間は女性の胸に安心感と――僅かな高揚を覚えるのだと、身を以て学んだのだった。
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