10歳-13-
ショコラと出会って、三ヶ月ほど。
もうそんなに経ったのか、と時間の流れを速く感じる。
――やりたいことを奪われた日々と、やりたいことができる日々の違いだろうか。
そんなことを考えながら、屋敷の廊下をエルザと移動していた。
と、向こう側からイズファンさんが歩いてくる。
「おはようございます、ルナリア様」
「おはようございます」
「今、少しだけお話よろしいでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
「ルナリア様、本当に、ありがとうございます」
いきなり深く頭を下げられた。
「……なんのことでしょう?」
イズファンさんがゆっくり頭を上げる。
「ショコラですが、最近すっかり他の奴隷との関係が良くなりまして。元々覚えは良い方でしたから、執事の間でも評価が高くなっています」
「まあ! それは良かったですね」
……私にお礼を言われる理由がまだよく分からないけど。
「ルナリア様お相手に暴れられるからか、トラブルを起こさなくなりました。中には、お二人の訓練を見たあと、『お前凄いな』なんて声をかける奴隷も居まして。
それからショコラと奴隷たちの交流も増えているようです。いずれもルナリア様のお陰です」
(ショコラ、そんなことになってるんだ)
――根は良い子なのよね。獣人の男家庭で育ったのと、捨てられたと思ってるから、粗暴に見えただけで。
最近はレナと三人でお風呂に入るのも日常と化してきてるし。
「とっても良い傾向ですね。ただ、私がお礼を言われるようなことではありませんよ。
私はやりたいことをやっただけ。ショコラがいい子なのは、ショコラのお陰です」
「ですが執事全員、ショコラをのことを見抜けず、ずっと持て余しておりました。大の大人が揃って恥ずかしい限りです」
「今回はたまたまです。ショコラもなんだかんだ、育ちが良い子ですから」
「こういうことを言うのは失礼に当たるかもしれませんが……。
ルナリア様は自然体のままで周囲を変えていける、まさに王妃たるべき方だと感服しております」
「あまり褒めないでください。私、すぐ調子に乗ってしまうタイプですから」
前生で正式に婚約者になってからの空回りっぷりがそれを物語っている。
するとイズファンさんは可笑しそうに、
「旦那様も似たようなことを仰ります。『賞賛は口に出すな』『直接伝えるたび、相手を愚か者に近づける』と」
なんて笑った。
「分かります。なんだかんだ、似たもの親子ですから」
「他の屋敷に勤める友人は、『嘘でも褒めておかないとクビを切られる』という者がほとんどです。この屋敷に勤められて、本当に良かったです」
「イズファンさんの人生に良い影響が与えられたなら、私も鼻が高いですわ」
イズファンさんは深くお辞儀をした。
「……お時間取らせて失礼しました。あらためて、ルナリア様が王妃の座に着く日を心待ちにしております」
苦笑いしか浮かべられない私。
――そんな未来を迎えないよう剣を握ってる、と知られたら、ガッカリさせちゃうんだろうなあ……
別れの言葉を互いに告げ、彼の背中を見送る。
見えなくなった後、ふう、と小さく息を吐いた。
「もう、イズファンさんったら褒めすぎよね」
とエルザに言うと、
「いえ、妥当な評価かと」
即答でそんなセリフが返ってきた。
――えっ? エルザも?
「塞ぎがちな性格であられたレナーラ様が毎日笑顔なのも、ショコラの事情が改善したのも、お嬢様の才覚あってこそです」
――まあ、イズファンさんもエルザも、使用人という立場上そう言わなきゃいけないんだろうけど……
心が痛い、というのが正直なところだった。
†
「ショコラさん! 今日から、三人で一緒に寝ませんか?」
いつものお風呂上がり。
レナがそう言うと、ショコラが目をまんまるに見開いた。
――昨夜、レナから提案された。『ショコラさんと一緒に寝てみたいです!』と。
もちろん私も大賛成!
ということで、レナからショコラを誘ってもらうことにしたのだ。
「……正気か? 奴隷とベッドに入るとか……」
初めて私の攻撃を受けた時より驚いてるショコラ。
「お嫌ですか? それとも、他の奴隷の方と一緒に寝てるとか?」
「そんな相手はいねえ。寝るときは一人が落ち着くんでね。だから遠慮しとくわ」
「あ、じゃあ命令。今日から三人で一緒に寝ること!」
私が言うと、ショコラの首輪が光り出す。
「テメエ! 何回目だ! 首輪で縛りたくない、とか嘘じゃねえか!」
「そんな誓いよりレナの方が大事だから♪」
「このアマ……」
「お姉様、ショコラさんが嫌なら、無理強いするのは良くないかと……」
「違うのレナ。ショコラは誰かと一緒に寝る経験が乏しいだけ。それを教えてあげるのは、むしろショコラのためなのよ」
「はっ! そうか、なるほど……流石お姉様!」
「姉貴に騙されんな! 自分の意思を持て! 無理強いは良くないことだぞ!」
なんかショコラが吠えてるわ。狼系なだけに。
「まあまあ、物は試しで。どうしても安眠できないとか、馴染めなさそうだったら、命令解除してあげるから」
「そうですね……。一回だけ、今夜だけ、とりあえず試してみるのはいかがでしょう……?」
ぐぬぬ、ってなるショコラ。
私の命令というより、レナに上目遣いでお願いされて陥落しない人類が存在するわけないのだ。
「……一回だけだぞ」
いろいろと諦めたように、小声で言うショコラ。
「わーい♪」
「いえーい♪」
レナとハイタッチ!
「ありがとうございますショコラさん! 今夜はよろしくお願いします!」
深々と頭を下げるレナ。やさしい。
「……頭なんか下げなくて良い。近くに誰か居て上手く寝れるわけねえんだからからな」
†
とか言っていたけれど、次の日の朝、一番最後までぐっすり寝ていたのはショコラだった。
そして起きた後、
「……こんな気持ちよく寝れたの、生まれて初めてかもしれん」
なんて言うから、私もレナも、黙ってショコラを両側から抱きしめた。
「ショコラさんかわいい♪」
「ショコラも可愛いけど、そう言うレナも可愛い! 二倍可愛い!」
「……左右からやかましい……。こちとら寝起きなんだよ……」
誰からともなく、三人でベッドに倒れ込む。
……それから全員二度寝して、その後三人とも方々から怒られたのも含め、私達の思い出の日になった。
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