10歳-12-
それからまた数週間後、雨の日。
いつものように中庭でショコラと対峙する。
ちなみに雨よけの魔法はなし。今後、雨の中での戦闘もあるかもしれないからね。
一合目は『咆哮砲』の戦技で吹き飛ばされて。
二合目は戦技もなく手数と速度で押し負けて。
三合目はショコラの得意戦技『火鳥輪舞』を出してもらい、あえなく撃沈。
雨の地面に背中から倒れた。
ショコラに手を貸してもらって立ち上がる。
――うーん、『火鳥輪舞』はどうにかできる気がしない……出される前になんとかするしかないのかな……?
と考えていると、ショコラがまだ離れずこちらを見ていることに気がついた。
「……お前、どうしてそこまで頑張るんだ?」
「どうして、って……?」
そのままオウム返しするしかできない。
「お前、王太子の結婚相手の有力候補なんだろう? 将来なんて安泰じゃねえか。なんでそこまで強くなろうとするんだ」
――なるほど。将来安泰……に見えるよね。
前生の私もお父様も、王族になる苦労は予想していたけど、将来そのものは疑ってなかったし。
「……王太子の婚約者になったって、安泰なんて無いよ。世の中は理不尽だらけだし、自業自得だらけ。
だからせめて、後悔しないで生きる、って決めたんだ。頑張る理由なんて、それだけだよ」
『婚約者になる気は無い』と言えないので、ごまかし混じりで答えておいた。
「……後悔しないで、生きる……」
今度はショコラがオウム返しに呟いて、目を伏せた。
「さあ、早く続きしよ!」
「……ああ」
四合目は切っ先を掠らせたものの、前方宙返りから踵落としを肩に受けて木剣を落としてしまった。
この日の訓練が終わる。
泥だらけの私と、足下以外雨に濡れただけのショコラ。
「ショコラ、今日は一緒お風呂入るよ!」
「……入らねえって」
鬱陶しそうに濡れた顔を拭う。鬱陶しいのは雨か、私の言葉か。両方かも。
「今日は駄目。この後水浴びなんてしたら風邪引いちゃう」
「しないから安心しろ。水なら散々浴びてんだから」
「体を温めなさい。貴女の雇い主の娘として命令です」
瞬間、ショコラの首輪がわずかに光を帯びた。
「待て待て! 首輪で言うこと聞かせたくないって話はどうした!」
「そんなの時と場合によるのよ! お風呂に入りなさい。私達と一緒にね」
「本当、とんでもないワガママお嬢だな……」
非難するように目を細めるショコラ。
でも残念、そんなの全然効きませーん!
†
というわけで、私とレナとショコラで浴場にやってきた。
三人で横並びで湯船に入る。右からショコラ、私、レナの順。
「あったまるぅ……」
冷えた体にお湯が気持ち良い。
「あー、こりゃいいな……」
言いながらショコラがゆっくり首まで沈んでいった。
「ショコラは、お風呂って入ったことあるの?」
「片手で数えられるくらいは」
「アルトノアは水浴びが一般的ですものね」
レナが会話に入ってきた。
「温暖な土地らしいからね」
「こっちはずっとこの寒さなんだろう? 嫌になってくるぜ……」
言いながら、気持ちよさそうに目を閉じるショコラ。
「最近、お勉強でアルトノアのことを学んでるのですが……、獣人の皆さんは水浴びの後、どんな風に寝るんですか?」
「どんなって……、あんまり変わらん。俺は小さい頃、座って寝られるよう特訓したけど」
「座って寝られるんですか!?」
レナの声が一オクターブ上がる。
「一応寝れるが……、腰とか負担掛かるし、疲れもあんまりとれない。最近はあんましてない」
「でも凄いです! 流石、戦闘民族って言われるだけありますね」
ショコラが居心地悪そうにレナを見た。
「……アンタ、この家の娘だろ? 奴隷に敬語とかおべっか言うんじゃねえよ。気持ちわりい」
すぐさまレナにフォローを入れ……
「? この家の娘ですけど、尊敬できる方に敬意を表するのは当然かと」
ようと思ったけど、レナは真っ直ぐな目でショコラに答える。
「ご不快でしたか? どうすればよろしいでしょう?」
ショコラの言葉遣いに萎縮せず、けれど真摯に受け止めるレナ。
私が思った以上に心の強い子に育ってくれている。すごい。かわいい。すごい。
レナの頭を黙って撫でる。
レナは不思議そうに私とショコラを見比べた。小動物っぽくてかわいい。すき。
「……お前ら姉妹はなんなんだ? 奴隷うんぬんは置いておいても、こんな見た目のチンピラ、避けて当然だろ」
こんな見た目、ってのは傷跡のことかな。むしろそれ以外は可愛いくてお近づきになりたい要素しかないから。
私は黙ってレナを見、返答を促す。
なんだかんだ関係ができてきた私より、ほぼ初会話のレナの方が良いでしょう。
「そうですね、最初はびっくりしました。でも、お姉様の大事な方ですので」
「姉貴が基準か。自分の意志は無いのか?」
「お姉様はショコラさんのお陰で楽しそうなので。それが私の意志です」
「理解できん。姉貴は姉貴、自分は自分だろ」
「はい。お姉様を大好きな私が、自分です」
ぎゅーっ、と横からレナを抱きしめた。わたしもだいすき!
ショコラはうんざりした様子で視線を逸らす。
「それに、最近は優しい方だと分かったので。もう全然、怖くありませんよ」
「……優しくした覚えはないんだが」
「でしたら、根っから優しい方ということですね」
天使の笑顔でレナが言う。すっごいかわいい。すき。けっこんする。
「……やっぱり変な姉妹だ。ったく、ここには変なヤツしかいないのか」
ショコラは負け惜しみのように言い捨てた。
ゆっくり目を閉じて、湯船の縁に寄りかかる。
「ショコラさんが羨ましいです」
「……羨ましい?」
ショコラに代わって私が聞き返した。
「……私は、剣のことではお役に立てませんから」
儚く微笑むレナ。とうといかわいい。
「俺の知ったことか」
目を閉じたままショコラが返した。
「私の入れない世界で、お姉様の一番近くに居るのが、羨ましいんです」
「……そんなたいしたもんじゃねーよ」
「これからもお姉様のこと、よろしくお願いします」
「けっ」
ショコラは悪態をつきながら、左手を一度振って見せる。
それは了解なのか、それとも拒否か。
――まあどっちだとしても、今後付き合ってもらうことに変わり無いんだけど。
お風呂から出て服を着る。
ショコラは一瞬で服を着終えていた。布が少なすぎる。
「暖まった?」
黙ってると帰っちゃいそうだったので、そう尋ねてみた。
「ああ。気持ちよかったよ」
素直なショコラである。
「使用人や奴隷に解放してる時間があるから、自由に入ってね」
「大勢と入るのは嫌いだ。お前らだけの時で良い」
「私達とまた一緒に入ってくれるんですか?」
嬉しそうにレナが聞き返した。
失言に気付いたショコラが唇を噛む。
そんな二人の対比に、思わずにんまりしちゃう。
「……まあ、風邪でも引いたら、お前のお姉様に怒られるからな」
「次はアルトノアのお話を聞かせてください!」
「へいへいお嬢様、お好きにお聞きくだせえませ」
二人が思ったより仲良くできそうで、嬉しい限り。
裸の付き合い、なんて言葉があるけれど……
私とレナ、そしてレナとショコラを見ると、どうやら真実みたいだ。
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