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10歳-10-

 アナライズの概要に『魔法剣の範囲に限り、スキルや魔法の習得に時間を要さない』とは書いてあったけど……

 本当に時間を要さなすぎて、逆にこっちが戸惑っちゃう。


 大概のことは、教えてもらえば次の瞬間にほぼ再現できる。


「剣を振るときずっと力を入れるな。力を抜いて速く、当たる瞬間だけ握り締めて威力を上げろ」

 と教われば、次の一撃でショコラの爪を痺れさせるくらいになり。


「魔力の筋肉が作れるなら、もっと立体的に動いたらどうだ?」

 と教わった日の夜、脚にも魔力の筋肉を纏い、魔力で空中に見えない足場を作って、そこを渡る練習をしてみた。


 翌日、あんまりショコラに通用しなかったけど……


「足場まで作れるのか。まあ、格上相手の一対一だとあんま効果なさそうだけど、ザコ多数相手なら有効そうだな」

 と褒められ(?)た。


「足場を局所にまとめて、上から猛スピードで斬りかかれれば、格上にも通じるかな……?」

「躱されたときの隙がでかくなる。俺はオススメしねえ」

「確かに……」


 そんなに風に、話しては斬り結び、斬り結んでは話し、毎日の訓練を積んでいった。


 そんな時間が、本当に楽しくて。

 私は、こうやって生きたかったんだ、と実感するのだ。



   †



 そんな感じで一ヶ月が経過した。

 教わったことの習得は早いけど、どうしても習得できないものもある。


 戦技だ。


 戦技を使うには魔力神経を閉じなければいけない。

 MPを魔力ではなく気力に変換して行使するのが戦技。なので、魔法と戦技は同時に使えない。


 この戦技の数が、ショコラはとにかく豊富だ。

 その上、一つ一つが洗練されている。


 伊達にエリートの娘ではない。「才能がある」と言われたそうだが、本当にそうだと思う。

 私のような誰かにもらったモノではない、本物の才能。


 惜しむらくは、体格に恵まれなかったこと。

 とはいえ、あまり体格が変わらない私じゃ全然敵わない。

 ショコラの宣言通り、毎日ボコボコにされる日々である。



   †



 ある日の訓練終わり。

「汗掻いたでしょう? 一緒にお風呂入らない?」

 そう誘ってみた。


「嫌だ。詰め所で水浴びる方が良い」

 と、そのままショコラは去って行った。


「……セレン先生はどうです?」

 次に、毎日付き合ってもらってるセレン先生に聞いてみた。


「いえそんな、恐れ多いです!」

 ぶんぶんと首を左右に振られる。


(そんなに断らなくて良いのに……)

 と思ったけど、前生の私なら「公爵令嬢と男爵の三女が同浴なんてあり得ない」とか言ってそう。

 ――人間、変われば変わるもんだなあ。


 さらに次は、意図せずイズファンさんと目が合う。


「……イズファンさんは駄目ですよ?」

「当然です」

 呆れた風にイズファンさんが苦笑した。


「仕方ない、じゃあレナ、今日も二人でお風呂行こうか」

「はい!」


 最近は訓練後に二人で汗を流すのが日課。

 今日も二人で手をつないで、浴場まで向かった。





 お互いの髪と体を洗い合い、湯船に浸かる。


 疲れた体にお湯がしみる。

 両手を組んで背伸び。

「はぁ~~~っ♪」

 なんて間抜けな声が出ちゃうのも、最近は止められない。


 一人でお湯を楽しむ時間を過ごしたあと、レナが私に両腕を広げて近づいてくる。

「お姉様ー」

 可愛い天使を抱きしめる。


 この時間の、なんて至福なこと!

 ショコラとの模擬戦に、お風呂にベッド……、毎日こんなに幸せで良いのか、と意味も無く不安になる。でも、その不安もレナが吹き飛ばしてくれる。毎日がそんな感情の荒波。


「……ショコラさんに断られて残念でしたね」

 レナが囁いた。


「まあ、仕方ないよ」

 頭を撫でると、レナが気持ちよさそうに目を閉じる。


「……お姉様、私……」

「ん?」

「……いえ、すみません、なんでもないです」


 ごまかすように、レナが私の首の後ろに手を回して、自分の顔を私の肩に乗せた。


「じゃあ、そのなんでもないこと聞きたいな」


 優しく背中を撫でる。

 黙りこくるレナ。

 隠し事なんて無しだよ、という気持ちを込めて、そんなレナをゆっくり撫で続けた。


「……湯船を出たら、忘れてください」

 レナがぽつりと呟く。


「分かった」


「私、本当はあんな危険なこと、やめて欲しい、って思ってました」

「あんな、って言うのは、ショコラとの訓練?」

「……はい」


 ちゃぷん、と小さな水音だけが響き渡った。


「危険は無い、って頭では分かってても……、もしもっ、て考えちゃって……」

「心配かけてごめんね」

「でも、お姉様は毎日やる気まんまんで……。止めたくも、無いんです」


「うん」

「ごめんなさい、足を引っ張るようなことを言って」

「ううん、そんなことない。すごく嬉しい。正直に言ってくれてありがとう」


 ぎゅぅっ、と強く抱きしめた。

 これまで言わずに秘めていた彼女の優しさも含めて、愛おしい。かわいい。すき。


「そうだよね。もし逆の立場だったら、私はレナを無理矢理にでも止めてるかも。怖いもん。『レナが戦う必要ない!』って説得しちゃうな」


 だというのに、自分はそれを強行しているのだから。

 我ながら、妹不幸者だ。


「……本当にごめんね。こんなお姉ちゃんで」


 ぶんぶん、と首を左右に振るレナ。


「謝らないでください。お姉様が本当にしたいことなら、応援していますから」

「凄いなあ。私よりもずっと大人だ」

「お姉様より意気地が無いだけです」

「意気地とかじゃないと思うけど……」

「どうか、お怪我だけは、なさいませんよう……」

「うん。私の未来とレナの未来を守るためだもん。怪我したら本末転倒だからね」

「私の未来も、ですか……?」


 ――あ、ヤバ。


「いやほら、こんな可愛いんだから! どこで誰に狙われるか分からないし!」

「立場的にも容姿的にも、お姉様の方が危なそうですが……」

「いやまあ、私兵団の皆も居るけど、一応、護身用というか。そういうこと!」


 私の特技(というか苦し紛れ)、ゴリ押しである。


 ――来年の襲撃からレナだけでも救うため。

 ――その後は、王太子の婚約者という破滅の未来を避けるため。


(お姉ちゃん、頑張るからね!)

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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