10歳-3-
五日後。
中庭の東側、木や花壇がない開けた場所。
「初めましてルナリア様。トルスギット私兵団魔法隊に所属させていただいております、ウォルボルト男爵家の三女セレンと申します」
頭を上げた彼女は、たぶん十代後半くらい。
おでこを出した黒のショートボブは緩くウェーブが掛かって、魔法隊の制服であるローブを着込んでいる。
「初めまして。非常に優秀な魔法使いと伺っております。これからよろしくお願いします」
私も礼を返す。
「はっ、本日よりルナリア様の魔法習得を指導するよう、公爵様より仰せつかりました。
まだまだ修行中の身ですが、共に研鑽励めればと存じます」
というわけで、今日から魔法訓練が始まる。
前生では『魔法の才能はない』と判断されて、すぐ魔法訓練の時間は無くなったけど……。
今生では、これまで持ち腐れていた魔法剣の才能がやっと役に立ってくれるはず!
その前に、まずはセレン先生のステータスを見せていただくことにした。
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【セレン・ウォルボルト】
・HP 113/113
・MP 158/158
・持久 27
・膂力 19
・技術 26
・魔技 81
・右手装備 なし
・左手装備 なし
・防具 魔術師のローブ
・装飾1 風精霊のタリスマン
・装飾2 なし
・物理攻撃力 15
・物理防御力 22
・魔法攻撃力 67
・魔法防御力 45
・魔力神経強度 強
・魔力神経負荷 0%
■概要
人間。ウォルボルト男爵家の三女。
トルスギット私兵団、魔法隊・副参謀長。
風魔法と治癒魔法を得意とする魔女。
戦闘系魔法はあまり習得していないが、補佐に関して周囲の評価は高い。
戦略面の知見も高く、中~大規模の集団戦の参謀として非常に優秀。
敵に回すと知能戦は不利かもしれない。
反面、予想外のことに取り乱しやすいため、付け入るならばそこか。
祖母の形見である『エイオーサの杖』を装備すると魔技に補正が掛かる。
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我が家のことながら私兵団の階級がよく分からないが、副参謀長って有能そう。
私と魔技がだいたい同じなのに、MPが十倍は違う。
――やっぱり私のMPが多過ぎなんだよね、これ……。
「これまで、座学で基本的な理論を学ばれたと存じますが、あらためて簡単におさらいいたしましょう」
「はい」
セレン先生の言葉でアナライズをやめる。
「魔法の源は体内に宿るMP。MPは目に見えず、触れることもできません。
このMPを魔力という物理的な現象に変換させ、その魔力を全身の魔力神経を通し指向性を与えることで、魔法になります」
つまり、MP→魔力→魔法、と変換していくことになる。
その魔力→魔法のとき、魔力神経に大量の魔力が流れ込む。
ここで魔力神経に負荷が掛かるから、魔力神経が脆弱な子供のうちは魔法を使うことを禁止されているのだ。
「魔法を習得するには、まずイメージが重要です。
炎を放つには具体的に炎を放つイメージが必要ですし、傷を癒やすには傷を癒やすイメージが必要になる、というわけですね」
ここまでは前生でも今生でも勉強の時間に習っている。
プギに魔力剣を投げたときや、掌や筋肉の補助魔法を作ったときに体験もしたしね。
「ルナリア様、まずはどのような魔法を使ってみたいでしょう?」
「……私の希望で良いのですか?」
「ええ。ルナリア様がイメージできている魔法から習得しましょう。
最初に覚えた魔法が一生の得意魔法になることもありますから」
私が使いたい――というかイメージできる魔法なんて、エンチャントか魔力剣の生成しかない。
『剣に関係ない魔法は使えない』って創造神様が書いてたし。
魔力剣の生成はすでにやったことあるから、今回はエンチャントを試してみようかな。
「では、この木剣にエンチャントしてみたいです」
言って、右手に持っていた木剣を掲げる。
「……その木剣にエンチャント――魔法を付与する、ということですか?」
「はい。難しいでしょうか……?」
「いえ、エンチャント自体はそんなに難しくありません。ですが、剣にしようとする方は珍しいです。
理由は、わざわざ剣を介して魔法を使う意義が薄いので。
基本的に魔法を直接放った方が早いですし、剣で戦うなら戦技を駆使した方が効率的ですから」
魔法剣について『今は廃れちゃった』という創造神様の文字を思い出す。
「以前、魔法剣という言葉を知りまして。それを習得してみたいと思っているんです」
――うん、嘘じゃない。
魔法剣という言葉を教してくれたのは、この世の存在じゃない、というだけで。
「流石、そのご年齢で博識でいらっしゃいますね。
……ですが、あまりオススメできません。好きなものから習得しようと提案した手前、恐縮ですが……」
「そういうものなのですか」
「はい。ごく希に魔法剣士を名乗る者も居ますが、剣を持ってるだけの魔法使い、もしくは魔道具を装備してる剣士のどちらかです。
剣に魔法を付与する者はおりません」
話を聞けば聞くほど、真面目に戦うにはいまいちな気がしてくる。
――魔法剣の才能をもらったの、失敗だったかな……?
「もっとも、ルナリア様が実戦に赴くことはありえませんから、強くお止めはしませんが……」
「それより他の魔法を覚えた方が良い、と?」
「あるいは、剣以外の物、ですね。
光魔法を石に付与して夜明かりにしたり、氷魔法を花に付与してドライフラワーを作ったり。エンチャント自体は悪い魔法ではございませんので」
「なるほど……。まあ、その辺は追々考えようと思います。ひとまず今日の所は、この木剣で試させてください」
「分かりました、そういたしましょう」
セレン先生の露骨な愛想笑い。
――『世間知らずな子供が間抜けなこと言ってる』とでも思われてるんだろうなあ……。まあ仕方ないけど。
「では、まず私が実際にお見せしますね」
セレン先生は近くに落ちてた石を手に取った。
「属性なしの単純なエンチャントから。危ないので、触ったりなさいませんよう」
右掌の上に石を乗せ、私の視線の高さに合わせる。
十秒ほどすると青白い魔力の光が見え、次第に石に移っていく。
さらに十秒ほどかけて、石はすっぽりと魔力の膜で覆われた。
「これでエンチャント完了です。破壊力が大きく増しています。少し離れていただけますか?」
二歩ほど後ろに下がる。
セレン先生が右手を返して、石を地面に落とした。
ドンッ、と強い音。地面が約十センチほど抉れる。
石は割れたりせず、その中心で僅かに煙を噴いていた。
「イメージできましたでしょうか?」
「ありがとうございます、分かりやすかったです」
「恐縮でございます。それでは、実際に試してみましょう」
「はい」
木剣を横にして目の前に掲げる。
柄を右手で握ったまま、切っ先に左手を添えた。
アナライズを使うときのように、イメージ。
(エンチャント……じゃ味気ないな。『魔力よ、我が剣に宿れ』……的な?)
瞬間、木剣が青く、激しく光り出した。
「……えっ?」
セレン先生が小さな声で言ったような気がした。
左手も柄に移して両手で持ち、切っ先を地面に向ける。
さっきの石と同様、地面に突き下ろして威力を確かめ……
「ちょっ、お待ちくだ……」
た、次の瞬間――
大きな爆発音と共に、世界が青白い光と茶色の飛沫に包まれた。
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