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14歳-16-

「ん、うぅ……」

 目が覚めると、寮の自室のベッドの上だった。

 

 ――嘘、私、死んじゃったの……?

 

 だって、私はリゼと森に落ちて、何日もさまよっていたのに……

 と動揺するも、段々と記憶を取り戻す。

 

「……ああ、そうか、皆が来てくれて……」

 

 あの大きなモンスターを両断した後、また倒れてしまったんだ。

 体を動かそうとする。なんとか上体を起こせたけれど、全然力が入らない。

 

 ――これは、パルアス戦の後より寝たきり生活が長引きそうだ。

 こんな経験も慣れてきて、感覚だけで理解できてしまう自分に少し呆れる。

 

「ルナリア様、目が覚められましたか」

 気付いたら横にエルザが立っていた。

 

「……おはよう、エルザ」

「もう、お昼過ぎでございますよ」

 少し震えた声で言って、エルザはそっと指の背で目元を拭う。

 

「どおりで、お腹が空いたと思った。いつもの、お願いできる?」

「いつものにしないでいただきたいんですけどね……。もう少しでショコラが買い出しから戻りますから、交代でご用意させていただきます」

「ええ、お願い」

 

 いつものというのは、パルアス戦やドーズ先生戦直後の私のご飯……消化に優しい具無しスープのことである。





 それから戻ってきたショコラを皮切りに、レナ、シウ、ロマがやってきた。

 学園は? と尋ねると、今日は休日らしい。

 

 皆から、あの後のことを聞く。この場に居る者は全員、人伝(ひとづて)に聞いた情報ではあったが。

 

 私とリゼ……いや、リーゼァンナ王女殿下が崖から落ちた後。

 ギルネリット先生は飛行魔法が使えないし、使えたとしても今追えば崖上から蜂の巣にされる。

 

 半狂乱で後を追おうと泣き叫ぶギルネリット先生を担いで、ドーズ先生はなんとか戦線を離脱。

 

 目標を失った敵騎士達も、深追いせず撤退したという。

「闘神気を見せつけられて怖じ気づいたのが大半じゃろうな」とはロマの弁。

 

 その後屋敷に戻り、王城……国王陛下と直接連絡。なんでも、あの屋敷には陛下に直接繋がる通信魔法の魔法陣が敷かれているのだそうだ。

 

 顛末を知った国王陛下は、即座に首謀者を突き止めるよう王宮内にお触れを出す。

 同時にドーズ先生とギルネリット先生、それにお父様やロマが加わって私と殿下の捜索を陳情するも、陛下はこれを却下。

 むしろ逆に外出禁止令を出した。

 

 外出禁止の理由は、まずガーベイジフォレストに落ちた以上生存は絶望的であり、捜索などしようものなら全滅は必至である、と、これまでの歴史を踏まえた上でのもの。

 

 そして、ドーズ先生達が今回の暗殺の犯人側である、という可能性の追求。

 二人が騎士達になすりつけようとしている、もしくは騎士達とドーズ先生、ギルネリット先生、それに加え、一緒に落ちた私も共謀だったかもしれない、という可能性が払拭しきれなかったからだ。

 

 証拠がなく、誰が犯人か分からない以上、関係者は勝手に動くな、と陛下は命令したわけである。

 

「直訴に行ったとき、ワシら皆ブチギレておったが……中でもトルスギット卿は凄まじかったぞ。不敬発言のオンパレードで、思わずこのワシが冷静になるほどじゃった」

 

 ――……お父様……

 ちょっと感動……するにはするんだけど……

 

 一番大人の貴方が陛下の気持ちを汲めなくてどうするんだ、と怒りたくなる気持ちも、ちょっと湧いてしまった。

 陛下の考えは、至極ごもっともだと思うし。

 

「んで、痺れを切らしたワシらは国王の命を無視して、勝手に集まって勝手に突撃したわけじゃ。パトロンにトルスギット卿を置いての。そしたら、入った瞬間すぐそこに二人が来ていた、と」

「なるほど……、それで? 首謀者は捕まったの?」

「ああ、割とすぐ捕まって、ワシらも会わされたわ。あのクソ国王が『面識あるか確認せよ』とか(のたま)いよってな。見たことも聞いたこともない中年ジジイじゃっちゅうの!」

「……隣に聞こえたら問題だから、やめて」

 

 ロマがいかに陛下に怒りを抱えたかは良く分かったけども。

 

「『女が王になれば国が滅ぶ』『自分が王族殺しの罪を背負う』と、ずっと繰り返し言っていました。『真の愛国者は我らである』とも……」

 シウが思い出すように言う。

 

「似たような事、確かに私達を襲った騎士達も言ってた」

 森に落ちる前の事を思い出す。

 ……もう、何年も昔のことのようにすら感じた。

 

「ワシらが突撃するまでは、あくまで容疑者として拘束されておったが……まあ、王女から直々に証言も出たからの。すぐにでも刑が執行されるじゃろ。それで一件落着じゃ」

「落着? 皆が陛下の命令に逆らった件は罪に問われると思うけど……」

「その辺も王女が色々手を回してくれたよ。……なんだかんだ、あの国王も親バカのようじゃからな」

 

 ――うーん、容易に想像できてしまう……

 国王一家の家族愛が強いのは、ちょくちょくうかがい知れてるし。


 と、そこでエルザがスープを持って戻ってきた。

「お待たせしました」

「うむ、ではワシらも腹ごしらえと行くかの」

 ここに来る前に買ってきたという、出店の包みを取り出す。

 

「お姉様、食べさせて差し上げますね」

 部屋に入ってからずっと私にくっついて離れないレナが言う。

 

 そんなこんなで、久しぶりに皆との食事は暖かくて。


 ――森での冷たい食事との落差で、少し泣いちゃいそうだ。



   †



 食事が終わった頃、ノックの音がする。

「どうぞ」

 と答えると、ドアが開いた。

 

 入ってきた人物を見た瞬間、ロマ以外の人間が全員立ち上がって最敬礼する。

 私も座礼で、深く頭を下げた。

 

 リーゼァンナ王女殿下が、ドーズ先生とギルネリット先生を連れて入ってくる。

 

「食事中に失礼。頭を上げてくれたまえ」

「……これは驚いた、王女直々にお見舞いとはの」

 

 ロマだけが足を組んで頬杖を付いた行儀悪い恰好で、殿下を見上げて言う。

 

「君にだけは驚かれるの心外だけどね。聖女様」

 聖女――王族と同格の立場――のロマを見て、殿下はくすくすと笑った。

  

「確かに、言われてみればそうじゃの。すっかり忘れとったわ」

「忘れられるのは素晴らしいことだ。いつも形式張ってたら、肩が凝って仕方ない」

 

 ――良かった、いつもの殿下だ。

 やっぱり滝裏からの態度は、あの状況があっての一時的なものよね、うんうん。

 

 自分で言っててなんだけど、肉体だけ分離して拾うなんて、無茶苦茶だったもの。

 あの時は乗っかってくれて助か……

 

「ルナリア様、一日千秋の思いでこの日をお待ちしておりました」

 

 ――……ん?

 

「まだ本調子ではございませんでしょう。ご用命あれば、なんなりとお申し付けくださいませ」

 言って、その場で跪いて私に頭を下げた。

 

 血の気が引いていく。

 その場の全員が、声もなく驚愕して殿下を見ていた。

 

「……殿下、お顔をお上げください」

「殿下などと。私はただのリゼ、貴方の物でございます」

 

 言って、それまでロマ達に向けていた物とは全く違う笑顔を私に向ける。

 ――あの戦いの日々の中、常に隣に居てくれた、屈託のない笑顔が。

 

「……話には聞いておったが、まさか本当に人前で頭を下げるとは……」

「ルナリアさんが起きる前も、この調子でしたよ」

 ギルネリット先生がそう補足した。

 

「当たり前だ。私はルナリア様に拾っていただいたんだから」

「そ、そのことなんですが、殿下……」

「以前のようにリゼとお呼びください、ルナリア様」

 

 また私にだけ口調も表情も違う。……今度の笑顔はちょっと圧があるけど。

 

「その、謝らせてください。森の中では、大変なご無礼を申したこと……」

 なんとかベッドの上で脚を畳んで、両手を突く。

「よもや物呼ばわりし、侮辱したこと。この罰はいかようにも受ける所存です。深く、お詫び申し上げ……」

 

 頭を下げようとしたところを、殿下に肩を持たれて止められた。

 

「……なにをなさいます。そのようなこと、されるいわれございません」

「で、ですが……」

「お忘れですか? 私は、間違いなく貴女の所有物なのです」

「忘れてなんておりません。貴女はこの国の王女で、国政の多くを取り仕切り、女王になる御方でいらっしゃいます。物などでは決してありません」

「そんな経歴も立場も、全てあの森に捨てました。私は……」

「……じゃあ、こうしましょう。実は私は、あの時こっそり全部拾って、隠してました。それを取り出しまして、今お返しします」

「受け取れません」

 

 にっこりと、穏やかではあるものの……歴戦の政治家の風格と威圧感を伴って、殿下は言い切った。

 

「王家の一員である責任も、夢も、私を慕う者達の願いも、名前も人権もなにもかも、私はあの時に全部捨てたのです。

 それをルナリア様が、私の体だけを拾得してくれたから、今こうして生きて立っていられるのです。

 なのに、命が助かったからやっぱり無かったことに……なんて道理が通りません。

 それに、人権も王女の資格も何もかも、国王から改めて貰いましたから。今更返していただくに及びません」

 

「……え? ちょっと待って、人権も貰って、王女の資格も取り戻したなら、私はやっぱりただの臣下になりますよね?」

「いいえ? 先に所有されていたルナリア様の方が序列上になるのが自然です」

 

「……そのやりとりは、もう散々国王としている」

 そこでドーズ先生が話に入ってきた。

「それで、最終的には陛下が折れて認められた。諦めろ、ルナリア」

 

「はぁっ!?」

 ――私の所有権が、王女の立場よりも上……?

 

 何言ってんだ、どいつもこいつも。

 

「国王は娘にいささか弱いようでしたので。長い舌戦でしたが、しっかり勝って参りました」

 どこか「褒めて褒めて」と言わんばかりに胸を張って報告する殿下。

 

 ――ごめんなさい、陛下……

 

「私はあの子の物だ」と言い出した娘に頭を抱える一人の父親に、心の中で謝った。

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