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14歳-12-

~~【幕間】リーゼァンナ~~



 当たり前だが、リーゼァンナは(かしず)かれて生きてきた。

 自分より何十年も生きた大人達が、媚び、(へつら)い、顔色を窺い、お菓子や物をくれたりする。

 

『まあ、そういうものなのか』

 

 他の王族や上級貴族の子供と同様、順応するのは早かった。

 

 好奇心旺盛なリーゼァンナは、なんにでも興味を示す。

 音楽や芸術にのめり込んだ時期もあれば、運動、編み物、勉学、ダンスなどなど……

 

 絵を描いたり物語を作ると、「絵本にしましょう」と持ちかけられたこともあった。

 

 城や王宮を探検することも好きで、乳母やメイド、弟を連れることも多く。

 そんな姿から、幼少の頃はおてんば姫で有名だった。





 そんな彼女が10歳の頃。

 王都に近い交易都市が、まるごと占拠される事件が発生。

 犯人組織は多くの人質を取り、王宮に対して金品をはじめ全囚人の開放など、法外な要求してきた。

 

 占拠は二ヶ月の長期間に渡り、王宮内でもいかに鎮圧、制圧するか、という話題で持ちきりで。

 

 そんな時、リーゼァンナがいつものように城を探検していると、父……国王や宰相、各大臣を含めた集団と鉢合わせする。

 憔悴した顔で、彼らは道すがら占拠事件のことを話していた。

 

 そこに、リーゼァンナは声をかける。

「騎士団を突撃させれば良いのですわ! だって、我が騎士達はどんな困難からも民を守る、強く勇ましい方々ですもの!」

 

 深く考えての発言ではない。

 父や皆が困ってるのを、助けたかった一心。

 

 普通だったら取り合うわけもない、そんな子供の戯言を……

「……そうです。これ以上長期化させるのは、王の面目も立たなくなります!」

 一人の大臣が、熱心に国王に言った。

 

 リーゼァンナは後で知るが、その大臣は以前から強攻策を提案していたらしい。

 

「ならん。何度も言っただろう。人質が盾にされ、それを我が騎士が斬り殺すことになる。勝ったとして、残るのは死した街のみだ」

「ですが、潜入も交渉もやり尽くしました! これ以上は、もう……」

「……リゼ。向こうに行っていなさい」

 

 (くま)を浮かべ、(ほお)()けた父に言われ、リーゼァンナは大人しく道を譲った。



   †



 国王の忠言も虚しく、その日のリーゼァンナの言葉を皮切りに、王宮内の意見は段々と強攻策へと傾いていく。

 

 皆、これ以上の長期化を恐れていたがために。

 国民達も王宮を『無能』『腰抜け』と罵るなど、怒りの矛先を向けつつあり、早急な解決が求められていた。

 

 もはや国王もその波に抗えず、数日後、騎士団は突撃部隊を編成。夜の闇に乗じて、進軍が始まった。

 戦いは三日間に及び、結果は騎士団により制圧完了。王宮内は歓喜の声で溢れかえった。

 

 経緯を知っている周囲の者から、リーゼァンナは「姫のお言葉のお陰」「王女様のご進言があってこそ」などともてはやされる。

 そんな嬉しそうな皆を見られたのが、リーゼァンナも嬉しい。

 

 ――あの時、お父様に提言して良かった!





 制圧から二日後、リーゼァンナの部屋に直接父が訪れた。

 

「着いてきなさい」

 それだけ言って踵を返す父に、リーゼァンナは言われたとおり後を追う。

 

 連れて行かれた先は、国政室。

 王や大臣などが日々会議をしている、『絶対に入ってはいけない』と釘を刺されている部屋。

 この日初めて、リーゼァンナはその中に入った。

 

 王の入室に、それぞれ席を立って深く礼をする大臣達。

 少し遅れて、リーゼァンナの姿に動揺と疑問の声。

 

 父は一番奥の席に座り、その横にリーゼァンナを立たせた。

 

「では、報告を」

「へ、陛下……よろしいのですか?」

 ドアの近く、鎧を着た男性がリーゼァンナを見て、再び国王に視線を戻す。

 

「ああ。一切の隠し立てや()()なく、微細正確に述べよ」

 そう言った父を見る大臣達は、一様に信じられない者でも見るかのようで。

 

 良く分からないながら、リーゼァンナは怖くなってきた。

 ぎゅっ、と父の袖を掴んで、鎧の男の話を聞きはじめる。





 それは、占拠事件の報告会だった。

 

 騎士団の進軍を察知した敵組織は、まず見せしめに公園で数人の子供を殺害。(はりつけ)にして晒し者に。

 

「お前達の子供、親、家族、友人知人……同じ目に遭わせたなくなかったら、貴様らを見捨てた騎士団を殺してこい!」

 

 そう言われた街の男達は、それぞれ手に武器を持って騎士団に応戦。

 結果、この作戦で発生した戦闘のほとんどは、騎士と住人達の殺し合いであった。

 

「……騎士達は、自国の民に剣を向けたというのか?」

 父の冷たい質問。

 それは、とっくに返事が分かっているかのようで。

 他の者……特にリーゼァンナに、返答を聞かせるためにすぎない。

 

「はっ。拘束に成功した者はその限りではありませんが……、騎士数名に死傷者が出たため、自分は――指揮官は、やむなく抜剣命令を……」

「分かった。続きを」

 

 それから、鎧の男性――占拠事件の指揮官は、何度もリーゼァンナを見ながら、事の顛末を報告する。

 

 男達を倒した後、女子供が『盾』にされたこと。

 攻撃をためらう騎士から、隙を突かれて倒され殺されたこと。

 人質の救出作戦……という名目で、結果半数以上救出できずに終わったこと。

 住人の死者のうち、騎士達の手によるものがほとんどを占めたこと。

 

 占拠事件は泥沼の様相を呈し、多くの住人の血と命を失って、勝利を得たこと。



 ――私のせいだ。



 その言葉が脳裏をよぎった瞬間、吐き気が込み上げ……次の瞬間には、思わず胃の中の物を吐き出していた。

 

(私が、突撃させれば、なんて言ったから……!)


 それに気付いたリーゼァンナは、その場で大声を上げて泣いた。



   †



 それからおてんば姫はなりを潜め、大人しくなる。

 けれど、ただ落ち込んでいただけではない。

 

 まずは、様々な戦の議事録を図書室で漁って読み出した。

 二度とあんな戦いは起こさないよう、どうすれば起きなくなるかを、自ら率先して勉強し始めた。

 

 見たこともなく名前も知らない街の人々に――罪もなく死んでいった多くの民に、誓う。

 

「貴方達の死は、絶対に無駄にしない」

 

 勉強をしていくと、戦とは周囲の地形、関わる者達の性格や傾向、動機、思想と理念、成り立ち、時期や季節、用意できた武器や装備などなど……ありとあらゆるものに影響されているということが分かってくる。

 

 次第に学びの範囲は広がり、様々な方面の知識を貪欲に飲み込んでいった。



   †



 報告会から数ヶ月後。

 ある大臣から「よろしければ、お知恵を拝借いただけませんでしょうか」と声を掛けられる。

 

 それはあの日、リーゼァンナの突撃案に真っ先に同意した大臣だった。

 

「実はあの占拠事件以降、各地で類似犯が出るようになりまして……。あの事件を収めるに至った殿下の玉言を、またいただきたいのです」

 

 それを聞いて、リーゼァンナは一も二もなく頷いた。

 ――あんなもの、玉言どころか地獄を引き起こしただけだけど。

 あれを繰り返さないために少しでも役に立てるなら、なんだってする。

 

 その大臣に案内されて、再び国政室へ。

 

「姫!?」

「貴様、なぜここに……」

 

 これもリーゼァンナは後に知るが、声を掛けてきた大臣はこの時期、能力を疑問視され立場が危ぶまれていた。

 会議の最中に外に居たのも、無能と烙印を押されたからだ。

 

 王女の威を借りて沽券を取り戻そうと、リーゼァンナに声を掛けたわけだが……

 彼女にとっては心底どうでも良い。

 

「占拠された集落の地図を。あと、敵勢力の成り立ちと、数と装備、可能なら土着の信仰や教義に関する情報もお願い」

 

 宰相や大臣、部屋の中にいる執事達が、リーゼァンナと王を見比べる。

 

「……地図はここに。敵や現地のことは、宰相、復唱を」

「はっ!」

 王に命令され、宰相がリーゼァンナに教える。

 …………

 ……





 全ての情報がリーゼァンナの中に入り、なおも追加情報の脳内処理を平行して話を進める。

 

「エレトレイア砦解放戦と地形が似ています。この丘陵から挟撃して、こちら側に火樽を……」

「エレトレイアとは、ここに水源地があることと、この山道の幅が全く違う。それにガニエ作戦は冬の時期だったからこそだ。今の時期は効果が薄い」

 

 父と地図を挟んで、指さしながら話を進める。

 

「確かに……であれば、空はどうでしょう?」

「空……。そうか、メガリスの槍……!」

 

 王が感嘆と驚愕し、リーゼァンナを見る。

 と、同時に一人の拍手の音が国政室内に響いた。

 

 皆が視線を向けると、拍手していたのはリーゼァンナを連れてきた大臣だ。

 

「素晴らしい、流石姫様! そのお歳で陛下と軍議を交わすとは! なんと博識で賢哲な……」

 

「うるさい」

 リーゼァンナが一蹴。

「おべっかでも賄賂でも後で受け取ってやるから黙れ。命が掛かった会議だ。邪魔するな」

 

 リーゼァンナは一瞬睨んで、すぐに視線を地図上に戻した。

 その威圧に、周囲の誰もが王の才覚を感じていると……

 

「リゼ、口が悪い。ここに居るのは仲間なんだからな」

 父が静かに窘めた。

「だが、言う通りだ。話を戻すぞ」

 

「……はい。失礼しました、陛下」

 リーゼァンナは素直に頭を下げる。

 

「その前に一つだけ。賄賂はやめておけ。受け取ると色々面倒だ」

「承知いたしました。一生受け取らないことにします」

 

 父はどこか楽しそうに口元を歪めて、思考するリーゼァンナのつむじを見つめていた。





 その日から、リーゼァンナは度々国政室に呼ばれるようになる。 件の大臣は関係なく、国王自ら呼び出すようになったのだ。

 

 大の大人が解決できないことを、誰よりも考える。

 知恵熱が出るまで考えて、知恵熱が出ても考えて、鼻血が出ても考えて。

 

 時に現地に赴き、どの大人よりも働いた。

 王家に生まれた者として――子供の頃から傅かれて生きた者として――これが責務なのだ、とリーゼァンナは確信していた。

 

 罪なき住民を死なせた馬鹿な子供で居ることが、我慢ならなくて。

 罪なき子供達を殺した馬鹿な子供が生きるのが、許せなくて。

 

 リーゼァンナは学び、考え続けた。

 国、父、母、弟、王宮、騎士、貴族、民……

 人、心、哲学、宗教、倫理、道徳、命、時間……

 全ての事象を四次元的に思考し、三次元で実行する。

 そういう人間に、育っていった。



   †



 そんなリーゼァンナからすると、この森に落ちたときから自分が弱点だったことは明白だ。

 だから、『後ろ向きな話はしないように』と誘導した。

 

 自分が邪魔者であることに気付かないふりをして、ルナリアの思考を狭めさせた。

 本当は死ぬほど恥ずかしかったけど、裸で抱き付いて暖めるような真似もした。

 自分への情で絆そうとした。

 

 ――自分が死ぬわけには、行かない。

 

 ただその一心で。





 けれど、リーゼァンナは忘れていた。

 めまぐるしく回る頭脳が、見落とした。

  

 見ず知らずの人の死に吐くほどストレスを覚える自分が、『目の前で痛めつけられる少女を見て耐えられるわけがない』という、簡単な事実に。



~~【幕間】リーゼァンナ 続く~~

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