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こんなガサツな令嬢は絶対に好きにはならない

『誰もが恐れる冥王ハデスの妻ですが今日もモフモフ愛が止まりません~異世界で、人魚姫とか魔王の娘とか呼ばれていますが、わたしは魔族の家族が大好きなのでこれからも家族とプリンを食べて暮らします~その後の物語』の105話『空間移動はよく考えてからしましょう』から登場する公爵が主役の物語です。

 103話『ドロドロの恋愛話? ~前編~』で語られていた人間の恋物語を本人の視点で書きました。

 今ではすっかり年をとったが……

 そう、あれはわたしがまだアルストロメリア王国の王子だった頃の話……



「ほら、殿下、こちらですよ!」


 険しい山道で、先に歩くかわいい女の子が手を差し伸べてくる。


「待て……疲れて足が……」


 もう限界だ……

 これ以上は歩けない。


「殿下は日頃から運動をしないから、いざという時に足がもつれるのですよ?」


「うぅ……」


 カサブランカの言う通りだ。

 先程も兄上達の前で転んで冷笑されたばかりだ。

 

 はぁ……はぁ……はぁ……

 

 四大国のひとつアルストロメリア王国の第四王子として生まれたわたしは、身体も小さく体力も無く少し歩くだけで息切れするほどだった。

 今は幼い頃からの遊び相手、侯爵令嬢のカサブランカと一緒に山道を歩いている。

 カサブランカの騎士が黄金の洞窟を見つけたからと、案内してくれているのだが……


「カサブランカ? あの騎士二人は本当にカサブランカの護衛か? いつもの騎士と違うみたいだが?」


「はい。初めて会いました。先程、交代したようです。さあ、急ぎましょう? 早くしないとお父様達の狩りが終わってしまいます」


「そうだな」


 今日は王室主催の狩猟祭で父上と王妃様、母上を含めた三人の側室、三人の腹違いの兄上、それから多数の家臣達も参加している。

 と言っても狩りに参加できるのは十四歳からだからわたしは見学をしていたのだが……

 こんなに大変ならカサブランカと黄金を探しに来なければ良かった。


「殿下、お嬢様、こちらの洞窟です。中は安全ですのでお二人でどうぞ。我らはこちらでお待ちしています」


「そう。分かったわ」


「では、我々もこちらで控えておりますので殿下はカサブランカ嬢と中へどうぞ」


「え? お前達は中に来ないのか?」


 普通、護衛は主の側から離れないはずだが?


「はい。我々が入るには少し狭いようです」


 そんな理由で?

 何かおかしいな?


「そういえば見ない顔だが、新人か?」


「はい。あとはお任せください」


「え? あとは任せる? 何を任せるのだ?」


「殿下……カサブランカ嬢が中に入られました」


「え!? あ……カサブランカ! 待て!」


 はぁ……

 カサブランカはいつも強引というか後先考えないというか。

 思い立ったらすぐに行動してしまう。


 あれ?

 今、洞窟の入り口にいる騎士達の笑い声が聞こえたような……?

 しまった!

 カサブランカがもうあんなに奥に!


 カサブランカは今、九歳。

 お人形みたいにかわいいのに性格はわたしより勇ましいし、負けん気が強い。

 わたしはもうすぐ十歳になるけれどカサブランカには、王子として敬われているというよりはいつも振り回されている。

 腹違いの兄上二人にもお前の遊び相手は令嬢ではなくて令息のようだと言われるし……

 でも、わたしみたいな出来損ないの王子の相手をしてくれる同年代の友はカサブランカだけだから。

 少しガサツなところもあるけれど、すごく優しくて一緒にいると楽しくて……

 でも何度も死にかけたような……?

 あれ?

 嫌な予感がしてきた。


「殿下! 黄金の洞窟とは黄金色ではないのですね」


 カサブランカはいつでも楽しそうだ。

 薄暗いけれど怖くないのか?


「カサブランカ……あの騎士は信用できるのか?」


「え? うーん。誰かを疑う事はしてはいけませんと父に言われております」


「そうなのか……」


 カサブランカは真っ直ぐだから心配になるよ。

 

「あれは? 何の音でしょうか?」


 ……?

 音?

 何も聞こえなかったが?


「殿下、あそこに動く物が。もしかしたら巨大な金かもしれませんよ?」


「カサブランカ……絶対に違うよ……あれ……まさか……熊?」


「熊? まぁ! 熊さん? 絵本に出てくる熊さんは皆かわいいのですよ? もっと近くで……」


「ダメだ!」


 しまった。

 大声を出してしまった。

 薄暗い洞窟でも熊が興奮し始めるのが見て分かる。


「カサブランカ、熊は……危険なんだ。逃げよう?」


「え? 熊はドングリや野菜を食べるのですよ? 殿下は怖がりですね。ふふ。もしかしたら赤ちゃんの熊ちゃんもいるかもしれませんよ?」


 熊を近くで見ようとカサブランカが奥に入っていく。

 

 ダメだ……

 カサブランカ……

 本当に危険なのに。


「きゃあああ!」


 ……!?

 カサブランカの悲鳴!?

 どうしよう。

 怖くて動けない。

 誰か……

 助けて……

 そうだ!

 入り口にいる騎士を呼んでこよう。

 でも、その間にカサブランカが……

 わたしの唯一の友なのに……


 怖い。

 すごく怖い。

 でも……


「カサブランカはわたしが助ける!」


 震える足でなんとかカサブランカの元にたどり着くと……

 え?

 熊が倒れている?


「あ! 殿下。熊ったらわたくしに襲いかかろうとしたのです。思わず眉間を殴ってしまいました。あら? よく見たら熊ではないようです」


「え? 眉間を? いや、熊じゃないって……あ、確かに熊っぽいが熊では無さそうだ」


「では、熊っぽいのでクマポイと名づけましょう」


「え? クマポイ? ……なにそれ? ではなくて! 本当にカサブランカが倒したのか?」


「はい。騎士団長をしている父に言われたのです。『普段は絶対にダメだけれど命の危機を感じたら敵の眉間を全力で殴れ』と」


「え? 団長が?」


「はい」


「えっと……一撃で倒したの?」


「はい」


「嘘……だよね?」


「本当です」


 ……クマポイを一撃で倒した?

 こんなにかわいい女の子が?

 もしかして狩猟祭で一番大きい獲物を狩ったのはカサブランカだったりして……


「カサブランカ! いるのか!?」


 この声は……

 騎士団長!

 助けに来てくれたのか。

 良かった。


 情けない事に安心したわたしは意識を失ってしまった。

 気がつくと領主の邸宅のベットの上だった。

 騎士団長は、山に入り込むわたしとカサブランカの姿を見た第三王子から連絡を受け捜しに来てくれたらしかった。


 そして……

 わたしの手元には一番大きい獲物を狩った者に贈られる父上からの褒美が届いていた。


 それからすぐに、わたしが目を覚ましたと聞いたカサブランカが訪ねてきてくれた。


「殿下、もう大丈夫ですか?」


「カサブランカ……なぜわたしが父上からの褒美を? クマポイを倒したのはカサブランカなのに」


「それは、当然です。狩猟祭に参加する貴族は、従者が狩った獲物も自らの獲物としています。わたくしは殿下の従者ではなく友ですが、今回は従者とさせていただきました。年齢も参加資格には達していませんでしたが事情が事情だった為今回は特例だそうです」


「カサブランカは……どうしてこんなわたしを友だと言ってくれるのだ? 弱くて、気絶までしたのに……一番大きい獲物を倒したのはカサブランカなのに。わたしは自分が恥ずかしい」


「わたくしは、殿下の友でいられて幸せです。殿下は誰も傷つけず、侯爵令嬢とは思えない行動をするわたくしをいつも大切にしてくださいます」


「カサブランカ……」


 本当にわたしは良い友に恵まれた。

 だが……

 守られてばかりで良いのか?

 王子なのに、このままで良いのか?

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