ネイフォート王の動機1
「揃ったようだな。では始める」
威厳のある声が部屋に響く。
部屋に集まった者たちは皆真剣な面持ちで陛下の言葉に頷いた。
これから重要な話し合いが行なわれるのだろう。
場の雰囲気だけでもよくわかる。そう、よくわかるのだが……。
「お待ちください。何故皆様この部屋にお集まりなのでしょうか?」
現在私が座っているのは、質は良いけれど飾りけのない木製の椅子。側には大きめのベッドがあり、リディがすやすやと眠っている。
どこからどう見ても重要な話をするような場所ではない。はっきり言って異様だ。
「ですがマルティナ嬢がいないと話が進みませんし、マルティナ嬢も彼から離れるつもりはありませんよね?」
ネイフォートの王太子、ゼイヴィア殿下がさも困ったような顔で言う。すかさず陛下と将軍が頷いた。……頭が痛い。
ここはスヴェンデラ……ではなくその隣、デュナー伯爵領にある伯爵家の本邸。聖騎士団団長の実家だ。
陛下たちがデュナー伯爵領を通った際に、伯爵に逗留する旨を告げていたようで全員でこちらにやってきた。
本音を言えば、スヴェンデラ領に留まった方が融通が利いてよかった。情報収集をするにしても、リディを休ませるにしても、だ。
だが陛下はある理由から、聖騎士姿でスヴェンデラの領門をくぐっていた。ゆえに侯爵に連絡を取ることができなかった。
そんなわけで私たちは伯爵家本邸にやってきたのだが、スヴェン山の麓からは意外と距離があり、到着に一日近くかかった。それでも早い方だ。
通常よりも早く着いたのは、偏に私の執念……もといリディを一刻も早く安静にさせてあげたかったから。馬に風の魔法をかけ、駈歩で来た。
あまりにも早い到着に伯爵が目を丸くしていたが、そこは伯爵だ。すぐに私たちの部屋を用意してくれて、現在に至る。
今私がいるのはリディにあてがわれた部屋。
自分にあてがわれた部屋は隣にあるけれど、リディがいつ目覚めてもいいようにとここに居座っている。
ゼイヴィア殿下の話では、『今日か明日には目覚める』とのこと。経験則らしいので信頼性は高めだ。
とはいえ、リディが目覚めてくれるのなら経験則や信頼性などどうでもいい。欲を言うのなら、今すぐに目覚めてほしい。ただそれだけだ。
「現実逃避は構わぬが、逃避したところで何も始まらぬぞ?」
陛下に言われて長いこと飛ばしていた意識を現実に引き戻す。
改めてベッドの先を見るが、先程と同じ光景だ。リディの頭側に弧を描くように椅子が置かれ、陛下たちが鎮座ましましている。
再び意識を飛ばしたくなったものの、それができたら苦労はしない。
なんとか気持ちを立て直し、ゼイヴィア殿下の方を向いた。
「失礼いたしました。ご質問の答えですが、さすがに無理は申しません。きちんと弁えておりますので、必要とあらば別室で話し合うこともいたします。ただ、可能な限り彼の側にいたい。そのような気持ちがあるのも事実でございます」
「だろうね。あの取り乱しようを見ていたらわかるよ」
「確かにな。そなたが魔力を暴走させた時には肝を冷やしたぞ。魔力がぼう大すぎても困りものだな」
まったく陛下の言う通りだ。
いくら魔力が多くても、完全に制御できなければ意味がない。
お父様やお兄様ならば難なく制御しただろうが、あの時までの私には無理だった。だから私は、魔力の制御ができるまでは何があっても取り乱してはならなかったのだ。
だというのに、魔力を暴走させてしまった。
魔力の暴走に関しては私が悪い。素直に謝辞を述べ、頭を下げる。すると、陛下が口を開いた。
「頭を上げなさい、マルティナ嬢。言いたいことはたくさんある。だが、そなたはきちんと役目を果たしてくれた。中でも、ネイフォートの挟撃を事前に阻止した功績は評価に値する。マルティナ・レラ・レーネよ、よくやった。褒めて遣わす。……そなたは、国母ではなく国を支える者としての道が合っていたのであろうな。もう、無理にそなたを王家に引き入れることはしない。好いた者の許に嫁ぐといい」
ああ、認められた。
「…………もったいない、お言葉でございます」
いろいろな感情が押し寄せ、言葉にならない。
けれど無言のままではいられず、返事をしなくてはと無理矢理言葉を紡ぐ。
そのせいで声が震えたが、陛下はただ優しい微笑みを浮かべて頷いただけだった。
「ところで、あの魔術師の姿が見えぬな?」
私が落ち着きを取り戻した頃。陛下がふと思い出したかのように辺りを見回した。
多分ヴェルフのことだろう。当たりを付けて事情を説明する。
「わたくしの侍女を迎えに行かせました。スヴェンデラ領ではありますが、伯爵領との境にある宿場町ですのですぐにやってまいるかと」
「そうか。あの者にはあとで褒美を与えねばならぬな。維持できなかったとはいえ、あの補助魔法に助けられたのは事実。何か望むものがあればよいが。マルティナ嬢は知らぬか?」
「申し訳ございません。彼との付き合いはあまり長くなく、皆目見当がつきません」
よくよく考えてみると、ヴェルフと面と向かって話をした回数はあまり多くない。ここ数日行動をともにして知ったこともたくさんある。
しかし、陛下はそうは思わなかったようだ。『意外だ』と言わんばかりの顔でこちらを見てきた。
「そなたとの関係は長いように見えたのだがな」
「彼との縁は不思議なもので、ネイフォート兵に雇われていた彼を、わたくしがイェル村で引き抜いたのが始まりです。以降わたくしは聖騎士団に籍を置いておりましたので、彼の人となりを知らないと申し上げても過言ではございません」
「面白い巡り合わせだな」
ヴェルフとの出会いを話すと、陛下は楽しそうに笑った。
どうやらヴェルフの罪は見ない振りをしてくれたらしい。ありがたいことだ。
「そこでも我が国の兵が関係するのですね……」
「殿下……」
楽しげな陛下に対して、眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をするゼイヴィア殿下。そんな殿下にかける言葉がない。
「かねてから父の企みのいくつかを把握しており、阻止もしてきたのです。ただ全てを阻止できるわけもなく、歯痒い思いをしていました。今回も連絡をいただかなければ早期に手を打つことはかなわなかったでしょう。本当に助かりました。それにしても、私が教会にいるとよくわかりましたね」
「以前、殿下がわたくしたちにお話ししてくださいましたので」
ゼイヴィア殿下から聞いた話を改めて思い返す。
ゼイヴィア殿下は両国の関係をより良くするために、クリストフォルフ殿下との友好を深めてきた。そのため両殿下は、歳の差をものともせず親しい間柄だ。
当然、と言うべきか。クリストフォルフ殿下の婚約者だった私も、二人の会話に交ざるようになった。
私たちの会話の内容は多岐にわたり、尽きることはない。あまりに尽きないので、しまいには連絡用魔道具でやり取りするようになったくらいだ。
そうした中で知り得たことがある。
ゼイヴィア殿下と父であるネイフォート国王は仲が悪く、国王が一方的にゼイヴィア殿下を疎ましく思っている、というものだ。
さすがに命を狙われることはなかったようだが、王城にいると何かと面倒な仕事を押し付けられる。ゆえに殿下は教会にいることが多くなったようだ。むろん、書類は持ち出せないため執務は王城で行なっていたようだけれど。
今回手紙を送る際にその話を思い出し、普段なら王城に送る手紙を教会に送った。急ぎの要件だったのもある。
そう説明すると殿下が苦笑いを浮かべた。
「そうでした。父との確執を話しておりましたね。父の動機はそれです。といっても確執そのものではなく、確執の原因が動機なのですが」
「……どういうことでしょうか?」
「クリスにも、マルティナ嬢にも話したことはなかったのですが、父は祖母に似ている私が憎いのです」
「? ネイフォート王は実の母君を憎んでおられるのですか? それで、母君とご容貌が似ていらっしゃる殿下が憎い、ということでしょうか?」
わけがわからず困惑しながら、苦笑する殿下の顔を見る。整った容姿だ。
髪の色は淡い金。短めに切り揃えられており、ちょっとした風でもふわりと舞う。
視線を顔にずらすと、薄藍の瞳が目に飛び込んでくる。例えるなら、わずかに鈍い青空の色。
多少の違いはあるものの、私はこの髪と目の色合いを知っている。ついでに殿下の祖母にあたる方の出自も。
すっと陛下の方に視線を向けると、陛下が一つ頷いた。
「気付いたようだな。彼女は私の父の再従姉で、私が小さい頃にネイフォートに嫁いでいる」
「確かヴァイス公爵家のご令嬢でございましたね。高魔力かつ回復魔法の使い手だったとか」
「そうです。だから皆、生まれてくる子は素晴らしい魔術師だと思って疑わなかったようです。ですが、生まれたのは魔力を持たぬ父でした」
私の言葉を受け、ゼイヴィア殿下が語り出す。
私情を差し挟まない、端的な話だ。
今から数十年前。グレンディアの公爵令嬢がネイフォート前国王に嫁いだ。
令嬢は魔術師として有能だった。
これはさぞかし立派な魔術師が生まれるに違いない。国王をはじめ周囲はたいそう期待した。
だが生まれたのは魔法が放てないどころか、魔力すら持たぬ王子。周囲の落胆は大きく、陰で『無能王子』と囁かれ続けた。
やがて王子は結婚し、子供を授かった。ゼイヴィア殿下だ。
殿下は豊富な魔力を持って生まれ、周囲から手放しで喜ばれた。
しかし周囲の態度は、王子――現国王の長年抑え続けてきた負の感情を刺激してしまう。
現国王はゼイヴィア殿下を王子として定めはしたが、普段はいない者として扱った。更に、殿下の後ろ盾となり得る王太后を離宮に追いやった。
見兼ねたグレンディア国王が、ゼイヴィア殿下に声をかけたのはこの頃だ。以降殿下は、事あるごとにグレンディア国王に教えを請うた。
それから十二年。関係改善もままならず父王との交流を諦めた殿下は、教会に活動の場を移す決意をした。王子の役目を果たしつつ、自分の能力を活かして多くの民を救おうとしたのだとか。
殿下に『民のため』と言われては、さすがの現国王も否とは言えない。仕方なく許可したようだ。
そしてその出来事が、現国王と殿下の溝をますます深めることとなった。
以後現国王は、良くも悪くも魔法に執着するようになった。
とはいえ、執着だけなら誰も何も言わなかっただろう。
だが発露に至ったとなると話は別だ。しかも、その行為がいただけない。
というのも、グレンディアから魔術師を誘拐。ネイフォートの貴族と秘密裏に結婚させたばかりか幽閉した。そうすることで、自国の魔術師を増やそうとしたらしい。
けれどなかなか実を結ばない。それはそうだ。女神の結界外であるネイフォートで、魔術師が生まれるのは極めて稀なのだから。
その結果、現国王の魔法への執着は憎悪に変化し、矛先はグレンディアに向けられた。完全に逆恨みである。
折しも、ガルイア帝国から『グレンディアを攻め落とさないか』と話を持ちかけられた。
現国王は、グレンディアを攻め落とせるのなら自国を巻き込んでも構わない、とこの提案に乗った。
これが、ネイフォート王がグレンディアに牙を剥いた顛末だ。




