表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/127

公爵令嬢婚約する

「……アルベルタ殿?」


リオンたちが来たという知らせを受けて応接間に行くと、既にイストゥール侯爵とリオン、お父様がいた。

慌てて遅れた謝罪をするや、困惑の表情を浮かべたイストゥール侯爵にお母様の名で呼ばれ、ぱちりと目を瞬かせる。


私の顔は両親の特徴を半分ずつ受け継いでいる。

中でも一番特徴的な部分は、お母様譲りのキッとつり上がった目だ。この目だけで皆『お母様似だね』と言う。


もっとも、お母様本人と間違われたのは初めてだ。

本来の姿を今まで曝してこなかったので仕方がないとは言え、髪はお父様と同じ色なのに……。


「ホルガー殿、この子は私の娘ですよ」


お父様が苦笑をしながら言ったのを機に、即座に淑女の礼をとる。


「ご無沙汰しております、侯爵閣下。マルティナでございます」

「なんと……本当にあのマルティナ嬢ですか? しかし随分と、その……」


侯爵が目を白黒させながら言い淀む。

この姿で侯爵と会うのは初めてなので侯爵の反応はわからなくもないが、これでは進む話も進まない。

さてどうしたものかと切り出し方を考えていると、それまで無言だったリオンが口を開いた。


「父上、あまり彼女を困らせないでください」

「ああ、そうだな。マルティナ嬢、申し訳ない」

「いいえ、お気になさらず。以前とは全く異なる姿ですもの。驚かれるのも無理からぬことですわ」


リオンに(たしな)められた侯爵が謝罪をしてきたので、慌てて取りなす。義理の父親になるのだから、関係は良くしておきたい。


「ティナ、そこに立っていないでここに座りなさい」


話が進まないと思ったのは私だけではなかったらしい。お父様に隣に座るよう促され、腰を下ろす。


一息吐いたところで視線を正面に向ければ、図らずもテーブルの向こうにいるリオンと目が合った。どちらからともなく微笑み合う。

するとお父様が、少しわざとらしい咳払いをした。


「ごほん! それで、ホルガー殿。今回のご用件を伺いましょうか」


ホルガーは侯爵の名だ。確か、ホルガー・カルステン・イストゥールという名だったかな。

リオンと同じように髪が短く、色は琥珀色。

今は亡きリオンの兄、クラウス様が侯爵と同じ色合いで、侯爵と全く違う性格なのに見た目は同じだと思ったっけ。


因みにリオンの髪は、侯爵夫人と同じ色だ。

かといって、夫人似というわけでもない。

彼の黄色い瞳や目の形は侯爵譲りだ。だから侯爵の目を見る度、少し不思議な気分になる。


今もこうして侯爵を見ているけれど、ふとした瞬間にリオンの顔が浮かんできて困る。なにせ、今大事な話をしようとしているのだ。


「マティアス殿もお人が悪い。用件など()うにご存じでしょうに」

「……知りたくもありませんな」

「大事な一人娘だということは重々承知しております。だからこそ、ご令嬢の幸せを願って我が家との縁を結びませんかと申し上げているのです。再び王家の手に落ちたらそれこそ本末転倒でしょう?」

「……貴殿は何をご存じか?」


突如お父様の声色が険しさを帯びたものになった。

同時に、室内に緊張が走る。


「そう警戒なさらずとも何もいたしませんよ。ただ将軍の座に就いておりますゆえ、他者よりも情報が耳に入ってくるのです。それによりますと、どうやら殿下はご令嬢を血眼になって捜されているご様子。そのことを踏まえると自ずと見えてくるものがありましょう?」

「やはり食えませんな。しかしだからといって、大事な娘をそう簡単に渡すと……」

「お父様」


とても失礼なことだとはわかっていたが、長々と押し問答を繰り広げていたらまた話が滞る。あえて話に割って入った。当然皆が私に注目する。


「ティナ?」

「不躾な真似をしてしまい申し訳ございません。ですがお父様。私は彼と……エリオット様と一緒になりたいのです。どうか婚姻を許してはいただけませんか?」


お父様の方に体を向け、しっかりとお父様の目を見て言う。

『大事な話をする時はきちんと相手の目を見て話しなさい』、お父様が幼い私にそう教えてくれた通りに。


「……ティナ。どうしても彼と結婚したいのかい?」

「はい、お父様。我儘な娘で申し訳ありません」

「…………。今までずっと我儘らしい我儘を言わずに黙々とお妃教育を受けていたお前が、最近やっと我儘を言うようになって嬉しいと思っていたら……まさか結婚のお願いとは……」


お父様が眉尻を下げて寂しそうな顔をする。

それを目の当たりにし、先日の団長の『娘が一等大事』という言葉を思い出して私まで切なくなった。


「レーネ公爵」


場のしんみりとした雰囲気を断つように、今まで無言だったリオンが突如声を発した。

それに反応したお父様が、苦虫を噛み潰したような顔をリオンに向ける。


「……何かね?」


顔を見なくとも声だけでお父様が不機嫌だとわかる。

リオンも気付いたようで苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣な表情となった。


「公爵が私を憎く思われるのは当然のことです。なにせ私は、あなたから彼女を奪う存在ですから。公爵には本当に申し訳ないと思っております。それでも私は、あなたから彼女を奪いましょう。たとえあなたと道を違え……いえ、それではルティナに嫌われてしまいますね。ですが、そのくらい私は彼女を愛しているのです」

「……」


リオンの言葉のあと、お父様は無言でリオンを見続けた。その表情は何を考えているのか全く窺うことができない。

やがてお父様は小さく息を吐くと口を開いた。


「君は私と同じことを言うのだね。まるで二十年前の私を見ているようだよ……。エリオット、といったか。よいだろう。私の掌中の玉を君に譲ろう。何があっても手放すことなく大事にしてほしい」

「! はい、ありがとうございます!」


リオンがその場に勢いよく立ち上がると、お父様に向かって頭を下げる。

それに倣って私もすっと立ち上がり、お父様に頭を下げた。


「二人とも頭を上げなさい。さっさと書類を揃えてしまおう」


促されて頭を上げると、そこには優しく、だがどこか寂しそうに笑うお父様がいた。

ほんの少し胸が痛い。気が緩んだら泣いてしまいそうだ。

だがそんな空気を侯爵はものともせず、近くの従者らしき男性から書類を受け取りテーブルの上に置いた。


「必要な書類は昨日のうちに揃えてあります。あとは話を詰めて署名するのみです」

「……随分と手際がよろしいですな、ホルガー殿」

「無論です。『レーネ公爵令嬢』を欲する家は多分にありますからな。手続きは早々に終わらせた方がいい」


半眼のお父様には一切触れず、侯爵が呵々(かか)と笑う。二人の反応は実に正反対だ。

ただ、相容れないというわけでもなさそうなので、放っておいてもいいだろう。

さっさと手続きに入るよう二人を促した。


まず侯爵とお父様が書類を交わし署名をする。

それが終わるとリオンに書類が回され、内容を確認した彼が署名をした。

そして最後に私の番。リオンから書類を受け取り、目を落とす。

途中お父様が「書かなくてもいいんだよ?」と横から言ってきたが、それを無言でやりすごし署名をした。


出来上がった書類を見てふるりと体を震わす。怖いのではない。武者震いのようなものだ。

だって、リオンと正式に婚約ができるのだもの。


……って、あれ? そう言えば、彼と婚約をするのにいつまでもリオン呼びじゃだめよね? 冒険者じゃないんだもの。ならなんて呼ぼうかしら……うーん。エリオット様? 様は抜く? ぴんとこないなぁ……。やっぱり、リディかしら? 私だけの呼び名だし。よし、決定! リオン改めリディよ!


こうして私は心の中もリオン呼びからリディ呼びへと改めた。多少寂しい気もするが仕方ない。線引きは必要だからね。


なお書き終えた書類は、侯爵がこのあと登城した際に出してくれるそうで、私から書類を受け取るやにこにこ顔で従者に渡していた。


「それでは私はそろそろ仕事に戻りたいと思います。途中で席をはずすことをどうかお許しください」


書類の行方を見守っていると、向かいのリディがお父様にぺこりと頭を下げた。


「構わない。周りに迷惑をかけないよう、行きなさい」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします」

「待ってリディ。私も玄関まで一緒に行くわ。侯爵様。中座いたしますことをどうかご容赦願います」

「構いませんよ。あと、そこまでかしこまらなくてもいいですよ。なんせ、近いうちに家族になるのですからね」


侯爵の言葉はただの事実だ。けれど、改めて口にされると些かこそばゆい。

……でも、なんか嬉しい。




ともあれ。部屋を辞して話をしながらリディと玄関に向かう。


「なんか不思議な感じね。あなたと婚約するなんて、聖騎士団にいた時には思わなかったわ。私、あなたへの想いに気付いたのはごく最近なの」


少しだけ勇気をもって告げれば、彼が嬉しそうに目を細める。


「俺も、初デートの時に一目お前を見て落ちた。だから、仕立屋の前でお前が怒って帰ってしまった時はこの世の終わりだと思った……」

「私もあの時ショックだったわ」


彼の婚約の話を聞いた時、頭を強く殴られたような衝撃が走ったのは今でも忘れられない。

裏を返せばそのくらい彼が好きだったってことだけれど……。


「まあ今にして思えば笑って話せるが……あの時の俺らにとっては危機的状況だったな。まさかお前が『ローエンシュタイン嬢と俺が両思い』だと勘違いしてたとは……」

「だって、リディが紛らわし…………」


そこまで言い、ぴたりと口を噤む。ふとあることが頭を過ったからだ。


「……どうした、ルティナ?」


言葉が途切れたのを疑問に思ったのか、彼が不思議そうな顔でこちらを見てきた。


「……」


彼から視線を外し、軽く下唇を噛む。

ある疑念が生じてしまい、気になって仕方がなくなった。けれど、訊くのが怖い……。

()きたいのに()きたくない。両方の思いがせめぎ合う。

それでも、意を決して口を開いた。


「……あのね、リディ。ほんのちょっぴり、そう小指の先くらい……エミィに思いを寄せていたりする? 彼女、ほら、美し……」

「それはない。俺と彼女は反りが合わないどころの話じゃない」


私の言葉を遮ったかと思えば、リディがぶるぶる体を震わせる。

この様子から察するに、どうやら彼も彼女の被害者のようだ。というか――


……リディをこんなに震え上がらせるなんて、一体何をやらかしたのよ、エミィ……。


目の前で青ざめている婚約者を見て、不安を抱くのも忘れて思わず眉根を寄せてしまった。


「それはともかく、お前を不安にさせるのは俺の気持ちが伝わっていないからだな?」

「へ!?」


怯えから一転、立ち直った様子のリディがこちらを見据えてきた。とても真剣な顔つきだ。

その力強い視線とこちらの視線がぶつかった時、私は何かやってはいけないことをしてしまったのだと悟った。


「そっそそ、そんなこと……」


身の危険を感じて狼狽える。直後、すっと私の顔に影がかかった。


「――!?」


困惑の最中、頬に落とされた柔らかな感触。驚きから思いきり目を見張る。

さっと頬に手を当てて彼の方を見れば『してやったり』と言わんばかりの顔をしたリディがいた。


……っ!


認識した途端、体が火照りだす。顔も熱くて堪らない。


……しっ、死ぬ。鼓動が高鳴りすぎて弾け死ぬ! 今だってめまいで倒れそうよ!


「おっと……」


思っただけでなく本当にふらついたようで、リディに腰を支えられた。その姿勢のまま彼が話しかけてくる。


「昨日、俺が言った言葉を憶えているか?」

「!」


憶えているも何も、忘れるわけがない。だって……昨日のあれはやばかった。何がやばいって、セリフもさることながらあの声よ!

『ルティナ。これからは遠慮しないからな。本腰を入れて愛していると囁くつもりだし、態度でも示していくから覚悟しておけよ?』そう囁いた彼の色っぽい声が鮮明に思い出されて……。


「その様子だと憶えているようだな。次は頬で妥協しないから慣れてくれよ?」


む、無理だ。身が持たない。まして慣れるなんて……。


「あ、あ……」

「可愛いな」

「ひゃっ!?」


頬に添えたままの私の手に、リディが己の手を重ねて嬉しそうに笑った。


……こっ、殺せっ! ひと思いに殺せ!! そっちの覚悟なら疾うにできている!


混乱しすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。

でも、これだけは言える。今すぐ完璧に仕留めてほしい。叶うのならば一撃で!


「あー、これはこれで可愛いが……少しやりすぎたな。すまない、ルティナ」


余程私の動揺具合が酷かったのだろう。リディが謝罪してきた。混乱しつつ不満をこぼす。


「ああああ、あなたっ! 私とルディの違いにあんなに戸惑っていたじゃない! なんでこんなすぐに……」

「吹っ切った。お前を失うくらいなら躊躇いなんて捨ててやる」

「捨てすぎよっ!」


リディの言葉にやや被せ気味に声を上げると、彼が楽しそうに笑い、私から離れた。彼はそのまま玄関扉から外に出る。


「はは。それじゃな、ルティナ。またあとで連絡する」

「うー……いってらっしゃい、リディ……」


なんだか素直になれなくて、小さな声で見送りの言葉をかける。彼はそれをちゃんと聞き取っていたようだ。


「ああ。いってくる」


軽く手を上げるなり、リディがくるりと向きを変えて門の方に歩いていく。

それから馬車に乗って去っていくまでの間、私は頬を膨らませながら彼を見送ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ