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公爵令嬢と噂話

お待たせしました。

多少ざまぁです。

「よっ、ルディ!どこ行くんだ?」


軍本部を出たところで声をかけられる。

振り返るとそこにはフィンとノアがいた。本当に仲の良い二人だ。


「あ、フィンさん。ノアさんも。これから聖騎士団の宿舎におつかいに行くんですよ。『急ぎの書類だからお前が行け』ってリオンに出されちゃいました」


そう言って持っていた書類入りの封筒を、彼らに見せるようにひらひらと振る。


私に書類を託した当の本人は、先程ぶつくさ言いながら会議室に向かった。正確には『渋るリオンを宥め(すか)して向かわせた』だ。

今頃虚ろな目で会議に臨んでいるだろう。

会議の日はいつもこうである。いい加減面倒になってきたし、何とかならないものだろうか。

尤も、彼の気持ちはよくわかるので、つい甘やかしてしまう私も悪いのだが。


「ま、それも補佐の内だな。

 俺たちはこれから外回りで職人街に行くが、途中まで一緒に行くか?」

「え、いいんですか?」

「構いません。方向は同じですし皆で行きましょう」


どうやら今日は彼らの所属する第三部隊が警邏の担当らしく、庶民街の先にある職人街まで行くそうだ。

私が向かうのは庶民街にある聖騎士団の宿舎なので向かう方向としては同じである。

そのためフィンの誘いに応じて庶民街まで一緒に行くことにした。




庶民街までは距離があるので馬で行く。

馬は騎士に一頭ずつ割り当てられており、私も少し気性が激しく誰も乗り手のいなかった一頭の牝馬を借り受けた。客人扱いの割には至れり尽くせりだ。


彼女の名前はティーナ。栗色の(たてがみ)とくりっとした愛らしい瞳を持つ若い馬だ。

出会って一目で気に入り『私もティナと呼ばれているのよ。一緒ね』と鼻を優しく撫でて囁いたら、彼女が私の顔に鼻をすり寄せてくれた。

それから私たちはとても仲良しだ。


今日もティーナはご機嫌で、私を背に乗せるや否や嬉しそうに歩き出す。それを見たフィンが「お前好かれてるな」と笑いながら言った。




あれから数か月。リオンの補佐として内務に当たる日々は実に充実していて、気が付けばあっという間に月日が流れていた。


その間邸に戻ることはなく、定期的にお父様に連絡をしている程度だ。

勿論聖騎士団にいることは告げていない。もし私が聖騎士団にいるとわかったら、知ったその足で『会いたかった!』と聖騎士団に乗り込んで来そうだからだ。

正体がばれるのは勘弁してほしいし、殿下に知られるのは御免蒙りたい。


本当は何か月も家出をしている状態なので、一度邸に帰らなくてはならないのだろう。

だが、どうしたものか殿下が私の捜索を諦めてくれないのだ。

最近ではほぼ毎日『ティナはまだ見つからないのか?』と公爵邸を訪ねてくるそうで、迂闊に帰ることもできないのである。

そのことについてはお父様の手紙にも、十分気を付けるようにと書かれてあった。

お父様に警戒されるってどれだけですか。全くもって迷惑な。あ、本音が……。


まあそんなわけで、私は今もここにお世話になっている。

でも、いつまでもこのままというわけにもいかない。そろそろ重い腰を上げなくては。

タウンハウス街の邸にせよ公爵領の本邸にせよ、帰るならば何かしらの策を講じておかなければならないだろうな。


ただ、お父様は今も『気が済むまでゆっくりしていい』と言っている。

発言の撤回もないことから『しなくてはならないこと』は未だに達成されていないと考えてよい。

お父様のしなくてはならないこととは数か月もかかるものなのだろうか。それとも、私を慮ってついた嘘だったのだろうか。


それを直接お父様に尋ねたところで教えてはくれないだろう。

執事のハンネスならば何か知っているのかもしれないけれど、彼は基本お父様の味方だ。

はぐらかすだけならまだしも、代わりに居場所を教えろとか家出を終わらせて戻ってこいとか言われたら困る。

だって私はまだまだ聖騎士団に居たいのだ。

たとえ、初めの頃のようにいろんな人に絡まれたとしても、だ。



今にして思えばあれが『新人いびり』と呼ばれるものだったのだろう。

ここに来たばかりの頃はしょっちゅうほかの師団の人たちに絡まれた。

一人で廊下を歩いている時に因縁をつけられたりだとか、訓練場の近くを通ったら何故か片づけを押し付けられそうになったりだとか。

まあ、多少目に余ることはあったものの『如何なる時も騎士たれ』と徹底的に教え込まれてきた彼らに暴力など振るえるはずもなく、絡みの程度も可愛いものだった。

それにここだけの話、令嬢たちの仕打ちの方がえげつなかったりする。だから彼らの仕打ちなど痛くも痒くもなかった。


そんな状態が暫く続いた後、ある日を境に新人いびりがぴたりと止んだ。

その直前に起こったことと言えば一つしかない。油を売っていたリオンを、怒った私が追いかけ回したことだ。

訓練場に大小様々な穴を拵えたのは何を隠そう私である。ただ、あのあと団長が悲壮な顔で懇願してきたため、風を纏って物を殴るのは魔法師団にある訓練場のみとなった。

そして、その一件以来新人いびりと思しき行為は鳴りを潜めたのである。

それが聖騎士団に身を寄せて一か月が過ぎた頃だったか。当時もさることながら今では更に笑い話だ。


そんなわけで対人面はそこそこ良好だと言えよう。

仕事面においても、問題なくこなせている……と思う。


副団長室に入ると正面窓際にリオンの執務机。そこから三時の方向、中央を向くように置かれた私の執務机。入り口にもリオンのところにもすぐに移動できるようにとその場所に置かれた。

後ろには書類棚があるので、必要な書類を探すのにも便利だ。

利便性を考慮した配置のおかげで、あっという間に仕事が片付く。


勿論それだけで仕事が片付くならそんな簡単なことはないし、誰だってやっているだろう。

実際はリオンの能力によるところも大きい。

彼は侯爵家の仕事を手伝っていることもあって、内務を卒なくこなす。間違いも少ない方なので、私としては実に補佐しやすいのだ。


ただ、本人はじっとしているより体を動かす方が好きらしい。目を離すとすぐに訓練場へ行ってしまう。

でもあの一件以来訓練場に行く時は私に断りを入れてくれるようになったし、余程急ぎの用でなければきりの良いところまで終わらせてから行くので、私も彼にとやかく言うようなことはしていない。




「……ディ。おい、ルディ聞いているのか?」


庶民街に入る手前で馬を預けた私たちは、大きな通りをてくてくと歩いていた。

その最中、いつの間にか物思いに耽っていたらしい。不意に名前を呼ばれて我に返る。

顔を上げてフィンの顔を見れば、彼は不満げな表情でこちらを見ていた。

いや、そんな顔をされても……。

どうせフィンの話はいつもと同じだ。聞き流しても問題はない。


「んー?だってフィンさんの話は『彼女作れ』ってものでしょう?聞き飽きたよ」

「言われたね、フィン」

「うっせー。だがな、本当作っていて損はないぞ?俺が今度ちょっとしたコツを伝授」

「あ、アマリー!」

「えっ!?」


そんなフィンも、アマーリエ隊長には頭が上がらないらしい。

喝を入れるために彼女の名を出せば途端にぴんとフィンの背筋が伸びた。それと同時にキョロキョロと辺りを見回し、アマーリエを探し始める。

勿論アマーリエが近くにいるはずもない。何故なら――。


「嘘だよ」

「騙したのかっ!?」


騙したとは人聞きの悪い。フィンが真面目にお仕事しないからですよ。

ちろっと舌を出して小走りでその場から離れる。目的地はすぐそこだ。


「すぐそこだけど気をつけて!」

「最近街に人攫いが現れるって話だからお前も気をつけろよ!」

「うん、ありがとー!また後でね!」


振り返ると二人の声に応えるように大きく手を振る。

フィンは怒っていないようで私に軽く手を上げて返してくれた。ノアも同様である。

そうして再び向きを変え、軽やかな足取りで聖騎士団の宿舎へと駆けた。












***

「はい、確かに副団長さんからの手紙と書類を受け取りました。ご苦労様です、ルディ君」


宿舎に着くなり事務室に顔を出して、持ってきた書類を管理人に渡す。

管理人はその書類を受け取り、私に労いの言葉をかけてくれた。

これで私の役目は終了だ。

さっさと本部に戻ろうと事務室を辞し、入り口の方へと向かう。

その途中、廊下で非番の騎士数人とすれ違った。


「しっかし、いつまで牢に入れておくつもりなんだろうな。また例の令嬢に陥落した奴が出たんだってよ」

「ああ、あれだろう?王子の婚約者だった公爵令嬢を陥れようとして捕まったっていう元子爵令嬢だろ?」


(ん?この話って……)


「そう、それ。ここだけの話、大体の刑は決まったんだが、公爵令嬢の父親……つまり公爵だな。が、『更に重い罰を』と言って未だに刑が定まらないんだとか」

「マジかよ。俺今度当番なんだけど……」


「その話、詳しく教えてくれない?」


騎士たちの話に思わず口を挟む。聞いたことのある話だったので、気付いたら足が勝手に騎士たちの方に向いていたのだ。


「うわっ!なんだよ」

「あんた確か副団長の補佐の……」

「あ、ルディです。それでさっきの話を詳しく教えてもらえませんか?」


軽く頭を下げると騎士たちに詳しい話を尋ねる。

最初彼らは会話に割り込んできた私に驚いていたが、私が誰かわかるとすぐに警戒を解いた。

そして彼らの中の一人が口を開く。


「別にいいけどよ、聞いてもあまりあちこちで話すなよ?そう言えばお前、話す前にこの件の全容は知っているのか?」


知っているも何も当事者です、とは口が裂けても言えないので、世間で噂されている話を基に答える。


「確か王太子殿下が、婚約者とは別の令嬢に懸想したことが発端だったかな?

 殿下は正妃にするつもりはなかったけど、その令嬢が欲をかいて正妃の座を狙い、邪魔だった公爵令嬢に濡れ衣を着せて失脚させようとしたんだよね。

 で、いざ公爵令嬢を嵌めようとしたらその前に令嬢が逃げちゃって、その後殿下と公爵令嬢の婚約が破棄されたんだったかな」

「白紙だよ。溺愛する娘がいなくなってしまったから公爵がかんかんで、王城に殴り込みに行ったって聞いたよ」


うわぁ。お父様そんなことしたんですか。そこまでは知らなかったわ。


「それでどうなったの?」

「ああ、それで公爵は娘の失踪に関わった者たちに制裁を加えるべく動いたって話さ。子爵令嬢の取り巻きだった者たちの話は知ってるか?」


ブルノー公爵家のカミル様と宰相子息のアンゼルム様のことだろうか。その二人なら事件から二週間後に処分が下った、とお父様の手紙に書かれてあった。


お父様は二人の身分を剥奪するように二人の家に要求していたみたい。その結果、アンゼルム様だけが庶民になったらしい。

それと言うのも、ブルノー公爵がお父様に頭を下げたからだとか。

ブルノー公爵は子を愛しており、カミル様も例外ではなかった。そのためカミル様を庶民にすることがどうしてもできなかったそうだ。それでお父様に頭を下げて、公爵領の僻地にある塔に幽閉することで手を打ってもらったらしい。

お父様がブルノー公爵に貸しを作った形だ。


一方、宰相家の方はお父様の要求を呑んでいる。宰相家が伯爵位だったからだ。

いくら宰相に力があるとは言え、さすがに伯爵が公爵に盾突くような馬鹿な真似はできなかったのだろう。

加えて、アンゼルム様の母親が庶民であったことも大きい。

アンゼルム様は市井で育ち、母親が亡くなるのと同時に伯爵家に連れて来られた。そのため正妻との折り合いが悪く、普段から家名を名乗ることを禁じられていたのである。

そこに来てあの事件だ。元庶民の彼ならば伯爵家と縁を切っても問題ないと判断されたのだろう。

多少の手切れ金とともに伯爵家を追い出されたのである。


これが私の知る二人の処遇だ。

余計なことを省きつつその話をすれば、目の前の彼は満足そうに一つ頷いた。


「彼らはすぐに処罰されたため公爵も溜飲を下げたようだ。だが、まだ制裁を加えていない者がいただろう?」

「ハインミュラー子爵令嬢」

「ああ。令嬢だけだったら国外追放で済んだらしい。が、子爵もこの件に絡んでいた」


ユリアーナ嬢は最初の取り調べであっさりと全容を語ったそうだ。その話により子爵の関与も出てきて子爵も取り調べたと聞く。

結果子爵は真っ黒で、あろうことか王家乗っ取りを画策していたことが判明した。

当然子爵家は取り潰し、子爵も極刑となり、少し前に刑が執行されたのである。広場での公開処刑だった。


「公爵は子爵が極刑なら娘もそうだろうと提案したが、さすがに重すぎるのではないかという意見もあって、議会は荒れてるって話さ。それで数か月が経った今も件の令嬢は牢の中ってわけだ」


そんなことになっていただなんて知らなかった。

道理で彼女の話を聞かないわけだ。こんな外聞の悪い話を世間に流すわけにはいかないもの。

恐らく国は外部に漏れないように手を回していたのだろう。


逆にお父様はその方が都合が良かったはず。何せ私に悟られないようにするためだけに、家出を容認し引き延ばしたくらいだもの。

全ては私に内緒で彼女を処分するため。

そしてそれが『しなくてはならないこと』だったのだろう。

いくら調べてもわからなかったのに、こんなところで判明するだなんて皮肉なものだ。


多分お父様は全てを終わらせた後、何食わぬ顔で私に告げるつもりだったのだろう。

私に甘いお父様らしい。


でも駄目だ。これは私が終わらせないと。

私はユリアーナ嬢に何の怨みもない。寧ろお礼を述べたいくらいだ。

だから正直、私の所為で極刑になどなってほしくないのである。


今からでも間に合うだろうか。


「……んでな、それだけならまだしも、令嬢は人誑しだと聞く。現に」

「すみません、副団長に用を言い付かっていたのをすっかり忘れてて、急いで戻らないと。また今度お話を聞かせてもらえませんか?」


まだ続いていた騎士の話を遮って、適当な言い訳をしながら彼らにぺこりとお辞儀をする。


「え?ああ。急ぐと怪我するぞ。気を付けろよ?」

「はい。ありがとうございました」


話を途中で遮った私に機嫌を損ねることもなく、彼は私を気遣う。

そんな彼に礼を述べると、急いで入り口に向かった。

ブクマ、評価等々いつもありがとうございます。


さらりと流す予定でしたがちゃんと決着をつけさせようと思い、急遽ユリアーナたちの話を書きました。


レーネ公爵にとって関係者の処分は勿論のこと、一番の目的はユリアーナの処分(特に極刑)であり、煩わせたくないという理由からマルティナには絶対に知られないよう細心の注意を払っています。

また、知られないようにするためならばあえて情報をマルティナに流して撹乱し、巧妙にユリアーナの話を隠蔽しております。

その情報というのは二人の令息のことで、マルティナはその策に見事嵌ってしまい、結果ユリアーナの話は偶然知ることとなりました。正に年の功ですね。


因みに、手紙のやり取りに関してはマルティナの方が一枚上手です。

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