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正体

照明魔道具に明かりが灯る。

少し眩しく思いながら体を起こし、腕を掴む人物を見る。


二十歳前後の青年だ。明かりに照らされて、青みがかった銀の髪が艶めいている。いつもは灰赤の髪を一つに纏めているからか、髪を下ろした姿はなんとも珍しい。


滅多にない光景だと思いつつも髪から視線をずらして、青年――殿下の顔を見る。

余程驚いたのだろう。殿下の目は見開かれ、淡い青碧(せいへき)の瞳が微かに揺れていた。


「どう、して……私の魔法は完璧だったはず」


茫然とした様子で殿下が呟く。その声はわずかに震えており、動揺しているのが見てとれる。

さりとて、優しい言葉をかけるつもりはない。淡々と事実だけを述べる。


「ええ。完璧でございました。ですが殿下は、少しばかり魔法の造詣(ぞうけい)(あそ)うございましたね」

「……どういうことだ?」

「眠りを誘うなど精神に作用する魔法は、相手よりも魔力が高くなければ効かないのです」

「ぐっ……」


殿下がきちんと魔法教育を受けていたのなら別の手を講じたに違いない。けれど、殿下は私に睡眠魔法をかけた。

そのことからも、()の国が魔法を……いや、殿下を軽視しているのが窺える。

殿下もそれに気付いたのだろう。悔しそうに顔を顰めた。


「それよりも殿下。ご自身が現在どのような状況か、しっかりご確認なさいませ。咎は避けられないでしょう」

「何を……」


疑い深げに殿下が周囲を見回す。そうかと思えば、途端に顔を強張らせた。

どうやらベッドの主――リディの存在に気付いてくれたようだ。


リディは身を起こした状態で殿下を見据えていた。言いたいことがあるのか、非常に渋い顔をしている。

だがリディが口を開くよりも先に、別の人物が割って入ってきた。聞き慣れた声だ。


「殿下!」


リディから視線を外し、声の主を見る。

赤錆色の髪を一つに結んだ青年だ。普段は癖のある髪を三つ編みにしているため、今の姿には違和感がある。でもこれが、彼らの本当の姿なのだろう。


「セシリオ……。あ、ち、ちがっ……。副団長、セシリオはじ、私の命令で……」


殿下がセシリオと呼んだ青年を庇うように手を横に伸ばす。

だが慌てていたのか、殿下の口調には聖騎士時のものが混ざっていた。


そんな殿下たちの名を、リディが静かに呼ぶ。呼び慣れた方の名だ。

リディはあくまでも部下として二人に接するつもりらしい。

その言動が効を奏したのか、殿下が諦めの表情を見せた。


「副団長……目覚めていたのですね。私の魔力は副団長よりも少ない、ということですか……」

「いいえ。殿下の魔力は彼よりもございますわ」

「ならば何故?」


リディに代わって私が答えると、殿下が怪訝そうにこちらを見てきた。

殿下の疑問に答えるべく、布団から手を出して掲げる。同時にリディの手も上がった。指と指を絡ませるように繋いだ手は、掲げた今も変わらない。


「魔法をかけられた瞬間、手を通してリディに解除の魔法をかけました」

「私たちが今夜、ここに忍び込むとわかっていたのだな」

「はい。昼間、この部屋の前で立ち聞きなされていた殿下を、将軍が確認しております。陛下に謝罪されましたわ。これから私たちを巻き込んでしまう、と」


話しながら、昼間の出来事を思い返す。






***

日の光が射し込むデュナー伯爵邸の客間。

背に陽光を浴びた陛下が軽く頭を下げてきた。


「マルティナ嬢。申し訳ない。そなたを巻き込んでしまうやもしれん。すべてを話すゆえ、協力してほしい」


任意の形になってはいるが、陛下の願いを断れるはずもない。静かに頷く。


「かしこまりました。協力というのはどのようなものでしょうか?」


陛下は私に小さく頷き返すと、話し始めた。


「……実は、帝国の第三皇子はこの国にいるのだ。母国を追われて戻れなくなっていたのでな、第一皇子が帝位につくまで匿うことにした。それが第一皇子……皇太子の願いでもあったからだ」

「何故第三皇子は母国を追われることになったのですか?」

「一口で言えば権力争いだな。先程も言ったが、皇帝には妃が二人いる。一人は私の妹。そしてもう一人は自国の公爵家の者だ。位の高さから、必然的に妹が正妃となった。だが、面倒なことに皇帝の寵は側室にあってな。皇太子は帝位継承権第一位だったため皇帝も蔑ろにはできなかったが、第三皇子の方は興味がないと捨て置かれた。継承権が第二位だったにもかかわらずな」


陛下の話に眉を顰める。

第三皇子が病弱とは聞いていた。といっても、その話を真に受けていたわけではない。こういった話には裏があるものだ。

けれどまさか、陛下の甥にあたる第三皇子を皇帝が捨て置くとは思わなかった。露見したら国交断絶もあり得るというのに……。


考えるだけで気が滅入りそうだが、陛下の話はなおも続く。


「皇帝の寵がどこにあるのかを知り、調子に乗ったのが側室の実家だ。第二皇子を帝位につかせようと企み、守りの弱い第三皇子から始末しようと考えた。継承権は第三皇子の方が上だからな。皇太子はその情報をいち早く察知し、第三皇子を逃がそうとした。だがその矢先に第三皇子が刺客に襲われ、侍従ともども川に落ちて行方不明となってしまった」

「彼らは流され、着いた先は我が国、ネイフォートでした。皇子の水の魔法で、彼と侍従はなんとか生き延びることができたようです。ただ危険な状態でしたので、近くの教会にいた私が治療を施しました。その際に彼が書状を携えていることに気付き、秘密裏にグレンディア国王に繋ぎを入れたのです」


陛下に続いて、ゼイヴィア殿下が語る。

それにより、第三皇子が三国の高位者たちの連携によって生き長らえたとわかった。

でも、一つ疑問がある。私はお妃教育で幾度となく登城したが、第三皇子に会ったことはない。

不思議に思って陛下に尋ねると、意外な言葉が返ってきた。


「あれは妹に似て頑固でな。城にいて構わないと言うのに、侍従と二人で聖騎士団に身を置きたいと言って聞かなんだ。結局こちらが折れて、条件付きで聖騎士団入りを許した」

「条件、でございますか?」

「うむ。何かあった際は自分を守ること、入団試験を受けること、身分は明かさず一騎士として国に仕えること、そんなところか。聖騎士団に入るからには、強くなくてはならぬ。これくらい言えば音をあげるかと思ったが、幸か不幸かあの子らには剣の才があってな。侍従ともどもすんなりと試験に合格した」


聖騎士団の入団試験に合格したのなら、絶対に第三皇子と顔を合わせている。おそらく、会話もしているだろう。

一体誰だろうかと考えているうちに、またもや陛下が口を開いた。


「とはいえ、前線に置くわけにもいかぬ。将軍と団長には素性を話し、うまく采配してもらうようにした。実際に、グランデダンジョンのスタンピードでは別行動を取らせていたようだな」


グランデダンジョンのスタンピードの際、別行動を取っていた者はそう多くなかったはずだ。

一人一人思い浮かべるけれど、この人だという人物が思い当たらない。

首を捻りながら、陛下に言葉を返す。


「そういう理由でございましたか。でしたら、殿下は今どちらにおられるのですか? 前線にはいらっしゃらないのでございましょう? それに先程、私たちの会話を聞いていた方は……」

「ここだ。あの子はここにいる。今回ばかりはどうしても前線に出さざるを得なかった」


陛下が額に片手を当てて、弱りきったように頭を左右に振る。


「実はネイフォートが仕掛けてくる前に、帝国の権威筋から連絡があったのだ。皇太子が毒におかされて臥せっている、と。だが、あの子に告げるわけにはいかなかった。なんせあの子には兄しかおらぬ。私の妹は疾うに亡くなっており、実父とは疎遠だ。だからか、異常な程実兄に執着している。その兄が毒におかされたと聞いたら、是が非でも帝国に戻ろうとするだろう」


陛下は一息吐くと表情を変え、満面に憂えを湛えた。


「国で保護した当初もそうだった。『兄が心配だ』と言って手が付けられなんだ。私やあの子の侍従が手を尽くしてなんとか思いとどまらせたが、基本的に我々の声は届かぬとみていい。だからこそ、あの子の耳に入れないよう王都から離したのだ。だが、その采配が仇となったな」

「ということは……先程、我々の話を聞いていたのは第三皇子殿下、ということですか?」


陛下の言葉を咀嚼し、出た答えを口にすれば、陛下が肯定した。


「さよう。将軍が見たのはあの子だそうだ。おおかた、副団長の様子を見に来たのだろう」

「では、そのお方の名は……」


なんとなく予想がついたがどうしても信じられない。

それでも真実を受け入れなくてはならず、恐る恐る尋ねた。


「いつもは本名で呼んでいるからなんと言ったか……将軍」

「はっ! 第一師団所属、フィン・ディートマーとノア・ミカエラです」

「ああ、そうだったな。フィンの方が第三皇子だ。本名は――」


バハルド・ファウスティノ・ディノ・ガルイア。

それが、ガルイア帝国第三皇子――フィンの本名だった。

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